甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第19話 変異する力

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くだけ散れっ!』

 えるようにそうさけぶフランチェスカのくちばしの一撃は、ガラス球体を粉々こなごなに破壊し、恋華れんか甘太郎あまたろうの最後のり所であった足場のゆかを無残にも打ちくだいた。
 これにより投げ出された二人の体は浮遊空間へと散り散りに飛んでいく。
 フランチェスカから見たそれはまるでちゅう脆弱ぜいじゃく羽虫はむしのようであり、フランチェスカは二手に分かれた二人のうち、恋華れんかの方にねらいを定めた。

『まずはカントルムの雌犬めすいぬを確実に突き殺してやる』

 はじき飛ばされたまま慣性かんせいで飛んでいく恋華れんかに向かってフランチェスカは滑空かっくうしていく。
 これを見た甘太郎あまたろうは決死の形相ぎょうそうさけび声を上げた。

恋華れんかさん! くそっ!」

 恋華れんかと離される形で逆方向に飛ばされた甘太郎あまたろうは必死に恋華れんかの元へ向かおうとするが、この浮遊空間では思うように動くことが出来ない。
 恋華れんかとは離される一方で、その距離きょりは10メートル、20メートルと開くばかりだった。
 甘太郎あまたろうは先ほどすぐに恋華れんかに指輪を渡しておかなかったことを深く後悔こうかいした。

(あの時さっさと渡しておけば)

 そう思った甘太郎あまたろうは手にした指輪型霊具【スブシディウマ(援軍)】をじっと見つめる。
 その効果がどれほどのものかは甘太郎あまたろうには皆目かいもく見当けんとうもつかない。
 だがこれが今、恋華れんかの指にあれば状況が少しは良い方向にかうのではないだろうか。
 少なくとも恋華れんかは自分の身を守る手段が得られるのではないだろうか。
 そう考え、甘太郎あまたろう無謀むぼうと知りながらそれを恋華れんかに向けて放り投げようとうでを振り上げた。 
 しかし正確に恋華れんかの元へ投げられずに目測をあやまってしまえば、指輪はやみ彼方かなたへと失われてしまう。
 恋華れんかが受け取りそこねても同じことだ。
 そうした懸念けねんが頭をよぎり、甘太郎あまたろううでを振り下ろしたところで指輪をにぎめたまま思いとどまった。

「くっ! ダメだ……」

 だがそこで甘太郎あまたろうの思いもよらない現象が起きた。
 甘太郎あまたろううでには先ほどから重油じゅうゆのような黒い液体がまとわりついていて、振り下ろした彼のうでからそれがちゅうへと飛び散ったのだ。
 すると飛び散ったはずの液体は急激に収束しゅうそくして一本のなわのように変化した。

「なっ、何だ?」

 それは空中でしなる音を立てながら、すでに100メートル近く遠ざかってしまった恋華れんかに向かっていく。
 一方、空中に投げ出されていた恋華れんかは成すすべなく、自分に向かってくるフランチェスカをくやしげににらみつけることしか出来なかった。
 彼女は先ほどすぐに甘太郎あまたろうからスブシディウマを受け取っておかなかったことに自責の念を抱いていた。
 甘太郎あまたろうと再会できたよろこびや、フランチェスカがその場にいなかったことへの油断ゆだんから、状況判断をあやまってしまった。
 甘太郎あまたろうに指輪をはめてほしいなどと言っていた自分自身をうらめしく思う。

「こんなんじゃエージェント失格だわ。イクリシア先生にも申しわけない」

 そう言ってくやしがる恋華れんかの視線の先では、フランチェスカがするどくちばしを向けて追ってくるのが見える。

串刺くしざしにしてやる!』

 だが、そこで恋華れんかは遠ざかっていく甘太郎あまたろうから自分に向かって何かが飛んでくるのを目にして息を飲んだ。
 それは黒いロープのような物であり、空中でしなる音を立てながら恋華れんかうでからみ付いた。

「きゃっ! なに?」

 おどろ恋華れんかは自分のうでを見てまゆひそめた。
 それはロープではなく、奇妙きみょうな黒い液体だったのだ。
 液体であるものの、それはしっかりと恋華れんかうでからみ付いてはずれない。

「何こ……れっ?」

 おどろ恋華れんかが言葉を発する間もなく、不意ふいに強い力で体を引っ張られる。
 フランチェスカが恋華れんかの前方10数メートルにせまる中、黒い液状ロープは恋華れんかを引き寄せてフランチェスカの突進から回避かいひさせた。

『なにっ?』

 フランチェスカは苛立いらだった声を上げる。

『おのれぇぇぇぇぇぇ!』

 目の前で獲物えものをさらわれたけもののようにうなり声を上げながら方向転換れんかんをし、フランチェスカは翼をひるがえして恋華れんかっていく。
 恋華れんかは自分を引っ張っていくその漆黒しっこくの液状ロープの先を見やる。
 そこには当然のように甘太郎あまたろうの姿があった。

「アマタローくん!」

 恋華れんかおどろきの声を上げたが、当の甘太郎あまたろうおどろきをかくせないといった顔を見せている。
 漆黒しっこくの液状ロープは甘太郎あまたろううでから発生していたためだ。
 それがどんな力か恋華れんかには分からないが、それでも彼女を勇気付けるには十分だった。

「アマタローくんが私を助けてくれる。それなら私も……まだ戦える!」

 甘太郎あまたろうの力が新たな作用を生み出している。
 そのことにおどろきつつ、甘太郎あまたろう一緒いっしょならばこの難局を乗り越えられるのではないかという一縷いちるの望みがむねともるのを恋華れんかは感じていた。
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