40 / 50
第140話 エミルとヤブラン
しおりを挟む
ヒバリとキツツキが野盗らの死体を順番に片付けていく。
すべてオニユリが一丁の拳銃で撃ち倒したものだ。
哀れにも射殺された死体は、街道脇の林の茂みの中に打ち捨てられる。
額に汗を浮かべながら、2人の白髪の若者たちは主であるオニユリの元へ歩み寄って来た。
「すべて片付けました。姉上様」
「ご苦労様」
「穴を掘って埋めなくてよろしいのですか?」
「大丈夫よ。そんなことしていたら時間ばかりかかるわ。今この公国は戦時中なんだから、兵士や軍馬の遺体があっても何もおかしくないでしょ」
そう言うとオニユリは月明かりの下に横たわる馬が尻から血を流して苦しんでいるのを見下ろした。
「あらあら。かわいそうに。すぐに楽にしてあげるわね」
そう言って腰帯から短剣を引き抜くと、オニユリはそれで馬の首を深く切り裂いた。
馬は首からおびただしい量の血を流し、体を痙攣させながら息絶える。
次にオニユリは絶命した馬の尻の傷に短剣を突き立てると、肉にめり込んだ鉛玉をえぐり出した。
そして血まみれの弾丸を布に包むとヒバリに投げ渡す。
「この馬は矢に当たって死んだのよ」
そう言うオニユリに頷き、ヒバリは鉛玉を懐にしまう。
そしてキツツキは近くの地面に落ちている矢を拾い上げた。
先ほど野盗らが放ってきて外れたものだ。
キツツキはその鏃を馬の尻の鉛玉をくり抜いた傷口に突き立てた。
矢に刺されたことを偽装するために。
それを見届けるとオニユリは2人の部下に告げる。
「余計な邪魔が入ったわね。先を急ぐわよ。進路を東向きに変更すると御者に伝えなさい。共和国に越境する地点を少し手前に変更するから」
オニユリの指示にヒバリとキツツキは一礼し、馬車へと急ぎ足で戻っていった。
☆☆☆☆☆☆
「あの……」
オニユリと若い白髪の男2人が敵の亡骸を確認するために出て行った後、停車中の車内にはエミルとヤブランが残されていた。
御者は馬がケガをしていないか確認するのに忙しいようで、御者台から降りている。
それを見たエミルが声を潜めてヤブランに話しかけたのだ。
「この馬車は……どこに向かっているの?」
不安そうにそう言うエミルの顔をまじまじと見つめながらヤブランは逆に聞き返した。
「あなた、オニユリ様から何も聞かされていないの?」
「うん……聞いても教えてくれなくて」
「そう。残念だけど私も知らないわ。あなたと同じよ。教えてもらってないの」
「そうなんだ……」
悄然と目を伏せるエミルに、ヤブランは気になっていたことを聞いた。
先日見た、寝室でエミルに添い寝をするオニユリの姿が脳裏にちらつく。
「ところで……こんなこと聞いていいのか分からないけれど、あなた……オニユリ様から何かされた?」
聞きにくそうにそう尋ねるヤブランに、エミルは息を飲んで首を横に振る。
オニユリはエミルのいる寝室で添い寝などをしてくるものの、エミルには指一本触れてこない。
エミルのその反応にヤブランは安堵したように息を吐いた。
「そう。幸運だったわね。でもオニユリ様には……気を許さないほうがあなたのためよ」
ヤブランの言葉にエミルは意外そうな顔を見せる。
「どうしてそんなことを君が僕に?」
「私はオニユリ様の元々の部下じゃないわ。あの方は本来なら女を傍に置いたりしないもの」
その話にエミルは怪訝な表情を見せた。
それならばヤブランはなぜ急に同行することになったのだろう。
普段は女性を傍に置かないというオニユリが急にヤブランを徴用したのは不自然だ。
そんなことを考えていると馬車の外から足音が聞こえてきた。
オニユリたちが戻ってきたのだ。
ヤブランは声を潜めて言った。
「今の話は秘密よ。私も誰にも言わないから」
そう言うヤブランにエミルは戸惑いながら頷く。
するとヤブランはスススッと車内の離れた場所に移動し、何事もなかったかのようにすまし顔で座るのだった。
すぐにオニユリたちが戻って来て、馬車は再び出発した。
☆☆☆☆☆☆
夜が明けていく。
幾度かの休憩を経て移動を続けていたアーシュラ一行は、公国領の大地を大きな問題もなく進み続けていた。
御者を交代しながら進む中、現在の当番であるエリカとハリエットは、朝日に照らされて浮かび上がる前方の光景に訝しげな顔をする。
「ね、ねえエリカ。あれ」
「うん。何かいるね」
2人は荷台で仮眠を取る上官と仲間たちに声をかけた。
「アーシュラ隊長! みんな! 起きて!」
その声に一番最初に反応して顔を出したのはアーシュラだ。
「どうしましたか?」
そう尋ねるアーシュラはエリカたちの返答を待つまでもなく状況を理解した。
前方の地面に何かが倒れている。
大きな動物のようだ。
「あれは……馬ですね。ハリエット。あと100メートルほど進んだら馬車を止めて下さい」
そう言うとアーシュラは目を閉じて黒髪術者としての力を研ぎ澄ませる。
現場に殺意と絶望のニオイが色濃く残っていた。
もちろん鼻で嗅ぎ取るニオイではない。
黒髪術者として感じ取るニオイだ。
それは戦場で嫌というほど感じたものだった。
(ここで戦いがあり、誰かが命を落とした)
馬車が止まり、アーシュラは目を開けた。
十数メートル先に馬が横たわっている。
すでに息絶えているようだった。
アーシュラは部下たちに告げる。
「プリシラ、エステル、オリアーナはワタシと共にこの辺りを調査します。エリカ、ハリエット、ネルの3名は周囲を警戒し、馬車の警護を」
隊長の命令を受けて6名の部下たちはそれぞれ動き出すのだった。
すべてオニユリが一丁の拳銃で撃ち倒したものだ。
哀れにも射殺された死体は、街道脇の林の茂みの中に打ち捨てられる。
額に汗を浮かべながら、2人の白髪の若者たちは主であるオニユリの元へ歩み寄って来た。
「すべて片付けました。姉上様」
「ご苦労様」
「穴を掘って埋めなくてよろしいのですか?」
「大丈夫よ。そんなことしていたら時間ばかりかかるわ。今この公国は戦時中なんだから、兵士や軍馬の遺体があっても何もおかしくないでしょ」
そう言うとオニユリは月明かりの下に横たわる馬が尻から血を流して苦しんでいるのを見下ろした。
「あらあら。かわいそうに。すぐに楽にしてあげるわね」
そう言って腰帯から短剣を引き抜くと、オニユリはそれで馬の首を深く切り裂いた。
馬は首からおびただしい量の血を流し、体を痙攣させながら息絶える。
次にオニユリは絶命した馬の尻の傷に短剣を突き立てると、肉にめり込んだ鉛玉をえぐり出した。
そして血まみれの弾丸を布に包むとヒバリに投げ渡す。
「この馬は矢に当たって死んだのよ」
そう言うオニユリに頷き、ヒバリは鉛玉を懐にしまう。
そしてキツツキは近くの地面に落ちている矢を拾い上げた。
先ほど野盗らが放ってきて外れたものだ。
キツツキはその鏃を馬の尻の鉛玉をくり抜いた傷口に突き立てた。
矢に刺されたことを偽装するために。
それを見届けるとオニユリは2人の部下に告げる。
「余計な邪魔が入ったわね。先を急ぐわよ。進路を東向きに変更すると御者に伝えなさい。共和国に越境する地点を少し手前に変更するから」
オニユリの指示にヒバリとキツツキは一礼し、馬車へと急ぎ足で戻っていった。
☆☆☆☆☆☆
「あの……」
オニユリと若い白髪の男2人が敵の亡骸を確認するために出て行った後、停車中の車内にはエミルとヤブランが残されていた。
御者は馬がケガをしていないか確認するのに忙しいようで、御者台から降りている。
それを見たエミルが声を潜めてヤブランに話しかけたのだ。
「この馬車は……どこに向かっているの?」
不安そうにそう言うエミルの顔をまじまじと見つめながらヤブランは逆に聞き返した。
「あなた、オニユリ様から何も聞かされていないの?」
「うん……聞いても教えてくれなくて」
「そう。残念だけど私も知らないわ。あなたと同じよ。教えてもらってないの」
「そうなんだ……」
悄然と目を伏せるエミルに、ヤブランは気になっていたことを聞いた。
先日見た、寝室でエミルに添い寝をするオニユリの姿が脳裏にちらつく。
「ところで……こんなこと聞いていいのか分からないけれど、あなた……オニユリ様から何かされた?」
聞きにくそうにそう尋ねるヤブランに、エミルは息を飲んで首を横に振る。
オニユリはエミルのいる寝室で添い寝などをしてくるものの、エミルには指一本触れてこない。
エミルのその反応にヤブランは安堵したように息を吐いた。
「そう。幸運だったわね。でもオニユリ様には……気を許さないほうがあなたのためよ」
ヤブランの言葉にエミルは意外そうな顔を見せる。
「どうしてそんなことを君が僕に?」
「私はオニユリ様の元々の部下じゃないわ。あの方は本来なら女を傍に置いたりしないもの」
その話にエミルは怪訝な表情を見せた。
それならばヤブランはなぜ急に同行することになったのだろう。
普段は女性を傍に置かないというオニユリが急にヤブランを徴用したのは不自然だ。
そんなことを考えていると馬車の外から足音が聞こえてきた。
オニユリたちが戻ってきたのだ。
ヤブランは声を潜めて言った。
「今の話は秘密よ。私も誰にも言わないから」
そう言うヤブランにエミルは戸惑いながら頷く。
するとヤブランはスススッと車内の離れた場所に移動し、何事もなかったかのようにすまし顔で座るのだった。
すぐにオニユリたちが戻って来て、馬車は再び出発した。
☆☆☆☆☆☆
夜が明けていく。
幾度かの休憩を経て移動を続けていたアーシュラ一行は、公国領の大地を大きな問題もなく進み続けていた。
御者を交代しながら進む中、現在の当番であるエリカとハリエットは、朝日に照らされて浮かび上がる前方の光景に訝しげな顔をする。
「ね、ねえエリカ。あれ」
「うん。何かいるね」
2人は荷台で仮眠を取る上官と仲間たちに声をかけた。
「アーシュラ隊長! みんな! 起きて!」
その声に一番最初に反応して顔を出したのはアーシュラだ。
「どうしましたか?」
そう尋ねるアーシュラはエリカたちの返答を待つまでもなく状況を理解した。
前方の地面に何かが倒れている。
大きな動物のようだ。
「あれは……馬ですね。ハリエット。あと100メートルほど進んだら馬車を止めて下さい」
そう言うとアーシュラは目を閉じて黒髪術者としての力を研ぎ澄ませる。
現場に殺意と絶望のニオイが色濃く残っていた。
もちろん鼻で嗅ぎ取るニオイではない。
黒髪術者として感じ取るニオイだ。
それは戦場で嫌というほど感じたものだった。
(ここで戦いがあり、誰かが命を落とした)
馬車が止まり、アーシュラは目を開けた。
十数メートル先に馬が横たわっている。
すでに息絶えているようだった。
アーシュラは部下たちに告げる。
「プリシラ、エステル、オリアーナはワタシと共にこの辺りを調査します。エリカ、ハリエット、ネルの3名は周囲を警戒し、馬車の警護を」
隊長の命令を受けて6名の部下たちはそれぞれ動き出すのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
政略婚~身代わりの娘と蛮族の王の御子~
伊簑木サイ
恋愛
貧しい農民の娘で、飢え死にしそうだったところを旦那様に買われたアニャンは、お屋敷でこき使われていた。
ところが、蛮族へ嫁ぐことになったお嬢様の身代わりにされてしまう。
相手は、言葉も通じない、閻国の王子。かの国に生きる人々は、獣の血肉のみを食らって生き、その頭には角が生えていると噂されていた。
流されるまま、虐げられて生きてきた名もなき娘が、自分の居場所を見つける物語。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる