甘×恋クレイジーズ

最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第22話 最後の切り札

　恋華れんかと甘太郎あまたろうを包み込んだ金属球の中で、二人はフランチェスカの体当たりによる激しい衝撃しょうげきを受けていた。
　二人は互たがいの身を力一杯に抱きしめ合い、これに耐たえる。
　衝撃しょうげきは一度きりで、その後は静かになった。
　おそらく衝撃しょうげきによって金属球は遠く飛ばされたのだろう。
　たが、二人には外の状況は分からなかった。
　先ほどのガラス球と違ちがい、甘太郎あまたろうが咄嗟とっさに出した金属球は外の見通せない漆黒しっこくの壁かべに周囲を囲かこまれていたからだ。
　恋華れんかと甘太郎あまたろうは今、真っ暗な空間の中にいた。
　視界を閉ざされた中で二人は互いの無事を確認するかのようにしばらく寄り添そっていたが、恋華れんかが弾はじかれたように甘太郎あまたろうから身を離はなした。

「ア、アマタローくん。スブシディウマは……」

　恋華れんかの言葉に甘太郎あまたろうは自分の握にぎりしめたままの左手を開いた。
　フランチェスカとの激しい戦いの最中さなかにあっても、彼は恋華れんかに渡す指輪を自分の小指に通したまま絶対に落とさないよう握にぎり込んでいた。

「ここにあります」

　甘太郎あまたろうの答えに恋華れんかはホッと安堵あんどの息をついた。

「よかった。すぐにそれを私に……あっ」

　そう言いかけた恋華れんかは驚おどろきに小さな声を上げた。
　視界のきかない中、甘太郎あまたろうが彼女の右手をそっと取ったからだ。
　そして甘太郎あまたろうは暗闇くらやみの中で指で優しく恋華れんかの薬指を探り当てる。

「あっ……」

　指と指が触ふれ合うその感じが妙みょうに熱っぽく、恋華れんかは顔が火照ほてり体の奥が熱くなるのを感じた。　
　甘太郎あまたろうは彼女の右手の薬指にそっと指輪を通して言った。

「さっきはごめん。恋華れんかさん。すぐにこうすれば良かったんだよね」

　甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんかは目頭が熱くなるのを感じて、思わず彼の胸むねに顔をうずめた。

「そうだよ。男らしくすぐに指輪をはめてくれれば良かったのに。アマタローくんのバカ」

　恋華れんかはくぐもった声でそう言うと、目元の涙なみだを甘太郎あまたろうの服で拭ぬぐい、顔を上げた。

「でも、ありがと」

　恋華れんかがそう言ったその時、彼女の右手に緑色の光が宿った。
　今、恋華れんかの指に通したばかりのスブシディウマが光を放はなっている。
　指輪に装飾そうしょくされた緑色の宝石が煌々こうこうと輝かがやいているのだ。

「インストールされてるんだわ」

　そう言う恋華れんかの顔が緑色の光に染そめられている。

「イ、インストール？」

　驚おどろく甘太郎あまたろうに恋華れんかは頷うなづいた。

「最初はこうなるの。こうして私の脳のうや体と接続されてプログラムが導入どうにゅうされていくのよ」

　彼女がそう言い終えると今度はさらに元々恋華れんかが指にはめていた二つの指輪【メディクス（医者）】と【スクルタートル（調査官）】までもが青と赤の輝かがやきを放ち始める。

「恋華れんかさん。それは……」
「共鳴きょうめいしてるんだわ。ちゃんと互たがいの機能を理解するために。【スブシディウマ（援軍）】はこの二つの補佐役みたいなもんだし……って、アマタローくん！　それは？」

　赤、青、緑。
　三色の光のおかげで、真っ暗だった金属球の中は明るく照らし出される。
　そこに浮かび上がった甘太郎あまたろうの姿を見て恋華れんかの顔は青ざめた。

「ア、アマタローくん。一体どうしたの？」

　甘太郎あまたろうの足の先から腹部までが、真っ黒な炭すみのような色に変色していたのだ。
　甘太郎あまたろうは苦笑いを浮かべて言った。

「俺もさっき気付いたんだけど、どうも慣れない力を使ったせいみたい」

　魔気まきの液体を物質化する不思議ふしぎな力。
　それが彼の体を蝕むしばんでいる恐れがある。
　恋華れんかはそのことに愕然がくぜんとした。

「も、元に戻もどらないの？」
「どうかな。自分でもよく分からなくて」

　甘太郎あまたろうは自嘲じちょう気味に首を横に振ふる。

「そんな……」

　肩かたを落として悄然しょうぜんとする恋華れんかだったが、甘太郎あまたろうはそんな彼女の両肩かたに手を置くと力強く言った。

「そのことは後で考えよう。ここでフランチェスカを倒さなきゃ、俺たち二人ともどちらにせよ助からないんだ」
「アマタローくん……」

　彼の言葉に恋華れんかは顔を上げた。

「それどころか、この先もフランチェスカのせいで不幸になる人がたくさん現れる。今ここで、俺たちがアイツを仕留しとめるんだ。大ピンチだけど、フランチェスカとこんなに接触せっしょくできるなんて最初で最後の大チャンスかもしれない」

　そう言うと甘太郎あまたろうは恋華れんかの目をじっと見つめ、優しい口調でそっと囁ささやいた。

「妹さんの仇かたきを討うたなきゃ。生きて帰ってご両親を元に戻もどさないと。それこそが恋華れんかさんのやること。だろ？」

　甘太郎あまたろうの言葉と両肩かたに置かれた手の力強さが恋華れんかを奮ふるい立たせた。
　恋華れんかは唇くちびるを噛かみ締しめると再び決意を新たにし、決然と頷うなづく。
　その時、恋華れんかの右手で光を放っていたスブシディウマに異変が起きた。
　眩まばゆい光が消えたりついたりと明滅めいめつを繰くり返し始めたのだ。

「な、何だ？」
「インストールが終わったんだわ」

　そう言った途端とたん、恋華れんかの体から緑色の火花がスパークした。

「うおっ！」

　驚おどろいて声を上げる甘太郎あまたろうの目の前で、恋華れんかは肩かたや腕うで、足、胸むねなどからバチバチッと線香せんこう花火のような光が舞い散っている。

「恋華れんかさん。そ、それは？」

　戸惑とまどいの表情を浮かべる甘太郎あまたろうとは対照的に恋華れんかは自信を得たという顔を見せて言う。

「力が伝わってくる。いけるかも！」

　恋華れんかがそう告つげたその時、金属球の外側からガキンという金属音とともに衝撃しょうげきが加わった。　
　二人は反射的に身を寄せ合ったが、すぐに状況を理解した。
　金属球の中が異様に熱くなってきたためだ。
　だが、二人はたじろぐことはなかった。
　互たがいに顔を見合わせると頷うなづき合う。
　二人の顔には明確な戦意の色が表れ、絆きずなを確かめ合うかのように二人の手は固く結ばれていた。
　いよいよ最後の戦いに幕まくが下りる瞬間が訪れようとしていた。