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起の巻 桜を手に入れろ

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「アル。花見をするわよ」

 唐突にそんなことを言い出すのはいつも決まってミランダだ。
 彼女はいつも唐突で、僕はそんな彼女に振り回される。
 
 ここはやみ洞窟どうくつ
 いつものようにNPCノン・プレイヤー・キャラクターの僕とミランダはこの本拠地で通常業務にいそしんでいた。
 ここを訪れるプレイヤーたちを返り討ちにするのがミランダの主たる仕事だ。
 今日もミランダは絶好調で、すでに3人のプレイヤーをほうむり去っていた。
 そしてそんな仕事の合間に彼女はいきなり冒頭のセリフを口にしたんだ。

「え? お花見?」
「何よ。あんた花見も知らないの?」
「いや、知ってるけどさ」

 春になるとこの地域には多くの桜が咲き乱れる。
 この洞窟どうくつから少し行ったところにある城下町にも多くの桜の木があって、その花を見ながら人々が集まって楽しく食べたり飲んだりするんだ。
 それは毎年、大勢の人々が集まるイベントだった。

 この洞窟どうくつに常駐する僕はもちろん花見に参加したことはないけれど、桜の花がとても綺麗きれいに咲き誇る時期にタイミング良く城下町を訪れた時には、必ず足を止めて桜を見る。
 普段からこの薄暗いやみ洞窟どうくつに住んでいる僕にとってうららかな陽気の中で桜の花を見る、なんてことはめったにないことなんだ。
 だから、そういう時はとても幸せな気持ちになるよ。
 あれだけ多くの人が花見をしたがる理由もよく分かる。
 だけど……。

「ミランダ。花見なんて興味あったっけ?」

 やみの魔女と人々に恐れられるミランダはこの洞窟どうくつの主だ。
 僕と同様に青空の下で桜を見るなんてこととは無縁の存在だった。
 そんな彼女がいきなり花見なんてことを言い出すなんて、一体どういう心境の変化だろうか。

「別に。花なんか興味ないけどさ、私もあんたの主人としてたまには家来をねぎらってやろうと思って。要するにあんたの慰労会いろうかいを開いてやろうって言ってんの。泣いて感謝しなさいよね」
「そ、そうなの?」

 例によって傲慢ごうまんな口ぶりだけど、まさかミランダがそんなふうに僕のことを考えてくれていたなんて。
 ちょっと感激。
 しかし花見シーズン真っ盛りの今、城下町の中央公園などの桜スポットはもうすでに大勢の人で埋まっているだろう。
 今さらノコノコ出かけていって花見の場所を確保できるとは思えない。
 そのことをミランダに伝えると彼女は黄金色にかがやく瞳に強い光をたたえ、憤然と胸をらして言った。

「何でこの私がわざわざ出向かなきゃいけないのよ。桜のほうからこっちに来るべきでしょ」

 ……コノヒト、ナニイッテルノ?

「花見はここでするわよ」
「こ、ここで? どうやって? 桜ないじゃん」
「桜はあんたが持ってくるのよ。アル」
「い、いやいや。城下町の桜は勝手に枝を折って持ってきたりしたらいけないんだよ。条例違反で罰せられちゃうから」

 そう言う僕にミランダは緑がかった黒髪を無造作にかきながら肩をすくめてため息をつく。

「はぁ~。あんたって本当にスケールの小さな男ね。枝一本持ってきてどうすんのよ。桜の木を丸ごと一本持ってきなさい」

 無理に決まってんだろ!

「というわけだからアル。とっとと外出申請して桜持ってこーい!」

 おい。
 僕をねぎらうんじゃなかったのか。
 なぜ自分の慰労会いろうかいの準備を自分でせねばならぬのか。
 しかも桜の木を一本丸ごととか正気か。

 とにかく僕はミランダのムチャぶりを受けて、どうにかして桜を調達してくることになった。
 城下町以外にも近辺の野山に桜は咲いている。
 そうしたものだったら枝を1本、2本拝借することは法で禁じられてはいない。
 だけど桜はむやみに枝を折ったりすると、病気になって枯れてしまうことがあると以前に聞いたことがある。
 そんなことはすべきじゃないな。

 そもそも太陽の光が必要な桜を、やみ洞窟どうくつの中で見るってのが土台無理なんだ。
 やっぱりミランダをどこか桜の見られる場所に連れ出す方がよほど現実的だよね。
 そんなことを考えながら僕がうつむきがちに街道を歩いていると、ふいに前から声をかけられた。

「よう。アルフレッド」

 僕が顔を上げると、そこには長身の女戦士・ヴィクトリアが立っていた。
 健康的な褐色かっしょくの肌と燃えるような赤毛が特徴的な彼女は、オレンジ色の瞳を僕に向けて快活な笑みを浮かべている。
 彼女は僕が以前に天国の丘ヘヴンズ・ヒルというゲームに出張した時に、危機を救ってくれた恩人であり僕の大切な友達の1人だった。

「ちょうどおまえのところに遊びに行くところだったんだよ。どこかに行くのか?」

 前回の一件以来、彼女はこうしてよく僕を訪ねて来てくれるようになった。

「実は……かくかくしかじかで」

 そう言って僕はミランダから突きつけられた無理難題の件をヴィクトリアに話した。
 それを聞いたヴィクトリアはあきれて肩をすくめる。

「相変わらず無茶言ってやがるな。あの高飛車女は」
めずらしくミランダが花見なんてなごやかなイベントをやろうと言い出したから、とにかく桜を何とかして調達してきてあげたいのは山々なんだけど……」

 そう言う僕にヴィクトリアは自分の胸をドンッと拳で叩いた。

「水くさいなアルフレッド。アタシに任せな。桜の一本くらいおのでぶった斬るなり引っこ抜くなりして、持っていってやる」

 な、何という力技思考。
 まあ人並外れた腕力と体力を持つヴィクトリアならではの考え方だけど、でもそんなことをしたらその桜は枯れて死んでしまう。
 いくら植物とはいえ、僕らの花見のためだけにそんなことをしてしまうのは忍びないし、身勝手すぎると思うんだ。

「ヴィクトリア。せっかくの申し出はありがたいんだけど、僕の考えは少し違うんだ」

 桜には苗木なえぎというものがある。
 大地に根付く立派な桜を大人の木としたら、はちに植えられた苗木なえぎは子供の木なんだけど、それでも綺麗きれいな花は咲かせる。
 要するに室内でも花見が出来るように鉢植はちうえの桜があるってことだ。

 そういう桜の苗木なえぎが城下町で売っているのを見たことがある。
 それを買っていこうかと思ってるんだ。
 それだったら花見が終わった後、日の当たる近隣の野山に植樹できるし。
 だけど僕の考えを聞くとヴィクトリアはまゆひそめた。

「そんなんであのミランダが納得するかぁ?」
妥協だきょうしてもらうしかないね。まあ嫌味のひとつも言われるだろうけど」
「いや、嫌味じゃすまないだろ。ビンタ食らうぞビンタ」

 ヴィクトリアはなかば面白がるようにそんなことを言う。
 い、いくらミランダでもそこまでは……しないはずだよね?
 手痛いビンタを浴びるところを想像して思わず身をすくめつつ、僕はそれでも城下町に足を向けた。

「とにかく城下町へ行ってみるよ」
「ならアタシもついていくぜ。どうせヒマだしな。荷物持ちくらいしてやるよ」

 そう言うヴィクトリアと連れ立って僕は城下町を目指した。
 それからおよそ20分後。

 僕とヴィクトリアが大門をくぐって城下町へ入ると、町の中は相変わらず人でごった返していた。
 お花見シーズンだから、とにかく人出が多い。
 バレンタインの時もそうだったけど、この街はイベントにとても熱心だ。
 僕はヴィクトリアをともなって人の流れの中を進み、以前に桜の苗木なえぎを販売していたのを見たことのある造園センターを訪れた。
 だけど……。

「ごめんなさいねぇ。桜の苗木なえぎは売り切れちゃったのよ。この時期はいつもこうだから、予約をしておいたほうがいいわよ」

 接客してくれた店員のおばさんは申し訳なさそうにそう言った。
 そっか……そうだよね。
 まさに桜のシーズン真っ盛りだもんね。
 今日になるまでまさか自分が花見をすることになるなんて夢にも思っていなかった僕は、完全に出遅れていた。
 それから僕らは何軒かのお店を回ってみたけれど、どこも桜の苗木なえぎは売り切れていた。

「まいったなぁ。どこにも売ってないや」
「なあアルフレッド。もう面倒だからあそこの桜を引っこ抜いていこうぜ」

 そう言ってヴィクトリアは通りの向こう側にある公園に咲いている桜を指差した。
 その近くでは大勢の花見客が楽しんでいる最中だった。
 花見客の間にズカズカと割り込んであれを引っこ抜いていくとか、傍若無人ぼうじゃくぶじんにもほどがあるぞ。

「い、いやダメだから。罰せられるだけじゃなく人々の大顰蹙だいひんしゅくを買うよ」

 街の人々から総スカンを食うこと間違いなしだ。
 ヴィクトリアもミランダに負けず劣らずムチャクチャ言うなぁ。
 しかし、こりゃもうお手上げだな。
 桜を買って帰るのは無理そうだし、かと言って今からこの城下町で花見の場所取りをするのはもっと無理そうだ。
 そもそもミランダは出掛けたくないと言ってるし。

 仕方ない。
 桜の写真でも撮って帰るか。
 素直に謝ればミランダも許してくれるだろう。
 ビンタはともかく、軽めのお仕置きをされるくらいで(涙)。
 そう覚悟をして僕はヴィクトリアに声をかけようとしたけれど、何を思ったのか彼女はズンズンと大股で公園に向かっていく。

「ヴィクトリア? どうするつもりなの?」
「場所を譲ってもらえないか、花見客に頼んでみる」
「ええっ? いや、無理でしょ」

 公園は人でぎっしり埋まっていて、もう入るすきはない。
 譲ってくれる人がいるとは思えないよ。
 でもヴィクトリアは気楽な調子で手を振った。

「このままじゃどうしようもねえだろ。アルフレッドは念のため他の店を回って苗木なえぎを探してきてくれ。30分後にそこの公園で待ち合わせな」

 そう言うとヴィクトリアは有無を言わせぬ調子で公園へと向かっていってしまった。
 僕はその背中を見送りながら気を取り直して自分も歩き出す。
 そうだね。
 無理だとしてもやれるだけやらないとね。
 中心部だけじゃなく街外れの方のお店にも足を向けてみるか。
 そう思って歩き出した直後、僕は背後から誰かに呼び止められたんだ。

「そこの若者。桜を探しておるのかね?」

 その声に振り返ると、そこには1人のおばあさんが立っていた。
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