甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第21話 奮闘! 甘×恋のキズナ!

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 恋華れんかは浮游空間中を飛ばされながら必死にもがいていた。
 だが、その甲斐かいむなしく恋華れんかはどうすることも出来ない自分に腹立たしげな声を上げる。

「もう! 何でフランチェスカはあんなに自由に動けるのに……」

 フランチェスカだけはその漆黒しっこくの翼をはためかせて、この浮游空間にあっても自由自在に動いている。
 くやしげに恋華れんかが見つめる先では、甘太郎あまたろう魔気まきあやつ不思議ふしぎな力でフランチェスカを翻弄ほんろうしている。

「アマタローくんががんばってくれてるのに、私が何も出来ないなんて」

 そう言うと恋華れんかは歯がゆそうに表情をゆがめる。
 だが、そんな彼女の目に希望の光が宿った。
 彼女の視線の先には左の足首をつなしばられてもがき続けるフランチェスカと、そのすき恋華れんかの元へ向かって来ようとする甘太郎あまたろうの姿があった。
 おどろいたことに甘太郎あまたろうは浮游空間の中をまるで泳ぐようにして恋華れんかに向かって来ている。

「ウソッ! すごい……」

 恋華れんか歓喜かんきいろどられたひとみ甘太郎あまたろうを見つめた。
 彼は必死の形相ぎょうそう恋華れんかに向かってこようとしている。
 新宮しんぐう総合病院の時からポルタス・レオニスをて今ここにいたるまで、甘太郎あまたろうはいつも必死に恋華れんかを守り、護衛ごえいという仕事以上に恋華れんかに寄りおうとしてくれた。
 彼のうでに守られるたび、彼に手を引かれるたび、恋華れんかむねの内には温かなものがみ上がっていくようだった。

 カントルムのエージェントとして初めての単独任務であるにも関わらず恋華れんかが勇気を持ってのぞめたのは、間違まちがいなく甘太郎あまたろうの存在によるところが大きいと、恋華れんかは今そう実感していた。 
 彼がいないことがどうしてあんなにも不安だったのか。
 そして彼がいてくれることがどうしてこんなにも安心と勇気をあたえてくれるのか。
 恋華れんかには何となく分かった気がした。

「そっか。私、アマタローくんのこと……」

 そうつぶやきかけたその時だった。
 懸命けんめいに近づいてくる甘太郎あまたろうの背後に見えるはるか先で、フランチェスカが自分の足首をしばる黒いつなを無理やり引きちぎり、怒りくるったような咆哮ほうこうを上げて甘太郎あまたろうを追ってくる。
 恋華れんかはハッとして声を上げた。

「アマタローくん! 後ろ!」

 恋華れんかさけぶ声に、甘太郎あまたろうは反射的に背後をり返った。
 するとつなをちぎって自由を得たフランチェスカがものすごい速度で甘太郎あまたろうに向かってきている。
 それは獲物えもの仕留しとめることのみに執着しゅうちゃくした殺気立ったけものの姿だった。

「クソッ! でっかいエアバッグ!」

 甘太郎あまたろう咄嗟とっさうでって魔気まきの液体を飛び散らせ、すぐさま念を込める。
 すると甘太郎あまたろうの目の前に彼の体の三倍はあろうかという巨大な円形の黒いエアバッグが出現した。

『こざかしい!』

 甘太郎あまたろうの体をそのくちばしで突き刺すことに執念しゅうねんを燃やすフランチェスカは、かまわずにエアバッグに突っ込んだ。
 まったく減速することなく巨大なフランチェスカが突進したため、その衝撃しょうげき甘太郎あまたろうはかり知れないほどだった。

「おわっ!」

 エアバッグはその弾力で破裂はれつこそしなかったが大きくたわむ。
 巨大な体躯たいくほこるフランチェスカだったが、エアバッグの弾力にはじき返されて大きく後方に飛ばされた。
 巨大なフランチェスカですらその有り様なのだから、エアバッグの裏側にいた甘太郎あまたろうなどひとたまりもなかった。
 衝突しょうとつ衝撃しょうげき甘太郎あまたろうの体は弾丸のように速度を上げて後方へ飛ばされていく。

「くっ!」

 あまりの速度で飛ばされたため、甘太郎あまたろうの体はあっという間に恋華れんかを追い越してしまった。
 後ろ向きに飛ばされた甘太郎あまたろうはすぐに態勢たいせいを入れえて前方にうでを向ける。

(デカくて死ぬほどやわらかいクッション!)

 甘太郎あまたろうは頭の中で必死にフワフワとした過剰かじょうなまでにやわらかなクッションをイメージした。
 すると彼の眼前に巨大な漆黒しっこくのクッションが出現した。

「うぷっ!」

 甘太郎あまたろうは思い切りそこに突っ込むとクッションの向こう側まで行きそうないきおいでめり込んだ。
 息がまり、目の前がチカチカと明滅めいめつする。
 ようやくいきおいは止まったものの、それでも激しい衝撃しょうげき甘太郎あまたろうは一瞬で意識をり取られてしまった。
 甘太郎あまたろうがクッションに激突したのを見た恋華れんかは声も出せずに息を飲む音をらした。
 だが、甘太郎あまたろうがめり込んだクッションからフワッと姿を現すと、恋華れんか安堵あんどの表情を浮かべる。

 しかしそれは鼓膜こまくに突きさるようなフランチェスカの咆哮ほうこうによって一変した。
 フランチェスカは甘太郎あまたろうの作り出した先ほどのエアバッグに大きく弾き飛ばされていたが、途中とちゅうで方向転換てんかんをして甘太郎あまたろう追撃ついげきを開始していた。
 相当に遠くまで飛ばされたようで、その姿は豆粒まめつぶほど小さく見えた。
 それでもフランチェスカの推力すいりょくならばすぐに接近してくるであろうことは恋華れんかにも予測はつく。

「アマタローくん!」

 恋華れんかは声を上げて甘太郎あまたろうに注意をうながそうとするが、当の甘太郎あまたろうは空中に身を投げ出したまま気を失っているかのように動かない。
 これに気付いた恋華れんかは必死にさけび声を上げる。

「アマタローくん! 気付いてアマタローくん!」

 しかし甘太郎あまたろうの体はちゅうただよったまま恋華れんかの声にも反応を見せない。
 そうこうしている間にもフランチェスカはどんどん近づいてくる。
 恋華れんかあせってさらに声を上げようとした。
 だがそこで彼女は自分のうでに何かを感じて視線を落とした。
 恋華れんかの腕には先ほどから、甘太郎あまたろうが作り出した不思議ふしぎな黒い液状ロープがき付いたままになっていた。
 ロープの先は先刻せんこくのフランチェスカの衝撃波しょうげきはによってち切られていたが、切れはしはいまだ恋華れんかのもとにあった。
 そのロープが恋華れんかうでを引っ張っているのだ。

「な、なに?」

 クイックイッと自分のうでを引っ張るそのロープは奇妙きみょうではあったが、まるで何かを催促さいそくしているかのように恋華れんかには思えた。
 恋華れんかは恐る恐るき付いているロープに手をかけた。
 ロープを一巻き二巻きとほどいていくと、ほどけたロープの先端せんたんがあたかも意思いしを持っているかのように甘太郎あまたろうの方に向かっていく。

「アマタローくんのところにもどろうとしてるの?」

 おどろきの表情でそう言うと、恋華れんかは先ほどこのロープで自分を引き寄せようとしていた甘太郎あまたろうの姿を思い返した。

「このロープにはアマタローくんの命令めいれいが残ってるんだわ。もしかしたら……」

 恋華れんかはハッとした顔ではじかれたように自分の左うで幾重いくえにもき付いているロープを必死にほどいていく。
 するとほどけたロープが長さを増していくほどに引っ張る力が強くなる。
 恋華れんかの体が引っ張られるほどに。

「こ、これなら私も一緒いっしょにアマタローくんのところにもどれる!」

 恋華れんか無我夢中むがむちゅうでロープをほどいていく。
 だが、そうこうしているうちにもフランチェスカは猛烈ないきおいで接近してくる。
 その邪悪じゃあくな姿がどんどん大きくなるのを視界のはしとらえ、恋華れんかあせりをつのらせた。
 ロープは恋華れんかを引っ張って徐々じょじょ甘太郎あまたろうに向かって行くものの、そのスピードは人が歩くほどしかなく、甘太郎あまたろうまでは程遠ほどとおい。
 じれったい状況に恋華れんか歯噛はがみする。

「くっ。これを全部ほどけば……って、これ長くない?」

 恋華れんかは必死にロープをほどいていくが、一向いっこうほどき切らない。
 せいぜい10き程度しかいていないように見えるロープだったが、不思議ふしぎなことにほどいてもほどいてもき数が思うように減らないのだ。
 豆粒まめつぶほどに見えるまで遠くにいたフランチェスカはすでにバスケットボール大に見えるほとまでに近付いてきている。
 恐らくあと十数秒ほどで恋華れんかの前を通り抜けて甘太郎あまたろう到達とうたつしてしまうであろうことは予想にかたくなかった。

「早く早く早く! 急いでぇ!」

 恋華れんかはもうこれ以上ないほどのいきおいでロープをほどいた。
 徐々じょじょに長くなるロープ。
 徐々じょじょに上がっていく恋華れんかを引っ張る速度。
 そして段々とまっていく甘太郎あまたろうとの距離きょり
 段々とせまってくるフランチェスカ。
 切迫せっぱくした状況下でさけび出しそうになるのをこらえながら恋華れんかは、左手にき付いたロープのき数がついに目に見えて減ってきたことに気が付いた。

 すでに自転車で坂道を降りるほどの速度で甘太郎あまたろうに近付く恋華れんかは、ほどく手を徐々じょじょゆるめた。
 ここからは一巻きほどくごとにグンとスピードが上がる。
 恋華れんか間違まちがってもロープを手放さないよう、全てのロープをほどく直前で手を止めた。
 フランチェスカはすでに数百メートルほどにせまり、その巨大な姿がいやでも恋華れんかの目にうつる。
 恋華れんかはロープをほどく右手の甲にもふたきほどロープをき付けると、声を上げながら一気呵成いっきかせいに左うでのロープを全てき放った。

「アマタローくんのところまで飛んでけぇぇぇぇぇ!」

 途端とたん恋華れんかの体がグンッと今までにない強い力でロープに引き寄せられる。
 フランチェスカはすでに数十メートル手前までせまり、なりふりかまわず甘太郎あまたろうに突っ込もうとしていた。

『くたばれぇぇぇぇ!』

 フランチェスカのするどくちばし甘太郎あまたろうむねつらぬこうとしている。

「アマタローくん!」

 だが一瞬だけ、ほんのわずかにフランチェスカよりも早く、黒いロープにみちびかれた恋華れんか甘太郎あまたろうの体にほとんど体当たりをびせるような格好かっこうでぶつかってきた。

「きゃっ!」
「うぎっ!」

 二人はぶつかったいきおいで後方に飛ばされる。
 だが、その衝撃しょうげき甘太郎あまたろうが目を覚ましたのは怪我けが功名こうみょうだった。

「れ、恋華れんかさん?」

 ハッと目を覚ました甘太郎あまたろうはすぐ目の前に恋華れんかがいるのを見ておどろきの声を上げた。
 恋華れんかは必死の形相ぎょうそう甘太郎あまたろうの体にしがみついている。

「アマタローくん。も、もう放さないから」

 自分がどの程度気を失っていたのか、どうやって恋華れんかが自分の元へたどり着いたのか、分からないことがいくつもあった。
 だが目の前に恋華れんかがいる。
 その事実だけで甘太郎あまたろうには十分だった。
 甘太郎あまたろう恋華れんかを抱き寄せるとすぐさまイメージをふくらませた。
 なぜなら、すぐ目の前までフランチェスカの姿がせまっていたからだ。

ちりとなって消えせろ!』

 フランチェスカはたけくるったように赤い目をり上げて、二人を吹き飛ばそうと体当たりをびせかける。
 だが、その寸前で甘太郎あまたろうのイメージが結実けつじつし、彼と恋華れんかの二人の周囲を真っ黒な金属球がすっぽりとかこい込んだ。
 直後にフランチェスカの体当たりが炸裂さくれつし、二人を包み込む漆黒しっこくの金属球はやみ彼方かなたへと吹き飛ばされていった。
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