蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第6話 暗転

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 プリシラを取り囲んだ屈強くっきょうな4人の男たちが、彼女を押さえ込もうとその太い腕を伸ばす。
 だが男たちの手は彼女に触れることはかなわなかった。
 プリシラは一瞬で男たちの頭より高く飛び上がり、1人の男の頭を踏んでその背後に降り立った。
 そして下段後ろ回しりで男の足を払う。
 そのあまりの鋭さに大柄な男が足をすっかり払われて転倒した。

「うげっ!」

 転倒した男の顔面をプリシラは容赦ようしゃなくりつけた。
 その衝撃に男は鼻を折られて一撃で失神してしまう。
 そこからプリシラは跳ね上がるように足を振り上げ、別の男の側頭部をり飛ばした。

 幼い頃からずっと続けてきた格闘訓練によって、彼女の体には格闘術が叩き込まれている。
 流れる水のごとく体は自然に動く。
 息をする間もなくプリシラは次から次へと拳やりを繰り出し、4人の男たちをあっという間に倒してしまった。
 その動きの速さに圧倒されてその場にいる誰1人として気付かなかった。
 プリシラのしなやかな腕や足がほんの一瞬、猛烈に筋肉を盛り上がらせていることに。

 突然の暴力沙汰ざたに天幕の中にいた富裕層の客らは悲鳴を上げて青い顔で外へと逃げ去って行く。
 だがそんな中、男の怒声が響き渡った。

「そこまでだ! お嬢さん」

 その声にプリシラは振り返り、思わずくちびるんだ。
 腰を抜かしたように座り込んでいる受付の男のすぐそばに、青白い顔をしたせ身の男が立ち、エミルを背後から抑えつけている。
 その男は左腕をエミルの細い首に巻きつけ、右手に持ったギラギラとした抜き身の小刀をエミルののどに近付けた。

「ね、姉様……」

 エミルはか細い声をそうしぼり出すのがやっとだった。
 プリシラは怒りにくちびるみしめる。

「エミル! くっ……放しなさい! 弟を傷つけたら許さないわよ!」
「おっと。動くなよ。それ以上近付いたら、これで弟ののどをかっさばいてやる。傷つけるかどうかはお嬢さんの態度次第だな」

 そう言うと男はエミルを抱えたままジリジリと後方に後退あとずさっていく。
 その男を見上げて受付の男がかわいた声をらした。

「だ、団長……」
「チッ! サッサと立てマヌケ。商売の邪魔じゃまをされやがって。せっかくの上客が逃げちまったじゃねえか。それにしてもお嬢さん妙に強いな。普通の女じゃない。若いが戦士か。共和国軍の所属か?」

 団長と呼ばれた男にそうたずねられて、プリシラは即座にうなづいた。
 身分を明かせば事が解決するとは思えない。
 むしろ自分たちがダニアの女王の子だと知られたら、事態は悪化するような気がした。

「……ええ。まだ訓練兵だけどね。でもあなたの首をへし折るくらい、ワケないわよ」 
「おお怖え。けど弟の方はただのガキだな。俺がこの弟の首をかっさばくのもワケないぜ」

 そう言うと男は倒れている屈強くっきょうな男たちに声をかける。

「おい! おまえら起きろ! 情けねえ! 腕っぷしを見込んで雇ってんだから相応の仕事をしろ!」 

 団長の怒声どせいに倒れていた用心棒らはヨロヨロと身を起こし始める。

「その娘を拘束こうそくしろ! お嬢さんよ。少しでも抵抗するそぶりを見せたら、こいつで大事な弟を切り裂くぜ」

 そう言うと男は小刀の腹をエミルののどに押し当てる。
 エミルが短く息を飲む音が聞こえ、プリシラは怒りに震える拳を下ろした。
 
(くっ……だから弱い奴は嫌いなのよ。エミルなんて母様のところに置いてくれば良かった) 

 そう心の中で悪態をつくプリシラの顔に再び麻袋が被せられ、視界がふさがれる。
 するとプリシラは後頭部に強い衝撃を受けて、意識が遠のいていくのを感じた。
 意識が失われる前に最後に聞いたのは、エミルが自分を呼んで泣き叫ぶ声だった。

 ☆☆☆☆☆☆

「姉様! 姉様ぁ!」

 天幕の中にエミルの悲痛な叫び声が響く。
 そんなエミルを抱えている曲芸団サーカスの団長は用心棒らをギロリとにらみつけた。
  
「馬鹿野郎。無茶しやがって。傷でも付いたら値が下がるだろう。こいつは上玉だぞ」

 そう言うと団長は地面に倒れて動かなくなったプリシラの姿を見る。
 顔に麻布をかけられた彼女は、用心棒の1人に力任せに後頭部をなぐられて倒れ、動かなくなったのだ。
 呼吸はしているので気絶しているだけだと分かってホッとする団長に、屈強くっきょうな用心棒の男が不服そうに顔をしかめた。

「けどよ団長。この小娘、思い切りなぐるもんだから頭に来ちまって。クソッ! 歯が折れて血が止まらねえよ」
だまれ。この娘の売値だけで、てめえが10年働いてもかせげねえ額になるんだぞ。こいつを無事に売りさばけりゃ、おまえらにも臨時報酬を弾んでやる。売り物は丁重ていちょうに扱いな」

 団長はそう言うと、エミルを部下である受付の男に突き出す。

「こいつも丁重ていちょうに縛り上げるんだ。黒髪でツラもなかなかいい。しかもまだガキだ。こいつを欲しがる変態の紳士淑女は多いぜぇ。下手すりゃ姉貴の方より値が高くつくぞ」

 そう言っていやしい笑みを浮かべる団長にエミルは心底震え上がった。
 そして倒れている姉を見る。
 姉は自分を助けようとしてああなってしまった。
 倒れて動かなくなった姉の姿にエミルは強い衝撃を受け、そしてこれから自分が恐ろしい目にあうのではないかと思うと、動悸どうきがして息苦しさにあえぐ。
 
「うぅぅ……はぁっ……はぁっ」 

 ついには過呼吸を引き起こし、エミルは急激に気が遠くなるのを感じて、その視界は暗転した。
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