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最終章 モール・イン・ザ・ダーク・ウォーター
第7話 人影を追って
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恋華は小さな人影を追って、商店街の中を走り続けた。
彼女の頭の中では数日前に日本に来たばかりの時のことが思い起こされている。
新宿中央公園で、妹の砂奈に似た少女を追いかけた。
すでに妹はこの世にいないというのに、とり憑かれたように少女を追いかけたのだ。
結局それはブレイン・クラッキングの被害者であり、恋華は危うく敵の罠にかかるところだった。
あの時と状況は似ていたが、今、彼女が追っているのはおそらく感染者ではないと感じていた。
今でこそ地面に足をつけて走っているが、先ほどのガラス越しのフランチェスカの様子を見る限り、この商店街の外は高濃度の魔気が溢れる浮遊空間なのだろう。
この場所は大海原に浮かぶ孤島のように思え、とても人が入って来られるところではない。
恋華はそう思いながら商店街の中を走り続け、本当にそこが無人なのだということをあらためて実感した。
人のいる気配が、あるいは以前に人がいたであろう痕跡のようなものが一切見受けられない。
「ここには多分……人間なんていないんだわ」
感染者もこの場所には入ってくる手段はないだろう。
だとすれば自分が追っている人影は何なのか。
それは彼女自身にも説明がつかなかったが、それでも恋華は足を止めることが出来なかった。
人影を追って細い路地をいくつか曲がり、入り組んだ場所に入ってきた恋華は、耳に響き渡る大きな音にハッと足を止めた。
何かを破壊するような轟音が鳴り響き、地面がわずかに揺れる。
恋華はすぐに事態を理解した。
「……フランチェスカが入ってきた」
それ以外には考えられなかった。
恋華が緊張の面持ちで辺りに隠れられる場所はないかと視線をめぐらせていると、前方を走っていた人影が足を止めた。
そしてが細い路地の先に建てられたある店舗の中へと、その人影が入っていくのが見えた。
「店に入った。あそこね」
恋華は相手を驚かせないよう、足音を出来るだけ立てずに店へと近づいていった。
そして身を隠すように店の入口の脇に立つと、そっと中を覗き込む。
店の中はこじんまりとしていて、いくつものショーケースが並んでいたが、その中には何の商品も陳列されていない。
そして店の奥にあるカウンターの向こう側にチョコンと腰をかけていたのは、小学生くらいと思しき男の子だった。
店の入り口近くに身を潜めていた恋華だが、その少年の顔を見た彼女は思わず声を漏らしてしまった。
「ア、アマタローくん?」
どう見ても10歳前後くらいの男の子だったが、その顔は甘太郎の面影を帯びていたためだ。
「あ、いらっしゃいませ。お客さんですね」
恋華に気付いたその少年は、驚くこともなく笑顔を浮かべてそう言った。
「だけどお姉さん。ごめんなさい。今はまだ開店準備中で、この通り何も品物がないんです」
そう言うと少年甘太郎はペコリと頭を下げた。
少年の口ぶりに恋華は思わず息を飲んだ。
(わ、私のことが分からないんだわ。でもどうして子供に戻っちゃってるんだろう)
恋華はゆっくりと店の中に足を踏み入れると、恐る恐る尋ねてみた。
「き、君のお名前は?」
「僕は酒々井甘太郎。このお店の店主です」
胸を張ってそう言う少年甘太郎はとても子供らしく、見た目通りにその人格も子供そのものだった。
(や、やっぱりアマタローくんだわ。けど、この状況どうすればいいの? もう何が何だか……)
混乱した頭を抱えてオロオロする恋華だったが、突如として大きな衝撃と破壊音が鳴り響き、バランスを崩して床に倒れ込んだ。
「きゃっ!」
咄嗟に床に手をついて体を支えた恋華は顔を上げる。
その表情は戦慄に青ざめていた。
「フ、フランチェスカだわ。近づいてきている」
異常なほどの破壊音からして、フランチェスカが恋華を探して猛烈な破壊行動を起こしていることが窺えた。
恋華は青ざめた顔で立ち上がろうとする。
「お姉さん。大丈夫ですか?」
そこで少年甘太郎は心配そうな顔で駆け寄ってきて恋華に手を差し伸べてくれた。
見た目も中身もまだ子供の甘太郎だったが、彼の優しさは子供の頃から変わらないのだと感じ、恋華はこんな状況でも心が温まるのを感じた。
「うん。ありがとう」
そう言って手を取ろうとした恋華だったが、その手は少年甘太郎の手をすり抜けてしまった。
「あれっ?」
恋華はもう一度、少年甘太郎の手を掴もうとする。
しかし幾度やっても恋華の手は彼の手を掴むことが出来なかった。
少年甘太郎は不思議そうな顔で恋華を見つめている。
その顔が二度三度とぼやける。
まるでテレビ画面にノイズが走ったように、少年甘太郎の体全体が揺らいでいる。
恋華はハッとして即座に悟った。
(こ、この子。実体がないんだわ……)
だが、何でこうなっているのか、どうすれば甘太郎を元に戻せるのか、そもそもこの状況で甘太郎が無事だと言えるのか。
恋華は分からないことだらけで、どうすることも出来ずに立ち尽くした。
その時だった。
今いる店舗の向かい側の店舗が激しく壊れて、轟音を響かせる。
恋華は弾かれたように振り返って、思わず表情を凍りつかせた。
『見つけたぞ。恋華。生きたまま内臓を貪り食ってやる』
全壊した向かい側の店舗の中から現れたのは、銀髪の修道女ではなかった。
漆黒の羽に覆われ、真紅の嘴と炎のような爪を持った巨大な怪鳥の姿だった。
「あ、あれは……フランチェスカ?」
あまりにも強大なその存在を前にして、恋華は成す術なくその身を震わせるほかなかった。
彼女の頭の中では数日前に日本に来たばかりの時のことが思い起こされている。
新宿中央公園で、妹の砂奈に似た少女を追いかけた。
すでに妹はこの世にいないというのに、とり憑かれたように少女を追いかけたのだ。
結局それはブレイン・クラッキングの被害者であり、恋華は危うく敵の罠にかかるところだった。
あの時と状況は似ていたが、今、彼女が追っているのはおそらく感染者ではないと感じていた。
今でこそ地面に足をつけて走っているが、先ほどのガラス越しのフランチェスカの様子を見る限り、この商店街の外は高濃度の魔気が溢れる浮遊空間なのだろう。
この場所は大海原に浮かぶ孤島のように思え、とても人が入って来られるところではない。
恋華はそう思いながら商店街の中を走り続け、本当にそこが無人なのだということをあらためて実感した。
人のいる気配が、あるいは以前に人がいたであろう痕跡のようなものが一切見受けられない。
「ここには多分……人間なんていないんだわ」
感染者もこの場所には入ってくる手段はないだろう。
だとすれば自分が追っている人影は何なのか。
それは彼女自身にも説明がつかなかったが、それでも恋華は足を止めることが出来なかった。
人影を追って細い路地をいくつか曲がり、入り組んだ場所に入ってきた恋華は、耳に響き渡る大きな音にハッと足を止めた。
何かを破壊するような轟音が鳴り響き、地面がわずかに揺れる。
恋華はすぐに事態を理解した。
「……フランチェスカが入ってきた」
それ以外には考えられなかった。
恋華が緊張の面持ちで辺りに隠れられる場所はないかと視線をめぐらせていると、前方を走っていた人影が足を止めた。
そしてが細い路地の先に建てられたある店舗の中へと、その人影が入っていくのが見えた。
「店に入った。あそこね」
恋華は相手を驚かせないよう、足音を出来るだけ立てずに店へと近づいていった。
そして身を隠すように店の入口の脇に立つと、そっと中を覗き込む。
店の中はこじんまりとしていて、いくつものショーケースが並んでいたが、その中には何の商品も陳列されていない。
そして店の奥にあるカウンターの向こう側にチョコンと腰をかけていたのは、小学生くらいと思しき男の子だった。
店の入り口近くに身を潜めていた恋華だが、その少年の顔を見た彼女は思わず声を漏らしてしまった。
「ア、アマタローくん?」
どう見ても10歳前後くらいの男の子だったが、その顔は甘太郎の面影を帯びていたためだ。
「あ、いらっしゃいませ。お客さんですね」
恋華に気付いたその少年は、驚くこともなく笑顔を浮かべてそう言った。
「だけどお姉さん。ごめんなさい。今はまだ開店準備中で、この通り何も品物がないんです」
そう言うと少年甘太郎はペコリと頭を下げた。
少年の口ぶりに恋華は思わず息を飲んだ。
(わ、私のことが分からないんだわ。でもどうして子供に戻っちゃってるんだろう)
恋華はゆっくりと店の中に足を踏み入れると、恐る恐る尋ねてみた。
「き、君のお名前は?」
「僕は酒々井甘太郎。このお店の店主です」
胸を張ってそう言う少年甘太郎はとても子供らしく、見た目通りにその人格も子供そのものだった。
(や、やっぱりアマタローくんだわ。けど、この状況どうすればいいの? もう何が何だか……)
混乱した頭を抱えてオロオロする恋華だったが、突如として大きな衝撃と破壊音が鳴り響き、バランスを崩して床に倒れ込んだ。
「きゃっ!」
咄嗟に床に手をついて体を支えた恋華は顔を上げる。
その表情は戦慄に青ざめていた。
「フ、フランチェスカだわ。近づいてきている」
異常なほどの破壊音からして、フランチェスカが恋華を探して猛烈な破壊行動を起こしていることが窺えた。
恋華は青ざめた顔で立ち上がろうとする。
「お姉さん。大丈夫ですか?」
そこで少年甘太郎は心配そうな顔で駆け寄ってきて恋華に手を差し伸べてくれた。
見た目も中身もまだ子供の甘太郎だったが、彼の優しさは子供の頃から変わらないのだと感じ、恋華はこんな状況でも心が温まるのを感じた。
「うん。ありがとう」
そう言って手を取ろうとした恋華だったが、その手は少年甘太郎の手をすり抜けてしまった。
「あれっ?」
恋華はもう一度、少年甘太郎の手を掴もうとする。
しかし幾度やっても恋華の手は彼の手を掴むことが出来なかった。
少年甘太郎は不思議そうな顔で恋華を見つめている。
その顔が二度三度とぼやける。
まるでテレビ画面にノイズが走ったように、少年甘太郎の体全体が揺らいでいる。
恋華はハッとして即座に悟った。
(こ、この子。実体がないんだわ……)
だが、何でこうなっているのか、どうすれば甘太郎を元に戻せるのか、そもそもこの状況で甘太郎が無事だと言えるのか。
恋華は分からないことだらけで、どうすることも出来ずに立ち尽くした。
その時だった。
今いる店舗の向かい側の店舗が激しく壊れて、轟音を響かせる。
恋華は弾かれたように振り返って、思わず表情を凍りつかせた。
『見つけたぞ。恋華。生きたまま内臓を貪り食ってやる』
全壊した向かい側の店舗の中から現れたのは、銀髪の修道女ではなかった。
漆黒の羽に覆われ、真紅の嘴と炎のような爪を持った巨大な怪鳥の姿だった。
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