甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第27話 八重子の霊視

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「はい。いいわよ」

 談合坂だんごうざか医院。
 まだだれもいない明け方の診療室しんりょうしつでは、八重子やえこに向き合って座る甘太郎あまたろうの姿があった。
 真夜中に医院に戻った恋華れんか甘太郎あまたろうの二人は、出迎でむかえてくれた幸之助こうのすけ八重子やえこによる診察しんさつを受けた。
 恋華れんかはすでに頭痛もすっきりと治まっていて体に異常はなかったが、修正プログラムを無数の感染者に投与し続けたため、相当に疲労がたまっていた。
 睡眠が一番の薬だという幸之助こうのすけの言葉に、先に診察しんさつを済ませた恋華れんかは自室に戻っていった。
 後に残った甘太郎あまたろう八重子やえこの霊視を受けているところだった。 

「サンキュー。で、どうだ?」

 霊視による体内の診察しんさつを終え、甘太郎あまたろうは服を着ておそおそ八重子やえこたずねる。
 八重子やえこはしばし無言で甘太郎あまたろうをジロリとにらみつけると嘆息たんそくした。

「まったく。無茶をしたものね。私は白い錠剤じょうざいを飲むよう伝えたつもりなんだけど?」

 突きさるような八重子やえこの冷たい視線に甘太郎あまたろうしかられた犬のように目をそらした。

「いや、緊急事態だったんだから仕方ないだろ」

 総合病院での顛末てんまつはすでに甘太郎あまたろうから八重子やえこに報告済みで、恋華れんかからも甘太郎あまたろう護衛ごえいが効果的だったことを八重子やえこは聞かされていた。
 八重子やえこ甘太郎あまたろう闇穴やみあなを乱発したことでその身に持つ暗黒炉あんこくろに何かしらの影響が出ているのではないかと疑い、彼の暗黒炉あんこくろの状態を霊視した。

「医師の立場から見れば、あんたの行為は自殺同然の愚行ぐこうだって言ってるのよ」

 あきれ果てたといった口調でそう言いながら八重子やえこ甘太郎あまたろうをジロリとにらむ。
 甘太郎あまたろうから黒の錠剤じょうざいの服用を聞いた八重子やえこは、彼の体内が魔気まきによって相当のダメージを受けているのではないかと危惧きぐしていた。
 しかし霊視の結果、甘太郎あまたろうの体内は清々すがすがしいほど正常な状態に保たれていた。

暗黒炉あんこくろも体内環境もまったく問題がないわ。馬鹿ばかなことやったとは思えないほどにね。どうやって黒煙こくえん噴出ふんしゅつ状態から立ち直ったのよ?」
 
 疑わしげな視線を向けてそうたずねる八重子やえこに、甘太郎あまたろう鬱陶うっとうしそうな顔で答える。

「さっきも言っただろ。白い薬をありったけ飲んで……」

 そう言いながら甘太郎あまたろうは自分が助かった要因よういんを思い浮かべる。
 無論、脳裏のうりに浮かぶのは恋華れんかの笑顔とそのやわらかな胸の双房そうぼうだった。

(あんな醜態しゅうたい、人には言えん)

 そう思ってそれらしい表情を必死に作る甘太郎あまたろうだったが、それは徒労に終わる。

「専門家にうそついても無駄むだよ」
 
 胸の内を見透みすかすようにそう言う八重子やえこに、甘太郎あまたろうは降参して首を横に振る。
 かり八重子やえこが専門家でなかったとしても、彼女に甘太郎あまたろううそが通用しないのは昔からのことだ。
 小学生の頃より甘太郎あまたろうのつくうそは彼女にことごとく見破られてきたのだから。
 さらに八重子やえこは攻撃の手をゆるめない。

恋華れんかさんって確か体から神気じんききりを出したわよね。私、聞いたんだけどあれって彼女の羞恥心しゅうちしんに関係してるらしいじゃない?」

 昨日の新宿中央公園での出来事が二人の脳裏のうりに思い起こされる。

「う……そ、それは」

 甘太郎あまたろうはギクッとして必死に平静をよそおうとするが、それは八重子やえこの前では無意味だった。

「あんたまさか……恋華れんかさんをはずかしめるようなことをして無理やり神気じんき噴出ふんしゅつさせて、それを胸いっぱいに吸い込んだんじゃないでしょうね!」
「犯罪者か俺は!」

 話の後半は当たっているので、動揺どうようをはらんだ声で甘太郎あまたろうは話のまくを下ろそうとする。

「と、とりあえず詳細しょうさいは置いといて、恋華れんかさんの神気じんきのおかげで助かったんだよ」
詳細しょうさいを言いなさい」

 食い下がる八重子やえこ迫力はくりょくにタジタジになりながら甘太郎あまたろうは彼女を必死になだめる。

「か、顔が恐ろしいことになってるぞ。八重子やえこさん」

 そう言われた八重子やえこは少し気を取り直し、甘太郎あまたろうひとみをじっと見つめた。

甘太郎あまたろう。よく聞いて」

 そう言うと八重子やえこ神妙しんみょうな顔つきで自分がつい先頃に知ったばかりのある事実をげる。
 彼女がつい先ほどまで甘太郎あまたろうの母親である酒々井しすい甘枝あまえについて残されていた資料を調べていたこと。
 その中に残されていた『かくし屋』としての甘枝あまえの記録。
 そして甘枝あまえの当時の顧客の中に彼女の『かくし屋』としての顔を知る人物がいて、それが守谷もりや貴子たかこという今の甘太郎あまたろうの顧客でもあるということをげると、甘太郎あまたろう怪訝けげんな顔を見せた。

「も、守谷もりやさんが? あの人、母ちゃんのお客だったのか。おどろいたな」

 守谷もりや貴子たかこは深夜の劇場で働くいわゆる夜の商売の女性であり、貿易士ぼうえきしとしての甘太郎あまたろうの顧客である。
 つい先日も彼女には魔界から取り寄せた『媚薬びやくアロマ香るブラ』という特別な下着を販売したばかりだった。

「けど、何でまたそんなことを調べたんだ?」

 そう疑問を口にする甘太郎あまたろうに、八重子やえこは考えをまとめるように少し間を置いてから静かに口を開いた。

甘枝あまえさんにも同じことが起きていたらしいわ」
「同じこと?」
「今のあんたみたいに、体から魔気まき噴出ふんしゅつするっていう現象よ」

 八重子やえこの言葉に甘太郎あまたろうは思わず目をいて身を乗り出した。

「母ちゃんが?」

 甘太郎あまたろう自身、昨日から突然起こり始めた魔気まき噴出ふんしゅつの現象に決して軽くない戸惑とまどいと衝撃しょうげきを受けていた。
 だからこそ同じことが自分の母親の身にも起きていたという八重子やえこの話に、彼はおどろかずにはいられなかった。
 甘太郎あまたろうの体内に存在する暗黒炉あんこくろはもともと母親から受けいだものだ。
 そうした事実をまえて、八重子やえこは自分の推論すいろんげた。

「もしかしたらあんたの体にも甘枝あまえさんと同じ『かくし屋』としての能力が目覚め始めてるんじゃないかしら」

 八重子やえこの言葉に甘太郎あまたろう呆然ぼうぜんとして思わず自分の手のひらを見つめる。
 母にそのような力があることも知らなかったし、自分にも同じ力が備わっているかもしれないなどど考えたこともなかった。
 ただ、今夜病院で起きた一連の出来事、自分が意識を失くしていた間に氷上ひかみと感染者らを一網打尽いちもうだじんにしたその力のことは甘太郎あまたろう自身にも説明がつかない。
 八重子やえこ推論すいろん真偽しんぎがどうあれ、自分の能力に何らかの変化が起きつつあることを甘太郎あまたろうは感じずにいられなかった。
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