甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第16話 誘い込まれた二人

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 恋華れんか甘太郎あまたろうの二人は病棟びょうとうの階段を必死にけ上がって行く。
 そんな彼らの後を感染者の群れが猛然もうぜんと追い続けていた。
 つい先ほどまで無敵を誇っていた甘太郎あまたろう闇穴やみあなが、突如とつじょとして使用できなくなってしまった。
 突然のことに目を白黒させ、恋華れんかは転ばないように懸命けんめいに足を動かしながら、自分の手を取って前を走る甘太郎あまたろうの背に声を張り上げる。

「ち、力が使えないって、体調の問題?」
「何とも分かりませんけど、走りながら考えます!」

 甘太郎あまたろうはそうさけび返す。
 背後からせまり来る感染者らの大勢の足音が雪崩なだれのような音となって、階段フロアに轟然ごうぜんと鳴り響いていた。
 切迫せっぱくした状況に身を置く二人は苦しげに顔をゆがめていたが、さらに状況を悪化させる出来事に気が付いてしまった。
 とにかく上へ上へと逃げる二人だったが、6階に差し掛かったところで今度は向かっている上の階から別の足音が響き渡ってくるのを聞いて思わず足を止めた。

「ど、どういうこと?」

 不安げにそうつぶやく恋華れんかの言葉をかき消すように、上から足音のみならず感染者特有の奇妙なうなり声が聞こえてくる。
 二人は上からやってくる者たちが決して救いの手の持ち主などではないことを悟った。 

「う、うそ……」
はさみ撃ちか。えげつないことを……」
 
 下からせまる敵と上から降りてくる敵とにはさまれ、二人は立ちくした。

「くっ! 迷ってるヒマはない」
 
 甘太郎あまたろうはやむを得ずに階段脇の壁際かべぎわにあるせまい足場の中へと恋華れんかを押し込んだ。
 背中をかべにつけながらでなくては進めないようなせまい足場の先には、人一人がようやく立っていられる程度のスペースがある。

「ちょっ……どうするの?」

 甘太郎あまたろうに背中を押され、キャットウォークのようなほそい足場に追いやられながら恋華れんかおどろいて声を上げる。
 だが甘太郎あまたろうは構わずにさけんだ。

「とにかく奴らにつかまったらオシマイです! 早く!」

 キャットウォークの先にある足場にたどり着けば、そこは階段フロアに立つ感染者らが手を伸ばしてもとどかない高さとなり、ひとまずの安全は確保できる。
 だが、感染者らが集まってくれば、二人は周囲を敵に囲まれて逃げ場のない状況に追い込まれることになる。
 苦しまぎれで先のないやり方だが、もはや他に方法はなかった。
 一時でも安全が確保できなければ思考もままならない。
 そう甘太郎あまたろうは考えたのだ。

 そしてついに地鳴りのような足音を立てていた大勢の感染者たちが、上階と下階から姿を現した。
 医師、看護士かんごし患者かんじゃその三種類の感染者の他に、そのどれにも当たらないような一般人の服装をした者らもふくまれている。

「あれは……面会者まで!」

 せまい足場に立ちながら眼下の光景を見下ろして恋華れんかくちびるんだ。
 病院の中にいる者のみならず、外から来た者たちまで巻き込んでいるという事態の深刻さが恋華れんかいかりとあせりをあおり立てる。
 なだれ込んできた感染者たちが恋華れんか甘太郎あまたろうを見上げて壁際かべぎわに殺到し、高くてせまい足場に立つ二人に向かって思い切り手を伸ばす。
 高低差のため、それは決してとどくことはない。

 そして二人が今いる足場まで移動してきたキャットウォークはあまりにもせますぎて、感染者たちはそこから二人に近づこうとしても幾度いくども足を踏み外して失敗し、二人のいる場所までは到達できずにいた。
 それを見て甘太郎あまたろうはひとまずホッと息をつく。

「どうやら一人ずつ静かに渡ってくるような知恵や器用さは持ち合わせてないようですね」
 
 だが、恋華れんか甘太郎あまたろうの退路は断たれ、逃げ場はどこにもない。

「やれやれ。これは助けをぶ必要があるな。とりあえず八重子やえこに電話を」

 甘太郎あまたろうはそう言うとケータイを取り出した。
 だが、ケータイには圏外けんがいの文字が映し出されていた。

「あれ? 何でだ?」

 甘太郎あまたろういやなものを見たといった表情で恋華れんかに目をやる。
 甘太郎あまたろうの視線を受けた恋華れんかは自分のケータイを取り出した。

「私の衛星ケータイなら……」
 
 だが、恋華れんかのそれも甘太郎あまたろうのものと同様に不通だった。
 甘太郎あまたろうはそこで自分たちがわなにかかったことを確信した。

「……ジャミングか。徹底てっていしてやがる」
「ケータイを使えなくしてるってこと?」

 目を丸くしてそう言う恋華れんかうなづくと、甘太郎あまたろうはふいにあることに気がついた。
 階段のフロアには数十人の感染者たちがすしめになっており、そのうなり声は二人の腹の底に不快に響いてくる。
 腹に力を込めてその不快な響きに耐えながら、甘太郎あまたろうに落ちない表情を浮かべた。

「俺の力のことを知ってる……相手は何者なんだ?」

 そうつぶやきをらす甘太郎あまたろう恋華れんか困惑こんわくした表情で問いかけた。

「どうして突然、力を使えなくなっちゃったの?」
 
 あらためてそたずねる恋華れんか甘太郎あまたろうちゅうを見つめたまま答えた。

「気付きませんか? ここは魔気濃度まきのうどが低すぎる」

 そう言われてみて恋華れんかもハッと気がついてちゅうを見つめる。

「ほ、ほんとだ……空気がみ過ぎてる」

 彼ら能力者にとってその空気は無味無臭むみむしゅうに感じられる。
 だが意識しなければ気付かない程度でもあり、張りめた状況の中ではつい見落としがちな変化だった。

「俺もつい今さっき気付いたとこです」
 
 感染者であふれ返るこの階段のフロアは、その異様な光景とは裏腹に非常に清澄せいちょうな空気に包まれていた。
 甘太郎あまたろうの言葉に恋華れんか得心とくしんして目を見開いた。
 事前に八重子やえこから甘太郎あまたろうの能力について説明を受けていたため、恋華れんかは彼が力を使えなくなった理由をすぐに理解した。
 従来の貿易士ぼうえきしが所定の位置でしか闇穴やみあなを開けられないのに、甘太郎あまたろうがいつどこでも闇穴やみあなを開けることが出来るのは、甘太郎あまたろうには空気中の魔気まきを自在に操る特異な力を持っているためである。
 彼は魔気まきを所定の箇所かしょ収斂しゅうれんすることで自在に闇穴やみあな穿うがっているのだ。

魔気濃度まきのうどが低い場所では力を使えないってことね」
 
 恋華れんかのその言葉に甘太郎あまたろううなづいた。

「そういうことです。酸素のない場所で火を起こせないのと同じですね」

 それでも恋華れんかに落ちない表情で疑問を口にする。

「でもおかしくない? こんなに魔気濃度まきのうどが低いのはどう考えても不自然よ」

 自然界において魔気まきは常に微量びりょうに存在するのが普通であり、それをほとんどゼロに近い状態にするためには人為的じんいてきな操作が必要になる。
 それは彼らのような能力者であれば誰もが分かることだった。
 甘太郎あまたろう苦々にがにがしげな顔で恋華れんかの言葉に同意する。

「そうですね。ここはまるで無菌室むきんしつだ。多分、敵がそうなるように仕向けたんでしょ。魔気濃度まきのうどを下げるために、何かしらの方法で神気濃度じんきのうどを高めたってとこか」
 
 魔気まきついを成す神気じんき
 空気中の神気じんき濃度のうどが上がれば魔気まき濃度のうどは必然的に下がる。
 恋華れんか呆然ぼうぜんつぶやいた。

防火扉ぼうかとびらめ切ったのは私たちを閉じ込めるだけじゃなく、魔気濃度まきのうどを集中的に低下させるためでもあったのね」
 
 その言葉に甘太郎あまたろうは静かにうなづく。

「俺たちはまんまと敵のシナリオ通りにおどらされた、というわけか」

 そう言って甘太郎あまたろうくちびるむのを見ながら、恋華れんかはうつむきがちにつぶやいた。

「私の力は魔気濃度まきのうどとは直接関係がないから使える。でも……」
 
 恋華れんかは感染者でくされた階段を見下ろした。

「この状態じゃアンブレラ・シューターは使えない」
 
 たたかさを手にしてそう言う恋華れんかの言葉の意味は、甘太郎あまたろうにもすぐに理解できた。
 こんなにも感染者でくされた状況の中でアンブレラ・シューターを使って修正プログラムを一人ずつほどこしていけば、正常な状態を取りもどした途端とたんに意識を失ったままの被害者は、他の感染者らにつぶされたり押し飛ばされたりして身の危険がつきまとう。
 恋華れんかは被害者の身の安全を最優先にしているため、それだけは出来なかった。

「修正できないじゃない……」

 恋華れんか甘太郎あまたろうは行きまってしまった状況に言葉を失って立ちくした。
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