甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター

第14話 追憶を見つめて

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 恋華れんかはフランチェスカの燃えさかつめがすぐ目の前までせまったその時、ゆかに背中を預けている状態にもかかわらず背後から抱き寄せられるような感覚を覚えておどろきに目をむいた。
 自分の体がゆかしずみ込んでいく異様な状況にも、甘太郎あまたろうと今まで行動を共にしてきた恋華れんかにはそれがどのような現象であるのかすぐに理解できた。

「アマタローくん? アマタローくんなの?」

 恋華れんかがそうさけぶのと彼女がゆかの中にしずみ込んでいくのはほぼ同時だった。
 再びあの奇妙きみょうな浮遊空間に放り出されるのかと身構みがまえる恋華れんかだったが、それだけに自分が降り立った場所に少々面食めんくらってしまった。
 そこは小さなアパートの一室だった。

 恋華れんか怪訝けげんな顔で部屋の中を見回す。
 どうやらそこは二部屋のみの小さく質素なアパートであり、恋華れんかは今いる奥の部屋からもう一つの部屋に足をみ入れ、思わず立ち止まった。
 その部屋はダイニングキッチンであり、小さな食器だなや冷蔵庫などの家電製品が置かれている。
 その部屋の中心にはテーブルと2つの椅子いすが置かれていて、そのうちの1つの椅子いすに一人の少年がすわっていた。
 その姿を見た恋華れんかは思わず声をらした。

「アマタローくん……」

 ひとりポツリと椅子いすすわっていたのはおさな甘太郎あまたろうだった。
 しかしその姿は先ほど商店街で見かけたそれよりもさらにおさなく、まだ小学校に上がるが上がらないかくらいの年齢ねんれいに見える。
 どうやら彼には恋華れんかの姿が見えていないで、先ほどの恋華れんかの声にも何ら反応はんのうを見せない。
 幼年ようねん甘太郎あまたろう椅子いすすわったまま足をブラブラさせ、かべにかけられた時計を退屈たいくつそうに見上げている。

「母ちゃん。まだかな」

 恋華れんか怪訝けげんな顔で状況を見守っていたが、留守番るすばんをする幼年ようねん甘太郎あまたろうが何だかさびしそうに見えた。
 その時、玄関げんかんとびらが開いて一人の女性が入ってきた。

「ただいま甘太郎あまたろう。ごめんね。おそくなって」

 そう言う女性に、幼年ようねん甘太郎あまたろううれしそうにけ寄っていく。

「母ちゃん! おかえり! おしごとたいへんだったね!」

 母を出迎でむかえる幼年ようねん甘太郎あまたろうの顔はとてもうれしそうだった。

(あれがアマタローくんのお母さんかぁ)

 恋華れんかはマジマジとその女性を見つめる。
 30さい前後とおぼしきその女性はおさな甘太郎あまたろうをギュッと抱きめた。
 やわらかな物腰ものごしとやさしげな顔立ち。
 そして息子の甘太郎あまたろうに向ける慈愛じあいに満ちた眼差まなざしと声。
 そんな彼女を見て恋華れんかは自分のき母を思い出した。
 そして目の前に見える甘太郎あまたろうの母もすでにこの世にはないのだと思うと、もの悲しい気持ちを覚えた。

 そこでふと顔を上げると急に部屋の中がまばゆい光をびて視界が白くまる。
 恋華れんかまぶしさに目を細めていると、再び部屋の中の光景が変化した。
 同じアパートの同じ部屋だが、季節が移り変わり、いくつもの出来事できごと徐々じょじょ甘太郎あまたろうの背がび成長していく。

(これ……アマタローくんの思い出なんだわ)

 だが、甘太郎あまたろうが中学生くらいになった時に、幸せそうな光景は一変した。
 夜になっても帰って来ない母を一人待ち続ける甘太郎あまたろうは一本の電話を受けて呆然ぼうぜんとしていた。

「え……母ちゃんが……」

 そう言ったきり受話器じゅわきを置いて、その場から一歩も動かなくなった甘太郎あまたろう
 恋華れんかはその光景を見て、くちびるんだ。
 やがて部屋に、談合坂だんごうざか幸之助こうのすけと娘の八重子やえこけつけてきた。
 甘太郎あまたろうと同じ中学生くらいの八重子やえこはすでに泣きじゃくっている。
 どちらかと言えばクールな印象の八重子やえこが顔をグシャグシャにして感情的になっている姿はそれだけでショッキングだった。
 甘太郎あまたろうの母・甘枝あまえが仕事中にたおれ、そのまま病院に搬送はんそうされた。
 そうげる幸之助こうのすけれられて甘太郎あまたろうは病院に向かった。

 再び部屋の中が光に包まれ、次の光景が映し出された時、恋華れんかは何があったのかをさとった。
 甘枝あまえくなり、身寄りのない甘太郎あまたろう談合坂だんごうざか家に引き取られることになったのだ。
 すっかり家具が片付かたづけられた部屋で、唯一ゆいいつ残っているテーブルに甘太郎あまたろうは一人すわっていた。
 彼の向かい側の椅子いすにはだれすわる者がいない。
 母と二人で甘太郎あまたろう食卓しょくたくを囲み続けてきたそのテーブルは、彼のささやかな幸せを見守ってくれていた家具だった。

「母ちゃん……まだかな」

 がらのようになった中学生の甘太郎あまたろうがかすかな声でそうつぶやきをらすのを聞いた恋華れんかは、思わずけ寄って彼を抱きしめてあげたい衝動しょうどうられた。

(アマタローくん……)

 なみだれる視界の中、再び部屋はまばゆい光を放って光景が入れわった。
 そこにすわっていたのは18歳となった今の甘太郎あまたろうだった。
 しかしその様子は普通ではなかった。
 恋華れんかは思わずまゆひそめる。
 甘太郎あまたろう生気せいきのない顔で椅子いすすわり、無言むごんでただ向かい側のせきを見つめているだけだった。

 そこから先は部屋の中の光景が変化することなく、まるで時が止まったようだった。
 恋華れんかはその様子をみょうだと思った。
 甘太郎あまたろうは今、談合坂だんごうざか家の所有するアパートにらしていて、この部屋にいるはずはないのだ。

「アマタローくん……とらわれてるみたい」

 そうつぶやきをらして恋華れんかはハッとした。
 幼年ようねん甘太郎あまたろうが母の帰りを待つ間に見上げていた壁掛かべかけ時計のはりは止まってしまっていた。
 恋華れんかは自分の感想が正しいことを知ると、甘太郎あまたろうのすぐそばに歩み寄り、そのかたに手を置いた。
 恋華れんかの手は確かに甘太郎あまたろうの体にれることが出来た。
 しかし彼女はその途端とたんに顔をゆがめた。

「ア、アマタローくん……」

 甘太郎あまたろうの体はひどく冷たく、まるで真冬の夜風をび続けた後のようだった。
 恋華れんかはそんな甘太郎あまたろうの様子にいやな予感を覚え、彼の両肩りょうかたに手をかけてその体をする。

「アマタローくん! 気付いてアマタローくん!」

 しかしいくららしてもびかけても、甘太郎あまたろうはまったく反応はんのうを示さない。
 まばたき一つ見せない甘太郎あまたろうの様子に、恋華れんかは不安でどうしようもないといった様子で彼のほほにそっと手でれた。
 そのはだは悲しいほどに冷たかった。
 恋華れんかは悲しげな表情を浮かべると、冷え切った甘太郎あまたろうの体を温めるように彼の背後からその首に両うでを回して、甘太郎あまたろうを包み込むように抱きしめた。 

「アマタローくん。もどってきて。私がいるよ。アマタローくんのこと待ってるんだよ。だから……」
 
 そう言う言葉の途中とちゅうで、恋華れんかはハッとして息を飲み込んだ。
 甘太郎あまたろうと顔の高さを合わせ、同じ目線でテーブルの向かい側を見つめてみて恋華れんかは初めて気が付いた。
 甘太郎あまたろうの視線の先にはすわる者のない向かい側の椅子いすがある。
 恋華れんかはそれを見て感じ取った。
 その椅子いすはまるですわってくれる人を待っているようだ、と。

 恋華れんかは口元を引きめてスッとテーブルを回り込むと、甘太郎あまたろうの向かい側にすわった。
 そこにすわるとちょうど甘太郎あまたろうと目線が合った。
 テーブルをはさんで恋華れんか甘太郎あまたろうと見つめ合う格好かっこうになると、静かに、だが心を込めて甘太郎あまたろうに語りかけた。

「アマタローくん。私、お母さんじゃないけど、アマタローくんと一緒いっしょにいるよ。アマタローくんのそばにいるよ。ずっと待ってたんだよね。でも、もう一人じゃないよ」

 そう言うと恋華れんかは手をばして、テーブルの上に置かれた甘太郎あまたろうの両手をにぎった。
 その手は相変わらず冷たかったが、恋華れんかは彼の手を決して放そうとはしなかった。
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