蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

文字の大きさ
上 下
12 / 101

第11話 公国へ

しおりを挟む
「ふぅ。とんだ一日になっちまったが、無事に公国に戻ってこられたぜ。ビバルデにはしばらく行かねえほうがいいな」

 猛獣のおりなどをせた曲芸団サーカスの馬車群を引き連れて進む先頭の馬車で、団長の男はホッと胸をで下ろした。
 共和国の商業都市であるビバルデで起きたひと悶着もんちゃくのせいで、曲芸団サーカスは当初の予定を大幅に短縮して逃げるように引き上げてきたのだ。
 裏家業として奴隷どれいの売買を行っていることが共和国側に露見すれば、厳しく罰せられる。
 
 そんな彼らは今、共和国から国境を越えて公国へと足を踏み入れたところだった。
 この大陸は西から王国、公国、共和国と続き、さらに東側にはいくつもの小国が乱立している。
 陸地の国境線については各国の間で定められているものの、その広大な大地のすべてに壁を張りめぐらせることは困難だ。
 実際に国境線を守るとりでを築いているのは、主要な街道のみだけであり、それ以外の山野は出入りをはばむものはない。

 もちろん各国とも巡回警備は行っており、不法入国者は厳しく取り締まるが、そのあみをくぐり抜けることは決して不可能ではないのだ。
 そんな共和国と公国の国境をまたぐ主要道路の一つに公国軍がとりでを構えており、国境を越えて行き来する者たちの積み荷を検査し、税を徴収している。
 しかしこの曲芸団サーカスはそのとりでの門兵らと懇意こんいにしており、金品をつかませて便宜べんぎはかってもらっていた。
 だから曲芸団サーカスの一行は積み荷の検査なく、ここを通って公国と共和国を行き来できるのだ。

「共和国の連中は金払いがいいからしばらく行けないのは惜しいが、上玉2人を売れば相当な金になる。特に黒髪の坊主は王国に連れていけば高値で売れるだろう。あそこは王家が黒髪の人材を求めているからな。あとは1、2年、公国で奴隷どれい商売をチマチマやってりゃ何とか当面はしのげるだろうさ」

 団長はそう言うと、捕らえた姉弟の売り先の候補を頭の中であれこれと考える。

「そういや団長。ビバルデの街にはあのダニアの女王ブリジットが視察に来ていたらしいですよ」

 馬車に同乗している受付の男はそう言って顔を曇らせる。

「なに? 本当か?」
「へえ。あの街にもダニアの女たちが常駐するようになるんですかね。連中はお盛んだって話だから、男娼を用意すりゃ一儲《ひともう》け出来そうだってのに、しばらくビバルデの街に行けねえのはツイてねえや」

 そうぼやく受付の男の話は団長の耳に入っていなかった。
 ダニアの女王ブリジット。
 その言葉が団長の頭の中で繰り返されており、彼は思考の海に沈んでいたからだった。
 そうこうするうちに馬車の前方には夕闇ゆうやみの中に浮かび上がる国境近くの街・アリアドの明かりが見え始めていた。

☆☆☆☆☆☆

「おい。着いたぞ。てめえらはここで降りろ」

 馬車が停車し、後方からほろが開けられて2人の男がそう声をかけてくる。
 屈強くっきょうな用心棒たちにうながされ、くさりつながれた女たちはヨロヨロとした足取りで馬車から降りていった。
 そんな中、手枷てかせ足枷あしかせつながったくさりで荷台にくくり付けられたプリシラは1人馬車の中に残り、鋭い目を男たちに向ける。

「弟は無事でしょうね。もし手出しをしていたりしたら、あなたたちの目をこの指でくり抜いてやるから」

 そうすごむプリシラに、顔を赤くらした男たちは思わずひるむ。
 2人ともビバルデの街でプリシラに派手になぐり倒された者たちだ。

「チッ。あいつは商品だからな。無事だよ。今はな」
「だが売却されれば貴族のなぐさみものだ。毎晩毎晩、変態貴族様に骨までしゃぶられることになるぜ。ざまあ見やがれ」

 そう悪態をつく2人にプリシラは怒りをあらわにする。

「そんなことになる前にエミルを助け出して、アタシがあなたたちの全身の骨を粉々にくだいてやるから。見てなさい!」

 そうえるプリシラに男たちはおびえともあざけりともつかぬ卑屈ひくつな笑みを浮かべ、後方にいる仲間に声をかけた。

「おい。弟の方を連れてこい」

 するとほどなくして両手両足をなわで縛られ、口元を厚手の布でおおわれたエミルが姿を現した。
 エミルは泣きらしたようで目を真っ赤にしており、プリシラの顔を見ると姉様と声を上げようとする。
 だが口元がおおわれているため、くぐもった声が出るばかりだ。

「静かにしろ。ガキが」

 そう言うと男はエミルの細い首を後ろから手でつかんだ。
 途端とたんにエミルは恐怖で体を硬直させ、顔を引きつらせてそれ以上、声を出せなくなってしまった。

「エミルを放しなさい!」

 プリシラは必死に身じろぎするが、鉄ごしらえのかせはさすがに引きちぎることは叶わない。
 プリシラが苛立いらだちに声を上げると、男たちの後方から団長がやってきた。

無駄むだな抵抗はやめな。お嬢さんよ。おまえたちはうちの他のクズ女どもと違って結構な高位の貴族様に買い取ってもらえるはずだ。そこでうまく主人に取り入ればいい思いが出来るかもしれねえぞ。おまえはあと数年もすれば相当いい女になる。きっと喜ばれるぜ」

 そう言うと団長は部下に命じてプリシラを荷台に縛りつけているくさりを解かせる。
 もちろんプリシラの手かせかせはそのままで、団長は油断なく小刀をエミルの首元に突きつけていた。

「言うまでもねえが暴れるなよ? 弟が血を流すことになる。殺しはしない。だが多少傷つけるくらいなら商品価値がわずかに下がるくらいだ。そのくらいなら俺はやるぜ」
「くっ……この下衆げす野郎」
 
 プリシラは悔しそうにくちびるみしめ、男らに連れられて馬車を降りた。

「まあ売れるまでの間、水も飯も寝床も与えてやるよ。衰弱されても困るからな。味や寝心地は保証しねえが、そのくらいは我慢してもらおうか」 

 そう言うと団長はニヤリと笑い、プリシラとエミルを引き連れ、前方に見える夜の街に向かって街道を歩き出すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助
ファンタジー
女戦士ばかりの蛮族ダニア。 その女王ブリジットの娘として生まれたプリシラ。 外出先の街で彼女がほんのイタズラ心で弟のエミルを連れ出したことが全ての始まりだった。 2人は悪漢にさらわれ、紆余曲折を経て追われる身となったのだ。 追ってくるのは若干16歳にして王国軍の将軍となったチェルシー。 同じダニアの女王の系譜であるチェルシーとの激しい戦いの結果、プリシラは弟のエミルを連れ去られてしまう。 女王である母と合流した失意のプリシラは、エミル奪還作戦の捜索隊に参加するべく名乗りを上げるのだった。 蛮族女王の娘が繰り広げる次世代の物語。 大河ファンタジー第二幕。 若さゆえの未熟さに苦しみながらも、多くの人との出会いを経て成長していく少女と少年の行く末やいかに……。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

Another World〜自衛隊 まだ見ぬ世界へ〜

華厳 秋
ファンタジー
───2025年1月1日  この日、日本国は大きな歴史の転換点を迎えた。  札幌、渋谷、博多の3箇所に突如として『異界への門』──アナザーゲート──が出現した。  渋谷に現れた『門』から、異界の軍勢が押し寄せ、無抵抗の民間人を虐殺。緊急出動した自衛隊が到着した頃には、敵軍の姿はもうなく、スクランブル交差点は無惨に殺された民間人の亡骸と血で赤く染まっていた。  この緊急事態に、日本政府は『門』内部を調査するべく自衛隊を『異界』──アナザーワールド──へと派遣する事となった。  一方地球では、日本の急激な軍備拡大や『異界』内部の資源を巡って、極東での緊張感は日に日に増して行く。  そして、自衛隊は国や国民の安全のため『門』内外問わず奮闘するのであった。 この作品は、小説家になろう様カクヨム様にも投稿しています。 この作品はフィクションです。 実在する国、団体、人物とは関係ありません。ご注意ください。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...