蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第30話 熟練の戦士

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 プリシラの強さはジャスティーナにとっても想定外だった。
 しっかりときたえ上げられ、戦い方も熟練者が教え込んだであろうことがうかがえる。
 ジャスティーナが想像していたよりもはるかに実戦向きの強さをプリシラは持っていた。

(だが……)

 ジャスティーナはプリシラの周囲を見る。
 倒れている傭兵ようへいたちは腕や肩を斬られて出血しているが、それでもまだ息があるようだった。
 プリシラは一貫して敵の命を奪っていない。
 刃物を振るう時は急所をねらわず腕や肩などを斬りつけるに留めていた。 
 後は拳やりで敵を失神させ、致命傷は与えていない。

(そうか……まだ人をあやめたことがないんだな)

 まだ13歳なのだからそれも当然だと思った。
 だがそんな甘さは戦場では通用しない。
 今、プリシラの背後で倒れている傭兵ようへいが目を覚まし、その手に刃物を握った。
 それを見たジャスティーナは怒声を上げる。

「後ろだ! 油断するな!」

 その声にプリシラはハッとして背後を振り返った。
 そして顔を赤くらした男が刃物を手に立ち上がろうとしているのを見ると、すばやく駆け寄りその手に握った刃物を足でり飛ばした。
 さらにその顔面に再度、拳を打ち込んで相手を再び失神させる。
 その様子を見てジャスティーナは苛立いらだちに声を荒げた。

「チッ! トドメを刺せ!」

 戦場で殺したと思った敵が実は生きていて、逆襲の刃を浴びて命を落とした者をジャスティーナは何人も見てきた。
 敵の息の根を確実に止めなければ、殺されるのは自分だとジャスティーナは師であった武人から口っぱく言われてきたのだ。

(甘っちょろいんだよ。ヒヨッコめ) 

 プリシラの元に駆けつけるためジャスティーナは周囲の傭兵ようへいらを退しりぞけようとするが、敵のねらいが変わってきた。
 敵の集団はプリシラを捕らえるために人員を多くき、ジャスティーナを取り囲む数人の兵は付かず離れずの距離で彼女を牽制けんせいするばかりで積極的には攻めてこない。
 ジャスティーナに邪魔させずにプリシラを捕らえる腹づもりなのだろう。
 だがジャスティーナはそんなことではひるまない。

「攻めてこないなら好きにやらせてもらうよ」

 周囲を取り囲んで一定距離を保っている傭兵ようへいたちを目で牽制けんせいしつつ、ジャスティーナは先ほど地面に放り出した短弓を拾い上げた。
 そして代わりに短槍を放り出すと短弓に矢をつがえ、すばやく放つ。
 ねらうは20メートルほど先にいるプリシラを取り囲む傭兵ようへいたちだ。
 それを見たジャスティーナの周囲の傭兵ようへいたちが前方の仲間たちに声をかける。

「矢が行くぞ! 用心しろ!」

 しかし矢はプリシラを取り囲む傭兵ようへいねらったものではなかった。
 木々の間をうように飛んだ矢は、先ほどプリシラになぐり倒されて失神したまま地面に横たわる傭兵ようへいの頭に突き立つ。
 倒れたまま動かなかった傭兵ようへいにジャスティーナはトドメを刺したのだ。
 
「なっ……」
「こ、この女!」

 ジャスティーナを取り囲む傭兵ようへいらが顔色を変え、ジャスティーナの射撃をはばもうと一転して距離を詰め、襲い掛かってくる。
 するとジャスティーナは次の矢を矢筒やづつから取り出して短弓につがえ、クルッときびすを返した。
 そのねらいは襲い掛かって来るすぐ近くの傭兵ようへいだ。
 その傭兵ようへいがハッとしたその時には、至近距離から放たれた矢が彼の眼窩がんかにズブリと深く突き立った。

「えぐっ……」

 眼球を深々と貫かれた傭兵ようへいはくぐもった声をらして倒れ、その体を痙攣けいれんさせながら絶命した。
 それを見た周囲の傭兵ようへいたちは思わず足を止める。
 すると再びジャスティーナはきびすを返して矢を放ち、プリシラの周囲で倒れている傭兵ようへいたちの頭をねらってトドメを刺していく。
 月明かりが差し込んでいるとはいえ夜であり、しかも木々が乱立する林の中でジャスティーナは正確に矢を命中させていく。
 周囲を敵に囲まれた状況で、集中することが出来ないというのにジャスティーナはそれでも一射もねらいを外さなかった。

「な、何なんだ……この女は」

 ジャスティーナの腕前に傭兵ようへいたちは驚愕きょうがくし、それ以上一歩も彼女に近寄れなくなった。
 相手は熟練の戦士であり、近寄れば確実に殺される。
 傭兵ようへい団に身を置くとは言え、命をかけてまで仕事を果たそうとするほど彼らは忠誠心を持ち合わせてはいなかった。
 そんな彼らの臆病おくびょう風に吹かれた様子を敏感びんかんに感じ取ったジャスティーナは短槍を拾い上げると、周囲の傭兵ようへいたちにだけ聞こえるように声を落として言った。

「戦の後に生き残れる奴は、賢明な判断が出来る奴さ。命を落としてまでやる仕事かどうか、判断しな」

 臆病おくびょうな者は意外と生き延びる、とは言わなかった。
 戦意を失わせるのは死への大いなる絶望と、その後に生まれる生へのわずかな希望だ。
 生き残れるかもしれない。
 絶望の中でほんの少しのそうした希望がともった時、人は戦いを放棄して自らの命を長らえる方向へとかじを切るものだ。

 砂漠島で多くの戦乱を経験しているジャスティーナはそれを知っていた。
 そして短弓を放り出して駆け出す彼女をそこから追おうとする者はいなかった。
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