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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター
第11話 大切な人
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幼き少年の背中が今にも消えようとしている。
恋華は必死に手を伸ばし、その細い肩を抱き寄せようとした。
しかし、やはり恋華の手は少年甘太郎の体をすり抜けてしまい、触れることは出来ない。
「何でよ……何でなの!」
それでも恋華はあきらめきれずに、何度宙をかいても甘太郎の体を掴もうと必死になる。
虚しい努力を続ける恋華を見て、身動きを封じられた状態のフランチェスカは聞く者を不快にさせる嬌声を上げた。
『無駄なことを。その小僧が消えたら、貴様の首をこの燃え盛る爪で焼き切ってくれる』
だが、恋華はこれを無視して甘太郎の体に幾度も幾度も腕を回す。
「お、お姉さん……」
必死の形相でフランチェスカを抑えつけていた少年甘太郎は、自分以上に必死な恋華の姿に怪訝な顔で振り返る。
そんな少年甘太郎に恋華は懸命に訴えかけた。
「アマタローくん。もうそれ以上、力を使っちゃダメ。あなたは消えちゃダメなの!」
そう言われた少年甘太郎は彼女がそれほど必死な理由が分からずに、困惑の表情を浮かべる。
「お姉さん。どうして……」
少年甘太郎の困ったような顔に恋華は一抹の寂しさを覚え、たまらなくなって己の心情を吐露した。
「私は……あなたに消えてほしくないの」
恋華がそう言ったその時、消えかかっている少年甘太郎の体に重ね合わせた彼女の両手が、何の前触れもなく青と赤の光を放った。
「えっ?」
恋華は驚いて自分の両手を見る。
すると左右の人差し指にはまっている指輪型霊具【スクルタートル(調査官)】と【メディクス(医師)】が発動していることを示す光を帯びていた。
「は、反応してる……まさか!」
恋華は新宮総合病院で起きた出来事を即座に思い返す。
彼女の修正プログラムがまるで水の中を電気が走るように闇穴の中を伝い、氷上恭一へと投与されたことを。
「あの時と同じことが……」
そう言うと恋華は顔を上げ、フランチェスカの姿に目をやる。
恋華の思った通り、怪鳥フランチェスカの漆黒の体に、赤と青の光がスパークしながらまとわりついていた。
『ぐぅぅぅぅぅっ! またもやこざかしい修正プログラムか!』
フランチェスカは苦悶の声を上げ、その巨体を震わせた。
少年甘太郎の体を通し、彼の穿った闇穴の網からフランチェスカの体へと恋華の修正プログラムが施されているのだ。
『ナメた真似を。だが、よもや忘れてはおるまい? こうして本来の姿を露わにしたからといって、我が身から抵抗プラグラムが消え去ったわけではないぞ!』
フランチェスカは激しい怒声を上げた。
「くっ……」
腹の底にビリビリと響くようなフランチェスカの声に、恋華は唇を噛む。
フランチェスカの言う通り、手痛いしっぺ返しが戻ってくるのだ。
だが、その時ふいに薄く消えかかっていた少年甘太郎が思いもよらない行動に出た。
フランチェスカの身を封じ込め、店を守ることに躍起になっていた彼は突然、闇穴を解除したのだ。
その小さな体から放出していた魔気が一時的にストップした。
途端に消えかかっている少年甘太郎の姿が再び元の色を取り戻し、同時に怪鳥フランチェスカを縛り付けていた漆黒の網が消え、その巨体を解放する。
恋華はそのおかげで逆流してくるはずの抵抗プログラムを免れた。
彼女は目を丸くして少年甘太郎の背中の見つめる。
「な、何で……。も、もしかしてアマタローくん。私を守ってくれたの?」
恋華の言葉に少年甘太郎は振り返った。
その顔は驚きの色に染まっている。
自分でも何でそのような行動に出たのか分からないといった顔だ。
「お、お姉さん。僕……」
戸惑う少年甘太郎に恋華は詰め寄った。
「アマタローくん! 記憶が……記憶が残ってるの?」
「記憶? そんなの分からないよ」
少年甘太郎はうつむいて、絞り出すように言葉を続けた。
「だけど、お姉さんは僕の最初のお客さんだから、大切な人だから……守りたかったんだ」
「ア、アマタローくん……」
彼の中に元の記憶が残されているのかどうかは分からない。
その記憶が恋華を守らせたのかどうかも定かではない。
本当に彼の言う通り、ただ最初の顧客として守りたかったのかもしれない。
それでも恋華は嬉しかった。
甘太郎が自分を守ろうと咄嗟に行動してくれたことが嬉しかった。
甘太郎の優しさが、彼が本来持っている心として今も息づいていると実感できたからだ。
だが、状況はそんな甘い思いを抱いていられないほどに切迫していた。
自由を取り戻したフランチェスカは大きく翼をはためかせ、発生した突風が恋華と少年甘太郎の体を強く煽った。
『フン。抵抗プログラムの逆流を防いだからといって、難を逃れたと思ったら大間違いだ!』
フランチェスカは轟然と声を響かせると、恋華と少年甘太郎のいる店に一気に突っ込んだ。
恋華も少年甘太郎も声を出す間もないほどのスピードだった。
少年甘太郎が商店街に構えたその店は、とうとう彼と恋華を巻き込んで轟音とともに大破した。
恋華は必死に手を伸ばし、その細い肩を抱き寄せようとした。
しかし、やはり恋華の手は少年甘太郎の体をすり抜けてしまい、触れることは出来ない。
「何でよ……何でなの!」
それでも恋華はあきらめきれずに、何度宙をかいても甘太郎の体を掴もうと必死になる。
虚しい努力を続ける恋華を見て、身動きを封じられた状態のフランチェスカは聞く者を不快にさせる嬌声を上げた。
『無駄なことを。その小僧が消えたら、貴様の首をこの燃え盛る爪で焼き切ってくれる』
だが、恋華はこれを無視して甘太郎の体に幾度も幾度も腕を回す。
「お、お姉さん……」
必死の形相でフランチェスカを抑えつけていた少年甘太郎は、自分以上に必死な恋華の姿に怪訝な顔で振り返る。
そんな少年甘太郎に恋華は懸命に訴えかけた。
「アマタローくん。もうそれ以上、力を使っちゃダメ。あなたは消えちゃダメなの!」
そう言われた少年甘太郎は彼女がそれほど必死な理由が分からずに、困惑の表情を浮かべる。
「お姉さん。どうして……」
少年甘太郎の困ったような顔に恋華は一抹の寂しさを覚え、たまらなくなって己の心情を吐露した。
「私は……あなたに消えてほしくないの」
恋華がそう言ったその時、消えかかっている少年甘太郎の体に重ね合わせた彼女の両手が、何の前触れもなく青と赤の光を放った。
「えっ?」
恋華は驚いて自分の両手を見る。
すると左右の人差し指にはまっている指輪型霊具【スクルタートル(調査官)】と【メディクス(医師)】が発動していることを示す光を帯びていた。
「は、反応してる……まさか!」
恋華は新宮総合病院で起きた出来事を即座に思い返す。
彼女の修正プログラムがまるで水の中を電気が走るように闇穴の中を伝い、氷上恭一へと投与されたことを。
「あの時と同じことが……」
そう言うと恋華は顔を上げ、フランチェスカの姿に目をやる。
恋華の思った通り、怪鳥フランチェスカの漆黒の体に、赤と青の光がスパークしながらまとわりついていた。
『ぐぅぅぅぅぅっ! またもやこざかしい修正プログラムか!』
フランチェスカは苦悶の声を上げ、その巨体を震わせた。
少年甘太郎の体を通し、彼の穿った闇穴の網からフランチェスカの体へと恋華の修正プログラムが施されているのだ。
『ナメた真似を。だが、よもや忘れてはおるまい? こうして本来の姿を露わにしたからといって、我が身から抵抗プラグラムが消え去ったわけではないぞ!』
フランチェスカは激しい怒声を上げた。
「くっ……」
腹の底にビリビリと響くようなフランチェスカの声に、恋華は唇を噛む。
フランチェスカの言う通り、手痛いしっぺ返しが戻ってくるのだ。
だが、その時ふいに薄く消えかかっていた少年甘太郎が思いもよらない行動に出た。
フランチェスカの身を封じ込め、店を守ることに躍起になっていた彼は突然、闇穴を解除したのだ。
その小さな体から放出していた魔気が一時的にストップした。
途端に消えかかっている少年甘太郎の姿が再び元の色を取り戻し、同時に怪鳥フランチェスカを縛り付けていた漆黒の網が消え、その巨体を解放する。
恋華はそのおかげで逆流してくるはずの抵抗プログラムを免れた。
彼女は目を丸くして少年甘太郎の背中の見つめる。
「な、何で……。も、もしかしてアマタローくん。私を守ってくれたの?」
恋華の言葉に少年甘太郎は振り返った。
その顔は驚きの色に染まっている。
自分でも何でそのような行動に出たのか分からないといった顔だ。
「お、お姉さん。僕……」
戸惑う少年甘太郎に恋華は詰め寄った。
「アマタローくん! 記憶が……記憶が残ってるの?」
「記憶? そんなの分からないよ」
少年甘太郎はうつむいて、絞り出すように言葉を続けた。
「だけど、お姉さんは僕の最初のお客さんだから、大切な人だから……守りたかったんだ」
「ア、アマタローくん……」
彼の中に元の記憶が残されているのかどうかは分からない。
その記憶が恋華を守らせたのかどうかも定かではない。
本当に彼の言う通り、ただ最初の顧客として守りたかったのかもしれない。
それでも恋華は嬉しかった。
甘太郎が自分を守ろうと咄嗟に行動してくれたことが嬉しかった。
甘太郎の優しさが、彼が本来持っている心として今も息づいていると実感できたからだ。
だが、状況はそんな甘い思いを抱いていられないほどに切迫していた。
自由を取り戻したフランチェスカは大きく翼をはためかせ、発生した突風が恋華と少年甘太郎の体を強く煽った。
『フン。抵抗プログラムの逆流を防いだからといって、難を逃れたと思ったら大間違いだ!』
フランチェスカは轟然と声を響かせると、恋華と少年甘太郎のいる店に一気に突っ込んだ。
恋華も少年甘太郎も声を出す間もないほどのスピードだった。
少年甘太郎が商店街に構えたその店は、とうとう彼と恋華を巻き込んで轟音とともに大破した。
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