甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第二章 クレイジー・パーティー・イン・ホスピタル

第2話 恋華と八重子

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 談合坂だんごうざか八重子やえこ梓川あずさがわ恋華れんかを乗せたタクシーは都心から国道20号線を西へと下っていく。
 新宿中央公園での騒動の後、酒々井しすい甘太郎あまたろうは二人と別れて学校へと向かい、八重子やえこ恋華れんかはその後すぐに到着したタクシーに二人で乗り込んだ。

梓川あずさがわさん」

 八重子やえこはタクシーが走り出してすぐにそう声をかけた。

恋華れんかでいいわよ。八重子やえこちゃん」

 となりに座る恋華れんかはにこやかにそう言った。

「そうですか。では恋華れんかさん。さっき公園にいた彼らがいわゆる感染者と呼ばれる人々ですか」
 
 八重子やえこが突然そんな話をしたものだから、恋華れんかおどろいて運転手のほうを見る。
 彼らの業界の話は一般人には基本的にせられるべき内容のものだからである。
 だが八重子やえこは動じた様子もなく落ち着いた表情で説明する。

「ご心配なく。こちらの運転手さんは我々の側の方ですから」

 タクシーは八重子やえこが手配した専用の車両であり、運転手は八重子やえこら能力者の業界に精通した初老の男性だった。
 八重子やえこの言葉に恋華れんかは前の座席に目をやった。
 中年の運転手は気の良さそうな笑顔をバックミラー越しに見せる。
 それを見た恋華れんか安堵あんどの表情を浮かべた。

「そうなんだ? ぬかりないわね」

 そう言うと恋華れんか八重子やえこに向き直り、両手の人差し指にかがやく2つの指輪を見せた。

「そう。彼らが感染者。私は自分の能力とこの2つの霊具によって彼らを正常化するの」

 梓川あずさがわ恋華れんかは自身の持つ能力によって感染者らを正常化し、感染の原因となっている人物の足跡そくせきを追い続けている。
 そうした事情の概要はカントルムから事前に知らされているため、八重子やえこは公園で恋華れんかが見せた特殊な能力がどのようなものであるかは把握はあくしていた。
 そして、明らかに正気を失っていた感染者らの様子や、恋華れんかが彼らを一瞬にして無力化したその現場を目の当たりにしたことで、恋華れんかが追いかけている事件の脅威きょういを現実のものとして知った。

「何者かが作り出した霊的ウイルスを送り込むことで他人の脳を不正に占拠せんきょし、意のままに操る。にわかには信じがたい話でしたけど、それが現実だということがよく分かりました」
 
 わずかに眉根まゆねを寄せてそう口にする八重子やえこに、恋華れんかうなづいた。

「他人のパソコンに外部から無断でアクセスしてそのパソコンを乗っ取ることをクラッキングって呼ぶのだけれど、それを例に私たちはこの現象をブレイン・クラッキングと呼んでるわ」
「ブレイン・クラッキング……」

 八重子やえこは先ほど見たあの感染者らを向こうに回して、甘太郎あまたろうがどこまでやれるだろうかと想像してみたが、それはあまり気分のいいものではなかった。
 先ほどはうまく対処できたが、この先もそう出来るとは限らない。
 霊能力者が仕事の現場で命を落とすことは世界的に見れば決して少なくない。
 甘太郎あまたろうがそうした現場に身を置こうとしていることを、八重子やえこは胸の内で快く思っていなかった。

「ところで、さっきのアマタローくんの能力。すごいよね。普通の異界貿易士いかいぼうえきしとはずいぶんと違うみたいだけど……」
 
 恋華れんかの問いに八重子やえこはうつむきがちになっていた顔を上げた。
 異界貿易士いかいぼうえきし
 この世界と異界とをつなあなを空間に開け、異世界間の通商を行う能力者。
 恋華れんかもカントルムにいた3年の間には座学によって業界の様々な能力者について学んでいたため、貿易士ぼうえきしについても一定の知識を持っていた。
 だからこそ、いま口にしたような疑問が頭に浮かぶ。

 恋華れんかの疑問は八重子やえこにもすぐに理解できた。
 貿易士ぼうえきしの能力はあらかじめ決めた所定の場所でしか発揮はっきできないたぐいのものである。
 貿易士ぼうえきしは皆、自分が定めた場所に異界とのトンネルである通商口つうしょうこうを持っていて、そこでのみ商品の貿易ぼうえきを行うのだ。
 貿易士ぼうえきしの商売を始めるとき、一番最初にやる作業がこの通商口つうしょうこうの開口だが、本来この作業は数ヶ月~数年がかりで行うものだった。
 そうした時間と労力がかかるため、貿易士ぼうえきしは所定の場所でしか異界貿易いかいぼうえきが出来ない。
 だが、甘太郎あまたろうの能力はそのような業界の常識からは外れていた。

甘太郎あまたろうはもともと能力が変質してるせいで、場所を問わずどこでもあなを開けられるんです」
「そうなんだ? でも、さっきみたいに感染者の身動きを完全に止めてくれるなら、私としてはとても助かるわ」

 そう言う恋華れんか八重子やえこは少し声のトーンを落としてたずねた。

「……恋華れんかさんはどうして護衛ごえいの一人もつけずにアメリカからたったひとりで? 日本に来る途中でも敵に襲われたんですよね?」

 八重子やえこの言いたいことは恋華れんかにも理解できる。
 重要な任務だというのにたった一人でアメリカから来日するというのはあまりにも無防備に過ぎる。
 およそ一流組織のやることとは思えないだろう。

「ええ。危機一髪だったわ。本来ならきちんと護衛ごえいをつけて任務に当たるのが当然なんだけど」
 
 恋華れんかは少し表情をくもらせると、八重子やえこにある事情を説明した。

「残念ながらブレイン・クラッキングはカントルムでも全面的に認知された現象ではないの。私の師匠ししょうが第一人者で現象の発見後に研究を続けてきたんだけど、学会で言えば新しい学説のようなもので、それに異をとなえる人もカントルムの中には少なくないわ」
 
 恋華れんかの話によればカントルムの中でも有力な幹部かんぶによってブレイン・クラッキングは明確に否定されており、その幹部かんぶの圧力によって護衛ごえいの一人をつけることも許されず、恋華れんかは単身来日することとなったという。

「私はこのブレイン・クラッキングを確かな根拠のある現象としてカントルムに認識させるために師匠ししょうからテスト・エージェントとして派遣はけんされたの。けど実際問題、私一人では出来ることも限られている。だから私の師匠ししょう懇意こんいにしていただいている幸之助こうのすけ先生に護衛ごえいの人を紹介してもらうことにしたんだけど……」

 そこで言いよど恋華れんかに、八重子やえこは先をうながした。

「だけど?」
「アマタローくんを見て、あまりにも若いからビックリしたの。……あ、別に彼がどうということではないのよ?」

 若さゆえに未熟であるという意味ではないと前置きしてから、恋華れんかは自分の考えをげた。

「ただ、まだ学生の彼にそんな危険な目にわせるのは……」

 そう言って恋華れんかは言いよどんだ。
 恋華れんかの考えはとてもまともな良識あるもので、彼女がそう感じてくれていることに八重子やえこ安堵あんどの思いを覚えた。
 八重子やえこも本心を言えば同じ思いだった。
 だが彼女は甘太郎あまたろうの仕事仲間として彼が正当な評価を受けないことを良しとはしない。

「……甘太郎あまたろうはたしかにまだ学生ですけど、プロ意識を十分持ち合わせた貿易士ぼうえきしですし、私の父の幸之助こうのすけ推薦すいせんする確かな人材です。きっとお役に立てると思いますよ」

 静かだが確たる口調でそう言う八重子やえこに、恋華れんかも思いを改めたようで表情を明るくした。

「そう。ごめんなさい。私、失礼なことを……」
「いえ。いっぱいこき使ってやって下さい。甘太郎あまたろうもそれを望んでいるはずですから」

 そう言うと八重子やえこは初めて少しだけやわらかな笑みを浮かべ、それに安堵あんどしたようで恋華れんかも満面の笑みを返した。
 二人を乗せたタクシーは都会の大通りからいつしか住宅街へと差しかっていた。
 向かう先には恋華れんかが一時的に身を寄せることになる談合坂だんごうざか医院と、その主である幸之助こうのすけが経営するアパートが見えていた。
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