甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第三章 トロピカル・カタストロフィー

第10話 甘太郎の仮説

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車体が大きくれ、タイヤが悲鳴のような音を立てた。

「うぉっ!」
「きゃっ!」

 タクシーの運転手が急激にハンドルを切ったため、後部座席の恋華れんか甘太郎あまたろうたがいに体を支え合った。
 二人がおどろいて前を見ると、車の前に出てこようとする感染者を運転手が必死のハンドルさばきでけながら悪態をついていた。

『ちくしょう! こいつら自動車が怖くないのか!』

 感染者らは高速で走り続けるタクシーを恐れることなく向かってこようとする。
 大通りには相変わらず感染者が多かったが、かといってせまい路地に入ってしまうと万が一感染者に囲まれた時、逃げ場を失ってしまう。
 甘太郎あまたろうは後方を見ながら声をらした。

「それにしてもこんな規模きぼで皆が皆おかしくなるなんて、いったい何がどうなってるんだ」
「ブレイン・クラッキングの施術せじゅつ方法は直接れるか、視線を合わせるか。今のところカントルムが確認しているのはその二つだけだわ」

 恋華れんかの言葉に甘太郎あまたろうは首をかしげる。

「けど、それだったら敵の黒幕くろまくは、あれだけ多くの人間と顔を突き合わせる必要がありますよね。いくら小さい国だって言ってもそんなことが可能なんだろうか……」
「普通に街を歩いてるだけじゃ何年かかっても無理よね。もしかしてテレビとかに出て、それを見た人たちがおかしくなってるとか……」

 そういう恋華れんか甘太郎あまたろうはますます怪訝けげんな顔を見せる。

「電波を通してってことですか? 犯人は国民的な有名人とか?」
「……そんなわけないか」
 
 恋華れんかこまり顔で口をつぐむ。

「ついさっきまで街の人々は普通でしたよね。一斉におかしくなるってことは何らかのスイッチが入ったのかもしれませんね」

 甘太郎あまたろうが考え込む横で恋華れんかは前に目を向け、ハンドルを握る運転手に英語で質問した。

『皆おかしくなってたって言いましたけど、おかしくなってない人たちもいましたか?』

 恋華れんかの質問に運転手は少し顔をくもらせた。

『ああ。逃げて来る途中で見かけたよ。多分、観光客じゃないかな。西洋人の団体が奴らにおそわれて……助けてやりたかったんだが、俺も自分が逃げるのに精一杯で……』
 
 そう言うと運転手は悔しそうにハンドルをたたいた。
 運転手の話した内容を恋華れんかから聞き、甘太郎あまたろう思案しあん顔でつぶやきをらす。

「ということはおかしくなってるのはこの国の人ってことか」

 現地人だけが異常な行動をしているという甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんかは首をひねった。

「でも、運転手さんだってこの国の……」

 そこで恋華れんかはハッと思い出した。

「運転手さん。この何年かはこの国にいなかったって……」

 恋華れんかの言葉に甘太郎あまたろうも運転手が先ほど口にしていた雑談ざつだんの内容を思い出した。

― それがこの運転手さんは3年前からとなりの国に出稼でかせぎに出ていらして、つい一ヶ月前に帰ってきたばかりなんですって。ビルを建設中の様子は見ていないらしいのよ。テレビのニュースでは見ていたらしいけれど、帰ってきて初めてじかにあのビルを見たんですって ―

 そして頭に浮かんだ考えが甘太郎あまたろうの口をついて出る。

「つまり、この何年かでこの国にいた人がクラッキングされてしまったってことか……」

 甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんかうなづいた。

「どんな方法だか分からないけど、多分時間をかけて少しずつ不正アクセスするためのプログラミングを人々ののうに植えつけていったんだわ。それも一度にたくさんの人に」

 そう言うと恋華れんかは考えられる可能性をいくつか口にした。

「予防接種か何かかしら……それとも水道水に何かを仕込んで……?」
 
 そのことを恋華れんかが運転手にたずねると、彼はなぜ今そんなことを聞くのかと怪訝けげんな顔をしながらも首を横に振った。

『予防接種なんて子供しかしないし、この国の水道水はとなりの国からパイプで引っってきている。それをきらって上流階級の連中は水道水なんて飲みやしないさ』

 運転手の言葉を恋華れんか翻訳ほんやくしてもらい、それを聞きながら甘太郎あまたろうはじっと考えていた。

(少なくともこの3年間ほどでずっとこの国にいた人間に影響がある。方法として予防接種や水道水は可能性が低い。テレビって線も同様……ん?)

 何かが甘太郎あまたろうの思考のあみに引っかかる。

(テレビじゃなくてラジオって線もある。耳で聞く……いや、もっと根本的な……)
 
 甘太郎あまたろうはハッとしてザックの中から一枚のパンフレットを取り出した。
 それはこの国に降り立った時、空港で何気なく手に取った小冊子であり、ポルタス・レオニスの新名所『ダーク・タワー』の紹介をするためのものだった。
 中身を確かめると、そこにはこのビルの最上階がこの国で最も高い場所であると記されている。
 冊子の中には最上階からのながめが写真で掲載けいさいされていた。
 その下に書かれた英語は何となく甘太郎あまたろうにも理解できたが、念のため恋華れんかたずねる。

恋華れんかさん。ここ何て書いてあります?」
「ええと……【最上階からは国土のほぼ全域を見渡すことができます】だって。それがどうかしたの?」

 恋華れんか翻訳ほんやくを聞き、甘太郎あまたろうは確信に満ちた表情で自分の考えをべる。

「こんな仮説はどうでしょうか。このビルの最上階から何らかの電波を発して、毎日それを続ける。もし、その電波に不正プログラムを乗せておけば、かなりの数の国民の頭に不正プログラムを植え付けることが可能だと思うんです」

 甘太郎あまたろうの話に恋華れんかもハッとしてうなづいた。

「そうか……。この何年か国にいなかった運転手のおじさんや来たばかりの観光客が影響を受けないってことは、もしかしたらその方法のクラッキングは即効性そっこうせいがないってことなのかしら。ちょっと待ってて」

 そう言うと恋華れんかはイクリシアに連絡を取り、甘太郎あまたろうが今話した仮説を彼女に伝えた。
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