甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第19話 対決!

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 め切られた階段のフロアに感染者たちの声がひびき渡る。
 そんな中、せまい足場の上に追いやられた恋華れんか甘太郎あまたろうは救助をぶことも出来ずに立ち往生おうじょうしていた。
 恋華れんかうめきにもた声をしぼり出す。

「せめて外に出られれば……」

 そう言って恋華れんかは周囲を見回すものの、階段のフロアは閉ざされており、窓ひとつない完全な閉鎖的へいさてき空間となっていた。

「まだだ。まだ、やれることはある」

 そう言う甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんかは彼の顔を見た。
 甘太郎あまたろうの目はまだ希望を失っていない。

「見て下さい。恋華れんかさん。感染者の中にはまだあんな子供もいますよ」

 恋華れんか甘太郎あまたろうの指差す先に目をらし、大人の感染者らにじってまだ小学生くらいの子供の感染者の姿があるのを確認した。
 その小さな体ゆえに大人の感染者らに押され、つぶされそうになりながらも、術者の命令に従ってただひたすら恋華れんか甘太郎あまたろうを追い続けている。
 その目には何ら感情の色を映していない。
 それを見た恋華れんかの表情が怒りや悲しみをないぜにした悲痛なそれに変わる。

「……ひどい」

 恋華れんかが思わずそうらした言葉に、甘太郎あまたろううなづいて拳を軽く握る。

「気分悪いっすね。あんな子供でも操れてしまう敵のくさった性根しょうねが」

 甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんかは深くうなづいた。

「でも、この状況をどうすれば……」

 そう言ってくちびる恋華れんかの前で、甘太郎あまたろうふところから薬ケースを取り出した。
 それを開くと中には28種類の錠剤じょうざいが28区分されたくぼみの中に小分けにされていた。
 甘太郎あまたろう脳裏のうりにゆうべの八重子やえこの言葉がよぎる。

魔気まきがまた止まらなくなったら、すぐに白の10番から14番のどれかひとつを飲みなさい』

 甘太郎あまたろうはじっと薬ケースを見つめて覚悟を決める。

(俺の推測すいそくが正しいかどうか……どちらにしても八重子やえこに怒られるな)
 
 その時、ふいに感染者らのうめき声が鳴りをひそめ、不自然な静寂せいじゃくが訪れる。
 恋華れんか甘太郎あまたろうはそろって顔を上げた。
 彼らの視線の先に上階からゆっくりと降りてきた白衣の男性医師の姿があった。
 恋華れんか咄嗟とっさに声を張り上げる。

「ここは危険よ! 逃げて!」

 だが、30代前半ほどのその男は落ち着き払った表情で口を開く。

「お気遣きづかいに感謝するよ。カントルムの梓川あずさがわ恋華れんかさん」
 
 男のその言葉に恋華れんかは目を見開いた。

「あ、あなたは……」

 恋華れんかとなり甘太郎あまたろうするどい目付きで男をにらみつけた。

「なるほど。外道げどう野郎のお出ましか」

 感染者らが医師の男にまったく感心を示さないというその事実から見ても、男が恋華れんからに対立する立場の人間であることは明らかだった。
 甘太郎あまたろうは機先を制して声を張り上げる。

「おい。アンタ見たところ医師のようだけど、自分の仕事場のひどい有様をどう思ってるんだ。今すぐこのおかしな状況を元に戻せよ」
 
 静けさを取り戻した階段のフロアに怒気どきをはらんだ甘太郎あまたろうの声が浪々ろうろうひびき渡る。
 だが男は悪びれる様子もなく、かたをすくめた。

「アマタロウ君とか言ったね。君は若いのになかなかきもわっている。だけど、ひどい有様だなんて心外だな。今君たちの目の前に広がっている状況は、私が苦心して作り上げたんだよ」

 そう言う男に恋華れんかは思わずかたふるわせた。
 目の前にいる男は先日、新宿中央公園で自分をおそってきた敵とは違う。
 はだで感じる感覚から、恋華れんかにはそれがすぐに直感できた。
 それでも突き上げる怒りが彼女の体の隅々すみずみまで染み渡っていく。

「そ、それじゃあ、あなたがブレイン・クラッキングを……」
 
 わずかにふるえる声でそう問う恋華れんかに男は薄笑うすえみを浮かべて首肯しゅこうしてみせた。

「いかにも。ここにいる連中は全て私がクラッキングした」

 恋華れんかはまさに親のかたきを見つけたかのように怒りに燃える視線を男にびせた。
 男はそんな恋華れんか憤怒ふんぬ逆撫さかなでするように軽口をたたく。

「せっかくだから少しお話でもしようじゃないか」

 これにとうとう恋華れんかは声を荒げてとがめたてた。

「ふざけないで! 何のつみもない人々にこんなひどい仕打ちをして、許されないわよ!」
 
 だが彼女の激情も男にとってはそよ風同然であり、彼は平然と言ってのける。

「君の倫理観は実に立派だが、私にそれを押し付けられても困るな。私にとっては彼らはただの被検体だよ」
「くっ!」

 なおも男を言いとがめようとする恋華れんか甘太郎あまたろうは手で制した。

「言っても無駄むだですよ。ああいう手合いは俺たちとは生きる次元が違う」

 低い声でそう言うと、甘太郎あまたろうは頭をめぐらして男に視線を向けた。

「それで。追いめられて立ち往生おうじょうしてる俺たちの息の根を止めるためにわざわざ足を運んだのか。意外と稚拙ちせつだな。そんな危険をおかしてまでクソみたいな好奇心を満たしたいのか?」
 
 甘太郎あまたろうの言葉に男は鷹揚おうよううなづいてみせる。

「そう言うなよ。ここにいるウスノロどもだけじゃ、いつまでたっても君たちを殺せそうにないし。それに……」

 そう言うと男は人差し指を自分のこめかみに当てて不敵に笑う。

「私は脳外科のうげか専門でね。職業がら、ブレインクラッキングをね返す梓川あずさがわさんののうには非常に興味があるんだ。だから、出来たら梓川あずさがわさんは生きたまま捕らえて私の実験体にしたいと思ってるんだよ」
 
 あっけらかんとそう言う男の目に野心的な光があやしく宿るのを見て、背筋せすじい登る嫌悪感けんおかん恋華れんかは表情をゆがめる。
 この男にとって自分の欲望こそが絶対の価値観であり、善悪の区別や他者の痛みなどは思考や想像の範疇はんちゅうに含まれるものではないのだと恋華れんかは理解した。

(この人は砂奈さなの命をうばったアイツとは違う。でも、このままだと自分の思うままに際限なく人を傷つけていくわ……こんな人を野放しにしておくわけにはいかない)
 
 恋華れんかくちびるむととなりに立つ甘太郎あまたろうに視線を向ける。
 甘太郎あまたろうは目でこれにこたえた。
 今日、初めてパートナーとなったばかりの二人だったが、この場でやるべきことはただひとつだとたがいに分かっていた。
 男がブレイン・クラッキングの施術者せじゅつしゃである以上、感染者同様に修正プログラムを打ち込めば、もう男は二度とクラッキングが出来なくなる。
 その男が自らここに出向いてくれたのは、恋華れんかたちにとって予想外の幸運だった。
 一気に本丸をたたける好機を前に、甘太郎あまたろうは決然と恋華れんかに告げた。 

「今から何が起こっても恋華れんかさんはアイツを修正することだけを考えて下さい」
「……どうするつもりなの?」
 
 まゆひそめる恋華れんか甘太郎あまたろうは笑みを返す。
 甘太郎あまたろうは手にしていた薬ケースから黒の錠剤じょうざいを取り出し、思い切ってそれを口にふくんだ。
 甘太郎あまたろう素早すばやい一連の動作が何を意味するのか、恋華れんかは飲み込めずにいたが、彼女は彼の考えを見守ることにした。
 甘太郎あまたろうの中に錠剤じょうざいが落ちていく。
 すると彼の体内では胃液いえきではなく、体内の魔気まきに反応して錠剤じょうざいが溶解を始める。
 おどろきに目を見開く恋華れんかとなりで、甘太郎あまたろうの体の変化はすぐに訪れた。
 甘太郎あまたろうの全身から黒々とした濃厚なきりが立ち上り始める。
 それは見る見るうちに勢いを増し、たちどころに周囲の空気を黒くにごらせていく。
 おどろきを感じていたのは医師の男も同じことだったが、昨夜すでに同じ現象を見ている恋華れんかは冷静さを保つことができ、男のわずかなすきを見逃さなかった。
 何かを考えるよりも早く体が反射的に動き、恋華れんかはバックから取り出した折りたたみがさの先端を男に向て構える。
 バシュッという音とともに打ち出されたペイント弾が空気を切り裂き、息をつく間もなくそれは男の眉間みけんにヒットした。

「よしっ!」

 恋華れんかは拳を握り、確かな手ごたえに声を上げた。
 ペイント弾は青い残光を描いて霧散むさんする。
 だが、本国で幾度いくどとなく修正プログラムを打ち込んできた恋華れんかは、すぐに男の様子に違和感を覚えた。
 男はもだええ苦しむ様子も、気を失うこともなく、平然とそこに立っていたのだ。
 思わず恋華れんかはたじろいで疑問の声をらす。

「な、何で……痛っ!」

 だが、恋華れんかおどろきの表情は何の前触まえぶれも無く苦痛のそれへと変化した。
 雷に打たれたように激烈な頭痛が恋華れんかの頭をおそったのだ。
 痛覚がくるおしいほどにさいなまれ、痛みのあまり思考も体の動きも全てをうばわれてしまう。
 痛みの最中によみがえったのは、家族を失ったあの夜に、恋華れんかおそった激しい頭痛の記憶だった。

(これは……あ、あの夜の……)
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