甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第三章 トロピカル・カタストロフィー

第6話 マッケイガン神父の失踪

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 恋華れんか甘太郎あまたろうを乗せたタクシーは街外まちはずれを訪れていた。
 辺りはすっかり暗くなり、頼りなさげな明かりをともした街灯がいとうが暗い道端みちばたを照らし出している。
 カントルムの米国本部よりあらかじめ指示されていたその住所には、確かに一軒の教会が建てられており、中からは明かりがれていた。

「ここで間違いなさそうですね」

 そこでタクシーを降り、二人は運転手に礼を述べて別れをげた。
 恋華れんか甘太郎あまたろうは目の前の教会をじっと見据みすえる。
 2つの街灯がいとうが左右から教会の姿を照らし出していた。

「古い建物ね」
「そうですね。それにしてもいくら街外まちはずれだからって、人が少な過ぎるな」

 そう言って甘太郎あまたろうは教会の周囲を見渡した。
 時刻はまだ夜8時を回っておらず、人々が寝静まるには早過ぎる時間である。
 それにもかかわらず通りからは人の往来おうらいえ、辺りにはわびしい雰囲気ふんいきただよっていた。
 そして相変わらず魔気まき濃度のうどの高い状態は続いている。

「とりあえず中に入りましょ」

 そう言う恋華れんかうなづいて、甘太郎あまたろうは教会のとびらをノックする。
 しばし待ってみたが、とびらが開く様子はなかったので、今度はノックせずにとびらを開けた。
 中に入るとそこはすぐ礼拝堂れいはいどうとなっていて、およそ100人ほどの信徒がこしを掛けることができる程度の数の長椅子ながいすが規則正しく列を作っていた。
 その先にはささやかながらも祭壇さいだんもうけられている。
 音を立ててとびらが開かれたにもかかわらず、教会の中からはだれも出てくることはなかった。
 甘太郎あまたろうは中をのぞき込んだ。
 電灯でんとう煌々こうこうともっているものの、人の気配はない。

だれもいないわね」

 恋華れんかは英語で問いかける。

『ジミー・マッケイガン神父はいらっしゃいませんか?』

 彼女の声は無人の礼拝堂れいはいどうによくひびいたが、だれからも返事は返ってこない。

「本当にだれもいないのかしら?」

 そう言って恋華れんかは教会の中に足をあ¥踏《ふ》み入れようとしたが、あ¥甘太郎《あまたろう》は彼女を制止した。

「念のためかさを用意したほうがいいですね。この国のどこかに今回の件の親玉がひそんでる。いつだれに襲われてもおかしくないですよ」
「そうね」

 恋華れんかかたにかけたバッグからアンブレラ・シューターを取り出した。

「さすがに教会の中だけあって、神気じんき濃度のうどが高いですね。外とは大違いだ。先に言っておきますけど、多分この中では俺の力は使えないですよ」

 神気じんき濃度のうどの高さに比例して、甘太郎あまたろうの能力は弱まる。
 先日の新宮しんぐう総合病院での氷上ひかみわなはそれを利用したものだった。
 彼の話に恋華れんかうなづいた。
 二人は顔を見合わせると、甘太郎あまたろうから先に注意深く教会の中へと足を踏み入れていく。
 古い建物ではあったが、中はよく手入れが行きとどいており、信徒をいつでもむかえ入れられるよう、神父が心をくだいていたことがうかがえる。
 二人は教会内をくまなく探したが、神父の姿はどこにも見当たらない。
 プライバシーの問題もあったが、状況が状況なだけに住居スペースもふくめて二人は神父を探した。
 だが、教会内には神父はおろか、下働きの人間すら一人もいないことが分かった。
 甘太郎あまたろうは不審そうにつぶやく。

みょうだな。入れ違いになっただけかと思ったけど電話にも出ないし、そもそも出かけるのにかぎもかけず電灯でんとうもつけっ放しにはしないですよね」

 二人は周囲を見回しながら最後に残された懺悔室ざんげしつに足をみ入れる。
 だが、その入口で甘太郎あまたろうが不自然に足を止めたため、彼の後ろを歩く恋華れんかは思わず彼の背中に鼻っつらをぶつけた。

「アイタッ……どうかしたの?」

 そう言って恋華れんかは背伸びをして甘太郎あまたろう肩越かたごしに部屋の様子を見る。

「ア、アマタローくん。これ……」

 そう言って警戒けいかいの色をありありと浮かべた恋華れんかの目に、荒れ果てた部屋の異様な光景がうつり、彼女は思わず息を飲んだ。
 その部屋の中は椅子いすやテーブルなどの備品がひっくり返り、破壊されていた。
 まるで激しく人が争ったようなその痕跡こんせきに、甘太郎あまたろうの顔にも緊張きんちょうが走る。

「こ、ここだけ大地震の後みたいですね。恋華れんかさん。俺から離れないで下さい」
「う、うん」

 恋華れんかを背にして甘太郎あまたろうが一歩足を踏み入れると、彼の足が何かを踏んだ。
 それらは粉々こなごなになって飛び散ったガラスへんだった。
 見ると窓ガラスが内側から破られていて、部屋の中に生ぬるい風が吹き込んでくる。
 甘太郎あまたろうは割れたガラス窓にそっと近づき、窓の外に目をやった。
 教会のすぐ裏手には用水路が通っていて、なみなみと水が流れていた。
 その時、恋華れんか甘太郎あまたろうの衣服のそでを引っ張る。

「アマタローくん。コレを見て」

 甘太郎あまたろうが振り返ると、恋華れんかがそれ以上の言葉を失って神妙しんみょうな顔でゆかを指差している。
 彼女の指差す先のゆかには血痕けっこんらしき赤いあとが染みを作っていた。
 それを見た甘太郎あまたろううめくように言葉をき出した。

「神父の身に何かが起きたんだ……」

 2人はだれもいない教会の静寂せいじゃくの中で息を飲む。
 その途端とたんだった。

 ブッブッブッブ!

「ひえっ!」 

 恋華れんかのケータイが特徴的とくちょうてきなバイブレーションを繰り返し、危険をげる。
 恋華れんかおどろきのあまり、短い悲鳴をらしつつ、ケータイの画面に素早く目を走らせ、予言の内容を確認した。

『ポルタス・レオニス全域に警戒けいかい警報けいほう。感染者多数。半径500メートル以内に1000人超の感染者を確認。要注意』

 メールを見た恋華れんか厳然げんぜんとした表情で甘太郎あまたろうと視線を合わせた。

「……アマタローくん。注意して。感染者が近くにいるわ」
「マジですか? 思った通りだけど早速さっそくだな」

 そう言うと甘太郎あまたろうは注意深く周囲を見渡す。
 ふいに恋華れんかは目を閉じて耳をませた。

「どうしたんですか?」

 そうたずねる甘太郎あまたろうくちびる恋華れんかは人差し指を当てて静かにするようにとうながした。
 思わず口をつぐんで立ちくす甘太郎あまたろうにかまわず、恋華れんかは目を閉じて全ての神経を聴覚ちょうかくに集中させる。
 甘太郎あまたろうの耳がようやく静寂せいじゃくに慣れた頃、彼も確かにその音を聞き取っていた。
 2人はだまって顔を見合わせる。
 遠くの方からさざ波のような音が聞こえてくる。
 それは少しずつ大きくなるにつれ、ハッキリとした人の声に変わっていき、2人の顔を驚愕きょうがくの色でめた。

「何この音……声?」

 恋華れんかはそう言って甘太郎あまたろうと視線を交わす。
 甘太郎あまたろう眉間みけんにシワを寄せて言った。

「人の……声か?」

 それはまさに大勢の人間が上げる声が大きな音のうねりとなって空気をふるわせているようであった。
 だが、それはたとえばスタジアムで行われるコンサートやスポーツの試合の際に聞かれる歓声などとは大きく異なっている。
 それは多くの人間が上げる怒声どせい奇声きせい、さらには悲鳴のじり合ったような耳障みみざわりな騒音そうおんだった。
 すでに声はハッキリと二人の鼓膜こまくを打っている。

「とにかく外に出ましょう」

 そう言う恋華れんかのすぐそばにつきながら甘太郎あまたろうは辺りを警戒けいかいして言った。

「用心して下さい。外の魔気まき濃度のうどが高くなっているから」

 恋華れんかもそれを感じていた。
 夜が深まれば深まるほど空気は重くよどんできているような気がしてならない。
 二人は緊張きんちょうに高まるむね鼓動こどうを落ち着けるように互いにうなづき合うと、懺悔室ざんげしつを出て足早に礼拝堂れいはいどうを通り抜け、教会の外へと飛び出していった。
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