甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第一章 ブレイン・クラッキング

第16話 恋華と甘太郎

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「あの……お姉さん。とりあえずそれを着てください」

 恋華れんかかたにかけられていたのは彼が着ていた制服のブレザーだった。
 命がけの戦いの中で興奮状態にあったため忘れていたが、恋華れんかはそこでようやく自分の姿に思い至った。
 男たちに破かれた上半身の衣服の隙間すきまから薄桃色うすももいろのブラジャーがのぞいている。

「きゃっ!」 

 恋華れんかは反射的に両手でブレザーのえりつかむと、その中にうずもれるようにして身を隠した。
 そして恐る恐る男子生徒を見上げるとボソリとつぶやいた。

「ご、ごめん。お見苦しいところを」

 赤面してそう言う恋華れんかに、少年は顔を横に向けたまま目をせる。

「いや、お見苦しくはないですけど……ゲホッ! ゲホゲホッ!」

 そう言いかけて少年は突然、き込んだ。
 少年の目の前では、顔を真っ赤に染めた恋華れんかの体から真っ白なきりのようなものが濛々もうもうき出している。
 それは異常な濃度のうど神気じんきだった。
 恋華れんかは身を縮めてそれこそ恐縮きょうしゅくした様子でびの言葉を口にする。

「ご、ごめん。大丈夫? もしかして魔気まき寄りの人?」
「はい。お姉さんはずいぶんとガッツリ神気じんき寄りですね」

 顔を赤らめたままうなづ恋華れんかのその赤面ぶりとは裏腹に、今や彼女の体は白い蒸気じょうきのような空気にすっかり包まれていた。
 まるで彼女の羞恥心しゅうちしん呼応こおうするかのようにき出す神気じんきに、少年は思わず頭がクラクラするのを感じて目を閉じた。
 魔気まき寄りの能力を持つ彼にとって、恋華れんかの体を包む神気じんきは強烈な刺激しげきだった。

「と、ところで、彼らはもう解放してもいいですか?」

 目をせたままそうたずねる少年に恋華れんか戸惑とまどいながらうなづいた。

「ええ。もう危険はないわ」

 そう言う恋華れんかの言葉に少年がうなづくと、それを合図にしたかのように、拘束こうそくされた男らの体が地面からゆっくりと浮かび上がり、すぐに彼らはあなから解放されて地面の上に横たわった。
 黒いあなは彼らを解き放つと即座そくざに消えていく。
 恋華れんかがその様子をまじまじと見つめていると、少年の背後に恋華れんかの見慣れた制服を身にまとった一人の少女が現れた。
 その少女は唐突とうとつに少年の頭をつかんで強引に後ろを向かせる。

「ほら。さっさと後ろを向きなさい」
「痛っ! や、八重子やえこ。頭がもげちまうだろうが!」

 少女も男子生徒と同じ高校らしく、彼女が身につけているそれはかつて恋華れんかが着ていたものと同じ制服だった。

「あ、あなたは……」

 恋華れんかはその少女の顔を見て、彼女が今日の待ち合わせ相手である談合坂だんごうざか八重子やえこだとすぐに気がついた。
 少女は少年を後ろ向きにさせたまま一歩前に歩み出るとこしを折ってお辞儀じぎをした。

「初めまして。カントルムからいらっしゃった梓川あずさがわ恋華れんかさんですよね? 私は談合坂だんごうざか八重子やえこと申します」
梓川あずさがわ恋華れんかです。ごめんなさい。約束の時間と待ち合わせ場所をすっぽかしちゃって」
 
 そう言って謝ると恋華れんか八重子やえこの背後で背を向けている少年にも声をかけた。

「それと、助けてくれてありがとう」

 恋華れんかは男子生徒のブレザーに身を包んだまま、そう礼を述べた。
 今更いまさらながらにあられもない格好を見られたずかしさで恋華れんかは耳まで真っ赤になりながらうつむきがちにたずねた。

「さっきの不思議な力はあなたよね?」

 そう言う恋華れんか脳裏のうりに、先ほどの空間に穿うがたれた奇妙なあなが想起される。

「ええ。そうです」

 男子生徒は背を向けたままうなづいた。
 そんな彼に代わって八重子やえこが彼のことを紹介する。

「彼は酒々井しすい甘太郎あまたろう貿易士ぼうえきしです」
 
 そう言うと八重子やえこは自分のポケットから名刺めいし入れを取り出し、恋華れんかに一枚の名刺めいしを手渡した。
 名刺めいしには【貿易士ぼうえきし 酒々井しすい甘太郎あまたろう】と記されていて、ケータイの番号とメールアドレスが書かれていた。
 仕事上のパートナーである八重子やえこ甘太郎あまたろうのことを客先に紹介できるよう、彼の名刺めいしを常に持ち歩いている。

「アマタロー……くんって読むのかな?」

 恋華れんかの問いに甘太郎あまたろうだまってうなづいた。

「かわいい名前ね。私は梓川あずさがわ恋華れんかです。よろしくね」

 そう言うと恋華れんかはやわらかく微笑ほほえんだ。

「こちらこそ……ウギッ!」
 
 甘太郎あまたろうは思わず恋華れんかを振り返りそうになったが、八重子やえこがすかさず甘太郎あまたろうの首をひねって強引に後ろを向かせた。

「どさくさにまぎれてこっち向かない。永遠に明後日あさっての方向を向いていなさい」
「くっ……今のは不可抗力だろ。この冷血DV女め」

 悪態をつく甘太郎あまたろうの頭をパシッとはたくと八重子やえこ恋華れんかの姿を見て少しこまった顔をした。
 甘太郎あまたろうが渡した制服は、前が大きく開いたブレザーのため、両手で胸元を押さえていないと下着が見えてしまう。

「そのブレザーだとちょっとこまりますね。着替えはお持ちじゃないですか?」
「荷物は全部、談合坂だんごうざか先生のところに直送してるから、手持ちは全然無くて……」
 
 恋華れんか困惑こんわくの表情を浮かべている。

「そうですか」

 八重子やえこはそう言うと自分が持っていた通学バッグの中から一枚のジャージを取り出した。
 群青色ぐんじょういろのそれは彼女が学校で使用している学校指定のジャージだった。

「ジャージで街中を歩くのもちょっとアレですけど、そのブレザーよりはいいと思います。緊急きんきゅうなのでウチに着くまで我慢がまんして下さいね」

 そのジャージを見て恋華れんかは思わず顔をかがやかせた。

なつかしい~! 私も着てたのよコレ」
 
 そう言う恋華れんか甘太郎あまたろう八重子やえこおどろいて顔を見合わせる。

「二人とも新宮しんぐう高校でしょ? 私。3年先輩」

 そう言って手を広げ3の数を表してから、恋華れんか八重子やえこにペコリと頭を下げた。

「じゃあお借りします」
 
 そう言う恋華れんかと自分の背丈せたけを見比べ、八重子やえこうなづいた。

「どうぞ。背も同じくらいみたいだから丈は大丈夫だと思いますよ」

 八重子やえこの言う通り二人の身長はほぼ一緒いっしょだった。
 恋華れんか甘太郎あまたろうのブレザーから八重子やえこのジャージに着替えている最中、背中を向けながら甘太郎あまたろう八重子やえこに声をかけた。

「あのお姉さん、俺らより3年先輩ってことは20~21歳くらいか。えらい童顔どうがんだな」
「聞こえるわよ馬鹿ばか

 声をひそめて甘太郎あまたろういましめながら八重子やえこはケータイを取り出してどこかへ連絡をつけると手短に用件を伝えて電話を切った。
 ようやく収まってきた恋華れんか神気じんき甘太郎あまたろうはホッと息をつく。
 そうこうしているうちに着替えを終えた恋華れんかが彼らの背後から声をかけてきた。

「着替え終わったからこっち向いていいよ」

 振り向いた甘太郎あまたろう八重子やえこは思わず目を見張った。
 その理由の1つは恋華れんかが20歳過ぎにしては童顔どうがんで学生のジャージが異様に似合にあっていること。
 そしてもう1つはたけは合っているものの、胸まわりのサイズが非常にキツそうなことだった。

「キツいですか?」

 そうたずねる八重子やえこ恋華れんかははちきれそうな胸を手で押さえてずかしそうに答えた。

「八重子ちゃんみたいにスリムじゃないから……私」
「いや、八重子は胸ペッタンコなだけ……アイタッ!」

 間髪かんぱつ入れずに恋華れんかにそう言う甘太郎あまたろうの尻を、間髪かんぱつ入れずに八重子やえこはすまし顔でスパンとり上げる。
 そして彼女は恋華れんかに向き直ると落ち着いた口調で言った。

「サイズが合わないみたいですね。少しだけ我慢がまんして下さい。とりあえず公園の外にタクシーをんでおきましたから、それでウチまで行きましょう」

 八重子やえこの言葉に恋華れんかうなづいたが、背後を振り返って顔をくもらせた。
 そこには横たわる感染者らの姿があった。
 彼らは皆、事件に巻き込まれたつみなき被害者である。

「この人たちは……」

 心配そうな顔で彼らを見る恋華れんかの気持ちを察さっし、八重子やえこはそのとなりに立って言う。

「いま専門の救急隊員をびましたから、じきにけつけてくれますよ。事情を分かっている専門の方々なんで安心して下さい」
 
 八重子やえこの言葉に恋華れんかはホッと安堵あんどの表情を浮かべた。

「良かった。ありがとう」

 晴れ渡る空の下、清々すがすがしい新緑しんりょくの空気が雑木林ぞうきばやしに満ちあふれていた。
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