26 / 43
第25夜 捨てられたクマ
しおりを挟む
皆さん、こんばんは。
枕崎純之助です。
つい先日の話なのですが、僕が勤めている会社のビルから道路を挟んだ向かい側にあるアパートのゴミ置き場に、クマが捨てられていたんです。
クマと言っても本物のクマじゃありませんよ。(当たり前だ)
ぬいぐるみのクマです。
でも、メチャクチャ大きなクマのぬいぐるみだったんです。
多分、成人男性と同じくらいの背丈のあるクマで、着ぐるみとして人が中に入っていてもおかしくないほどでした。
ゴミ捨て場に捨てられたそのクマはブロックで仕切られたスペースにギュウギュウに詰め込まれるように収まっていて、その両手は両サイドの仕切りブロックに置かれています。
ちょうど人がヒジ置きに両手を置いて、イスに深く腰掛けているような格好でした。
その姿を初めて見た時、僕は驚きと同時に物悲しさを覚えました。
まるで自分の死期を悟った老人が、お迎えが来るまでの残りわずかな時間を過ごしているかのように見えたからです。
このクマにとってのお迎えはゴミ収集の車がやって来る時でしょう。
そしてこのクマが捨てられたゴミ置き場が、僕の職場の窓からよく見えるんです。
仕事中はよくその窓の前を行ったり来たりするので、どうしてもそのクマの姿が目に入ってしまいます。
窓際を通る度についつい捨てられたクマをチラチラ見てしまうんですね。
クマ。
君は今どんな気分なんだい?
捨てたご主人を恨んでいるのかい?
それとも、もう全てをあきらめて終わりを待っているのかい?
僕はクマが生まれてからここまで歩んできた道をあれこれと想像します。
初めてご主人の元へとやって来た時はメチャクチャ喜ばれたんだろうね。
チヤホヤされて、たくさん抱きつかれて。
そのモフモフとした肌触りでご主人を慰めたりしたんだろうね。
時には機嫌の悪いご主人に八つ当たりされたこともあるのかな。
何年の間ご主人と一緒に過ごしてきたか分からないけと、こうして捨てられる時が来てしまったんだね。
などとおかしなことを考えてしまいますが、もちろんそのクマは生き物じゃありません。
ぬいぐるみはただの物質です。
でもゴミ置き場に捨てられて、他のゴミを漁りに来たカラスについばまれたりしているのを見ると、何だか切ない気分になるのはどうしてでしょうね。
人間や動物の姿をしたぬいぐるみに人は少なからず感情移入をしてしまうからなのですかね。
結局、その日はゴミ収集はありませんでした。
翌日。
朝から冷たい雨が降り続けていました。
ゴミ捨て場に置き去りにされているクマはずぶ濡れです。
全身を雨に打たれながら昨日と変わらぬ姿勢で前を見続けるクマの姿に、僕は思わず目をそらしました。
せめてゴミ収集の日の朝までご主人といられれば雨に濡れずに済んだのにな。
翌日は僕が在宅勤務でしたのでクマの様子は分かりませんでしたが、翌々日に出社した時にはもうクマの姿はありませんでした。
旅立った後だったのです。
僕は思わず窓辺に立ち止まり、クマが座っていたゴミ置き場をじっと見つめました。
クマ……行ってしまったんだね。
ひとしきりそんなことを思うと、それからすぐにクマのことは忘れて、仕事に戻りました。
日々の暮らしに追われる中でやがてクマのことは忘却の彼方に消えていくでしょう。
だから何となくですけど、クマがそこにいたことを何らかの形に残しておきたくて、今夜のとりとめのない話になりました。
ちなみに僕は子供の頃、クマのぬいぐるみを持っていました。
名前はクマちゃん。
そのままですね(笑)。
僕はクマちゃんが大好きで、クマちゃんの鼻にいつも自分の鼻をこすりつけていました。
そのせいでクマちゃんの鼻はすっかりすりむけてしまっていました。
母と一緒に買い物に行く時も、クマちゃんを持って行きました。
誤って水たまりにクマちゃんを落としてしまった時は、洗ってくれるよう母に泣いて頼んだものです。
そんなに大好きだったクマちゃんなのに、気付いたら家から無くなっていました。
多分、ボロボロになったので捨てられてしまったのでしょう。
今回のゴミ置き場のクマに僕がずいぶんと気を取られたのは、そんな過去の思い出があったからかもしれませんね。
今、自宅には家族が持っているぬいぐるみが多数あります。
そんなぬいぐるみ達を出来る限り大事にしてあげたい。
そんなふうに思いました。
皆さんも大事にしているぬいぐるみや人形はありますか?
ゴミ置き場にいた大きなクマが安らかに眠れるよう祈りつつ、今夜のお話を終えたいと思います。
皆さん、おやすみなさい
いい夢を。
またいつかの夜にお会いしましょう。
クマもおやすみ。
ゆっくり眠るんだよ。
枕崎純之助です。
つい先日の話なのですが、僕が勤めている会社のビルから道路を挟んだ向かい側にあるアパートのゴミ置き場に、クマが捨てられていたんです。
クマと言っても本物のクマじゃありませんよ。(当たり前だ)
ぬいぐるみのクマです。
でも、メチャクチャ大きなクマのぬいぐるみだったんです。
多分、成人男性と同じくらいの背丈のあるクマで、着ぐるみとして人が中に入っていてもおかしくないほどでした。
ゴミ捨て場に捨てられたそのクマはブロックで仕切られたスペースにギュウギュウに詰め込まれるように収まっていて、その両手は両サイドの仕切りブロックに置かれています。
ちょうど人がヒジ置きに両手を置いて、イスに深く腰掛けているような格好でした。
その姿を初めて見た時、僕は驚きと同時に物悲しさを覚えました。
まるで自分の死期を悟った老人が、お迎えが来るまでの残りわずかな時間を過ごしているかのように見えたからです。
このクマにとってのお迎えはゴミ収集の車がやって来る時でしょう。
そしてこのクマが捨てられたゴミ置き場が、僕の職場の窓からよく見えるんです。
仕事中はよくその窓の前を行ったり来たりするので、どうしてもそのクマの姿が目に入ってしまいます。
窓際を通る度についつい捨てられたクマをチラチラ見てしまうんですね。
クマ。
君は今どんな気分なんだい?
捨てたご主人を恨んでいるのかい?
それとも、もう全てをあきらめて終わりを待っているのかい?
僕はクマが生まれてからここまで歩んできた道をあれこれと想像します。
初めてご主人の元へとやって来た時はメチャクチャ喜ばれたんだろうね。
チヤホヤされて、たくさん抱きつかれて。
そのモフモフとした肌触りでご主人を慰めたりしたんだろうね。
時には機嫌の悪いご主人に八つ当たりされたこともあるのかな。
何年の間ご主人と一緒に過ごしてきたか分からないけと、こうして捨てられる時が来てしまったんだね。
などとおかしなことを考えてしまいますが、もちろんそのクマは生き物じゃありません。
ぬいぐるみはただの物質です。
でもゴミ置き場に捨てられて、他のゴミを漁りに来たカラスについばまれたりしているのを見ると、何だか切ない気分になるのはどうしてでしょうね。
人間や動物の姿をしたぬいぐるみに人は少なからず感情移入をしてしまうからなのですかね。
結局、その日はゴミ収集はありませんでした。
翌日。
朝から冷たい雨が降り続けていました。
ゴミ捨て場に置き去りにされているクマはずぶ濡れです。
全身を雨に打たれながら昨日と変わらぬ姿勢で前を見続けるクマの姿に、僕は思わず目をそらしました。
せめてゴミ収集の日の朝までご主人といられれば雨に濡れずに済んだのにな。
翌日は僕が在宅勤務でしたのでクマの様子は分かりませんでしたが、翌々日に出社した時にはもうクマの姿はありませんでした。
旅立った後だったのです。
僕は思わず窓辺に立ち止まり、クマが座っていたゴミ置き場をじっと見つめました。
クマ……行ってしまったんだね。
ひとしきりそんなことを思うと、それからすぐにクマのことは忘れて、仕事に戻りました。
日々の暮らしに追われる中でやがてクマのことは忘却の彼方に消えていくでしょう。
だから何となくですけど、クマがそこにいたことを何らかの形に残しておきたくて、今夜のとりとめのない話になりました。
ちなみに僕は子供の頃、クマのぬいぐるみを持っていました。
名前はクマちゃん。
そのままですね(笑)。
僕はクマちゃんが大好きで、クマちゃんの鼻にいつも自分の鼻をこすりつけていました。
そのせいでクマちゃんの鼻はすっかりすりむけてしまっていました。
母と一緒に買い物に行く時も、クマちゃんを持って行きました。
誤って水たまりにクマちゃんを落としてしまった時は、洗ってくれるよう母に泣いて頼んだものです。
そんなに大好きだったクマちゃんなのに、気付いたら家から無くなっていました。
多分、ボロボロになったので捨てられてしまったのでしょう。
今回のゴミ置き場のクマに僕がずいぶんと気を取られたのは、そんな過去の思い出があったからかもしれませんね。
今、自宅には家族が持っているぬいぐるみが多数あります。
そんなぬいぐるみ達を出来る限り大事にしてあげたい。
そんなふうに思いました。
皆さんも大事にしているぬいぐるみや人形はありますか?
ゴミ置き場にいた大きなクマが安らかに眠れるよう祈りつつ、今夜のお話を終えたいと思います。
皆さん、おやすみなさい
いい夢を。
またいつかの夜にお会いしましょう。
クマもおやすみ。
ゆっくり眠るんだよ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
クルマについてのエトセトラⅡ
詩川貴彦
エッセイ・ノンフィクション
また始まるよ!!
しつこいようですがまた書いていきたいと思います。
理由は?
理由はお金も体力も嗜好品も趣味もなくて、暇だけはあって、要するに貧乏で暇だからです(泣)

ポケっこの独り言
ポケっこ
エッセイ・ノンフィクション
ポケっこです。
ここでは日常の不満とかを書くだけのものです。しょーもないですね。
俺の思ってることをそのまま書いたものです。
気まぐれ更新ですが、是非どうぞ。
オタクと鬱で人生暇で忙しい
椿山
エッセイ・ノンフィクション
金と愛と時間を手に入れたけど、自分自身には何にもない。鬱病で何もできないから今日も暇だけど、オタクで情緒が忙しい。アスペルガー症候群と重症の鬱病で医者を辞めたバツイチオタクの雑多な話です。
※エッセイになっているのかわかりません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる