蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第5話 女王の視察

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 共和国と公国の国境近くの商業都市ビバルデ。
 今この街にダニアの女王ブリジットが訪れていると街中ではうわさになり始めていた。
 美しい金髪をなびかせて街を歩くその気高く美しい姿を見た者が少なくないためだ。

 共和国の同盟相手である都市国家、統一ダニア。
 その領土は限りなく小さなものだが、百戦錬磨で一騎当千の赤毛の女戦士らを数多く抱えるその国は、共和国にとっては頼もしい同盟相手だった。
 統一ダニアには金と銀の女王という2人の象徴的な存在があり、そのうちの1人である銀の女王クローディアは、現在の共和国大統領であるイライアスの妻だ。
 そのことが共和国とダニアの同盟関係をより強固なものとしている。

 共和国はダニアのために数々の便宜べんぎはかり、ダニアは共和国内を荒らす野盗や蛮族ばんぞくの群れが現れればいち早く現場に駆けつけて敵を打ち払う。
 そんな相互の協力関係が成り立つ共和国内では、各主要都市にダニアの女たちが数百人規模で常駐していた。
 ただ、この街は公国との国境が近いことから十分な共和国軍の兵力が備わっており、今まではダニアの兵士たちが派兵されてはいなかった。

 だが今、この大陸を取り巻く情勢は風雲急を告げている。
 大陸中央部に位置する共和国の西隣にしどなりは大公の治める公国があり、さらにそのとなりには大陸最西端となる王国の領土がある。
 その王国軍が東隣ひがしどなりの公国の領土に進攻し始めているのだ。
 十余年前の戦乱の末に結ばれた両国の休戦協定が破られたのは、ほんの1ヶ月前のことだ。
 
 王国の前国王が公国の大公と結んだその協定を破棄したのは、亡き前国王の長子として国王の座を受け継いだジャイルズ王だ。
 そしてジャイルズ王の開戦宣言と同時に王国軍は即座に公国の国境を守るとりでを撃破して、破竹の勢いで公国の東端の農業都市を陥落かんらくさせ占領した。
 その王国軍の先頭に立っていたのはジャイルズ王の腹違いの妹にして、前国王とその側室であった先代クローディアとの間に生まれたチェルシーだ。
 現在の共和国大統領の妻である当代クローディアの父親違いの妹でもある。

 王国と公国は再び戦時下に突入したのだ。
 そうした情勢の悪化を受け、共和国内にも緊張が走り、イライアス大統領の要請を受けた統一ダニアは共和国と公国の国境にほど近い各都市に新規および追加の派兵を急ぎ検討している。
 そのためにブリジットがこのビバルデを訪れ、まだ赤毛の女戦士らが派兵されていないこの街の防衛に向けて視察を行っていた。
 王国と公国の戦火が共和国にも及ぶ危険性が十分にあるからだ。

「この街の規模なら派兵は300人といったところだな」

 街の中心にある大きな飲食店で茶を飲みながら、ブリジットは街を視察した感想を口にした。
 実際に派兵するかどうかはウィレミナが議長を務めるダニア評議会が最終決定することであり、その場合の派兵の規模は軍部の責任者であるデイジー将軍が創案して議会で決定されることとなるのだが。

 ほんの数年前までダニアは金の女王ブリジットと銀の女王クローディアに政治の決定権がある王政がかれていたが、現在は2人の女王の希望により立憲君主制へと移行している。
 国民選挙で選ばれた評議員たちが政治的決定を行うことになったのだ。
 女王たちは政治的な決定権を手放し、今は象徴的な存在となっている。
 だが、今もこうして大事なことはブリジットの目を通して確認するし、若き議長であるウィレミナはブリジットから数々の助言をもらうこともある。
 今もなお女王たちはダニアの中で大きな影響力を持つのだ。

「公国との国境が近い分、共和国軍も兵力を多くここにいているからな。こっちはそんなもんでいいだろう」

 そう言ったのはブリジットの対面で同じく茶を飲んでいる赤毛の女だった。
 短めの赤毛を肩の辺りで切り揃え、左目には黒い眼帯をしている。
 十数年前にダニアを襲った大きな戦の中で敵将と戦い、彼女は左目をつぶしている。
 今、ダニアの中で知らぬ者のいない伝説的なその戦士の名はベラ。
 ダニアの若い女戦士たちは彼女を【隻眼せきがんのベラ】と呼び、あこがれと敬意を持って口々にその武勇を語るのだ。

 そんなベラのとなりにはその盟友であるソニアの姿もある。
 ベラよりも大きな体格のソニアは今現在もダニアの中で最も体の大きな女だった。
 その背丈は2メートルを超える。
 彼女も先の大戦でベラと共に敵将と戦って大きな戦果を残した。
 それだけでなく瀕死ひんしの重傷を負いながら生還を果たしたことから【不死身のソニア】と呼ばれている。

 ベラとソニア。
 2人は女王ブリジットにとって子供の頃より共にある幼馴染おさななじみであり、こうして3人でいる時はベラもソニアも友として気楽にブリジットに接するのだ。
 そのことをブリジットもありがたいと思っていた。
 幼き頃より共にある3人の盟友も今や皆、年齢は34歳となっている。

「王国が動き出している。隣接りんせつする公国の出方次第では、ここも戦場になるぞ。300人で足りるのか?」

 寡黙かもくなソニアはこの席に着いてから初めて口を開いた。
 そんな友の言葉にベラは肩をすくめる。

「300人を500人に増やしたところで、王国が攻めてきたら大して変わらねえよ。まさか3000人派兵するわけにもいかねえしな」

 3人がそう話し合っていたその時だった。
 借り切っていた個室にお供の小姓こしょうが青い顔で入ってきたのだ。

「し、失礼いたします。大変申し訳ございません。プ、プリシラ様とエミル様の行方ゆくえが分からなくなったと、護衛の兵から連絡がありました」

 まだ若い小姓こしょうは震えるくちびるでそう言うと、息継ぎすら忘れたかのように事情を説明し始めるのだった。
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