蛮族女王の娘 第1部【公国編】

枕崎 純之助

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第2話 曲芸団《サーカス》

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「2人分ね」

 エミルの手を引いて曲芸団サーカスの天幕に入ったプリシラは、入口で受付の男に子供2人分の代金を貨幣で支払う。
 入場料は母から持たされていた小遣こづかいで十分に足りる額だった。
 受付の男は子供が平然と代金を支払ったことにわずかにおどろきの表情を見せたが、プリシラとエミルが仕立ての良い服を着ているのを見て納得した。
 どこかの貴族の子女だと思ったのだろう。

「もう始まるからサッサと座って下さいな。お嬢さんとお坊ちゃん」

 受付の男にそう言われるまでもなく天幕に入ると、そこにはすでに多くの観客が座席にひしめき合っていて、プリシラとエミルははしの方の席にようやく座ることが出来た。
 天幕の中は多くの明かりに照らされてきらびやかだが、けものくさい。
 多くの動物たちがおりの中に入れられているためだ。
 エミルは思わずそのにおいに顔をしかめる。

くさいよ。姉様」
「このくらい何よ。ブライズおば様の獣舎のほうがずっとくさいわよ」

 そう言うとプリシラはおりの中でウロウロしている見たこともないけものに目をかがやかせる。

「あのけもの、何だっけ? ほらエミル。前に動物図鑑で見ていたでしょ?」
獅子ししだよ……」

 楽しくてたまらないといった姉とは正反対に、エミルは天幕の中に広がる独特でどこかおどろおどろしい雰囲気ふんいきにビクビクしていた。

「ここ……何か嫌だよ。出ようよ姉様」
「何言ってるのよ。入ったばかりでしょ。ほら、もう始まるわよ」

 プリシラがそう言った途端とたん、けたたましいふえ太鼓たいこの音が鳴り響き、場内の観客から歓声と拍手が巻き起こる。
 そこからは顔を白く塗りたくった道化師の男が5つもの手玉を同時に使った軽妙な手遊びを見せながら、開演の口上を始めた。
 その後すぐに猛獣たちによる見世物が始まったのだ。

 燃え盛る火の輪の中を雄々しくくぐり抜ける獅子しし
 大きな玉の上に乗り器用に進む黒熊狼ベアウルフ
 さらにはかき鳴らされる音楽に合わせて幾度も宙返りをしながら細い棒の上を渡る猿。
 そうしたけものたちの見世物にプリシラは夢中になった。
 だが手を叩いて歓声を上げるプリシラのとなりでエミルは青い顔をしてうつむいている。

「エミル。めったに見られるものじゃないのに、見ないともったいないわよ」

 そう言ってエミルを見たプリシラはそこで初めて気が付いた。
 弟が青ざめた顔でわずかに震えているのを。

「エミル。どうしたの? 気分悪いの?」
「誰かが……苦しんでる」

 か細い声でそう言うエミルにプリシラはハッとした。
 これまでもエミルはこのようなことを言うことがあったが、それは彼の持つ特殊な体質のせいだ。
 黒髪術者ダークネス
 それは人並外れた鋭敏な五感と言葉では説明のつかない特殊な能力を持つ者たちだ。
 この大陸にはそうした者たちがいて、それが大陸ではめずらしい黒髪の者に多いため、そう呼ばれている。

 エミルの父であるボルドも黒髪術者ダークネスだ。
 そしてエミルは父の黒髪のみならず、そうした力を受け継いだ、生まれながらの黒髪術者ダークネスだった。
 プリシラは父や弟のその力の一端をこれまで幾度いくども見て来た。

 父はひどいあらしや大きな地震が来ることを数日前に言い当て、それで皆が事前に準備をして難を逃れたことは一度や二度ではない。
 だがエミルは父が言い当てるよりも一週間も早く様子がおかしくなった。
 不安そうな顔でソワソワし始めるのだ。

 プリシラは父から聞いたことがある。
 エミルは父よりもずっと強い力の持ち主だと。
 だがまだ子供で心が幼いから、押し寄せる不安にどうすることも出来なくなってしまうのだと。
 プリシラも弟のそんな様子をこれまでに幾度いくども見てきた。
 だからこれはただごとではないと思ったのだ。

「誰かって? この天幕の中にいる誰かってこと?」

 プリシラは周囲を見回した。
 観客たちは皆、猛獣の見世物に熱狂していて、誰1人として苦しそうな者はいない。
 だが猛獣の見世物が終わって、次の出し物が始まった時に天幕の中の雰囲気ふんいきが一変し、エミルがますます震え出した。
 曲芸団サーカスが猛獣の見世物の次に出したのは、生まれつき体に何らかの欠損や異常を持つ人々を紹介する見世物だった。
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