蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

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第145話 逃避行の行方

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「お2人とも。ここで少しばかり休憩を」

 馬車を止めて御者台から中をのぞき込むと、リビーや小姓こしょうらに付き添われたヴァージルとウェンディーは共に疲れた表情をしていた。
 ゆうべから馬を休ませつつ、夜通し走り続けており、2人とも馬車に乗ったままでロクに眠ることも出来なかったのだ。
 今、馬車は街と街の間に存在する小さな宿場町に到着していた。
 パストラから出て港町のバラーディオに向かう道中のちょうど半分ほど来たところだ。

 宿が5つほど集まっただけの簡素な宿場町だが、それでも人通りの多い街道であるため、利用客はそれなりに多い。
 とりあえずここで2時間ほど仮眠を取るべきだと思い、ジリアンは皆を連れて宿の一室を借りた。
 ヴァージルはジリアンらに礼を言って、ウェンディーの手を引いてベッドに横たわる。
 よほど疲れていたようで、2人ともすぐにスゥスゥと寝息を立て始めた。

「ワタシらも交代で少し休もう」

 そう言うとジリアンとリビー、それから2人の小姓こしょうらは半分ずつ交代で眠りにつく。
 壁に背を預けて座り込んだ格好で眠る同僚のリビーを尻目しりめに、ジリアンは部屋の入口近くの椅子いすに腰をかけた。

(ここまでは順調だ。しかし油断は出来ない)

 ジリアンはパストラ村を出ることとなった昨日の昼間に、共和国首都より届いたクローディアの手紙を受け取っていた。
 行方ゆくえ不明になっていたプリシラとエミルのうち、プリシラは無事にボルドが保護したとのことだが、エミルはいまだ消息不明であり、王国のチェルシー将軍に捕らえられた恐れがあるとのことだった。
 ヴァージルとウェンディーにも敵の手が及ぶかもしれないのでパストラに追加の護衛を送るという一報を受け取ってすぐ、あの伝染病騒ぎが起きたのだ。

(考えてみれば色々と妙だ。確証はないが、敵の手が少しずつ迫っている気がする)

 ジリアンはベッドで眠る幼い兄妹を見る。
 本当ならば親元でしっかりと守ってやりたいが、共和国首都にももうすでに多くの間者かんじゃまぎれ込んでいる恐れがある。 
 2人を少しでも安全な場所に逃がすのが、自分の役目だ。 

 ジリアンは改めて自分を律する。
 油断せずに万難を排することが自分の務めであり、今あの2人の兄妹が頼れるのは自分達だけなのだと、きもめいじるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆
 
 共和国の街道から南に外れた森林地帯。
 すぐ背後には山脈が南北に走っている。
 その森の中で息を潜めるようにしている一団がいた。
 王国軍のチェルシー将軍がひきいる部隊だ。

 20名ほどの集団は全員が頭に頭巾ずきんを被っており、火もかずに木漏こもれ日の中でじっとしていた。
 見張りの3名ほどを除いて皆、眠っているのだ。
 日のしずんだ夜間に行動しているその一団は、昼の間はこうして人目につかない場所で休息を取っていた。
 ふと、眠っている者たちの中の1人が音もなく立ち上がる。
 この部隊の副官であるシジマだ。

 本来の白髪を頭巾ずきんかくした彼は近くの木に歩み寄った。
 そして音も立てずにスルスルと木をよじ登って行く。
 木の上に陣取ったシジマがそのすぐれた視力でとらえたのは、青空に立ち昇っていく煙だ。
 それもひとすじだけではなくいくつも見える。

(……宿場町だな)

 共和国内の地形と地図はすでに頭の中に叩き込まれている。
 だが地図は絶対に正確というものではないし、時折こうして方角や実際の地形を確認して、自分たちが地図上のどの場所にいるのかを把握はあくしておく必要があるのだ。

(買い出しと情報収集をしておくか)

 迅速じんそくな移動のために武器弾薬以外の荷物は最低限にしてある。
 水や食糧などは基本的に現地調達だ。
 その多くが協力者からの支給に頼ることになるが、それだけでは不十分だった。

 シジマは木から静かにすべり降りる。
 するとすでにショーナが目を覚ましており、それにともないチェルシーも起き出してきた。
 シジマは上官の前に歩み寄るとひざを着いてこうべれる。

閣下かっか。地図通り、2キロほど先に宿場町があります。不足物資の買い出しと情報の仕入れに行ってきてもよろしいでしょうか」

 その言葉にチェルシーはうなづく。

「許可するわ。もう1人連れて行きなさい」
「ではワタシが共に参ります。何かあればワタシの力で部下に伝えますので、中継役としてここと宿場町の中間点に1人、ワタシの部下を置かせていただきます」

 ショーナがそう申し出る。
 彼女は黒髪術者ダークネスである。
 さらにこの部隊には彼女の直属の部下である黒髪術者ダークネス2名が帯同していた。

 熟達した黒髪術者ダークネス同士は物理的な距離が離れた場所でもたがいに意思の交信が出来る。
 ただしあまり距離が離れ過ぎているとそれも難しいが、ショーナは1キロほど先の黒髪術者ダークネスに自身の意思を伝えることが容易に出来た。

「もう力は戻っているの?」

 チェルシーはショーナにそうたずねた。
 先日の谷での戦いで、信じ難い覚醒かくせいと暴挙を見せたエミル。
 そのすさまじい黒髪術者ダークネスの力の影響を受けたショーナやその部下の黒髪術者ダークネスらは一時的に力を失った。
 あの戦いの翌日などは丸一日まったく力を使えないほどだったのだ。

「完全ではありませんが、たがいの意思疎通くらいならば問題はありません。すでに部下たちとも確認済みです」

 そう言うとショーナは立ち上がった。
 そしてシジマと共にチェルシーに一礼すると、部下たちに命令を伝えに行くのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 宿場町の宿。
 先に仮眠を取ったリビーが1時間ほどで起きてジリアンと見張りを交代した頃、すっかり寝入っているヴァージルのとなりでウェンディーがモソモソと起き出した。
 リビーはヴァージルを起こさぬよう小声でウェンディーに声をかける。

「どうされましたか?」
「……おしっこ」

 そう言うウェンディーの手を取り、リビーは部屋を出て宿の1階にあるかわやへと向かうのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

「本当にあんなうその報告しちまって良かったのか? マージョリーの奴、契約違反だと騒ぐぞ」 

 宿場町の宿の一室に陣取る2人の男らの1人が、懸念けねんをその顔ににじませてそう言った。
 彼らはマージョリー・スノウの指示を受けてヴァージルやウェンディーらの動向を監視しているヤクザ者たちだ。
 もちろん見た目にはそれと分からぬよう善良な民のよそおいをしている。

 彼らは大統領の子女2人の位置を把握し、逐一ちくいち正確にチェルシーの部隊に伝達する役目をになっている。
 だが、彼らは最新の情報を故意に操作した。
 すでに目標はこの宿場町を後にして港町バラーディオに向かっている、と。
 実際はまだこの宿場町にヴァージルらが滞在しているにも関わらず。

「フン。こういうのは上手く立ち回った者の勝ちなんだよ。先に俺たちでガキ2人を確保して、チェルシーに高く売ればいい。そうすりゃ目的も達成されるし、俺らの実入りも増える。賢くやろうぜ。上の命令をヘコヘコ聞いているだけじゃ、この世界じゃ永遠に上に上がれねえぞ」

 いやしい野心をその目に宿し、男は意気揚々いきようようと相棒にそう言った。

「ダニアの女が護衛に付いているとはいえ、たったの2人だ。こっちは15人の手勢を用意している。楽勝だぜ」

 その相棒の言葉に不安をぬぐい切れず、もう1人の男は2階の部屋の窓から外の通りを見下ろした。
 ちょうど向かいの宿からヴァージルやウェンディーが護衛らにともなわれて出て来たところだ。

「動き出したぜ」
「腹をくくれ。甘い汁を吸えるのは修羅場しゅらばを乗り越えた奴だけだ」

 男たちはうなづき合うと、すぐに行動に出るのだった。
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