蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第20話 母の決断

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 夜もけてきた。
 共和国の国境沿いに位置する商業都市ビバルデ。
 その庁舎の一室を借りているのは、今朝この街を訪れたばかりのダニアの女王ブリジットだ。

 部屋には彼女の他に側近のベラとソニア、そして数名の小姓こしょうらがいた。
 護衛の兵たちは部屋の前で待機している。
 元々視察でこの街に一泊し、翌日に帰る予定で取っていた部屋だが、この部屋は今、昼間にこの街で行方ゆくえの分からなくなった彼女の娘と息子を探すための対策本部となっていた。
 机の上にはこれまでに入手した情報を小姓こしょうが書記官となってまとめた大きな紙が広げられている。

 買い物の途中でこっそり親元を抜け出して、護衛の兵も振り切って消えたプリシラとエミル。
 それだけならば幼い頃からお転婆てんばだったプリシラのいつもの行動と、ブリジットも肩をすくめる程度のことなのだが、姉弟はこの時刻になってもまだ戻って来ていない。
 ここまでに得た情報では、2人は街で開催されていた曲芸団サーカスの天幕に入り、その見世物に興じていたとのことだが、そこからの消息がつかめていない。

 そして曲芸団サーカスは当初の予定を切り上げて、まるで逃げるように撤収して街を後にしたという。
 それを不審に感じたブリジットは曲芸団サーカスのことを詳しく調べさせたのだ。
 ベラとソニアという強面こわもての女2人にすごまれ、知っていることをペラペラとしゃべる者もいて、情報はすぐに集まった。

「まさか曲芸団サーカス合法おもての顔で、非合法うら奴隷どれい売買をしていたとはな。この共和国内でもそんなことがあるとは。国境付近ともなると中央の目が行き届かないこともあるのだろう」

 ブリジットは嘆息たんそくした。
 その非合法なことをしている集団に、プリシラとエミルはさらわれたのだろう。
 若く美しい2人は奴隷どれいとなれば相当な価値があるからだ。

「今頃はエミルと共にとらわれの身となっていると考えるべきだろう」

 そう言うとブリジットは机の上の紙に目を落とす。
 そこには曲芸団サーカスの向かった可能性のある先の予測が記されていた。
 曲芸団サーカスはこの後、共和国の内陸へと進んでいく予定であったらしいのだが、急遽きゅうきょ引き返して公国へと向かったとの情報がある。
 ブリジットは立ち上がり、壁に張られているこの周辺地域の地図を見た。

「公国は奴隷どれい制度がまだ認められている。奴らは共和国側の追及を恐れて公国へと逃げていくだろう。そうすると最も可能性のある行き先は……」

 そう言うとブリジットは指で地図上をなぞり、国境線を越えてここから公国内の最も近い位置にある街で指を止めた。

「公国領……アリアドだ」

 それを聞いたベラは即座に立ち上がる。

「アタシとソニアで夜通し馬を走らせれば連中に追いつける。プリシラとエミルをすぐに連れて戻ってやるぜ」

 室内には馴染なじみの小姓こしょうらしかいないため、ベラは友としての口調でそう言って意気込む。
 だがブリジットはそんな旧友の言葉に感謝しつつ言った。

「待てベラ。おまえの気持ちはありがたいが、まだアリアドに連中が向かっていると決まったわけじゃない。ただの推測だ。外れかもしれん先に闇雲やみくもに向かわせるわけにはいかない」
「けどブリジット。ここでこうしていても2人は帰って来ないぞ」
 
 ベラの言葉にブリジットはうなづき、決然と答えた。

「ああ。だから……ボルドにここに来てもらおうと思う。体調が優れないところだが、我が子の危機だからな」

 ボルドは元々、今回の視察に同行する予定だったが、3日前から風邪かぜを引いて体調をくずしていたので、新都ダニアに置いてきたのだ。
 子どもたちがいなくなったことについてはすでにダニアへ鳩便はとびんを飛ばしている。
 早馬を飛ばせばダニアまでは1日ほどの距離なので、人を向かわせてボルドをすぐに連れてくれば、明後日あさっての夜、遅くとも3日後の朝にはボルドがここに到着するだろう。
 当然、数日の時間を無駄むだにすることになるが、ボルドならば確実にエミルを探し当てることが出来ると、ここにいる全員が確信していた。
 それほどあの黒髮術者ダークネスの父子は結び付きが強い。

「アタシもここに……」

 そう言いかけてブリジットは口をつぐむ。
 彼女には女王としての立場があり、共和国からの依頼をこなす義務がある。
 明日にはここをってダニアに戻らなければならないのだ。

「プリシラとエミルのことはアタシとベラに任せろ」

 そう言ったのはソニアだ。
 彼女はいつものいかめしい面構つらがまえで静かにブリジットを見つめている。

「ソニア……」 
「2人をちゃんと連れ帰るまで戻らない。ブリジットの気持ちになってプリシラとエミルを探す。だからブリジットは自分の役目に徹してくれ」 
 
 そのソニアの言葉にブリジットは心がじわりと温まるのを感じた。
 ぶっきらぼうな物言いの中にソニアの優しさが詰まっているのだ。
 プリシラもエミルも幼子だった頃からソニアにはなついていた。

 2人はソニアの優しさに気付いていたのだろう。
 そしてきっとソニアも我が子を探すような気持ちで2人を探してくれるだろう。
 そんなソニアのとなりではベラもブリジットに笑みを向けてくれている。 
 
「……分かった。2人とも。頼む」
 
 そう言うとブリジットは両手を2人に差し出す。
 ベラとソニアは幼き頃からの友の左右の手をそれぞれ握り、その目を見つめてうなづくのだった。
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