Pillow Talk

枕崎 純之助

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第11夜 恥ずか死

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 こんばんは。
 枕崎まくらざき純之助です。

 皆さんは『恥ずか死』という言葉をご存じですか?

 ・死にたくなるくらい恥ずかしいこと。
 ・恥ずかしくて死にそうになること。

 『恥ずかしい』と『死』を組み合わせた造語ですね。

「やべぇ。先生のことママって呼んじゃったよ。マジ恥ずか死寸前!」

 などと実際にこの言葉を使っている人は見たことありませんが、誰しもそういう経験は身に覚えがあるかと思います。
 思い出すだけで死にたくなるような経験がね。

 でも、その時は猛烈に恥ずかしかったけれど、冷静かつ客観的に考えてみると、たいていはどうってことのない話なんですよ。
 だって僕は自分の『恥ずか死』エピソードを覚えているけれど、友達の『恥ずか死』話は記憶にないですから。
 何かしら友達のそういう『恥ずか死』場面は目撃していてもおかしくないんですけど、不思議と記憶に残っていませんね。

 みんな他人のことは存外に覚えていないんでしょう。
 僕の『恥ずか死』話も僕が覚えているだけで、他の人にとっては記憶に残らない程度の出来事かもしれません。
 今夜はそんな他人から見たら取るに足らないけれど、僕にとっては死ぬほど恥ずかしかった『恥ずか死』エピソードをお話ししましょう。

 あれは僕が小学生の時でした。
 実は僕、小学校の6年間でただの一度もトイレで大のほうをしたことがないんです。
 6年間で一度もですよ。
 それには理由があります。

 当時のトイレ(大)は小学生にとっては足を踏み入れることの許されない禁断の地でした。
 もし、そこに入ろうものなら意地の悪い同級生に目ざとく見つけられ、たちまちのうちに伝令が校舎中を駆け巡ります。
 
「号外号外! おいみんな来いよ! 枕崎がウ○コしてるぞ!」

 やかましい!
 ウ○コくらいするわ!
 もう少し寛容な社会の実現を!
 皆が安心してトイレに行ける暮らしを!

 と声を大にして叫びたかったのですが、当時の僕は同級生にそうして揶揄やゆされるのが恐ろしくて禁断のトイレ(大)には踏み込めませんでした。
 でも時にはオナカが痛くなることもあります。
 そんな時も下校するまでひたすら我慢です。
 
 今にして思えば何て体に悪いことをしていたんでしょうか。
 小学生の僕はついに一度たりともトイレ(大)に入ることはありませんでした。
 そのことが後にとんでもない悲劇を生むことになったのです。

 いよいよ小学校も卒業が近づく6年生の冬のことでした。
 その日は道徳の授業で教室中の机を『コ』の字型に並べて、皆で一つのテーマについて話し合う形式で進められていました。
 しかし同級生らの議論が白熱する中、僕はまったく授業に集中できませんでした。
 なぜなら給食を食べた後の午後の授業ということもあり、たまったガスが僕の腹部を圧迫していたのです。

 実は当時の僕はトイレ(大)に行かないせいで、慢性的な腹部の膨張ぼうちょう感にさいなまれていたのです。
 そう。
 もう皆さんお気付きの通り、今にもオナラが出そうなのを僕は必死に耐えていたのです!
 ぐぬぬ……やばい。
 気を抜くとガスが放出されてしまう。

 僕はオナラを我慢するのに必死で、もう授業どころではありません。
 今すぐトイレに駆け込んでしまいたい衝動を必死に抑えます。
 もうダメか……いや!
 僕は今までだってトイレ(大)にも決して入らず、苦しい時を乗り越えて6年生も終盤までやってきたんじゃないか。
 この難局も必ず乗り越えられるはずだ!
 負けてたまるか。

 授業時間も残りわずか10分。
 僕はできる。
 Y《やれば》D《できる》K《こ》だ。
 オナラなんかでもねえぜ!(意味不明)

 予期せぬ出来事が襲いかかって来たのはその時でした。
 ふいに僕の発言の出番が回ってきたんですね。
 そして僕の体は自分で思っている以上に限界点を迎えていたのです。

「枕崎くん」
「はい」

 先生の指名に僕は返事をして発言をするべく立ち上がりました。

 ブバンッ!
 あっ……。

 立ち上がった瞬間でした。
 炭酸飲料のフタを開けた時のように僕のおしりから激しい音と空気が放出されたのです。

 Oh……ONARA?
 Yes! ONARA !

 いや、言い訳をさせてくれ。
 わざとじゃないんだ!
 出ちゃったんだ!

 限界点を突破した圧縮空気の膨張ぼうちょうに耐え切れず、オナラは僕のおしりから元気な産声うぶごえを上げました。
 あまりのことに周囲の同級生たちは唖然としています。
 音がすごすぎたせいで、それが何の音であるのか即座には理解できなかったのかもしれません。
 しかし一瞬の沈黙の後……。

「うわあああっ!」

 そう言って僕の周りの同級生たちは一斉に僕から離れていきます。
 や、やっちまった。
 この最終局面で僕は取り返しのつかない重大なミスをしでかしました。
 言うなれば野球の9回裏に出てきて逆転敗けを喫した抑えの投手です。
 も、もう笑ってごまかすしかない。

「ハハッ。ごめんごめん」

 そんな僕に向けられる同級生たちの白い目と冷笑。
 そしていつもはまじめで人をからかうことなんて絶対にしない数名のマジメ系女子たちが真顔でスッと僕から離れていく様子。
 うぅ……悪夢だ。

 あまりの恥ずかしさにその後どうなったのか記憶が飛んでイマイチ覚えていません。
 多分僕はこの時すでに死んでいたのでしょう。
 これが『恥ずか死』というやつです。
 今ここにいる僕は『恥ずか死』後にこの世に未練を持って残った亡霊です。

 とまあ馬鹿な話はさておき、その後数日は同級生にからかわれましたが、それも数日で終わりました。
 人のうわさも75日と言いますが、せいぜい5日です。
 要するに他人の『恥ずか死』話は本人が思っているほど周囲の印象には残らないものなのです。

 皆さんも『恥ずか死』の経験をあまり気に病まないで下さいね。
 他人はそれほど気にしていませんから。
 ちなみに僕はこの数ヵ月後、中学入学後の体育の授業でもやらかします。
 授業で腕立て伏せをやっている時についおしりに力が入ってしまいプッと。

「枕崎ぃ! 腕立てしながらをこくな!」

 と怖い体育教師に竹刀しないでおしりの穴をブスッと突かれました。(マジです)

 え?
 この時以外にもしょっちゅうブースカやってたんじゃないのかって?
 失礼な!
 記憶にある限り、この2回だけですよ!
 記憶にないところでしてたのかもしれませんが。(病気)

 ともあれ、そんな僕でも『オナラマン』だとか『コキーノ』といった不名誉なあだ名で呼ばれることはありませんでしたから、そんなに周囲の印象に残っていなかったのでしょう。

 皆さんも大丈夫。
 『恥ずか死』は思うほど恥ではありません。
 1人思い出して苦しみにのたうち回るよりも、むしろ失敗談を周りに話して笑ってもらいましょう。
 まあ僕の場合はエチケットの問題もありますので、オナラは外でせず、自宅で盛大にしたいと思います。(家族に迷惑)

 さて、そろそろ夜もけてまいりましたね。
 皆さん。
 『恥ずか死』のことなど笑い飛ばして、今宵こよいもいい夢を。
 またいつかの夜にお会いしましょう。
 おやすみなさい。
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