甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第三章 トロピカル・カタストロフィー

第8話 狂乱の街

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「こんな……」

 そう言って絶句ぜっくすると恋華れんかは思わず顔をしかめた。
 二人は建物のかげに身をかくして大通りの様子をうかがいながら、そこに展開されている異様な光景に目を疑った。

 教会を出て細い路地を進み、恋華れんか甘太郎あまたろうが大通りに出ると、そこでは車の往来おうらい途絶とだえた幹線かんせん道路いっぱいに人だかりが出来ていた。
 多くの人間の上げるうなり声がまるで悪霊の怨嗟えんさの声のように街中にひびき渡っている。
 ある者たちは道路わきに停車してある車をひっくり返して破壊し、ある者は手にした鉄パイプなどで沿道の店のショーウインドウをたたき割っている。
 無秩序むちつじょ
 混沌こんとん
 そこにあるのはまさにそのような言葉が相応の凄惨せいさんな光景だった。

「テレビで見る外国の内戦そのものだ。総合病院の一件がちっぽけなことのように思えますね」

 そうつぶやく甘太郎あまたろうの横で恋華れんかもボソッとつぶやきをらす。

「この国は一体どうしちゃったのよ……」
「とにかくここを離れたほうがいいですね。一体どれだけの人間が感染しているのか分からないけど、どこでだれに見られているか知れたもんじゃない。どこにでも監視かんしの目があると考えるべきでしょ。一箇所いっかしょに長くとどまるのは危険だと思います」

 甘太郎あまたろうの言葉にうなづいて立ち上がろうとした恋華れんかは、突如とつじょとして背後の路地裏からひびいてくる大きなクラクションにおどろいて悲鳴を上げた。

「ひぇっ! な、なに?」

 おどろいて背後に目をやると、50メートルほど先の細い路地に一台の自動車が突っ込んできた。
 どう見ても道幅みちはばに合っていないその自動車は両脇の民家の外壁がいへきを車体でガリガリとけずりながら強引に突っ込んでくる。
 けたたましいクラクションが止むことなく鳴りひびいた。

恋華れんかさん! こっち!」

 甘太郎あまたろう恋華れんかかたを抱き寄せると、民家の間の細い隙間すきまに入り込んだ。

(ここならやり過ごせる) 

 そう考えた甘太郎あまたろうだったが、車は彼らの真横で止まる。
 車を運転していた男は開け放たれた窓からうつろな目で甘太郎あまたろうたちを見ると、手に持っていた黒い鉄のかたまりを顔の前にかかげた。

(やばい!)

 男が手にしていたのが拳銃けんじゅうだと分かると、それを見た甘太郎あまたろうは反射的に自分と恋華れんかの横のかべ闇穴やみあなを作り出し、恋華れんかの体を引き寄せるとその中に飛び込んでいく。

 パンパンッ! 

 かわいた音が二人の鼓膜こまくを打つ。
 闇穴やみあなの中にスッポリとかくれた二人の体のすぐ横を、二発の弾丸だんがんが突き抜けていった。
 次の瞬間。
 甘太郎あまたろうが次の行動を起こすよりも早く、恋華れんかが穴の中から半身を出してアンブレラ・シューターを射出した。
 ペイント弾は正確に車の窓を通り抜けて男のひたいに直撃する。
 青いペイントがはじけて霧散むさんし、男はすぐさま力を失って運転席でガックリとうなだれた。

「ふぅ……」

 恋華れんかは短く息をくと甘太郎あまたろうを見た。
 甘太郎あまたろうはわずかに青ざめた顔をしていたが、自分もおそらく同じ表情を浮かべているのだろうと恋華れんかは思った。
 ただよ硝煙しょうえんの香りが二人の恐怖心をあおる。

「車を運転してじゅうを撃つなんて……1級感染者だわ。それにこの国も日本と同じでじゅうの所持は禁じられてるはずなのに」

 そう言った恋華れんかとなり甘太郎あまたろうも顔を引きつらせてうなづいた。

じゅうで撃たれるとか人生初体験ですよ」

 その時、男がガクッとハンドルの上に倒れ込み、プーッと耳をつんざくクラクションが辺りに鳴りひびいた。
 恋華れんか甘太郎あまたろうも思わずビクッとして、あわてて車にけ寄り、気を失ったままの男をハンドルから離して座席に戻した。

「び、びっくりしたなぁ。もう。心臓が止まるかと思ったわよ」

 そう言ってむねに手を当てる恋華れんかをよそに、甘太郎あまたろうは車のとびらを開けた。

「とりあえずこの男をかくさないと。こんなところに置いといたら感染者におそわれる」
「そうね」

 そう言って二人がかりで男を車から降ろし、民家のとなりにある空き家の中にその男の身をかくした。
 男が手にしていた拳銃けんじゅう甘太郎あまたろう闇穴やみあなを開けてその中に投げ捨てた。

「本当に息もつけないな。ボンヤリしてたらどこからねらい撃ちされるか分からないぞ」
 
 そう言った甘太郎あまたろう恋華れんかの背後に見える大通りの様子を見て、驚愕きょうがくに目を見開いた。
 恋華れんか甘太郎あまたろうの視線が自分の背後に向けられていることに気がつき、自分も背後を振り返る。
 路地の先には大通りの様子が見て取れた。
 大通りには無数の感染者が集まり、二人のいる路地をじっとのぞき込んでいる。
 そしてはじかれたようにその感染者らが恋華れんからに向かって路地へと殺到さっとうし始めたのだ。

「う、うそっ!」

 二人は即座そくざきびすを返すと路地の奥へと逃げ込んでいく。

「さっきの男がおかまいなしにクラクションブーブー鳴らしたから、連中の注目を集めたんだ」

 二人の獲物えものを目がけて、大勢の感染者がせまい路地に突入してくる。
 まるで鉄砲水がせまい水路に勢いよく流れ込んでくるかのように、あっという間に路地は感染者であふれ返った。

「マラソン大会かよ!」

 必死に走り続ける恋華れんか甘太郎あまたろうを人の波が追ってくる。
 一本道を必死に走り続けると、二人はすぐに再び大通りに出た。
 そこにも多くの感染者がいたが、彼らを追って来る一団のようにひとかたまりになっておらずバラバラのため、二人は感染者らの間をアメフトの選手のようにけ抜けていく。

「タクシーだ!」

 甘太郎あまたろうがそうさけんで指差す方向に恋華れんかは目をらす。
 大通りの向こうから一台のタクシーが猛スピードで走ってきた。
 恋華れんかは道に出て大きく手を振る。

「と、止まって止まって!」

 恋華れんかの姿に気がついたようでタクシーは急激にブレーキをかけ、タイヤを地面でこする不快な音を立てながら恋華れんかから十数メートルの距離きょりをあけて停車した。
 運転席側の窓が開き、運転手が恐る恐るといった感じで顔を出す。
 その顔を見た二人は思わず顔を見合わせた。
 運転手も恋華れんかたちに気がついたようだった。
 そのタクシーを運転していたのは、先ほど空港から甘太郎あまたろうたちを乗せてくれた運転手だった。

『運転手さん! 乗せて乗せて!』

 恋華れんかが英語でそうさけぶと、運転手は即座にとびらを開けてくれた。
 背後からは感染者の群れが全力疾走しっそうで迫って来る。
 恋華れんか甘太郎あまたろうはすぐさまタクシーに乗り込み、タクシーは急発進して猛スピードで感染者の群れを振り切った。
 背後に遠ざかっていく感染者たちの姿を見て、ようやく恋華れんかはホッと息をついた。
 そんな二人をバックミラーしに見ると、運転手は何事かを話し始めた。

『あんたたち無事だったか。一体何がどうなってるんだ!』

 運転手は興奮こうふんした様子でまくし立てた。

『あんたたちを降ろしてからしばらく街中を走ってたんだが、突然みょうな一団に出くわしたんだ。そいつらは街中で暴れくるってやがった。もう街中どこもかしこも気のくるっちまったような連中ばかりさ。どうなっちまったんだこの国は!』

 運転手の話によると、あっという間に街中がおかしな連中でくされてしまったそうだ。

『運転手さん。とりあえず人の少ないところを目指して走ってください。何かの暴動かもしれないし、そのほうが安全です』

 本当の事情をしゃべるわけにもいかずに恋華れんかがそうげると、運転手はうなづいた。

『そのほうがいいな。警察けいさつに行こうとしたんだが人が多くて街の中心に近づけなかったんだ』

 そう言う運転手の顔は恐怖にひどく青ざめていて、彼がいかに恐ろしい思いをいられたのかを如実にょじつに物語っていた。
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