30 / 101
第29話 ダニアの血潮
しおりを挟む
血が騒ぐ。
体が勝手に動く。
息が弾み、血潮が手足の指先まで巡るのが感じられる。
月明かりが差し込む林の中、プリシラは躍動していた。
襲いかかって来る傭兵たちの数は多いが、今のプリシラにはまるで問題にならなかった。
これが彼女にとって初めての本格的な実戦であり、自分が訓練ではなくそうした戦いの中に身を置いているのだという実感が彼女を大いに興奮させる。
代々のブリジットに脈々と受け継がれてきた、戦うことへの本能的な喜びがプリシラの心身を支配していた。
「はぁぁぁぁっ!」
プリシラは手にした短剣で相手の上腕を斬り付ける。
その斬撃は目にも止まらぬほど鋭く、それを浴びた相手は一瞬自分が斬られたことも分からずにただ激痛に顔を歪め、動きを止めた。
その瞬間にプリシラは相手の顔面を殴り付けた。
プリシラの筋力で殴られた相手は数メートル後方に吹っ飛んで、木々に体を打ち付けて動かなくなる。
(いける……実戦だってアタシは十分に戦える)
これまでは厳しい訓練を繰り返すばかりで実戦の機会が与えられることはなかった。
現在のダニアは共和国内の野盗集団の退治や、隣接する小国との緩衝地帯に乱立する蛮族らの国境侵犯への防衛等で実戦の機会を持つ。
しかし母であるブリジットの方針によってプリシラの実戦参加は成人する15歳になってからと決められていた。
それはプリシラにとってもどかしいことだった。
だが、奇しくも今こうしてプリシラは実戦に身を投じている。
戦わなければ生き残れない厳しい戦いだ。
それでも今、戦いの中でプリシラはこれまで感じたことのない生きる実感を覚えていた。
☆☆☆☆☆☆
「くそっ! 何なんだ! あの小娘は!」
傭兵団の頭目は怒りに声を上げると、短弓に矢を番えた。
彼が連れてきた部下たちが1人また1人と倒されていく。
ダニアの女戦士が相手であればまだしも、部下の多くを倒しているのは捕獲対象だった金髪の少女だった。
金髪の少女は弟である黒髪の少年が上っている木を守る様にして傭兵たちの前に立ちはだかっている。
「このままじゃ済まさねえぞ!」
頭目は怒りに声を上げ、短弓で木の上に向けて矢を放った。
狙いは木の上にいる黒髪の少年だ。
少年は太い枝の上に座り、目を閉じたまま必死に木の幹にしがみついている。
そんな少年のすぐ脇を矢が通り抜け、その風切り音に彼はビクッと身を震わせた。
それを見た曲芸団の団長が思わず声を荒げて頭目に詰め寄る。
「おい! 話が違うぞ! あの小僧に傷をつけるな!」
しかし頭目も苛立って怒声を返す。
「話が違う? そりゃこっちのセリフだ! ちょっと武術ができる小娘だと? あんなにバケモノだと聞いてねえぞ!」
「うっ……それは」
団長は傭兵団に仕事を依頼する時、目標がダニアの女王ブリジットの子であるプリシラとエミルだとは伝えなかった。
あまり大物だと伝えると依頼料をふっかけられる恐れがあるし、獲物を頭目に横取りされる危険もあるからだ。
「だが、矢が当たったら死んじまうかもしれねえだろ!」
「当てやしねえよ! 小僧をビビらせ落とすだけだ! 多少の傷は目をつぶれ! こっちだって仲間を失ってんだぞ! あの小僧を人質に取らねえと全滅だ!」
そう言うと頭目は次の矢を放つ。
それは今度はエミルのいる枝のすぐ下の幹に突き立った。
「おい! 誰かあの木に登って小僧を引きずり下ろせ!」
そして頭目は残り10名ほどとなってしまった部下たちを引き連れてプリシラを取り囲む。
その隙に部下の1人がエミルのいる木に素早く登っていく。
だがそれを見たプリシラは素早く短剣を投げ放った。
それは木に登る傭兵のふくらはぎに突き刺さる。
「うぎゃあ!」
傭兵はたまらずに悲鳴を上げて木から滑り落ちた。
その傭兵に駆け寄ったプリシラは倒れた傭兵の顔を容赦なく蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
蹴られて失神した傭兵のふくらはぎから短剣を抜き取ると、プリシラは血振るいをして雄々しく声を上げる。
「弟が欲しかったらアタシを倒してからにしなさい!」
興奮した面持ちでそう言い放つプリシラに頭目は怒りの形相を浮かべるが、その目が捉えていた。
プリシラのすぐ近くで気絶していた傭兵の1人が目を覚まし、その手に刃物を握る様子を。
体が勝手に動く。
息が弾み、血潮が手足の指先まで巡るのが感じられる。
月明かりが差し込む林の中、プリシラは躍動していた。
襲いかかって来る傭兵たちの数は多いが、今のプリシラにはまるで問題にならなかった。
これが彼女にとって初めての本格的な実戦であり、自分が訓練ではなくそうした戦いの中に身を置いているのだという実感が彼女を大いに興奮させる。
代々のブリジットに脈々と受け継がれてきた、戦うことへの本能的な喜びがプリシラの心身を支配していた。
「はぁぁぁぁっ!」
プリシラは手にした短剣で相手の上腕を斬り付ける。
その斬撃は目にも止まらぬほど鋭く、それを浴びた相手は一瞬自分が斬られたことも分からずにただ激痛に顔を歪め、動きを止めた。
その瞬間にプリシラは相手の顔面を殴り付けた。
プリシラの筋力で殴られた相手は数メートル後方に吹っ飛んで、木々に体を打ち付けて動かなくなる。
(いける……実戦だってアタシは十分に戦える)
これまでは厳しい訓練を繰り返すばかりで実戦の機会が与えられることはなかった。
現在のダニアは共和国内の野盗集団の退治や、隣接する小国との緩衝地帯に乱立する蛮族らの国境侵犯への防衛等で実戦の機会を持つ。
しかし母であるブリジットの方針によってプリシラの実戦参加は成人する15歳になってからと決められていた。
それはプリシラにとってもどかしいことだった。
だが、奇しくも今こうしてプリシラは実戦に身を投じている。
戦わなければ生き残れない厳しい戦いだ。
それでも今、戦いの中でプリシラはこれまで感じたことのない生きる実感を覚えていた。
☆☆☆☆☆☆
「くそっ! 何なんだ! あの小娘は!」
傭兵団の頭目は怒りに声を上げると、短弓に矢を番えた。
彼が連れてきた部下たちが1人また1人と倒されていく。
ダニアの女戦士が相手であればまだしも、部下の多くを倒しているのは捕獲対象だった金髪の少女だった。
金髪の少女は弟である黒髪の少年が上っている木を守る様にして傭兵たちの前に立ちはだかっている。
「このままじゃ済まさねえぞ!」
頭目は怒りに声を上げ、短弓で木の上に向けて矢を放った。
狙いは木の上にいる黒髪の少年だ。
少年は太い枝の上に座り、目を閉じたまま必死に木の幹にしがみついている。
そんな少年のすぐ脇を矢が通り抜け、その風切り音に彼はビクッと身を震わせた。
それを見た曲芸団の団長が思わず声を荒げて頭目に詰め寄る。
「おい! 話が違うぞ! あの小僧に傷をつけるな!」
しかし頭目も苛立って怒声を返す。
「話が違う? そりゃこっちのセリフだ! ちょっと武術ができる小娘だと? あんなにバケモノだと聞いてねえぞ!」
「うっ……それは」
団長は傭兵団に仕事を依頼する時、目標がダニアの女王ブリジットの子であるプリシラとエミルだとは伝えなかった。
あまり大物だと伝えると依頼料をふっかけられる恐れがあるし、獲物を頭目に横取りされる危険もあるからだ。
「だが、矢が当たったら死んじまうかもしれねえだろ!」
「当てやしねえよ! 小僧をビビらせ落とすだけだ! 多少の傷は目をつぶれ! こっちだって仲間を失ってんだぞ! あの小僧を人質に取らねえと全滅だ!」
そう言うと頭目は次の矢を放つ。
それは今度はエミルのいる枝のすぐ下の幹に突き立った。
「おい! 誰かあの木に登って小僧を引きずり下ろせ!」
そして頭目は残り10名ほどとなってしまった部下たちを引き連れてプリシラを取り囲む。
その隙に部下の1人がエミルのいる木に素早く登っていく。
だがそれを見たプリシラは素早く短剣を投げ放った。
それは木に登る傭兵のふくらはぎに突き刺さる。
「うぎゃあ!」
傭兵はたまらずに悲鳴を上げて木から滑り落ちた。
その傭兵に駆け寄ったプリシラは倒れた傭兵の顔を容赦なく蹴り飛ばす。
「ぐあっ!」
蹴られて失神した傭兵のふくらはぎから短剣を抜き取ると、プリシラは血振るいをして雄々しく声を上げる。
「弟が欲しかったらアタシを倒してからにしなさい!」
興奮した面持ちでそう言い放つプリシラに頭目は怒りの形相を浮かべるが、その目が捉えていた。
プリシラのすぐ近くで気絶していた傭兵の1人が目を覚まし、その手に刃物を握る様子を。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
蛮族女王の娘 第2部【共和国編】
枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。
その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。
外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。
2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。
追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。
同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。
女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。
蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。
大河ファンタジー第二幕。
若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる