甘×恋クレイジーズ

枕崎　純之助

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最終章　モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第28話　来訪者の再訪

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　どこまでも続くかと思われた漆黒しっこくの浮遊空間の中で、天頂てんちょうから事の一部始終いちぶしじゅうを見つめる目があった。

「たった二人の人間が強大な悪魔を打ち倒す。神が人に授さずけた最大の武器は知恵と心ですね。今日あらためてそのことが分かりました」

　それは甘太郎あまたろうに「来訪者」と名乗った初老の男だった。
　来訪者は静かに眼下がんかを見下ろす。
　そこには悪魔に取り憑つかれていた修道女しゅうどうじょと、その悪魔を倒したエージェントの女の姿があった。
　修道女しゅうどうじょは意識のないまま浮かび、エージェントの女は涙を流しながらその身を震ふるわせている。
　来訪者は二人の女の元へと向かっていき、泣いている女に声をかけた。

「梓川あずさがわ恋華れんかさま」

　恋華れんかは驚おどろいて顔を上げると、来訪者を見て茫然ぼうぜんと声を漏もらす。

「誰だれ……？」

　来訪者は帽子ぼうしを取ると深々と一礼して名乗る。

「私は来訪者。酒々井しすい甘枝あまえさまから預かりし力を、甘太郎あまたろう殿どのに引き渡した者です」

　唐突とうとつな来訪者の言葉に恋華れんかは状況をうまく飲み込めず目を白黒させた。

「ど、どうしてここに？」

　そう尋たずねる恋華れんかは、それに答える来訪者の言葉に仰天ぎょうてんして目をむいた。

「甘太郎あまたろう殿どのを救っていただくために」
「えっ？　アマタローくんは、彼は生きてるんですか！？」

　驚おどろいて詰つめ寄ろうとする恋華れんかを来訪者は手で制し、穏おだやかな声で言った。

「危あぶない状態ですが適切てきせつに処置しょちすれば助かる可能性はまだあります」

　来訪者の言葉に恋華れんかは思わず身を乗り出したが、その言葉の真偽しんぎが分からず、恋華れんかは疑うたがわしげな視線を向ける。
　それを受けて来訪者は目を細めた。

「いきなり現れた男の言葉は信用には足らないでしょう。ですが百聞は一見にしかずです。ついて来て下さい」

　そう言うと来訪者は意識を失ったままのフランチェスカを抱きかかえ、恋華れんかに片手を差し出す。
　恋華れんかは戸惑とまどいながらその手をじっと見つめ、次ついで来訪者の瞳ひとみを見据みすえた。
　灰色がかったその初老の男性の瞳ひとみは深く、彼が嘘うそをついているかどうかは恋華れんかには到底とうてい計はかり知れなかった。
　だが恋華れんかは腹をくくると意を決して来訪者の手を取った。

（このままここにいても何も出来ない。それなら賭かけてみるしかないわ）

　甘太郎あまたろうがこの場にいない今、どちらにせよ恋華れんか一人ではこの浮遊空間から脱出することは叶かなわない。
　ならばこの来訪者についていく他に恋華れんかには選択肢せんたくしはなかった。
　決然とした表情の恋華れんかを見ると来訪者は柔和にゅうわな笑えみを浮かべ、彼女の手を握にぎり返した。
　そして踵きびすを返すと上昇していく。
　翼もなく手でかくこともせず、来訪者は苦もなく浮遊空間を進んでいく。
　不思議ふしぎなその光景を間近で見つめる恋華れんかに、来訪者は前を向いたまま、ある事実を告つげた。

「ここは甘太郎あまたろう殿どのの体内にある暗黒炉あんこくろの中です」

　事もなげにそう言う来訪者に恋華れんかは驚おどろきの声を上げる。

「ア、アマタローくんの体の中……ですか？」
「ええ。まあ単純に肉体の中とは少し異なりますが」

　そう前置きをすると来訪者は自分の知っている事柄ことがらをゆっくりと恋華れんかに話して聞かせる。

「貴女あなたやここにいるフランチェスカは外部から取り込まれたのでご自身の肉体ですが、先ほどこの場に現れた甘太郎あまたろう殿どのや商店街にいた子供姿の甘太郎あまたろう殿どのは共に彼が魔気まきによって作り出した仮の体です」
「仮の……体？」

　さっきまで恋華れんかの側にいてくれた甘太郎あまたろうは紛まぎれもなく彼そのものであり、あれが仮の体などとは恋華れんかにはとても信じられなかった。

「ええ。もちろんその意識は彼自身ですので、甘太郎あまたろう殿どのと何ら代わりありませんが、彼の本当の肉体は絶対に誰だれにも見つからないように秘匿ひとくされています」

　来訪者の話をゆっくり噛かみ締しめるように恋華れんかは沈思黙考ちんしもっこうする。
　やがて頭の中である程度の整理がつくと、今度は自分から来訪者に問いかけた。

「あなたはアマタローくんとどういう関係なんですか？」

　恋華れんかの問いを受けると、来訪者は彼女に全ての事情を話した。
　甘太郎あまたろうの祖先との約束で暗黒炉あんこくろを保持する代々の人間を守り続けていること。
　先代の酒々井しすい甘枝あまえから息子の甘太郎あまたろうに力を引き継ついだこと。
　そうした事情をひと通り話し終えると、来訪者は前方に目をやり、目的地が見えてきたことを告つげた。

「そろそろ到着とうちゃくしますよ」

　恋華れんかは来訪者が向かう先に目を凝こらした。
　するとやがて何もない漆黒しっこくの空間の中にかすかな光が見えてきた。
　来訪者に手を引かれて進む先にハッキリと扉とびららしいものが見えてきた。
　観音かんのん開きのそれは黒塗くろぬりの扉とびらであり、漆黒しっこくの空間の中ではともすれば見落としてしまいがちだったが、縁ふちと真ん中の隙間すきまが光輝かがやいていたために、扉とびらだと判別はんべつできた。
　そしてその隙間すきまから見える光が、扉とびらの向こう側から差し込むものだということも。
　
　来訪者がその扉とびらに手をかけ、押し開く。
　恋華れんかは息を飲んでその様子を見つめた。
　扉とびらの向こうは暖あたたかな光に包まれていた。

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