甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第22話 天国の白い谷間

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「うおっ! な、何だ……」

 甘太郎あまたろうは自分の体から突然吹き上がる魔気まきに思わず首をすくめる。
 恋華れんかあせりの色をその顔ににじませて、むせ返るような魔気まきをこらえながら問いかけた。

「薬が効いてないの?」
「く、薬の効果が不足しているのかも」

 そう言っているそばから黒煙こくえんの勢いはどんどん増していく。
 甘太郎あまたろうむねの辺りに熱と息苦しさを覚え、おのれの体の異常が深刻なものであることをさとった。

「こ、こりゃヤバイ……」

 そうつぶやくと彼は薬ケースの中に残った13つぶの白の錠剤じょうざいを13番から順に飲んでいく。

「そ、そんなに飲んで大丈夫なの?」

 動揺どうようして目を見開く恋華れんかの横で、甘太郎あまたろうは構わず次々と白い錠剤じょうざいを飲んでいく。

「この異常な魔気まきを何とかおさえないと……」
 
 だが、そんな甘太郎あまたろう意図いととは裏腹に体からは止めなく黒煙こくえんき出てくる。
 甘太郎あまたろうは頭がクラクラするのを幾度いくども感じて、酸欠状態のように目まいを覚えた。 
 先ほど黒の錠剤じょうざいを飲んだ後も意識を失ったが、今度はもっとひどい状態だった。
 むねの奥底で白と黒がせめぎ合い、それが底意地そこいじの悪い化学反応となって甘太郎あまたろうの体中をかき乱す。
 
「ちょ……マジで、やばい……かも」

 甘太郎あまたろうは立っているのもつらいほどの痛みと倦怠感けんたいかんに、その場でガックリとひざをついてしまう。

「だ、大丈夫? アマタローくん!」

 おどろいた恋華れんかは必死にそうびかけるものの、甘太郎あまたろうはすでに返事をするのもつらそうに、ほんの少し苦しげな笑みを浮かべるだけだった。
 明らかに弱りきっている甘太郎あまたろうの様子に焦燥感しょうそうかんつのらせながら、ふいに恋華れんかは昨夜のことを思い返した。
 甘太郎あまたろうの全身が黒煙こくえんに包まれた際、恋華れんかれた彼の手からは黒煙こくえんがその勢いをそがれて一時的に消えたのだ。
 その光景が頭の中に浮かび上がり、咄嗟とっさ恋華れんか甘太郎あまたろうの両手をつかむ。
 するとわずかに黒煙こくえんの勢は弱まった気がしたが、それもほんのつかの間のことであり、すぐに黒煙こくえんは元通りの大量噴出ふんしゅつ状態に戻ってしまう。

「そ、そんな……」
「れ、恋華れんかさん……何を?」

 苦しさに顔をゆがめながら、甘太郎あまたろうは彼女の行動の意図いとが分からずに困惑こんわくの声を上げた。
 落胆らくたんの表情を浮かべる恋華れんかは、それでもすぐに気を取り直し、今度は思い切って甘太郎あまたろうの背中に両手を回す。

「いいから。おとなしくしていなさい」

 恋華れんかはそう言い聞かせると、甘太郎あまたろうの体にピッタリと自分の体を密着みっちゃくさせた。

「え? ちょ、ちょっと……」

 突然のことにおどろ甘太郎あまたろうだったが、すでに心身ともに衰弱すいじゃくし切っていて、恋華れんかに身を任せるままにするほかなかった。
 するとけむりは徐々に勢いを弱めていくものの、やはり十数秒もつと元の勢いを取り戻してしまう。
 恋華れんかは失意の表情で力のない声をらした。

「ど、どうして……昨日と違う」
 
 そんな彼女に、甘太郎あまたろうは苦しみの中にも精一杯の笑顔を作って必死に言葉をき出した。

恋華れんかさんは俺を置いてすぐに撤退てったいして下さい。病院の外に出れば八重子やえこに連絡がつくはず……」
 
 そう言う甘太郎あまたろう恋華れんかは即座に首を横に振る。

馬鹿ばかなこと言わないで! あなたを置いていったり出来ないわ」

 甘太郎あまたろうの提案をピシャリとねつけると、恋華れんかは必死に思考をめぐらせた。

(この黒煙こくえんを消すには……)

 魔気まきを打ち消すのは神気じんき
 だからこそ甘太郎あまたろうが先ほど白の錠剤じょうざいを立て続けに飲んでその効果を期待したことは間違いではない。
 ただ、甘太郎あまたろうの体内の魔気まきの強さが圧倒的あっとうてきに白い錠剤じょうざい神気じんきの効果を上回っているのだ。

(もっと強い神気じんきを……もっと強い……!)

 そこで恋華れんかはひとつの方法に思いいたった。
 だが、それは彼女にとって非常に勇気のいることだった。
 それでも恋華れんかはすぐに決意した。
 甘太郎あまたろうをこの窮地きゅうちから救うために躊躇ちゅうちょなどしていられないと強く感じたからだ。

「アマタローくん。私が何をしてもおどろかないでね。今から……し、死ぬほどずかしいことするから」
 
 すでに苦痛によって全身を支配された甘太郎あまたろうゆかに座り込んでいるのがやっとであり、恋華れんかの言葉に何ら反応を返すことが出来ない。
 恋華れんかは意を決した顔で甘太郎あまたろうの頭に左手をやると、右手で自分のブラウスのボタンを上から3つほど外す。

「し、死ぬほどずかしいんだからね」

 甘太郎あまたろうを見下ろしながら、もう一度そう言ってほほ紅潮こうちょうさせる恋華れんかの体から真っ白なきりき出した。
 それを確認すると恋華れんか甘太郎あまたろうの真正面にひざまずく。

「アマタローくん。今、助けてあげるからね」

 決然とそう言うと、恋華れんかはすでに意識を失いかけている甘太郎あまたろうの頭をかすかにふるえる両手で支え、自分のふくよかな胸元むなもとにあてがう。
 そして彼の鼻面はなづらを自分の白いむねの谷間に押し当てた。
 甘太郎あまたろう吐息といきとぬくもりを胸元むなもとに感じながら、そのあまりのずかしさから恋華れんかの顔が真っ赤にまる。
 そしてそれとは対照的に恋華れんかの体からき出る白霧状はくむじょう神気じんきが、まるで間欠泉かんけつせんから噴出ふんしゅつする湯気ゆげのようにもくもくと大量にき上がった。

「アマタローくん。元に戻って」

 必死の声をしぼり出す恋華れんかがその身から放つ大量の神気じんきは、甘太郎あまたろう鼻腔びこうからはいへと到達し、やがて血管を通して彼の全身へと浸透しんとうしていく。
 すると重苦しい倦怠感けんたいかんとまるで血管の中をトゲだらけの虫にい回られているかのような言いがたい苦痛が、全身に満ちていく心地ここちよい涼風りょうふうによって吹き消されていくように、甘太郎あまたろうは体がスッと楽になっていくのを感じた。

 甘太郎あまたろうの体の中に充満していた魔気まきを、恋華れんかの体から流れ込んだ神気じんきが中和希釈きしゃくしていく。
 それは劇的とも言える変化だった。
 甘太郎あまたろうの体から立ち上る黒煙こくえんは見る見るうちにその勢いを弱め、ものの数秒とたないうちに完全に消えていった。
 顔色もはだの色もすっかり回復した甘太郎あまたろうはそっと目を開ける。
 やわらかな恋華れんか双丘そうきゅう狭間はざまで、甘太郎あまたろうは目の前にある彼女の顔を見つめた。

「れ、恋華れんかさん……」

 恋華れんか甘太郎あまたろうむねに抱いたままホッと安堵あんどの息をついた。

「楽になった? よかった」

 完全に甘太郎あまたろうの体から黒煙こくえんが消え去ったのを確認するとその頭を放し、恋華れんかはそそくさと背中を向けてブラウスのボタンをはめ直していく。

「ご、ごめんね。突然変なことして」

 恋華れんかは背を向けたまま羞恥心しゅうちしんから早口でそうまくし立てると、甘太郎あまたろうの様子をうかがうようにチラッと振り返った。

「て、天国かと思いました」

 陶然とうぜんとした表情で思わず素直すなおな心の声をらす甘太郎あまたろうに、恋華れんかは顔を真っ赤にして再び顔をそむけた。

「も、もう! 変なこと言わないでよ」

 そんな恋華れんかの様子に苦笑を浮かべながら甘太郎あまたろうむねき上がる感謝を口にした。

「助けてくれたんですね。ありがとう。すみません。恋華れんかさんを守る役目なのに、逆に助けられちゃいました。け、けど何で俺、恋華れんかさんにかかえられてたんですか?」
 
 照れくさそうにそう言う甘太郎あまたろう恋華れんかもバツが悪そうな顔で答える。

「わ、私の神気じんきはここから出るから……」
 
 そう言うと恋華れんかは自分の胸元むなもとを指で指し示した。

「そうなんですか。ち、ちなみにどういう時に出るんですか?」

 何の気なしにそうたずねる甘太郎あまたろう恋華れんかは口をとがらせてうつむく。

「……ずかしい時」
 
 赤面しながらそうつぶや恋華れんかの様子は甘太郎あまたろうが思わずドキッとするほど可憐かれんに見えた。
 甘太郎あまたろうは慣れないむねうずきを感じて、恋華れんかの顔を直視できずに視線をそらした。
 その時、だれもいなかった階段フロアのゆかが突然らいだかと思うと、ゆかの中から多くの人影が浮かび上がってくる。

「な、何?」

 突然の出来事におどろき、二人は所狭ところせましとゆかの上に横たわる人々の姿を見つめた。
 それは姿を消していた感染者らだった。
 全員が目を閉じてピクリとも動かない。

「この人たち……元に戻ってる」

 恋華れんかはそれが修正プログラム投入後の感染者らの姿だと直感的に感じ取った。
 それを裏付けるべく恋華れんかはすぐそばに倒れている一人の看護士かんごしの頭部に両手でれる。
 感染者であれば恋華れんかの指輪が発動するはずだったが、【メディクス(医師)】も【スクルタートル(調査官)】も何ら反応を見せない。
 それはすなわちすでに修正プログラムが投与済みであるということだった。
 しかし恋華れんかは彼らを修正していないはずだった。

「ど、どういうこと?」

 自問するようにそう言うと、恋華れんかはそこで先ほど闇穴やみあなの中から現れた甘太郎あまたろうを引き上げようとその両うでつかんだ際に、意図いとしない形で発動した霊具について思い返した。
 修正のシグナルである赤と青の光は恋華れんかの指輪から発せられ、それは甘太郎あまたろうの体を通して闇穴やみあなの奥底へと落ちていったのだ。
 恋華れんかはワケが分からないといったように目を丸くして甘太郎あまたろうを見つめた。

「アマタローくん。一体どうなってるの?」

 そうつぶやく恋華れんか甘太郎あまたろうかたをすくめるしかなかった。

「……俺にもよく分かりません」

 甘太郎あまたろうがそうつぶやいた時、彼らの目の前のかべ波紋はもんのようならぎが生じ、かべの中から一人の人物が現れた。
 気を失ったまま、静かにゆかくずれ落ちたのはこの騒動そうどうの主犯・氷上ひかみ恭一きょういちだった。
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