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第121話 少女たちの乱戦

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「……なるほど。その身に流れるのは自尊心だけではないということですね」

 ネルが地面に降りて奮闘し始めるのを見たアーシュラは少々感心した表情でそうつぶやいた。 
 ネルは確かに優秀な弓の射手だが、その高過ぎる自尊心が彼女の成長の邪魔になるとアーシュラは見越していた。
 だから早々にその鼻っ柱をへし折ることにしたのだが、その後すぐにネルは射撃の調子をいちじるしくくずした。

(意外ともろいと思ったけれど……)

 そこから彼女が立ち直れるかは未知数だったが、意外な形でネルは負けん気の強さを見せてきた。
 今の彼女を突き動かしているのは嫌な上官である自分への反骨精神と、彼女の身に流れるダニアの女としての誇りだろう。
 どんな形でも戦場において敵をほふるのがダニアの女の生き様だ。

(彼女はうまく叩けばもっと強くなる)

 アーシュラの胸に若い頃には感じなかった気持ちがき上がる。
 若者たちを一人前に育てる。
 その生涯をクローディアに尽くすために使うと決め、伴侶はんりょも子も持たないアーシュラにとって、ダニアの若い世代を育てることが存外に面白いかもしれないと感じられた瞬間だった。

(さて、そうなるとこの場をどう切り抜けるか) 

 アーシュラの視線の先、走り回りながら矢を放つネルだが、徐々にその周囲を背紅狼レッド・ウルフらに取り囲まれつつあった。
 このままでは飛びかかられるのも時間の問題だ。
 オリアーナとバラモンも多数の背紅狼レッド・ウルフたちに囲まれている。
 そこで動いたのは……金髪の髪をひるがえしたプリシラだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 プリシラはおどろいていた。
 弓兵のネルが木の上から飛び降りてきて、背紅狼レッド・ウルフらに果敢に立ち向かっている。
 弓兵としてはあり得ない戦い方に初めは唖然あぜんとしたが、敵の攻撃にさらされることもいとわずに背紅狼レッド・ウルフらを撃ち抜いていくネルの闘志を前面に押し出した戦い方を見るうちに、プリシラの胸にも火が着いた。

「みんな! アタシはネルを助けに行くから、3人でここで守り合って!」

 そう言うとプリシラはエリカたちと離れてネルの元へ駆け出した。
 思わずエステルが声を上げる。

「ちょ、ちょっと! 陣形をくずさないで……」

 だが追いすがるようなエステルの声に構わずにプリシラは林の中を駆け抜けた。
 前方の背紅狼レッド・ウルフに弓矢でねらいを付けるネルの背後から、別の背紅狼レッド・ウルフが迫っていたのだ。

「させるかぁぁぁぁ!」

 木々の間をうようにしながらプリシラは短剣を手に突進し、ほとんど背紅狼レッド・ウルフに体当りするような格好でその首すじに短剣を突き立てた。
 背紅狼レッド・ウルフが短い悲鳴を上げる中、赤い血飛沫ちしぶきが噴き出す。
 それでもプリシラは手に込めた力を緩めなかった。
 ジャスティーナならば迷うことなくこうすると自分に言い聞かせて。

「プ、プリシラ……」

 ネルはおどろいた顔で自分を助けた年下の少女を見る。
 そんな彼女にプリシラは声を荒げた。

「馬鹿じゃないの! 弓兵なのに近接戦闘なんて!」
「し、仕方ねえだろ! ガキはだまってろ!」
 
 ネルもムキになるが言い合っているひまはない。 
 すぐに彼女の前方から背紅狼レッド・ウルフが迫ってきた。

「ネル! 前!」
「うるせえ! 分かってるよ!」

 プリシラが声を上げるまでもなく、ネルは矢を放って前方から迫って来る背紅狼レッド・ウルフの頭を貫いた。
 そしてプリシラも死んだ背紅狼レッド・ウルフの首すじから短剣を引き抜くと、刃に付着した血を振り払って次の敵をねらう。 
 そんな彼女たちの躍動する姿を見て、エリカやハリエットは顔を見合わせると声を上げた。

「アタシらも行くよ!」
「エステル! 自分の身は自分で守りな!」

 プリシラやネルの奮闘に血が騒いだのか、エリカもハリエットも自ら背紅狼レッド・ウルフに向かっていく。
 残されたエステルは不満げに声を上げた。

「何なんですか! これじゃただの乱戦だ! 頭を使いなさい!」

 そんなエステルの元に背紅狼レッド・ウルフらがにじり寄ってくる。
 
「くっ! ワタシが一番弱いと思っているんでしょうね。ナメられたものです」

 エステルは短剣をさやに戻すと、背負っているもう一つの武器を手に取った。
 鉄棍てっこんだ。
 それはどの武器を使っても人より優れたところのないエステルが、比較的マシに使える武器だった。

 斬る、突き刺す、ぎ払うといったセンスがないことはエステル自身が一番よく分かっている。
 だが腕力だけは人並みにある。
 そんな彼女にとって重量のある武器を敵に叩きつける戦い方が一番無難なのだ。

「はぁぁぁぁぁぁっ!」

 無骨な革鎧かわよろいを身に着けたエステルは奮闘する。
 いつもの着慣れた学舎の制服が恋しかった。
 あのなめらかな絹ごしらえの制服にそでを通し、机の前で書物を読んだり、学舎で学説を弁じたりしている時間こそが我が人生だと思える。
 それでもエステルはダニアの女であり、その体には紛れもない戦士の血が流れていた。

(ガリ勉女と言われるのはいい。本当のことだから。でも……戦場で戦えない腰抜けと言われるのは我慢が出来ない)

 襲いかかってくる背紅狼レッド・ウルフの横っ面にエステルは鉄棍てっこんを叩きつけて撃退する。
 ダニアの女として生まれてきた以上、戦場から逃れることは出来ない。
 エステルは歯を食いしばって戦い続けた。

 ☆☆☆☆☆☆

 ダニアの女たちが背紅狼レッド・ウルフらと戦っているその現場から、数百メートル離れた山の茂みの中で、5頭ほどの背紅狼レッド・ウルフらが走り続けていた。
 同じ群れの別働隊であり、彼らは別の獲物を追っていた。
 彼らに追われる哀れな獲物は……その十数メートル先で、茂みの小枝に体を引っかかれるのも構わずに、猛然と逃げ続けていたのだった。
 その向かう先に何があるかも知らずに。
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