蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第38話 オニユリ

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 まだ火の手が回っていないアリアドの西部地区。
 そこでは燃える街並みを遠くに見つめている者たちがいる。
 白髪の男2人と女1人。
 そして黒髪の女が3人。
 彼らは3階建ての家屋の屋根の上に陣取り、戦況を見つめていた。 

「燃えてるねぇ。いい感じじゃない? 風に乗って人間の焼けるにおいがここまで届いてくるよ。いっぱい死んだねぇ。うふふ。お祭りだ。うふふふ」

 燃える街の様子を見つめながら嬉々とした顔でそう言う白髪の女を、同じく白髪の男2名は辟易へきえきとした表情でいさめる。

「不謹慎ですよ。オニユリ様。ヤゲン様にしかられます」
 
 オニユリと呼ばれた20歳過ぎくらいのその女性は、つまらなさそうにそんな男たちに目を向ける。

「何よ。白けちゃう。大丈夫よ。私、兄様の前ではいい子ぶってるし。それより敵兵の動きはぁ?」

 そう言うとオニユリは黒髪の女3人に目を向ける。
 3人は静かに目を閉じたままその場に座していた。
 彼女たちは全員、黒帯隊ダークベルト黒髪術者ダークネスたちだ。

(フン。黒髪術者ダークネスって気持ち悪い)

 内心でそうさげすむオニユリはその気持ちが彼女たちに伝わっているかもしれないと思ったが、むしろそれもまた面白いとさえ思った。
 そこで黒髪術者ダークネスのうち1人が目を開ける。

「敵兵の動きは変わらず、庁舎の辺りに集中しております。それど、もう一つ……」
「な~に?」
「どうやらこの街に今、我々以外の黒髪術者ダークネスがいるようです」

 その言葉にオニユリは面白そうに目を見開く。

「へぇ~。意外。アリアド兵も黒髪術者ダークネスを囲っているっていうこと?」
「それは分かりませんが……つい今しがた、ほんの一瞬だけ力を感じました。東の方角です。洗練された技術を持つ黒髪術者ダークネスのようで、すぐにその力は閉じられてしまいましたが……」 

 黒髪の女の報告にオニユリはニンマリとして白髪の男2人に目を向ける。 

「ここは任せるわ。どうせ監視だけなんだし、あなたたち2人でも大丈夫でしょ?」
「こ、困りますオニユリ様。勝手に持ち場を離れては……」
「うるさいなぁ。好きにさせてよ。ねえ、あなた。道案内しなさいな」

 そう言うとオニユリは戸惑う黒髮の女の手を引いて屋根を降り、2人で馬に乗る。
 そして上から白髪の男たちが呼び止めるのも聞かず、戦火に逃げ惑う人々をはね飛ばすようにして街中を駆け出した。

「さあ、黒髮術者ダークネスを捕まえて小遣こづかかせぎをするわよ。うちのかわいい子たちにお土産みやげを買って帰らなくっちゃ」

 オニユリは軽薄な笑みをその顔に浮かべたまま、馬にむちを入れるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「た、助けてくれ! 頼む!」

 木の上からるされた男は地獄で天恵を受けたような顔を見せ、そう懇願こんがんした。
 林の中に入り込んだシジマとショーナはその男を見つけ、そしてその周囲に転がる多くの死体を見てすぐに悟ったのだ。
 つい先ほど殺した傭兵ようへいたちから入手した情報通りだと。

「貴様が曲芸団サーカスの団長か。まんまと返り討ちにあったようだな」
「ど、どうしてそれを……」

 シジマの言葉に団長は息を飲んで言葉を詰まらせた。
 それを無視し、シジマは冷たい声でたずねる。

「端的に答えろ。おまえらが追っていたのはダニアの女王ブリジットの子であるプリシラとエミルだな?」

 その問いに団長は答えをしぶる。

「こ、ここから下ろしてくれるなら情報を……あぐぅぅぅ!」

 団長の太ももに白い杭が突き刺さった。
 下からシジマが投げたものだ。

「端的に答えろと言ったはずだが聞こえなかったのか?」

 団長はあまりの痛みに涙を流しながらコクコクとうなづいた。
 そして必死に声をしぼり出しながら話す。
 追っていたのがプリシラとエミルであったことを。

 シジマは矢継ぎ早に質問を重ねた。
 少しでも答えが遅れると団長の太ももには杭が2本目、3本目と突き立っていく。
 結局、左右の太ももに2本ずつ、合計4本の杭が突き立ったところで団長は息も絶え絶えになりながら全てを話し終えた。

 ダニアの女王ブリジットが訪れていたという共和国の国境近くの街ビバルデで団長はプリシラとエミルの身柄みがらを手に入れた。
 しかしアリアドに移動後、赤毛の女に2人を奪われてしまったのだ。
 その話からも2人がプリシラとエミルその人であることは決定的だった。
 シジマとジュードは顔を見合わせる。

「赤毛の女は2人を取り戻しに来たブリジットの部下だろう。何にせよ連中が仲間と合流するためにアリアドに戻ったのならば好都合だ」

 嬉々としてそう言うシジマは小刀を取り出して、それで木に縛られたなわを切る。
 ピンと張っていたなわが切断され、団長は地面に落下した。

「うげっ!」

 地面に落ちても両足に突き刺さる杭のせいで立ち上がれずにいる団長を見下ろすと、シジマは冷笑を浮かべる。

「すまんすまん。これがあったんじゃロクに歩けないよなぁ。今、抜いてやる」

 そう言うとシジマは団長の太ももに突き刺さったままの4本の杭を無造作に引き抜いていく。

「いっ! イダッ! ぎゃあ!」

 激痛に悲鳴を上げ、団長は地面にへたり込んだままシジマを見上げる。

「や、約束通り話したぞ。助けてくれ。治療を……」
「ああ。最高の治療をしてやる。もう痛みも感じなくなるぞ」

 そう言うとシジマは団長のすぐそばにしゃがみ込み、彼のこめかみから白い杭を深々と突き刺す。
 団長は声もなく、目を見開いたまま絶命した。
 シジマはふと背後を振り返り、団長の死を無表情で見つめるショーナに目を向けた。

「……また殺した、と今回はとがめないんだな?」 
「別に。死ぬべき男が死んだ。ただそれだけでしょ」

 平然とそう言うショーナをやはり気味の悪い女だとシジマは思うのだった。
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