甘×恋クレイジーズ

枕崎 純之助

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第一章 ブレイン・クラッキング

第14話 襲い来る感染者たち

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 恋華れんかは内心の戦慄せんりつが顔に表れないよう努めて平静を装い、自分を取り囲む男たちと少女を見回す。
 相手は7人。
 しかも男たちは各々、ナイフや鉄の棒などの凶器を手にしている。
 状況は恋華れんかにとって圧倒的に不利だった。

 だが、【カントルム】ではこうした事態の起こりうる可能性についても当然のように想定されていて、すでに対策そのものは米国本部で進んでいた。
 複数人を相手にした場合の訓練も恋華れんかは受けている。
 それでも今回、すでに飛行機の中で初の実戦を経験して、恋華れんかは訓練と本番の違いを痛感していた。
 そのためにおさえようとしても身のうちにき上がる緊張感を少しでも薄めようと、恋華れんかは大きく深呼吸を繰り返した。
 
(落ち着け。油断するな。これは私にしか出来ない仕事なんだ。絶対にやれる。私は出来る)

 幾度いくども自分の心にそう念じながら恋華れんかは持っているベージュ色のバッグの中に右手を差し入れて、決然と告げる。

「全員修正してあげる」

 そんな恋華れんかの様子をじっと見つめる少女は嗜虐しぎゃくの喜びをたたえた目を恋華れんかに向ける。

『生きたままケダモノどもに引き裂かれる苦痛をせいぜい堪能たんのうするといい』

 少女のその声が引き金となり、男らがうなり声を上げて一斉に恋華れんかに襲い掛かった。
 張りつめていた緊張感がはじけ飛び、その場が騒然そうぜんとした雰囲気ふんいきに包まれる。
 恋華れんかはバッグを放り投げて身構みがまえた。
 その右手にはライトグリーン色の小さな折りたたみ式のかさが握られている。

(思い出せ。死ぬほど訓練したんだから)

 恐怖に飲み込まれそうな心を必死にふるい立たせて恋華れんかは手にしたかさの先を前方に向ける。
 するとその先端にある小さなあなからバシュッと音を立てて射出された球状の物体が、恋華れんかの真正面から向かってきた男のひたいにヒットした。
 その途端とたん、球は水がねるような音を立てて破裂し、10円玉程度の大きさのあざやかな青い蛍光色けいこうしょくのペイントが男のひたいいろどられた。

 その青い色に反応するように、恋華れんかの両手にはめた指輪の宝石が次々と光を放つ。
 次の瞬間、その男のひざの力が抜け、まるで糸の切れたあやつり人形のようにガックリと地面に倒れ込んだ。
 恋華れんかを囲む包囲網ほういもうにポッカリと隙間すきまが空く。

(今だ!)

 その隙間すきまに向かって恋華れんかは思い切り飛び込んだ。
 男らは恋華れんかをつかまえようと目いっぱい手を伸ばす。
 そのうちの一人の手が恋華れんかの衣服の襟元えりもとつかむが、恋華れんかは強引にこれを振り払おうと全体重をかけるように地面に身を投げ出した。
 ビリビリという衣服の裂ける音が響き、恋華れんかの着ていたブラウスは無残にも肩口かたぐちから破れてしまう。
 
 白い肌を露出ろしゅつさせながらも恋華れんかは必死に立ち上がってけ出した。
 男らもすぐに方向転換してそれを追うが、恋華れんかは走りながら半身の体勢となり、追ってくる男らに向けてかさの先から色彩弾しきさいだんを次々と放った。

 射出された青い球は正確に男らの顔や首元にヒットしていく。
 青いペイントが2人の男の体にあざやかな斑点はんてんいろどる。
 すると先ほど同様、恋華れんかの指輪が反応を見せる。
 まずは左手の指輪。
 次に右手の指輪という順に。
 そして途端とたんに二人の男は地面にくずれ落ちて沈黙ちんもくした。

(あと3人!)

 だがその時、恋華れんかから一番遠くにいた少女が小さなナイフを恋華れんかに向けて投げつけた。
 いち早くそれを察知さっちした恋華れんかだったが、少女の力で投げたとは思えないほどの速度で飛ぶ凶刃きょうじんを必死にけようとしてバランスをくずし、背中から地面に転がった。

「くっ!」

 ナイフは恋華れんかの頭上を飛んで近くの木のみきに突き立った。
 だが倒れ込んだ恋華れんかの上に男が飛びかってきておおいかぶさろうとする。

「このぉ!」

 自分に馬乗りにのしかかろうとする男を沈黙ちんもくさせるべく両手で男の頭をはさもうとした恋華れんかだったが、左右から別の男らによって彼女は両手をおさえつけられてしまった。

「放しなさい!」

 恋華れんかは歯を食いしばって必死に抵抗したが、強烈な力で押さえつけられて身動きが取れなくなってしまう。
 そしてついに真ん中の男が恋華れんかの体の上に馬乗りになった。
 自分よりも二まわりも体の大きな男に思い切りのしかかられ、腹部を圧迫あっぱくされて恋華れんかは息をまらせる。

「うぐっ!」

 いかんともしがたい重量に押しつぶされそうになりながら恋華れんかが青ざめた顔で必死にもがいていると、その視界の中に自分の妹によくた少女の姿が現れた。
 少女は頭の上から恋華れんかを見下ろす位置に立つと、およそ子供のものとは思えないほど冷酷れいこくな笑みを浮かべて言う。

復讐ふくしゅうのために聖歌隊せいかたいの犬になったか。私が憎かろう? 何しろ妹を殺したかたきだ』

 聖歌隊せいかたいとは【カントルム】の俗称である。
 恋華れんかは悔しさのあまり目に涙を浮かべながら、それでも精一杯の声でさけんだ。

「ええ。憎いわよ。砂奈さなの命を奪い、両親を抜けがらにしたあなたをうらんでもうらみきれない。だけど一番許せないのは、あなたみたいな外道が何のとがも受けずにのうのうと今もこうして無関係な人々を巻き込んでるってことよ」
 
 それは恋華れんかの心からのさけびだった。
 だが、恋華れんか怒声どせいにもすずしい顔で少女は告げた。

復讐ふくしゅうは失敗だな。あわれな女よ。貴様の末路はみじめで苦しい死だ。その体から雲霞うんかのごとくき出る忌々いまいましい神気じんきをいつまでも間近で吸わされるのは不快だ。すぐに殺してやる』
 
 少女の声とともに男の両手が恋華れんかの首に伸びる。
 どうすることも出来ずに恋華れんかは無念の思いで目を閉じた。

(お父さん。お母さん。ごめんね……)

 恋華れんかはついに死を覚悟した。
 それでも彼女の胸の内では自分の死への恐怖よりも、父と母を救えないという悔恨かいこんの思いがく、恋華れんかは歯を食いしばって怒りに身をふるわせた。

 だが、そこで思いもよらない状況の変化が訪れた。
 恋華れんかを襲ったのは首にかかる圧迫感あっぱくかんではなく、自分の体が大地にしずんでいくような、ひどく不安定な浮遊感だった。
 異変を感じて目を開き、恋華れんかおどろきのあまり息を飲む。

「な、なに……コレ?」

 事態は彼女の想像もつかない異様な様相ようそうていしていた。
 彼女が体を横たえている地面に大きな黒いあなが開いている。
 それは恋華れんかをすっぽりと飲み込んでしまうほどの大きさで、あなの底には漆黒しっこくの暗がりが広がっていた。

「きゃあっ!」

 固い地面が何の予告もなしに底なしぬまに変化してしまったような言いがたい感覚に、恋華れんかは思わず悲鳴を上げていた。
 恋華れんかの上に馬乗りになっていた男も突然のことにバランスをくずしてあなの中にくずれ落ちていく。
 今やあなはそれ自体が明確な意思を持っているかのように恋華れんかと彼女に組み付いている男を飲み込もうとしていた。
 いかに手足をバタつかせてもがいても、そこからのがれるすべはない。

 男は恋華れんかに馬乗りになったまま、あなふちに手をかけてい上がろうとしたが、何者かに突然背中をりつけられてつんのめった。
 その勢いのまま、男は恋華れんかの体の上から身を投げるようにしてあなの中に転落した。
 馬乗りになられていた男の体重から解放され、体の自由を得た恋華れんかだったが、彼女もまた底のない奈落ならくへと吸い込まれようとしていた。

「くっ……」

 恋華れんかは歯を食いしばって懸命けんめいに手を伸ばす。
 わらをもつかむ思いだったが、そんな彼女の手をふいに何者かがにぎりしめた。
 おどろいた恋華れんかは目を見開いて顔を上げる。

 その視線の先に立っていたのは……制服を身につけた高校生らしき一人の少年だった。
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