蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第13話 迫る魔の手

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 曲芸団サーカスの団長らはプリシラとエミルを街中には入れず、街の外のうまや近くにある天幕に連れて行った。
 すぐ近くには曲芸団サーカスが管理する獣舎があり、街中に入れることは禁じられている猛獣たちがおりの中で厳重に管理されている。
 曲芸団サーカスの者たちによって姉弟ともに目隠しをされていたが、プリシラはその耳で聞き取っていた。
 近くから公国なまりの大陸言語を話す声が複数聞こえてくるのを。

(公国だわ。国境を越えて公国へ入った……ということは移動時間から考えて……)

 プリシラは大陸の地図を頭に思い浮かべる。
 彼女は武術については母であるブリジットやベラ、ソニアから教わっていたが、それ以外の教養については父のボルドや評議会の議長になったウィレミナ、その補佐役のオーレリアなどから教育を受けていた。
 いずれはダニアの女王になる者として、文武両道を求められるからだ。

 ゆえにプリシラは各国の言葉のなまりについても熟知していた。
 話す言葉を聞けば、その者がどこの国の出身かはすぐに分かる。
 特に公国なまりは、少年期を公国で過ごしていた父のボルドが話す言葉なので、プリシラにも馴染なじみが深い。
 プリシラは頭の中で今自分がいる場所を割り出した。

(共和国のビバルデから約半日の馬車移動で公国側に渡ったとすると……可能性としてはアリアドだわ)

 アリアドは公国と共和国の国境にほど近い公国領の商業都市だ。
 その予想が正しければ手の打ちようはあるとプリシラは思った。
 アリアドはビバルデよりも規模は小さいが、それでも十分に人の多い街だ。
 上手く逃げ出せれば雑踏ざっとうの中に紛れることも出来るし、どこかで馬を拝借してエミルと逃げることも可能だ。
 
 手持ちの金品は全て団長に奪われてしまったが、緊急事態なので四の五の言っていられない。
 プリシラはここに至っても恐怖はまるでなかった。
 むしろ誇り高きブリジットの娘として、自分がこのような状況に甘んじていることが不甲斐ふがいなく腹立たしかった。

(手足が自由になったらこの男たちを1人残らず叩きのめしてやる) 

 怒りの炎を胸の奥底で燃え上がらせながらプリシラは頭だけは冷静に脱出の好機を待ち続けた。
 そうこうしているうちにプリシラは男たちにうながされ、天幕の中で地面に座らされる。
 背後で手枷てかせから伸びているくさりがカチャカチャと音を立てた。
 恐らく何かに縛りつけられているのだろう。

 そんなことを考えているとプリシラの目隠しが唐突に取り払われた。
 天幕の中を照らす角灯の灯かりがまぶしく、プリシラは目を細める。
 やがて明かりに目が慣れてくると天幕の中には自分とエミル、そして団長と3人の用心棒がいることも分かった。

「さて、お嬢さん。色々と聞きたいことがある。おまえさんのことを知らないと、こちらとしても貴族様にお勧めしにくいんだ。素直に答えてくれたら食事にしよう。腹が減っただろう? 温かい飯を食わせてやるから協力的に頼むぜ。そうしないと弟くんが泣くことになるぞ」

 そう言うと団長はエミルの前に立ち、その黒髪を手でつかんで引っ張った。

「い、痛い!」

 思わず悲鳴を上げるエミルに、プリシラは団長ににらみつけて声を荒げる。

「弟を傷つけたら、おまえの鼻をへし折ってやる!」

 そんなプリシラに団長はニヤリとしてエミルの髪から手を放す。

「お嬢さんよ。おまえさん、共和国軍の訓練兵とか言ってたが、随分ずいぶんといい生地きじで仕立てた服を着ているな」
「……だから何よ」
「ナメるんじゃねえよ。共和国軍の軍事訓練を受けた者がそんないい服を着てあんな場所をうろついているものか。おまえくらいの年の訓練兵は予備兵力として軍の施設に勤務することになるんだ。もしあのビバルデの街に配属されていたなら、余暇よか中も軍服を着ているはずだぞ。そんなことくらい知らないとでも思ったか?」

 そう言うと団長はプリシラの前にしゃがみ込む。

「もう一つうわさで聞いて知っているんだが、ビバルデには今、ダニアの女王ブリジットが訪れているらしいな。お嬢さんと同じ金髪の美しい女王だ。その身なり、昼間に見せた腕っぷしの強さ、そして黒髪の弟。おまえさん……ダニアの女王ブリジットの娘、プリシラだな?」

 団長の言葉にプリシラは顔色を変えなかったが、団長の背後でエミルが息を飲んだ。
 団長はニヤリとする。

「御名答ってところか。知らないと思ったか? ダニアの金髪の女王ブリジットの娘プリシラと息子エミル。知ってるよ。これは上玉だと思ったが、それどころじゃない。特上の宝玉ほうぎょくだったなぁ。俺にも運が回ってきたぜ」

 そう言う団長にプリシラは怒りの表情を変えずに言った。

「そこまで知っているなら話が早いわ。ダニアを敵に回せばあなたもそこの用心棒たちもあっという間に殺されるわよ。アタシの母様は敵には容赦ようしゃをしないから。運が回ってきた? 残念だけど、あなたを迎えに来るのは幸運の女神じゃなくて死神だわ。死にたくなければ今すぐアタシとエミルを解放して許しをいなさい」

 その言葉に団長は目を見張る。

「なるほど。気品があると思ったが、さすが女王の娘だ。プリシラ姫。姫を高く買ってくれるのはどこの王様ですかねぇ。やはり王国のジャイルズ王かな。あそこには同じダニアの系譜である銀髪のチェルシーがいる。きっと姫のことも手厚く迎えてくれるはずですよ。そうしよう。弟のエミル殿下もお付けすれば報酬はたんまり弾んでもらえるだろう。うまくすれば俺も爵位しゃくいを得られて貴族のお仲間に入れてもらえるかもなぁ」

 団長はそう皮算用しつつ、用心棒の1人に言いつけて何かを持ってこさせる。
 それは黒いつぼだった。
 団長はそれを受け取ると自分の口周りを布でおおう。

「こいつは猛獣をしつける時に使う物で、ちょいと強力なんだ。まあ、死ぬことはねえから安心しな」

 そう言うとつぼふたを開け、その中に布をひたしてそれをプリシラの顔に近付けた。
 プリシラは反射的に顔をそむけるが、拘束こうそく具のせいで動けない。
 次第に強烈な刺激臭がプリシラの鼻腔びこうを強引に遡上そじょうして肺へと到達する。
 途端とたんにプリシラはガクンと体の力が抜けるのを感じるのだった。
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