Pillow Talk

枕崎 純之助

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第24夜 上京物語 ~ 初めてのひとり暮らしは半地下住まい ~

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 皆さん、こんばんは。
 枕崎まくらざき純之助です。

 皆さんにとって東京ってどんな印象の街ですか?
 大都会、洗練された街並み、スクランブル交差点を行き交う大勢の人々。
 そんな感じでしょうか。
 でも東京と一言に言っても、23区のある東部と、それ以外の市町村がある西部ではかなりおもむきが異なります。

 僕は東京西部にある緑豊かな、とある市で育ちました。
 そして新宿・渋谷などの都心部に出かけることを「都内に行ってくる」と言います。
 自分の住んでいる場所も東京都内なのに変な感じですよね。

 でも実際に新宿や渋谷などに行くと、「うわぁ~人がいっぱいいる」と今でもちょっと緊張したりします。
 そして都心から地元に戻ってくると、ホッと安心したりするんですね(笑)。
 そんな僕も若者だった時代に、実家を出て都内で1人暮らしをしたことがあります。
 
 その時、僕は20歳になったばかり。 
 大学2年生もそろそろ終わろうかという早春の、ちょうど今頃の時期のことでした。 
 そもそも僕が1人暮らしをしようと思ったのにはいくつか理由があります。

 若者らしく都会に憧れていたこと。
 親元を離れて自立したかったこと。
 そして実家から1時間半かけて千代田区の大学に通う通学時間が辛かったこと。

 これらの理由から1人暮らしをしたいと思っていたのですが、母親に強く反対されました。
 そりゃそうですよね。
 時間がかかるとはいえ自宅から通える範囲内の学校に通う学生が、わざわざアパートを借りて1人暮らしをするなんて余計な費用がかかりますし。
 そして単純に息子を離れた場所に住まわせる不安もあったんだと思います。
 僕は長男で母にとって初めての子供だったので、それまで経験したことのない子供の巣立ちに対する戸惑いやさびしさがあったんでしょう。
 でも若かった僕はこれに強く反発します。

 オラこんな村イヤだ!(村ではない)
 東京で一旗ひとはた上げるだよ!(何のはただ)

 そして無鉄砲だった僕は新宿の不動産屋に飛び込み、勝手に賃貸ちんたい契約を決めて来てしまいます。
 それまでコンビニのアルバイトでめたお金や、小さい頃からめてきたお年玉などの軍資金もありましたし、20歳だったので自分で契約できるんですね。
 そして不動産屋のチャラい感じのオニーサンに「ここなんかどうっスか?」と下見で案内されたのが表題にある『半地下の部屋』でした。


 物件の場所は世田谷区赤堤あかつつみ
 東急世田谷線の松原駅すぐ近くでした。
 京王線の下高井戸駅までも徒歩7~8分の好立地。
 駅近の割にはゴミゴミしていなくて閑静かんせいな住宅街。

 場所は良かったんですよ場所はね。
 でも肝心かんじんの住まいが……今思うと色々すごい建物でした。

 3階建ての鉄骨マンションだったのですが、1階部分がなぜか半分地下に掘り下げられている半地下造りでした。(だから実際は地上2.5階建て)
 その1階の一番奥の部屋に案内されました。

「どっスか? けっこういい部屋でしょ~?」

 部屋の中に僕を案内した不動産屋のチャラリーマンは、オーバーアクションで両手を広げてそう言いました。
 今にして思うとお世辞せじにもいい部屋とは言えない場所でした。

 半地下で薄暗く、ジメジメした感じです。
 窓はあるのですが上半分しか外が見えず、太陽の光も入らないため圧迫感がハンパじゃないんです。
 室内もせまく、キッチンも小さな電気コンロ1つだけ、そして何より風呂トイレが一体となったユニットバス。
 いいところが一つもありません。

 でも若かった僕はそうして自分でアパートを下見することなんて初めてでしたし、何よりも1人暮らしをすることに前のめりになっていたので、冷静な判断力を欠いていたんです。
 念願の1人暮らしが目の前に迫っていたことで、浮かれて舞い上がっていたんでしょう。

「いいっすね! ここに決めます!」

 と一発で快諾かいだくしてしまいました(アホ)。
 不動産屋のチャラリーマンからしたら、条件が悪くてなかなか決まらない部屋を、田舎いなかから出てきたボンクラ青年にうまいこと押しつけることが出来た格好です。
 内心で「田舎いなかモンはチョロイぜ」とほくそ笑んでいたことでしょう。

 かくして僕はその半地下の家に住むことになり、引越しの前に両親にその部屋を見せました。
 いやあ、今でも忘れられませんよ。
 部屋を見た時の父と母の唖然あぜんとした顔を。

「ほ、本当にここに住むの?」

 と言う心配顔の両親の反対を押し切って、僕はそこに住み着きます。
 本当に僕は親不幸のアホ息子でした。
 それでも引越しの日、両親は僕のために車で1時間くらいかけて実家から僕のために家財道具を運び込んでくれました。
 1人暮らし用に冷蔵庫やレンジなども買ってくれたんです。

 そして引っ越しが終わり、両親は僕をそこに1人残して帰っていきます。
 帰り際、ふと見ると母は少し涙ぐんでいました。
 息子を1人残していくことで感極まってしまったのでしょう。
 母に心配をかけてしまったことで、僕はチクリと胸が痛みました。

 あれからもう随分ずいぶんと時間がちましたが、この時の母の不安げな顔は一生忘れられません。
 思えば母には心配ばかりかけて、何度も泣かせてしまいましたが、この時が一番の親不幸だったかもしれません。

 母ちゃんゴメン。
 馬鹿な息子で。
 一生かけてでも恩返しするから、どうか長生きしてね。

 さて、そんなこともありましたが、それでも若い僕にとって初めての1人暮らしは十分に刺激的でした。
 もちろん実家にいた頃は当たり前に出てきた三食は自分で用意せねばなりませんが、色々と大変なことを差し引いても楽しい日々でした。
 ちなみにそのマンション、大家のオバチャンが1人で管理しているらしく、ハッキリ言って管理が行き届いておりません。
 毎日ホウキで玄関前の掃除などをしてくれていましたが、たった1人では掃除しきれず、通路も落ち葉やゴミがたまっていることが多々ありました。

 ちなみにそのオバチャン。
 いつも口癖くちぐせのように自慢じまんしていることがありました。

「前にこのマンションには、あのユースケ・サンタマリアが住んでたのよ~」

 まだ売れる前のユースケ氏がここに暮らしていたらしいのです。
 おお!
 さすが都会!
 などと僕は思いました。

 さらには引っ越してすぐの頃、マンションのすぐ目と鼻の先にある公園に人だかりが出来ていました。
 何かと思って見に行くとそこではどうやらドラマのロケが行われていたんです。

「篠原涼子が来てるのよ」

 見物人の近所のオバチャンが僕に教えてくれました。
 のぞき込むと本当に女優の篠原涼子さんがそこで撮影にのぞんでいたんです。

 おおっ!
 さすが都会!
 本物の篠原涼子だ!
 目が合っちゃったよ!

 などと僕はすっかり都会の暮らしに酔っていました。
 でも、いくら都会でも僕の半地下の部屋はひどかった。
 部屋中カビ臭くて衣服や持ち物にもそのニオイがついてしまうんです。
 そしてさらに最悪なことに、部屋にはありがたくない同居人たちがいました。
 
 虫です。
 虫って言ってもクワガタとかカブトムシじゃありませんよ。(当たり前だ)
 害虫のたぐいです。
 その中の代表格はみんなの嫌われ者、ブラックGでした。

 え?
 ここ世田谷区だけど、虫いるの?(偏見)

 ふと気付くと壁や天井にブラックGたちがい回ります。
 僕はGホイホイなどの近代兵器を駆使して必死にブラックGたちを退治していきます。
 でも敵はブラックGたちだけではありませんでした。
 ある日、天井から奇妙な虫が降って来て僕の頭にまとわりついてきたんです。

「うわっ!」

 必死に手で振り払うと、それは足の長いデッカいみたいな虫でした。
 足長謎虫あしながなぞむしだ!(そんな虫はいない)
 いやあ、あれは気持ち悪かった。

 くそー! 
 ブラックGに足長謎虫あしながなぞむしめ。
 ルームシェアするならせめて家賃を払え!

 そんな部屋で暮らしていると、連日の虫との戦いに疲弊ひへいしてきます。
 そして部屋には太陽の光が入らないため、何だか体の具合が悪くなってきます。

 ある日、心配した母が様子を見に来ましたが、僕の部屋の惨状を見て、強い調子で僕に引っ越しをすすめてきました。
 母はそれまでも「実家に戻って来ないの?」という心配の連絡を度々よこしてきましたが、この時はひどい部屋で暮らす息子を見て「もうこれはヤバイ!」と思ったでのしょう。
 実家に戻るのではなく、せめて近くの別の建物に引っ越すということで話が決まりました。

 そして情けないですが引っ越し費用は親に出してもらうことになりました。
 その代わり、部屋については親も同伴して下見して決めると言う条件でした。
 世間知らずのバカ息子には任せちゃおけなかったのでしょう
 心配してくれる母に反発する気にもなれず、僕は引っ越しを素直に受け入れました。
 当たり前ですよね。

 こうして僕が初めて暮らした半地下の部屋での日々は、わずか半年ほどで幕を閉じることになったのです。
 もうね、今思い出しても本当に困った息子だったと思いますよ我ながらね。
 今では両親にとっても笑い話ですが、当時は本当に困らせてしまいました。
 若気の至り、ここにきわまれり。

 それから移り住んだ部屋は2階建ての軽量鉄骨アパートの2階でしたが、日当たりも良好で部屋も広かったです。
 そして何よりカビのにおいなどせず、清潔感にあふれていました。
 まさに地獄から天国です。

 その部屋を案内してくれたのは、近所の不動産屋さんのベテランのオジサンだったんですが、僕が前に住んでいた半地下のマンションの名前を言うとおどろいていました。

「え? お客さんあのマンションに住んでたの? あそこはヒドイよ」

 どうやら近辺の不動産業界では有名な悪条件のマンションだったようです。
 何も知らない若者が、悪徳不動産屋に不良物件をつかまされたのだと、オジサンはあわれに思ったのでしょう。
 両親も納得の、いい部屋を紹介してくれました。

 ちなみのその新たなアパートと半地下のマンションは徒歩10分ほどの距離だったので、時折、半地下のマンションの前を通りかかることがありましたが、大家のオバチャンはいつもと変わらず、ホウキで掃除そうじをしていました。
 僕はたった半年で引っ越すことになりましたが、多分オバチャンにとっては入居者が短期間で出て行ってしまうのは日常茶飯事のことだったのでしょう。
 ユースケ・サンタマリア氏は一体どのくらいの期間、住んでいたんでしょうかね。

 現在は僕も地元に戻っていますので、ずいぶん長いこと世田谷の街並みは見ていないんですけど、あの頃とはかなり変わっているでしょうね。
 今でも時折、なつかしく思い出すことがあります。

 以上、今夜のPillow Talkは、世間知らずの若者が東京で痛い目にあったというお話でした。
 皆さんも都会に出るときは、ぜひとも大人の方のアドバイスをもらい、安心できる暮らしを手に入れて下さい。
 ブラックGや足長謎虫あしながなぞむしのいない部屋に住みましょうね。(当たり前)

 それではおやすみなさい。
 いい夢を。
 またいつかの夜にお会いしましょう。
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