Pillow Talk

枕崎 純之助

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第5夜 震える指で110番を押した真夜中の出来事

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 皆さん、こんばんは。
 枕崎まくらざき 純之助です。
 世の中には色々な事件や事故がありますよね。
 そんな時に市民を助けてくれるのは警察の方々です。

 皆さんは身の危険を感じてとっさに110番で警察を呼んだことってありますか?
 僕はあります。
 先日、ガスもれ事件の話をしましたが、あれから約半年後にその事件は起こりました。

 初夏。
 7月上旬の真夜中のことです。
 その日は土曜日でアルバイトも休みでしたので、家で深夜のテレビなどを見ながらダラダラと過ごしていました。
 午前1時を過ぎた頃にそろそろ寝るかと思い、テレビを消して寝る準備をしていたその時。

 コンコン。

 玄関のドアを叩くような音が聞こえました。
 えっ?
 こんな時間に?
 僕は自分の耳を疑いました。

 地元から離れて1人暮らしをしていた僕には近所に友人知人もおらず、気軽に訪ねて来るような人はまずいません。
 しかもそんな夜中となると、まずあり得ないことです。
 ですが、扉は確かにもう一度、コンコンとノックされたのです。

 僕は驚きと怖さとで心臓が跳ね上がりました。
 そりゃあ真夜中にいきなりドアをノックされたら怖いと思いませんか?
 僕はドアをじっと凝視したまま動くことが出来ませんでした。
 そのまま居留守を決め込もうかと思いましたが、部屋の明かりは窓から外に漏れています。
 この部屋の中に住人がいることは外からは一目瞭然いちもくりょうぜんでした。

 僕は恐る恐るドアののぞき穴から外の様子をうかがいます。
 そこには……1人の男が立っていました。
 顔はハッキリ見えますが、まったく見知らぬ若い男です。
 その男がもう一度ドアをノックしようと手を伸ばします。
 僕は思わず声を漏らしました。

「ど、どちらさまですか?」

 するとその男は低い声でこう言ったのです。

「開~け~ろ~」

 は、はあっ?
 僕は戦慄せんりつに凍りつきました。
 ま、真夜中にいきなり訪ねてきて普通そんなこと言うか?
 よ、酔っぱらいか、もしくは頭のイカれた奴なのか。
 どう対処すべきか分からずに僕は立ち尽くしました。
 すると……。
 
「開~け~ろ~」

 そう言いながら、信じられないことに男はドアノブをガチャガチャと回し始めたのです。
 もちろん鍵は閉められていましたが、僕は震えながら必死にドア・チェーンをかけました。
 しかし男のドアノブ・ガチャは止まりません。
 しまいにはドアを手でバンバンやり始めました。
 
 こ、こりゃマズイ!
 完全にヤバイ奴だ!
 僕はとっさに声を上げます。

「や、やめろ!」

 だけど僕のそんな反応にも男はニヤニヤしたままドアノブをガチャガチャし続けます。
 そしてのぞき穴からは見えませんが、男の横の方にはもう1人の別人物がいるようで、ゲラゲラと笑い声を発しています。
 どうやら真夜中の訪問者は2人組のようでした。
 非常にヤバイ状況です。

 そりゃ僕が「殺意の波動」に目覚めていたら憤然ふんぜんとドアを開けて出ていき、無法者たちを瞬獄殺で滅殺してやりますよ。
 ですが残念ながら僕は戦闘力たったの5です。
 出て行ったところで「ゴミめ」と滅殺されるのがオチです。
 
 僕は身の危険を感じて玄関から居間に戻ると、テーブルに置いてある携帯電話を手に取りました。
 そしてトイレの中に身を潜めて鍵をかけます。
 万が一ドアを破られて家の中に侵入されたとしても、これなら時間が稼げます。
 そして僕は震える手で110番を押しました。
 絶体絶命の危機に立たされた僕に残された最後の手段です。
 警察のみんな、オラに力を分けてくれ!
 
 2コールもせず、すぐに電話から女性の声が聞こえてきました。

「はい。警察です。どうされましたか?」
「た、助けて下さい。み、見知らぬ男がドアの外から侵入して来ようとしています。すぐに来て下さい」

 僕は恐怖で震える声を必死に絞り出し、自分がどれほどピンチの状態なのかをしどろもどろになりながら説明しました。
 受け付けてくれた警察の女性は僕に落ち着くように言うと、僕が伝えた住所にすぐに警察官を向かわせると言ってくれました。
 
「す、すぐに来て下さい! 本当にお願いします!」

 このやり取りをしている間も、外にいる男たちはまるで僕のことを面白がるようにワヤワヤと騒ぎ立てます。
 というか、この騒ぎで他のアパートの住人達は一体何をしているんだ。
 と思いましたが、おそらく皆、この異常事態に恐怖を感じて息を潜めているか、あるいはまったく気付かずに寝ているかのどちらかでしょう。

 とにかく僕は携帯電話を握り締めながら祈る気持ちで警察の到着を待ちます。
 警察ー!
 早く来てくれえー!
 実際に警察官が駆けつけてくれるまで5分だったのか10分だったのか分かりませんが、僕にはとてもとても長い時間に感じられました。

 そして……ふいに外が静かになりました。
 そしてそれまでは聞こえなかった大人の男性の声が聞こえ、男たちに何やら話しかけている様子が伝わってきます。
 そして……ピンポン!
 呼び鈴が鳴らされました。

「警察です。大丈夫ですか?」

 僕は慌ててトイレから出ると、玄関のドアを開けようとして思いとどまりました。
 ほ、本当に警察か?
 警察のフリをしてドアを開けさせようとする男たちの謀略ぼうりゃくじゃないのか?
 だ、だまされんぞ!

 僕はのぞき穴から恐る恐る外の様子を確かめます。
 そこには確かに警察の制服に身を包んだオジサンが立っていました。
 僕は2秒でドア・チェーンを外してドアを開けました。
 た、助かった!
 きっと何人ものマッチョな警察官が駆けつけてくれたんだ!

「110番されたのはあなたですね」
「……は、はい」

 駆けつけてくれたのはオジサンの警官ひとりだけでした。
 え?
 ウソでしょ?
 他にもっといるんでしょ?

 確かに警察官だし、訓練によって体術を身につけているのかもしれないけれど、どう見ても普通のオジサンです。
 若い男2人を相手に戦えるようには思えません。
 特殊部隊SATを呼んで!(泣)

 なんて馬鹿なことを思っていると、警察官の後ろの方に先ほどの男たちが立っているのが見えます。
 男たちはさっきの不遜ふそんな様子とは180°打って変わり、意気消沈してうなだれていました。
 ど、どういうこと?
 もしかしてすでにこの警察のオジサンに一発食らって戦意喪失したとか?
 混乱する僕に警察のオジサンは言いました。

「どうやら彼ら、あなたの家と隣の家を勘違いしたみたいなんですよね」

 ……はい?
 僕は唖然としました。
 警察のオジサンの説明によると、男たちは僕の隣の部屋に住む人の友人だったのです。
 彼らはその友人の部屋に遊びにきたのですが、部屋を1つ間違えて僕の部屋を訪ねたそうなのです。
 
 そ、そうならそうと早く言えよ!
 ドアノブをガチャガチャやっていたのも、「開~け~ろ~」等も、友人同士の「ウェ~イ」的な悪ふざけのノリだったのです。
 僕の「どちらさまですか?」「や、やめろ!」等の声もドア越しでしたので、その友人の声だと勘違いしたそうです。
 僕はズッコケそうになりました。

「ダメだろ君たち。こんな真夜中に知らない人がドアをガチャガチャしてたら誰だって怖いに決まってるんだから」
「はい。すみませんでした」

 警察のオジサンに説教され、男たちはすっかりうなだれていました。
 男たちは僕に向かって頭を下げ、反省した様子で謝罪を述べます。
 僕も会釈えしゃくを返しました。
 男たちはスゴスゴとその友人の部屋の中へと退散していきます。
 
「これでもう大丈夫かな。じゃあもう遅い時間だから戸締まりはしっかりね」

 ニコやかにそう言うと警察官のオジサンは自転車で帰って行きました。
 僕は部屋に戻り、ドアの鍵をしっかりと閉めて居間に腰を降ろしました。
 はぁ……ため息しか出ません。
 すっかり疲れ切ってしまいました。

 な、何だったんだこの時間は。
 本当ならもうスヤスヤと安眠している時間だったのに。
 そう考えていると今頃になって腹が立ち、ムカムカしてきました。

 オラァァァァァァ!
 瞬獄殺くらわせたろかいっ!
 隣の部屋の方向の壁に向かってシャドウ・ボクシングを繰り返しながら、戦闘力たったの5の僕は鼻息荒く……すぐに疲れて眠りにつきました。

 以上が、僕が人生で初めて110番で警察を呼んだ真夜中の出来事でした。
 こうして話してみるとアホくさい話ですが、当時はガチで怖かったんですよ。
 でも僕、思うんです。
 もしあの時、僕がドアを開けて外に出ていたとしたら、悪ふざけウェ~イなノリの男たちは……。

「ヒャッハー開~け~ろ~。(ガチャッ)あ、ああ。間違えましたサーセン」

 というジャンガジャンガ的な恥ずかしい空気が流れたことでしょう。
 それはそれで面白そうだな。
 まあ僕は絶対に扉は開けなかったでしょうけど。

 さて、当時のことを思い出していたら何だか疲れて眠くなってきました。
 皆さんも困った時には警察の力を借りて下さい。
 自分では人生最大の危機と思っていた出来事が、アホみたいにあっさりと解決することもありますので。

 では、おやすみなさい。
 今宵こよいもいい夢を。
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