蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

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第139話 混乱に乗じて

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 馬車が大きく揺れた。
 馬たちがけたたたましくいななく。
 なぞの襲撃者たちがはやしたてる声が次々と上がった。

「チッ!」

 オニユリが拳銃を片手に荷台の後方から敵にねらいをつけようとしたが、馬車が大きく揺れているためにそれもままならない。
 そんな姿を横目にエミルは、これは好機だと思った。
 オニユリや白髪の若者たちの目を盗んで行動するには今しかない。
 しかし馬車の車輪が石でも踏んだのか、車体が跳ね上がって思わず舌をみそうになる。

「うわっ!」
「しっかり!」

 倒れ込みそうになるエミルを支えてくれたのはヤブランだ。
 エミルはそんな彼女に小さく会釈えしゃくをしながら、内心であせりを感じていた。

(目印を放り投げるなら今しかないのに、彼女が見ている前じゃ……)

 エミルはズボンのポケットの中で握り込んでいる陶器とうき製の人形を割らないように気をつけながら、何とか出来ないかと思考をめぐらせた。
 ガタガタと揺れる馬車に再び転倒しそうになるのを、足を踏ん張ってこらえる。

(そ、そうだ……)

 エミルは咄嗟とっさに思い付いた。
 そして陶器とうき製の人形を拳の中に握ったままの手をポケットから引き抜いて、口元に当てると、声を出した。
 
「うっ……うぅっ。き、気持ち悪い……」

 そう言うとエミルは背後を振り返り、ほろすそに首を突っ込むようにして荷台の外に顔を出す。
 そして握り込んでいた3つの人形を5秒おきごとに一定の間隔で1つずつ外に放った。

(1つ目……2つ目……3つ目)

 そんなエミルの行動を知らず、馬車の中ではヤブランが彼の背中をでてくれている。

「大丈夫? 舌をまないように気を付けて」

 その優しい声が姉のプリシラを思い起こさせ、エミルは思わず振り返った。
 するとヤブランと目が合う。
 ヤブランはじっとエミルの顔をのぞき込んできた。
 その時、耳をつんざくような銃声が鳴り響き、エミルはたまらず目を閉じる。
 オニユリが外の襲撃者に対して発砲したのだ。

「ぎゃああっ!」

 襲撃者の1人が銃撃を受けて落馬したらしく、悲鳴が遠ざかっていった。
 そして立て続けに銃声が鳴り響く中、ヤブランがソッとエミルに耳打ちする。

「あなた……ダニアのエミルね?」
「えっ……」
「ブリジットとボルドの息子。プリシラの弟。エミルなんでしょ?」

 突然そんなことを言われてエミルは絶句し、目を見開いたままヤブランを見つめた。
 それを肯定こうていとらえ、ヤブランはため息交じりで言った。

「やっぱり……」
「どうしてそんなことを?」

 エミルの問いにヤブランは首を横に振る。
 その時、エミルのすぐ頭上のほろを矢が突き破り、荷台の床に突き立った。

「うわっ!」
 
 思わずエミルとヤブランは首をすくめる。
 それを見たオニユリが血相を変えて声を張り上げた。

「坊や! 頭を低くして! ヤブラン! しっかり彼を守りなさい!」

 そう言うとオニユリは拳銃を左手に握ったまま、揺れる荷台の上を移動して今度は前方の御者台におどり出た。
 発砲音が鳴り響き、襲撃者がまた1人打ち倒される。
 御者台では2人の若い男らが槍を手に、馬や御者に向けて飛んできた矢を懸命に叩き落としていた。
 彼らも一定の戦闘訓練を受けているようだ。

「ほら。頭を下げて」

 すぐとなりでヤブランがエミルにそう言う。
 間近で見る彼女はやはりどこか姉のプリシラに雰囲気ふんいきが似ていて、エミルは思わず彼女の顔に見入ってしまいそうになりながら、必死に頭を下げて姿勢を低くするのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 ヤブランはエミルの体を両手で支えて、自らも馬車の床にせる。
 手から伝わってくるエミルの体は細かった。
 そしてヤブランは先ほどすぐ間近で見たエミルの顔を思い返す。
 美しい黒髪。
 整った顔立ち。

(本当にダニアのエミルなんだ。綺麗きれいな子だな)

 思わずうらやましくなるような美しい少年だったが、同時にその顔は不安と悲しみに染まっていた。
 それを見たヤブランは直感した。
 この子は他の子どもたちと違い、まだ染まっていないのだ。

 オニユリの元にいる子供たちは皆、熱に浮かされたような顔でオニユリを姉上様と呼んでしたっている。
 その反面、誰も彼も正気を失っているかのようにうつろな目をしており、ヤブランはそれが恐ろしかったのだ。
 だが今目の前にいるエミルはまだその目に本来の子供らしい光を宿している。
 正気を保っているのだ。

(この子は……まだ引き返せるのに)

 ヤブランはそんなことを考えてハッと首を横に振る。
 このエミルの行く末は自分には関係ない。
 自分がするべきことは彼をオニユリの下から引き離し、きちんと王国軍の黒帯隊ダーク・ベルトに引き渡すことだ。

 エミルが五体満足で王国に移送されればそれでいいのだ。
 彼の心情をおもんぱかる必要はない。
 ヤブランは気を引き締め、今はとにかくエミルにケガをさせないよう、彼を必死に守るのだった。

☆☆☆☆☆☆

 元・公国兵の男たちは驚愕きょうがくした。
 襲撃した馬車からの思わぬ反撃を受けたからだ。
 それは彼らにとって悪夢の再来とも呼べる出来事だった。
 なぜなら二度と聞きたくないと思っていた銃声が響き渡り、仲間の1人が一瞬で撃ち倒されて落馬したからだ。

「そ、そんな……あの馬に乗っているのは……」

 今は野盗にちた彼らが公国兵であった頃、王国軍との恐ろしい戦いを経験した。
 彼らは銃火器という新型の武器を用いて公国兵らを蹂躙じゅうりんしたのだ。
 鼓膜こまくを破らんばかりの銃声。
 目ではとらえられぬほどの速度で飛ぶなまり玉は一発でやすやすと人の命を奪う。

 そうした武器を操る王国兵の攻撃をかわすことが出来ず、公国兵らは倒されていったのだ。
 野盗らの餌食えじきにされるはずの馬車からの思わぬ反撃を受け、1人また1人と仲間たちが撃ち倒されていく。
 しかも全員が鎧兜よろいかぶとで武装しているにも関わらず、正確にかぶと隙間すきまからのど眉間みけんを撃ち抜かれて即死していくのだ。

「やばい……白い悪魔どもだ」

 馬車の御者台に3名の白い頭髪を持つ人物らが見えると、野盗の1人は恐怖で震え上がった。
 白い悪魔。
 戦場で銃火器を自在に操り、公国兵らを撃ち殺した白髪の一族はそう呼ばれた。
 他の仲間を全て撃ち殺され、いよいよ最後の1人となった野盗は、顔面蒼白になって馬首をめぐらせると一目散に逃げ出した。

冗談じょうだんじゃねえ……冗談じょうだんじゃねえぞおおおおお!」

 だが男の乗る馬のしりに一発の銃弾が命中すると、馬はいななきを上げて転倒する。
 野盗は空中に投げ出された。
 男にとって幸運だったのは、彼は白い悪魔の銃弾を浴びずに済んだということだ。
 なぜならば馬上から振り落とされた勢いで男は頭から地面に落ちて首を折り、その場で絶命したからだった。
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