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第一章 ブレイン・クラッキング
第15話 闇穴
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恋華は自分の危機を救ってくれた少年の顔を見上げた。
少年は恋華の手をしっかりと握りしめると、ニコリと微笑を浮かべて恋華を見つめる。
その途端、鉛のように重かった体が、急に羽のごとき軽さを得て浮かび上がった。
恋華は穴からはじき出されるようにして、少年の懐に飛び込んだ。
「きゃっ!」
思わず少年にしがみ付いて自分の体を支えようとすると、少年も恋華を支えて彼女をそっと地面に立たせる。
「アメリカのお客さんだと思ったら日本の人なんですね」
少年はそう言って恋華の肩を放すと、歯を見せて快活な笑みを浮かべた。
それは恋華よりいくつか年下の少年だったが、自分を支えてくれた力強いその腕と、優しげで爽やかなその笑みに、彼女は思わずドキッとしてしまう。
「た、助けてくれたのね。ありがとう」
驚きに目を丸くしたまま礼を述べる恋華だったが、自分のすぐ背後に気配を感じて即座に振り返った。
そして彼女はハッと息を飲んだ。
恋華に馬乗りになったまま彼女ともども黒い穴に吸い込まれた男は、恋華の背後の地面にポッカリと口を開いた漆黒の穴の中から首だけを出す格好で固定されていた。
先ほどまで両脇から恋華の両腕を掴んでいた二人の男らも同様だった。
その様子はまるで悪ふざけで砂浜に首元まで埋められた海水浴客のようだったが、その顔は邪悪な怒りに歪んでいる。
男らはうなり声を上げて必死に穴から体を抜こうとしたが、いかに力を入れようともその体はビクとも動かない。
「これって……あなたが?」
恋華が驚いてそう言いながら少年を振り仰ぐと、彼は頷いて一歩前に出た。
そして男らを操っている少女に油断のない視線を向けた。
「おチビちゃん。小さい手でそんな物騒な物を持つもんじゃないぞ」
一人残された少女は右手にナイフを握ったまま、微動だにせず恋華や少年を見据えていた。
『貴様は……』
乱入者を見つめる少女のしわがれたその声には明らかな戸惑いが含まれている。
恋華は少女の動きに注意を払いながら、自分の隣に並び立つ少年の服装に目をとめた。
それがかつて自分の通っていた母校の制服であることに恋華はすぐに気がついたが、状況はまったく理解不能だった。
だが、男らが身動きを封じられている今は、修正プログラムを彼らに施す絶好の機会だった。
恋華は素早く身を屈めると、首から下を黒い穴の中に埋めている男の額に触れようとした。
しかし少女はその隙を見逃さない。
『くたばれ! 神の犬め!』
幼いその手から素早く投げ放たれたナイフが宙を舞い、恋華の眉間を襲った。
だが、恋華の眉間に突き立ったかと思われた光刃は、彼女の鼻先に現れた黒い穴に吸い込まれて消えていた。
「きゃっ!」
目の前で繰り広げられた命からがらの出来事に、恋華は思わず目を剥いて尻餅をついた。
『チッ!』
少女が忌々しそうに舌打ちすると、少年は揺るぎない光をたたえた双眸で少女を見据えた。
「無駄だ。ピストルの弾丸でも真正面からは当たらないぜ。とりあえずホールドアップだ」
少年が腕組みをしたままそう言うと、再び空間に現れた不可思議な穴が少女の両手両足を仲間の男らと同様に吸い込んでその動きを止めた。
『く、おのれ……』
少女は懸命に身もだえして不可解な空間の穴から逃れようとするが、それはまったく意味を成さなかった。
「無駄な抵抗はやめときな。物理的な力じゃどうにも出来ないぜ」
そう言うと少年は恋華に目配せをする。
それを受けた恋華はハッとして目の前の男の頭に両手を当てた。
彼女の左右の指輪が光を放ち、たちまちに男は意識を失った。
恋華は、左右の男たちに対しても同様の動作を繰り返し、悪魔じみた形相でがなり立てる男らを沈黙させていった。
そして最後に恋華はゆっくりと少女の前に歩み寄っていくと、穴によって首の下を全て拘束されている少女に同情の眼差しを向けた。
「こんな小さな女の子の体を……」
恋華は幼くして命を落とすことになった妹を思い浮かべた。
そして怒りと悲しみを腹の底に飲み込むと、少女の頭に両手をかざした。
少女は忌々しげに恋華を睨みつけている。
その少女の中に巣食う者に恋華は決然と告げた。
「あなたは必ず捕まえるわ。この私がね」
少女は憎々しげに捨て台詞を口にした。
『まだ事は始まったばかりだ。貴様が私を捕らえる前に、私が貴様を抹殺してやる。必ずな』
そう言う少女の額に恋華は左手で触れ、次に右手で彼女の頬に触れた。
指輪に施された宝石が一筋の光を放ち、すぐに少女は力を失ってガックリとうなだれた。
恋華はその小さな頭を優しく抱き止めると、少女の無事を確認した。
「よかった。息をしてる」
少女の姿が亡き妹の砂奈と重なり、その命を助けられたことに恋華はホッと息をつく。
同時に恐ろしい敵との本格的な遭遇による恐怖と衝撃が今になって体を芯から震わせ、恋華は思わず地面にへたり込んでしまった。
そんな恋華の肩にふいに何かがかけられる。
恋華が驚いて後ろを振り返ると、少年が顔を横に背けたまま言った。
「あの……お姉さん。とりあえずそれを着てください」
恋華の肩にかけられていたのは彼が着ていた制服のブレザーだった。
少年は恋華の手をしっかりと握りしめると、ニコリと微笑を浮かべて恋華を見つめる。
その途端、鉛のように重かった体が、急に羽のごとき軽さを得て浮かび上がった。
恋華は穴からはじき出されるようにして、少年の懐に飛び込んだ。
「きゃっ!」
思わず少年にしがみ付いて自分の体を支えようとすると、少年も恋華を支えて彼女をそっと地面に立たせる。
「アメリカのお客さんだと思ったら日本の人なんですね」
少年はそう言って恋華の肩を放すと、歯を見せて快活な笑みを浮かべた。
それは恋華よりいくつか年下の少年だったが、自分を支えてくれた力強いその腕と、優しげで爽やかなその笑みに、彼女は思わずドキッとしてしまう。
「た、助けてくれたのね。ありがとう」
驚きに目を丸くしたまま礼を述べる恋華だったが、自分のすぐ背後に気配を感じて即座に振り返った。
そして彼女はハッと息を飲んだ。
恋華に馬乗りになったまま彼女ともども黒い穴に吸い込まれた男は、恋華の背後の地面にポッカリと口を開いた漆黒の穴の中から首だけを出す格好で固定されていた。
先ほどまで両脇から恋華の両腕を掴んでいた二人の男らも同様だった。
その様子はまるで悪ふざけで砂浜に首元まで埋められた海水浴客のようだったが、その顔は邪悪な怒りに歪んでいる。
男らはうなり声を上げて必死に穴から体を抜こうとしたが、いかに力を入れようともその体はビクとも動かない。
「これって……あなたが?」
恋華が驚いてそう言いながら少年を振り仰ぐと、彼は頷いて一歩前に出た。
そして男らを操っている少女に油断のない視線を向けた。
「おチビちゃん。小さい手でそんな物騒な物を持つもんじゃないぞ」
一人残された少女は右手にナイフを握ったまま、微動だにせず恋華や少年を見据えていた。
『貴様は……』
乱入者を見つめる少女のしわがれたその声には明らかな戸惑いが含まれている。
恋華は少女の動きに注意を払いながら、自分の隣に並び立つ少年の服装に目をとめた。
それがかつて自分の通っていた母校の制服であることに恋華はすぐに気がついたが、状況はまったく理解不能だった。
だが、男らが身動きを封じられている今は、修正プログラムを彼らに施す絶好の機会だった。
恋華は素早く身を屈めると、首から下を黒い穴の中に埋めている男の額に触れようとした。
しかし少女はその隙を見逃さない。
『くたばれ! 神の犬め!』
幼いその手から素早く投げ放たれたナイフが宙を舞い、恋華の眉間を襲った。
だが、恋華の眉間に突き立ったかと思われた光刃は、彼女の鼻先に現れた黒い穴に吸い込まれて消えていた。
「きゃっ!」
目の前で繰り広げられた命からがらの出来事に、恋華は思わず目を剥いて尻餅をついた。
『チッ!』
少女が忌々しそうに舌打ちすると、少年は揺るぎない光をたたえた双眸で少女を見据えた。
「無駄だ。ピストルの弾丸でも真正面からは当たらないぜ。とりあえずホールドアップだ」
少年が腕組みをしたままそう言うと、再び空間に現れた不可思議な穴が少女の両手両足を仲間の男らと同様に吸い込んでその動きを止めた。
『く、おのれ……』
少女は懸命に身もだえして不可解な空間の穴から逃れようとするが、それはまったく意味を成さなかった。
「無駄な抵抗はやめときな。物理的な力じゃどうにも出来ないぜ」
そう言うと少年は恋華に目配せをする。
それを受けた恋華はハッとして目の前の男の頭に両手を当てた。
彼女の左右の指輪が光を放ち、たちまちに男は意識を失った。
恋華は、左右の男たちに対しても同様の動作を繰り返し、悪魔じみた形相でがなり立てる男らを沈黙させていった。
そして最後に恋華はゆっくりと少女の前に歩み寄っていくと、穴によって首の下を全て拘束されている少女に同情の眼差しを向けた。
「こんな小さな女の子の体を……」
恋華は幼くして命を落とすことになった妹を思い浮かべた。
そして怒りと悲しみを腹の底に飲み込むと、少女の頭に両手をかざした。
少女は忌々しげに恋華を睨みつけている。
その少女の中に巣食う者に恋華は決然と告げた。
「あなたは必ず捕まえるわ。この私がね」
少女は憎々しげに捨て台詞を口にした。
『まだ事は始まったばかりだ。貴様が私を捕らえる前に、私が貴様を抹殺してやる。必ずな』
そう言う少女の額に恋華は左手で触れ、次に右手で彼女の頬に触れた。
指輪に施された宝石が一筋の光を放ち、すぐに少女は力を失ってガックリとうなだれた。
恋華はその小さな頭を優しく抱き止めると、少女の無事を確認した。
「よかった。息をしてる」
少女の姿が亡き妹の砂奈と重なり、その命を助けられたことに恋華はホッと息をつく。
同時に恐ろしい敵との本格的な遭遇による恐怖と衝撃が今になって体を芯から震わせ、恋華は思わず地面にへたり込んでしまった。
そんな恋華の肩にふいに何かがかけられる。
恋華が驚いて後ろを振り返ると、少年が顔を横に背けたまま言った。
「あの……お姉さん。とりあえずそれを着てください」
恋華の肩にかけられていたのは彼が着ていた制服のブレザーだった。
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