Pillow Talk

枕崎 純之助

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第7夜 入院-それは人生の交差点- 前編:怒髪天おじいさん

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 みなさん、こんばんは。
 枕崎まくらざき 純之助です。

 皆さんは入院の経験ってありますか?
 僕は人生で二度ほどあります。
 一度目は高校3年生の夏でした。

 受験生の夏だというのに僕は風邪をこじらせて感染症になり、2週間の入院を余儀なくされたのです。
 今夜お話しするのは、その時に出会ったバラエティー豊かな方々のお話です。

 実はこの2週間の入院期間、最初の1週間は地元の病院に入院していて、後半の1週間は隣の市の大学病院に転院したのですが、その転院先の病室でかなりクセの強い猛者もさたちが僕を待ち受けていたのです。

 そこは8つのベッドがある大部屋でした。
 転院初日、僕の隣のベッドには気の良さそうな60歳くらいのオジサンが入院していました。
 挨拶あいさつをするとオジサンはニコニコしながら自分が脱腸だっちょうで入院していることや、この病室のことなどを教えてくれました。

 よかった。
 隣が優しそうなオジサンで。
 ホッと安堵あんどしていた僕ですが、それも束の間、病室の中に雷鳴のような怒声が響き渡りました。

「おまえら! いい加減にしろ!」

 ビックリして顔をそちらに向けると、僕のななめ前のベッドにいる入院患者のおじいさんが、2人の看護師さん達を怒鳴り付けていました。
 このおじいさん、軽く80歳は超えている感じでしたが、その怒りのエネルギーたるやすさまじく、簡単には収まりません。
 おじいさんは続けざまに叫びます。

「おまえらぁ! 絶対にゆるさんぞ!」

 ど、どこかの戦闘民族かな?
 頭髪はありませんでしたが、まさに怒髪天どはつてんをつく、といった調子でおじいさんはまくし立てます。

「いつもいつもワシに薬ばっかり飲ませるんじゃない!」

 おじいちゃん。
 病院はそういうところですよ。
 治るために必要だから飲むんですよ。
 看護師さん達はそのようなことを言いながら必死におじいさんをなだめます。
 しかし荒ぶる怒髪天どはつてんおじいさんはそんなことじゃ引き下がりません。

「毎日毎日薬ばかり! 金か! おまえらはそんなに金が欲しいのか!」

 お、おお。
 そんなドラマみたいなセリフを現実に言う人がいるとは。
 病院はおじいさんからたくさんお金を取るために不必要な薬を次々と投与している。
 どうやらおじいさんはそんなふうに思い込んでいるようです。
 
 看護師さん達もこのおじいさんには手を焼いていました。
 わめき散らす怒髪天どはつてんおじいさんのおかげで病室の雰囲気は最悪です。
 うわぁ。
 まずいところに入院しちゃったなぁ。

 そう思っていると隣の脱腸だっちょうのオジサンが僕に声をかけてきました。
 その手に持ったプリンを差し出しながら。

「プリン食べるかい?」

 今?
 今この雰囲気で?
 脱腸だっちょうのオジサンはマイペースで、怒髪天どはつてんおじいさんの怒りの声が響く中でもニコニコしながらプリンを食べていました。
 そんな転院初日が終わり、翌日になっても怒髪天どはつてんおじいさんは看護師さん達に怒りをぶつけています。

 だけど3日目、そのおじいさんの元に50代くらいの女性がお見舞いに訪ねてきました。
 途端におじいさんの態度が変わります。
 話を聞いていると、どうやらその女性はおじいさんの実の娘さんのようです。

 看護師さん達に対してはあれほど傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いを見せていたおじいさんでしたが、娘さんが持ってきてくれたヨーグルトをおいしそうに食べるその顔はニコニコです。
 娘さんの言葉にも素直に受け答えしています。

「お父さん。ちゃんと薬飲まなきゃダメよ」
「うん」
「病院の人たちに迷惑かけないでね」
「うん」

 うん。
 じゃねえわ!
 何だその豹変ひょうへんぶりは!

 獰猛どうもうとらのようだったおじいさんはすっかり借りてきた猫のようになりました。
 娘効果すげえなオイ。
 娘さん。
 毎日来て下さい。
 お願いですから。

 だけどそんなおじいさんの様子を見て僕はふと思いました。
 おじいさん、寂しかったのかな。
 入院して、1人で不安で、それであんなふうに看護師さん達に当たり散らしていたのかもしれない。
 娘さんが来てくれたこの日のおじいさんは本当に安心しているように見えました。

 よかったね。
 おじいさん。
 だけどその翌日。
 怒髪天どはつてんおじいさんは再び病室で大騒ぎして、看護師さん達数人がかりでストレッチャーに乗せられ、どこかへ運ばれて行きました。

 そして……二度と戻ってきませんでした。

 その後、怒髪天どはつてんおじいさんがどうなったのかは分かりません。
 だけどあれだけ怒ってばかりだったおじいさんなのに、不思議と僕の記憶に残っているのは、娘さんが持ってきてくれたヨーグルトをおいしそうに嬉しそうに食べているおじいさんの顔でした。
 今でもどこかで娘さんのヨーグルトを食べているのかな。

 さて、この病室には僕を含めて8人の患者さんが入院していましたが、僕の真向かいのベッドはあろうことか……リア充たちの愛の巣と化していたのです。

 おっと。
 そろそろ夜もけてきましたので、
 話の続きはまた明日の夜にでも。

 おやすみなさい。
 今宵こよいもいい夢を。
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