15 / 105
第一章 ブレイン・クラッキング
第15話 闇穴
しおりを挟む
恋華は自分の危機を救ってくれた少年の顔を見上げた。
少年は恋華の手をしっかりと握りしめると、ニコリと微笑を浮かべて恋華を見つめる。
その途端、鉛のように重かった体が、急に羽のごとき軽さを得て浮かび上がった。
恋華は穴からはじき出されるようにして、少年の懐に飛び込んだ。
「きゃっ!」
思わず少年にしがみ付いて自分の体を支えようとすると、少年も恋華を支えて彼女をそっと地面に立たせる。
「アメリカのお客さんだと思ったら日本の人なんですね」
少年はそう言って恋華の肩を放すと、歯を見せて快活な笑みを浮かべた。
それは恋華よりいくつか年下の少年だったが、自分を支えてくれた力強いその腕と、優しげで爽やかなその笑みに、彼女は思わずドキッとしてしまう。
「た、助けてくれたのね。ありがとう」
驚きに目を丸くしたまま礼を述べる恋華だったが、自分のすぐ背後に気配を感じて即座に振り返った。
そして彼女はハッと息を飲んだ。
恋華に馬乗りになったまま彼女ともども黒い穴に吸い込まれた男は、恋華の背後の地面にポッカリと口を開いた漆黒の穴の中から首だけを出す格好で固定されていた。
先ほどまで両脇から恋華の両腕を掴んでいた二人の男らも同様だった。
その様子はまるで悪ふざけで砂浜に首元まで埋められた海水浴客のようだったが、その顔は邪悪な怒りに歪んでいる。
男らはうなり声を上げて必死に穴から体を抜こうとしたが、いかに力を入れようともその体はビクとも動かない。
「これって……あなたが?」
恋華が驚いてそう言いながら少年を振り仰ぐと、彼は頷いて一歩前に出た。
そして男らを操っている少女に油断のない視線を向けた。
「おチビちゃん。小さい手でそんな物騒な物を持つもんじゃないぞ」
一人残された少女は右手にナイフを握ったまま、微動だにせず恋華や少年を見据えていた。
『貴様は……』
乱入者を見つめる少女のしわがれたその声には明らかな戸惑いが含まれている。
恋華は少女の動きに注意を払いながら、自分の隣に並び立つ少年の服装に目をとめた。
それがかつて自分の通っていた母校の制服であることに恋華はすぐに気がついたが、状況はまったく理解不能だった。
だが、男らが身動きを封じられている今は、修正プログラムを彼らに施す絶好の機会だった。
恋華は素早く身を屈めると、首から下を黒い穴の中に埋めている男の額に触れようとした。
しかし少女はその隙を見逃さない。
『くたばれ! 神の犬め!』
幼いその手から素早く投げ放たれたナイフが宙を舞い、恋華の眉間を襲った。
だが、恋華の眉間に突き立ったかと思われた光刃は、彼女の鼻先に現れた黒い穴に吸い込まれて消えていた。
「きゃっ!」
目の前で繰り広げられた命からがらの出来事に、恋華は思わず目を剥いて尻餅をついた。
『チッ!』
少女が忌々しそうに舌打ちすると、少年は揺るぎない光をたたえた双眸で少女を見据えた。
「無駄だ。ピストルの弾丸でも真正面からは当たらないぜ。とりあえずホールドアップだ」
少年が腕組みをしたままそう言うと、再び空間に現れた不可思議な穴が少女の両手両足を仲間の男らと同様に吸い込んでその動きを止めた。
『く、おのれ……』
少女は懸命に身もだえして不可解な空間の穴から逃れようとするが、それはまったく意味を成さなかった。
「無駄な抵抗はやめときな。物理的な力じゃどうにも出来ないぜ」
そう言うと少年は恋華に目配せをする。
それを受けた恋華はハッとして目の前の男の頭に両手を当てた。
彼女の左右の指輪が光を放ち、たちまちに男は意識を失った。
恋華は、左右の男たちに対しても同様の動作を繰り返し、悪魔じみた形相でがなり立てる男らを沈黙させていった。
そして最後に恋華はゆっくりと少女の前に歩み寄っていくと、穴によって首の下を全て拘束されている少女に同情の眼差しを向けた。
「こんな小さな女の子の体を……」
恋華は幼くして命を落とすことになった妹を思い浮かべた。
そして怒りと悲しみを腹の底に飲み込むと、少女の頭に両手をかざした。
少女は忌々しげに恋華を睨みつけている。
その少女の中に巣食う者に恋華は決然と告げた。
「あなたは必ず捕まえるわ。この私がね」
少女は憎々しげに捨て台詞を口にした。
『まだ事は始まったばかりだ。貴様が私を捕らえる前に、私が貴様を抹殺してやる。必ずな』
そう言う少女の額に恋華は左手で触れ、次に右手で彼女の頬に触れた。
指輪に施された宝石が一筋の光を放ち、すぐに少女は力を失ってガックリとうなだれた。
恋華はその小さな頭を優しく抱き止めると、少女の無事を確認した。
「よかった。息をしてる」
少女の姿が亡き妹の砂奈と重なり、その命を助けられたことに恋華はホッと息をつく。
同時に恐ろしい敵との本格的な遭遇による恐怖と衝撃が今になって体を芯から震わせ、恋華は思わず地面にへたり込んでしまった。
そんな恋華の肩にふいに何かがかけられる。
恋華が驚いて後ろを振り返ると、少年が顔を横に背けたまま言った。
「あの……お姉さん。とりあえずそれを着てください」
恋華の肩にかけられていたのは彼が着ていた制服のブレザーだった。
少年は恋華の手をしっかりと握りしめると、ニコリと微笑を浮かべて恋華を見つめる。
その途端、鉛のように重かった体が、急に羽のごとき軽さを得て浮かび上がった。
恋華は穴からはじき出されるようにして、少年の懐に飛び込んだ。
「きゃっ!」
思わず少年にしがみ付いて自分の体を支えようとすると、少年も恋華を支えて彼女をそっと地面に立たせる。
「アメリカのお客さんだと思ったら日本の人なんですね」
少年はそう言って恋華の肩を放すと、歯を見せて快活な笑みを浮かべた。
それは恋華よりいくつか年下の少年だったが、自分を支えてくれた力強いその腕と、優しげで爽やかなその笑みに、彼女は思わずドキッとしてしまう。
「た、助けてくれたのね。ありがとう」
驚きに目を丸くしたまま礼を述べる恋華だったが、自分のすぐ背後に気配を感じて即座に振り返った。
そして彼女はハッと息を飲んだ。
恋華に馬乗りになったまま彼女ともども黒い穴に吸い込まれた男は、恋華の背後の地面にポッカリと口を開いた漆黒の穴の中から首だけを出す格好で固定されていた。
先ほどまで両脇から恋華の両腕を掴んでいた二人の男らも同様だった。
その様子はまるで悪ふざけで砂浜に首元まで埋められた海水浴客のようだったが、その顔は邪悪な怒りに歪んでいる。
男らはうなり声を上げて必死に穴から体を抜こうとしたが、いかに力を入れようともその体はビクとも動かない。
「これって……あなたが?」
恋華が驚いてそう言いながら少年を振り仰ぐと、彼は頷いて一歩前に出た。
そして男らを操っている少女に油断のない視線を向けた。
「おチビちゃん。小さい手でそんな物騒な物を持つもんじゃないぞ」
一人残された少女は右手にナイフを握ったまま、微動だにせず恋華や少年を見据えていた。
『貴様は……』
乱入者を見つめる少女のしわがれたその声には明らかな戸惑いが含まれている。
恋華は少女の動きに注意を払いながら、自分の隣に並び立つ少年の服装に目をとめた。
それがかつて自分の通っていた母校の制服であることに恋華はすぐに気がついたが、状況はまったく理解不能だった。
だが、男らが身動きを封じられている今は、修正プログラムを彼らに施す絶好の機会だった。
恋華は素早く身を屈めると、首から下を黒い穴の中に埋めている男の額に触れようとした。
しかし少女はその隙を見逃さない。
『くたばれ! 神の犬め!』
幼いその手から素早く投げ放たれたナイフが宙を舞い、恋華の眉間を襲った。
だが、恋華の眉間に突き立ったかと思われた光刃は、彼女の鼻先に現れた黒い穴に吸い込まれて消えていた。
「きゃっ!」
目の前で繰り広げられた命からがらの出来事に、恋華は思わず目を剥いて尻餅をついた。
『チッ!』
少女が忌々しそうに舌打ちすると、少年は揺るぎない光をたたえた双眸で少女を見据えた。
「無駄だ。ピストルの弾丸でも真正面からは当たらないぜ。とりあえずホールドアップだ」
少年が腕組みをしたままそう言うと、再び空間に現れた不可思議な穴が少女の両手両足を仲間の男らと同様に吸い込んでその動きを止めた。
『く、おのれ……』
少女は懸命に身もだえして不可解な空間の穴から逃れようとするが、それはまったく意味を成さなかった。
「無駄な抵抗はやめときな。物理的な力じゃどうにも出来ないぜ」
そう言うと少年は恋華に目配せをする。
それを受けた恋華はハッとして目の前の男の頭に両手を当てた。
彼女の左右の指輪が光を放ち、たちまちに男は意識を失った。
恋華は、左右の男たちに対しても同様の動作を繰り返し、悪魔じみた形相でがなり立てる男らを沈黙させていった。
そして最後に恋華はゆっくりと少女の前に歩み寄っていくと、穴によって首の下を全て拘束されている少女に同情の眼差しを向けた。
「こんな小さな女の子の体を……」
恋華は幼くして命を落とすことになった妹を思い浮かべた。
そして怒りと悲しみを腹の底に飲み込むと、少女の頭に両手をかざした。
少女は忌々しげに恋華を睨みつけている。
その少女の中に巣食う者に恋華は決然と告げた。
「あなたは必ず捕まえるわ。この私がね」
少女は憎々しげに捨て台詞を口にした。
『まだ事は始まったばかりだ。貴様が私を捕らえる前に、私が貴様を抹殺してやる。必ずな』
そう言う少女の額に恋華は左手で触れ、次に右手で彼女の頬に触れた。
指輪に施された宝石が一筋の光を放ち、すぐに少女は力を失ってガックリとうなだれた。
恋華はその小さな頭を優しく抱き止めると、少女の無事を確認した。
「よかった。息をしてる」
少女の姿が亡き妹の砂奈と重なり、その命を助けられたことに恋華はホッと息をつく。
同時に恐ろしい敵との本格的な遭遇による恐怖と衝撃が今になって体を芯から震わせ、恋華は思わず地面にへたり込んでしまった。
そんな恋華の肩にふいに何かがかけられる。
恋華が驚いて後ろを振り返ると、少年が顔を横に背けたまま言った。
「あの……お姉さん。とりあえずそれを着てください」
恋華の肩にかけられていたのは彼が着ていた制服のブレザーだった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
おまけ娘の異世界チート生活〜君がいるこの世界を愛し続ける〜
蓮条緋月
ファンタジー
ファンタジーオタクな芹原緋夜はある日異世界に召喚された。しかし緋夜と共に召喚された少女の方が聖女だと判明。自分は魔力なしスキルなしの一般人だった。訳の分からないうちに納屋のような場所で生活することに。しかも、変な噂のせいで食事も満足に与えてくれない。すれ違えば蔑みの眼差ししか向けられず、自分の護衛さんにも被害が及ぶ始末。気を紛らわすために魔力なしにも関わらず魔法を使えないかといろいろやっていたら次々といろんな属性に加えてスキルも使えるようになっていた。そして勝手に召喚して虐げる連中への怒りと護衛さんへの申し訳なさが頂点に達し国を飛び出した。
行き着いた国で出会ったのは最強と呼ばれるソロ冒険者だった。彼とパーティを組んだ後獣人やエルフも加わり賑やかに。しかも全員美形というおいしい設定付き。そんな人達に愛されながら緋夜は冒険者として仲間と覚醒したチートで無双するー!
※他サイトにて重複掲載しています
どうせ俺はNPCだから 2nd BURNING!
枕崎 純之助
ファンタジー
下級悪魔と見習い天使のコンビ再び!
天国の丘と地獄の谷という2つの国で構成されたゲーム世界『アメイジア』。
手の届かぬ強さの極みを欲する下級悪魔バレットと、天使長イザベラの正当後継者として不正プログラム撲滅の使命に邁進する見習い天使ティナ。
互いに相容れない存在であるはずのNPCである悪魔と天使が手を組み、遥かな頂を目指す物語。
堕天使グリフィンが巻き起こした地獄の谷における不正プラグラムの騒動を乗り切った2人は、新たな道を求めて天国の丘へと向かった。
天使たちの国であるその場所で2人を待ち受けているものは……?
敵対する異種族バディが繰り広げる二度目のNPC冒険活劇。
再び開幕!
*イラストACより作者「Kamesan」のイラストを使わせていただいております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜
瀬崎由美
キャラ文芸
鮎川千咲は短大卒業後も就職が決まらず、学生時代から勤務していたインターネットカフェ『INARI』でアルバイト中。ずっと日勤だった千咲へ、ある日店長から社員登用を条件に夜勤への移動を言い渡される。夜勤には正社員でイケメンの白井がいるが、彼は顔を合わす度に千咲のことを睨みつけてくるから苦手だった。初めての夜勤、自分のことを怖がって涙ぐんでしまった千咲に、白井は誤解を解くために自分の正体を明かし、人外に憑かれやすい千咲へ稲荷神の護符を手渡す。その護符の力で人ならざるモノが視えるようになってしまった千咲。そして、夜な夜な人外と、ちょっと訳ありな人間が訪れてくるネットカフェのお話です。
★第7回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。
ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜
蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。
魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。
それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。
当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。
八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む!
地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕!
Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる