甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第30話 命のくちづけ

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「私が神気じんきい出します!」

 恋華れんかは決意を込めて声を上げた。
 神気じんきを吸《す》い出す。
 神気じんき魔気まきは口や鼻腔びこう、そして耳や毛穴けあななどか体外に排出はいしゅつされるが、もっとも排出はいしゅつ量が多いのはやはり口だった。
 
 恋華れんか人口呼吸じんこうこきゅう要領ようりょう甘太郎あまたろうの口から強制的に神気じんきを吸い出そうとしていた。
 それはカントルムのエージェントや職員であれば、救命法として必ずレクチャーされているものだった。
 来訪者はじっとだまったまま恋華れんかを見つめると、やがて静かに口を開いた。

神気じんきい出すのは重労働ですよ。恋華れんかさまの今の体調では無理でしょう」

 断定的な物言いだったが、それは冷静な意見だった。
 だが恋華れんかは来訪者の理性的な意見にもキッパリと首を横に振った。

「私は今、アマタローくんとは一心同体のつもりです。彼が苦しい思いをしているなら私も苦しい思いをしてでも彼を助ける。それは私にとって当たり前のことだから」

 そう言うと恋華れんかは横たわる甘太郎あまたろうの前に立って彼の顔を見下ろした。
 そしてその手で甘太郎あまたろうの頭をそっとでて、恋華れんかはフッと申し訳無さそうに笑った。

「ごめんね。アマタローくん。後でちゃんと謝るからゆるしてね」

 そう言うと恋華れんかは思い切って甘太郎あまたろうくちびるに自分のくちびるを重ね合わせた。
 緊張きんちょうふるえる体を押さえ込むようにギュッと手をにぎめ、彼の体の中から神気じんきい出していく。
 恋華れんかは一定量の神気じんきうと口を離してそれを空中にき出す。
 そして甘太郎あまたろうの表情をうかがうが、それでも彼は身じろぎひとつ見せない。
 死んだように横たわったままの彼の口からはか細い糸のように、ひとすじの白いけむり排出はいしゅつされているだけだった。
 だが、恋華れんか落胆らくたんした様子もなく気丈きじょうに言う。

「死なせない。今度は私がアマタローくんを絶対に助けるんだ」

 そして再び甘太郎あまたろうくちびるい付いた。
 幾度いくど幾度いくどもそれをり返し、甘太郎あまたろうの体から神気じんき排出はいしゅつする流れを作ろうと恋華れんか躍起やっきになった。
 すると徐々じょじょ甘太郎あまたろうの口かられ出る神気じんきけむりがその量をしていく。
 体の内側から神気じんき排出はいしゅつしようとする甘太郎あまたろうの意思を感じて、恋華れんかは勇気付けられた。

(アマタローくんもがんばってくれてる!)

 くちびるを重ね合わせるたび、息をい込むたびに甘太郎あまたろうの顔色が良くなっていく。
 血色けっしょくもどり、生気せいきちていく。
 そして十数度それをり返したその時、とうとう甘太郎あまたろうの口だけでなく全身から白い神気じんきけむり噴出ふんしゅつし始めた。
 来訪者は恋華れんかの行動をじっと見守っていたが、明らかに復調していく甘太郎あまたろうの様子を見て、その顔におどろきの色をにじませていた。
 そんな来訪者の見つめる先で、恋華れんかい出しの合間に甘太郎あまたろうに声をかけていた。

「アマタローくん! がんばって! もう少しだよ!」

 恋華れんかは必死に甘太郎あまたろうびかけた。
 その声が甘太郎あまたろうとどくと信じて。
 その甲斐かいあってのことか、恋華れんか甘太郎あまたろうの反応に両目を見開いた。
 甘太郎あまたろうの指先がピクリと動く。
 いで甘太郎あまたろうの腹部と胸部がブルブルッとふるえ、ついに甘太郎あまたろう呼吸こきゅうを取りもどした。

「……う、ゴホッ! ゴホゴホッ!」

 甘太郎あまたろうは苦しげに幾度いくどもむせると、体をくの字にるようにして起き上がった。

「アマタローくん!」

 恋華れんかはその体をささえるようにわきからきかかえると、き込む甘太郎あまたろうの背中を優しくさすって声をかけながら、彼が落ち着くのを待った。

「大丈夫だよ。大丈夫だからね」

 甘太郎あまたろうはようやく呼吸こきゅうを落ち着けると、恋華れんか姿すがたを見て目を丸くした。
 そして恋華れんかという存在を確かめるように、そっと彼女の手にれた。
 そのはだの質感に甘太郎あまたろうはようやく安堵あんどの表情を浮かべる。

恋華れんかさん……無事か。良かった」
「うん。アマタローくんも」

 恋華れんかは両目になみだを浮かべ、声をふるわせてうなづいた。
 甘太郎あまたろうは周囲を見回した。

「フランチェスカは?」

 甘太郎あまたろうの問いに答えたのは来訪者だった。

「すでにほろびました。ここに横たわっているのはフランチェスカにとりかれていた被害者の女性です」

 そう言うと来訪者は甘太郎あまたろううやうやしく一礼した。
 そこで初めて甘太郎あまたろうは部屋の中に恋華れんか以外の人物が二人いることに気が付いた。

「来訪者……」
「よくぞ生きびましたな。お二人とも」
「この人が助けてくれたのよ」
 
 恋華れんかの言葉に甘太郎あまたろうは来訪者を見やる。

「そうか……また、世話になったな」
「いいえ。甘太郎あまたろう殿どののお命を救われたのは恋華れんかさまです。恋華れんかさまの努力によって甘太郎あまたろう殿どのは救われたのですよ。感謝ならば恋華れんかさまに」

 来訪者の言葉に恋華れんかは先ほどまでの行為こういを思い返して耳まで赤くなった。
 その最中は必死だったので意識しなかったものの、あれだけくちびるを重ね合わせた後にこうして甘太郎あまたろうと対面していると、恋華れんかは顔の火照ほてりやむねたかぶりをおさえることが出来ない。
 まともに甘太郎あまたろうと目を合わせることも出来ない恋華れんかに対して、甘太郎あまたろうはどうして彼女がそんな表情なのかまるで分からずにたずねた。

恋華れんかさん。俺、何も覚えてなくて。フランチェスカの最後がどうだったのか、とか。俺自身が何でこんなところでてるのかも」
 
 フランチェスカにおそわれる恋華れんかを救おうとして、魔気まきによる物質化の力をるおうとしたところまでは覚えているが、そこで甘太郎あまたろう記憶きおく途切とぎれていた。
 そう言う甘太郎あまたろう恋華れんかはやや落ち着きを取りもどし、恐る恐るたずね返す。

「な、何にも覚えてないの? 本当に?」
「うん……あ、でも。恋華れんかさんがびかけてくれていたのはうっすらと……」

 キョトンとした顔を見せる甘太郎あまたろう恋華れんか安堵あんどの表情を浮かべた。

「そっか。そっかそっか。ならいいよ! オーケーオーケー! 問題なし」

 赤面せきめんしながら早口でそうまくし立てる恋華れんか甘太郎あまたろうまゆひそめた。

「でも……恋華れんかさんに何か迷惑めいわくをかけたんじゃ?」
「いいの。っていうかそれ以上、聞かないこと」

 そう言うと恋華れんか甘太郎あまたろうの両ほほを軽くつねり、それ以上しゃべらせないように念押しする。
 甘太郎あまたろうはイマイチに落ちない表情を浮かべていたが、恋華れんかが真っ赤な顔で目をり上げていたので、彼女に気圧けおされるようにうなづいた。

「フランチェスカのことだったら後で教えてあげる。アマタローくんの力はすごかったんだよ」
「そ、そうですか。まあとにかく……恋華れんかさんが無事で良かった」

 甘太郎あまたろうの顔には心からの安堵あんどにじみ出ていた。
 ポルタス・レオニスに来てからの惨状さんじょうを考えれば、二人とも命を落としていた恐れもある。
 それを考えると、今こうして恋華れんかが目の前で笑っていてくれることが甘太郎あまたろうは何よりもうれしかった。
 そしてそれは恋華れんかも同じ気持ちだった。
 甘太郎あまたろうが目の前で元気な姿を見せてくれていることが、恋華れんかの心を幸福感で満たしてくれた。
 微笑ほほえみ合う二人に来訪者はげる。

「元の世界にもどして差し上げましょう。ポルタス・レオニスの地下街ちかがいでよろしいですね?」
 
 来訪者の言葉に恋華れんか甘太郎あまたろうは顔を見合わせてうなづいた。

「あちらも鎮静化ちんせいかしたようなので、ご安心下さい」

 来訪者はそう言うと閉じている部屋のとびらを開いた。
 とびらの向こう側には先ほどまでの浮遊空間ではなく、静まり返ったポルタス・レオニスの地下街ちかがいが広がっていた。
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