蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第33話 空から燃え落ちる破滅の火

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「通してくれ!」
「ダメだ。おまえには奴隷どれい窃盗せっとうの容疑がかかっている」

 アリアドの街の出入口である大門では街を出ようとするジュードとそれをはばむ衛兵たちとの間で、一悶着ひともんちゃくが起きていた。
 つい先ほど、街の衣料店で買い物をしていたジュードは見たのだ。
 通りを武装した傭兵ようへい団が進んでいく様子を。
 
 その先頭で傭兵ようへい団の頭目と並び立って歩いていたのは、曲芸団サーカスの団長だった。
 それを目撃したジュードは団長がプリシラとエミルの姉弟を取り戻そうと傭兵ようへい団を雇ったのだとすぐに悟り、黒髪術者ダークネスとしての力を用いて同じ黒髪術者ダークネスのエミルに危機を知らせた。
 そして仲間たちの元へ駆け付けるべく街を出ようとしたところで、衛兵に見咎みとがめられ、足止めを食らったのだ。
 
「さっきここを傭兵ようへい団の連中が通っていっただろう? あいつらが俺の仲間を襲おうとしているんだ。こんなことをしている場合じゃないんだよ」

 鬼気迫る表情でそう言うジュードだが、衛兵たちは決して彼を通しはしない。
 それどころか2人がかりでジュードの腕をつかんで逃がさないようにした。

「仲間とは赤毛の女だろう? あの女を奴隷どれい窃盗せっとうの首謀犯とする告発状を受け取っている。奴が今どこにいるのかおまえには聞かせてもらわなければならない」 
「言い逃れは出来んぞ。赤毛の女とおまえが、金髪の少女と黒髪の少年を、曲芸団サーカスの所有する天幕から連れ出したのを見た者もいるんだ」

 口々にそう言いつのる衛兵たちの話に、ジュードは内心で舌打ちをした。

(くっ。あの曲芸団サーカスの団長だな。告発状など、よくもぬけぬけと)

 ジュードは先ほど銀貨を渡して心付けをした衛兵らにうらみ混じりの目を向ける。

「あんたたちの数晩の飲み代は渡したはずなんだがな」
「何の話だ? そんなものを受け取った覚えは無いが」

 平然ととぼける衛兵にジュードはくちびるみしめた。

(ジャスティーナ。頼む。子供たちを守ってやってくれ)

 ジュードは無念の表情を浮かべながら、相棒がうまく難局を乗り越えてくれることをいのる。
 衛兵たちはそんな彼を連行しようとした。
 その時だった。

 遠くで何かが破裂するような音がして、その数秒後……アリアドの出入口を守る大門が大爆発を起こしたのだ。
 その衝撃で衛兵2人とジュードは地面に倒れ込んだ。

「うわっ!」

 何が起きたのか分からなかったが、その後も立て続けに破裂音が響き渡り、ジュードはそのあまりの衝撃に思わず目を閉じる。
 大きな爆発音のせいで聴覚に異常をきたしたらしく、全ての音がボンヤリと聞こえる。

「うぅ……」

 ようやくジュードが顔を上げると、彼のそばで2人の衛兵が倒れている。
 2人とも気を失っていた。
 周囲は白煙に包まれ、くささがただよい、熱気が風と共に吹きつけてくる。
 その風が白煙を吹き流し、見えて来た光景にジュードは愕然がくぜんとした。

「そ、そんな……」

 彼の数十メートル先にあったはずの大門は……くずれ落ちて見る影もなくなっている。
 その大門の残骸ざんがいとおぼしき木材が、路上で炎に包まれて燃えていた。
 いったい何がそのような恐ろしい事態を引き起こしたのか、ジュードにもすぐには理解できない。
 だがそこで再びの破裂音がしたかと思うと、すさまじい衝撃音と共に今度は数百メートル先の街中の建物が爆発し、赤々とした炎と煙が燃え上がった。
 ジュードは目を見開いて、かわいた声をらす。 

「と、投石機に油でも積んで飛ばしているのか?」

 ジュードはただよけむりを吸い込まぬように袖口そでぐちを口元に当てながら立ち上がる。 
 その目がさらなる驚愕きょうがくに見開かれた。
 くずれ落ちた大門の向こう側から向かって来る一団がある。
 その数は数百人。

「まずいぞ……これは」

 アリアドの街に向かって来るのは鎧兜よろいかぶとで武装した兵士の集団だった。
 今、この街を攻める兵士がいるとすれば、それは王国兵をおいて他にいない。
 だが、その襲来はあまりにも早かった。
 まだ王国軍は公国の北部を攻めているはずで、このアリアドのある中央部までは距離があった。

「主力部隊の他に別働隊がいたのか……」
 
 そしてジュードの頭には当然の懸念けねんが浮かび上がってきた。

「ジャスティーナたちは無事なのか?」

 あの兵士たちが向かって来るのは、ジャスティーナたちが潜伏しているはずの林のある方角からだった。
 もしはち合わせていたとしたら大変なことになる。
 そう思いジュードは黒髮術者ダークネスとしての力を用いてエミルの居場所を探ろうとする。
 しかし……。

(まずい!)

 ジュードは即座に自らの感覚を閉ざした。
 自分とエミル以外に黒髮術者ダークネスが近くにいる。
 それをジュードは感じ取ったのだ。
 そしてその相手は1人ではなかった。

(組織された……黒髮術者ダークネスの集団)

 エミルに意識をつなげようとして、別の者たちを感じ取ってしまった。
 その数はおそらく十数名。
 こんなにも黒髮術者ダークネスたちが集まっていることは普通はない。

 だが、そんな唯一無二の集団をジュードはよく知っていた。
 王国で組織された黒帯隊ダークベルト
 軍事任務用に訓練された黒髪術者ダークネスの部隊だ。
 かつて……ジュードもそこに所属していた。
 ジュードは前方から向かって来る兵士の集団に目を向ける。

(まさか……君も来ているのか? ショーナ)

 その名を胸の内でつぶやくジュードの顔に苦渋の表情がにじむ。
 ショーナ。
 黒帯隊ダークべルトの中で最も黒髪術者ダークネスとしての力が強く、隊のまとめ役を務める女の名だ。
 ジュードにとっては幼い頃から共に育った馴染なじみ深い女性だ。

(まずいな。ショーナが来ているなら俺やエミルの存在ももうバレているかもしれない)

 こちらがあちらの存在を感じ取れるように、あちらもこちらの存在を感じ取れる。
 この状況で黒髮術者ダークネスとしての力を使えば、相手にこちらの位置を気取られてしまうだろう。
 ジュードは立ち上がり、黒髮術者ダークネスとしての感覚を一切遮断しゃだんする。
 そして向かって来る敵兵から逃れるべく、街中へと引き返して走り出すのだった。
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