Pillow Talk

枕崎 純之助

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第2夜 小学生時代に体験したタイムリープの話

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 こんばんは。
 枕崎まくらざき 純之助です。
 またお会いしましたね。
 皆さん、寝る準備はOKですか?

 ところで皆さん。
 タイムリープってご存知ですか?
 『時をかける少女』とかで題材になっている、現在・過去・未来を行き来するアレですね。

 皆さんはタイムリープってしたことありますか? 
 僕はね、あるんですね。
 いや、何言ってんのコイツとか思わないで下さいね。
 ブラウザバックで退場するのもナシですよ。

 僕ももういい年した大人ですから、そんな架空かくうの話を真顔で語ったりしませんよ。
 ただね、あれは一体何だったんだろうという出来事が頭の中に残っています。
 今夜はそのお話をしようと思います。

 おそらく小学校3年生くらいの夏休みの時です。
 僕は当時、水泳を習いにスイミング・スクールの夏季練習に通ってました。
 練習が終わると、そのスクールのマイクロバスに乗って自宅の最寄りの停車場所で降りて帰宅をするというのが決まりなんです。
 
 その日も僕は練習を終えてマイクロバスに乗り込みました。
 時刻はおそらく午後3時くらいだったかと思います。
 マイクロバスは市内をぐるりと迂回し、色々な場所で生徒たちを降ろしていくんですが、僕の降りるバス亭は終点、つまりスイミング・スクールの1個手前なんです。
 
 首都圏にお住まいの人は想像しやすいかもしれませんが、環状になっている山手線で東京駅から隣の有楽町駅に行くのに、わざわざ逆回りの神田駅方面からグルリと回っていく、みたいなイメージです。

 僕がバスに乗っている時間は40分弱です。
 仮にスイミングスクールから自宅まで直接徒歩で帰ると、子供の足で同じくらいでしょうか。
 それでも僕の両親がバスに乗って僕を帰宅させていたのは、小学生が1人で歩くには長い距離で危ないからという親心ゆえでしょう。

 その日、練習で疲れ切っていた僕は一番乗りでバスの座席に腰を下ろしました。
 発車までまだ時間があり、少しずつ生徒たちが乗り始めるのを僕はボーッと見ていたんですが、ようやくバスが走り出すとすぐにウトウトし始めました。
 それでも最初から完全に眠りこんでしまったわけではなく、停車場所で次々と生徒たちが降りていく様子を眠気の中で見つめていましたが、気付くと僕は眠りに落ちていたのです。

 そしてハッと目が覚めたその時、僕はスイミング・スクールで停車しているバスの中にいました。
 やっちまった!
 僕はすぐにそう思いました。
 僕は自分がバスに乗ったまま眠りに落ち、所定の停車場所で降りずに一周してそのままスイミング・スクールに戻って来てしまったことを悟ったのです。

 どうやら小さな子供だった僕がイスの陰に隠れるようにして眠り込んでしまっていたため、運転手さんは気が付かないままスクールに戻って来てしまったようなのです。
 子供心に僕は思いました。
 何で降りなかったんだと運転手のオジサンに怒られる!

 実際はそんな風に怒ったりはしないでしょうけれど、僕は何だかビクビクしてしまい、運転席に座るオジサンにバレないようにサッとバスを降りました。
 とりあえずオジサンに声をかけられることはなかったのですが、次に僕が心配したのは母親に怒られるということでした。
 決まった時間に息子が帰って来ないんですから母親も当然心配するでしょうし、怒ると思います。
 スイミング・スクールの前で僕は即座に決断しました。

 今さらもう一度バスに乗って戻る時間的余裕はない。
 少しでも早く家に帰らなくちゃ!
 僕はそう思い、徒歩ではなく駆け足での帰宅を敢行かんこうします。
 当時はもちろん携帯電話も無かったですし、公衆電話で電話をしようにもお金もなく、何より不安でいっぱいの僕はそんなことにまで頭が回りませんでした。

 幸いにして道順はそう難しくなく、小学生の僕でも記憶をたどって帰宅できる程度の距離でした。
 ですが何か自分がとても悪いことをしているような気がして、不安で泣きそうになりながら家路を走りました。
 そして無事に帰宅し、恐る恐る玄関のチャイムを鳴らしたのです。

 母親が怒りの表情で出てくることを想像し、僕は身構えました。
 謝らなくちゃ。
 ちゃんと事情を説明しなきゃ。
 そんなことを思っていた僕ですが、母親は笑顔で僕を迎えてくれました。

「おかえり」

 何でこんなに遅くなったの!
 今までどこで何をしていたの!
 そんな言葉を予想していた僕は拍子抜けをして思わずたずねてしまいました。

「お母さん。僕のこと怒らないの?」
「え? 何で? 怒られるようなことしたの?」

 母親は僕が何を言っているのか分からないというような顔をしました。
 僕は不思議に思い、言葉を募らせます。

「だ、だって僕、こんなに遅い時間になっちゃったし……」
「遅い? 別に遅くないじゃない。いつも通りの時間よ」

 ……えっ?
 僕は一瞬、呆気あっけにとられました。
 その時、僕が時計を見たかどうかは定かな記憶がないんですよね。
 だけど母が言うには僕はいつもの時間通りに帰ってきたと言うんです。
 そんなはずはない。

 僕はバスから降り忘れて一周してしまい、戻ったスイミング・スクールから自分の足で帰ってきたはずです。
 子供の足なら徒歩で40分はかかる道のりを。
 駆け足とはいえ、30分以上は帰宅時間をオーバーしているはずでした。

 そのことを母に話すと、それは撲がバスで寝こけている間に見た夢じゃないかとか言うんです。
 寝ぼけながらいつもの停留所で降りたのだと。
 そんなはずはないんですよ。
 駆け足で帰ってくる道順は鮮明に覚えていたし、逆にいつもの停留所で降りた記憶はまったくないから。
 ロスしたはずの30分を僕は一体どうやって取り戻したというのでしょうか。
 僕は混乱しました。

 でも母に怒られずに済んだという安心感から、それ以上の押し問答をすることはなかったし、母もそれ以上はこの話題を口にしなかったんです。
 真相はやぶの中です。

 だけど、その後も僕は自分が体験したこの奇妙な出来事のことを時々思い出しました。
 そして思春期になる頃には、これはタイムリープなんじゃないか、なんて考えるようになったんですね。
 僕はスイミング・スクールからの帰り道の間に、30分前の時間に戻っていたんだ、って。
 もちろんそんなことはないんですけど、思春期特有のそういう出来事を信じたくなる心理が働いて、僕はしばらくタイムリープ体験のことを特別視するようになりました。

 そりゃあ心底タイムリープなんてものを信じていたわけじゃないですよ。
 だけど自分は特別な体験をしたんだと思い、内心で得意になっていたのは否定できません。
 そんなちょっとイタイ10代でした。

 だいぶ後になって母親に当時のことを聞いてみたことがあるんですよ。
 そしたら母はその時のことを覚えていて、変なことを言う子だと思ったらしいです。
 でも、大人になってみて冷静に考察してみると、ある可能性にたどり着くんですよね。

 もしかしたら僕はあの日のスイミング・スクールで、バスに乗ってすぐに眠ってしまったのではないかと。
 そして目覚めるまでのほんの短い間にバスが順路を一周した夢を見たんじゃないかと。
 多分、ここで寝ていたのはバス発車前のせいぜい数分程度のことだったのでしょう。
 長い夢を見ていたと思ったらほんの数分寝ていただけ、などということはたまにありますからね。

 そして目覚めた僕は寝過ごしてしまったと思って慌ててバスを降りた、と。
 本当はまだ発車する前のバスから。
 そして駆け足で家に帰ったから、本来のバスに乗って帰宅するのとほぼ同じ時間に帰れたのではないか、と。
 そんなふうに思うんです。

 要するにですね。
 何が言いたいのかというと、あれはタイムリープではなく、ただのスリープだったのです。
 オチもついたので今夜はこの辺で。


 今夜もお読みいただきまして、ありがとうございます。
 最後の考察はあくまでも僕の推測すいそくです。
 どんな要因がからみ合ってあのような出来事がおきたのかは、今でも分かりません。
 まあ不思議は不思議として変に考察などせず思い出に残しておいたほうがいいのかもしれませんね。

 そろそろ皆さんも眠くなってきたことでしょう。
 ところで、眠るとあっという間に朝になりませんか?
 それはね、タイムリープですよ。
 ふふふ。

 ではおやすみなさい。
 またいつかの夜にお会いしましょう。
 今宵こよいもいい夢を。
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