蛮族女王の娘 第2部【共和国編】

枕崎 純之助

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第116話 迫り来る影

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 アーシュラひきいる捜索そうさく隊は山道を歩き続けていた。
 最後に休憩をはさんでからもうかれこれ2時間以上は移動している。
 食事も歩きながら携行食である干し肉をかじる程度だった。

 それでも若者たちはへこたれることなく、頑強なところを見せて進み続けている。
 プリシラになぐられて顔をらしているネルも顔だけは不機嫌そうだが、あれ以降は不平不満を口にすることなく歩き続けていた。
 アーシュラはその様子を見ながら先頭を歩き続けている。

(全員、歩調は変わっていない。やはり選び抜かれた精鋭たちだけあって、基礎体力や体幹の強さは優れている)

 アーシュラはこの任務の人選を知った時、ブリジットやボルドの意図いとを感じ取っていた。
 ダニアの未来の中心戦力となる若者たちを、厳しい任務を通じて成長させようと思ったのだろう。
 その意図いとは理解できるが、同時にアーシュラは疑問にも思った。

 この任務はあの夫妻の子供であるエミルを救うためのものだ。
 あの2人にとってみれば愛する息子を助けられるかどうかの切羽詰まった状況だ。
 若者をその任務で育てるなどと悠長ゆうちょうなことを考えていられる余裕などあるはずもない。

(それでもこの若者たちを選んだということは、あの2人はこの娘たちならばこの任務に最適であり、エミルを助けるために最も確率の高い人選だと思ったということ……か)

 アーシュラはブリジットらに託されたこの任務を成功させるためには、早めに彼女らの力を見極めなければならないと思った。
 今のところまだ、ブリジットとボルドが彼女たちを選出した強い理由は見えてこない。
 だからアーシュラは今、彼女自身が感じ取っているある危機を隊員たちにえて知らせないことにした。

(さて……誰が最初に気付くか)

 夜はけ始め、徐々に山道は深く険しくなっていく。
 夜の山は……人を飲み込む魔窟まくつでもあるのだった。

 ☆☆☆☆☆☆

 オリアーナはたかのルドルフが眠るかごを抱え、なるべく振動を与えないように気を付けて歩いていた。
 そしてとなりを歩く黒熊狼ベアウルフのバラモンをチラリと見る。
 たくましい筋肉を誇る頑強な黒熊狼ベアウルフ
 普通の狼よりも体が大きく力も強いが、その体の重さゆえに疲労もたまりやすい。
 バラモンは舌を出しながらハッハッと息を吐いている。

(そろそろ休憩したいな……)

 オリアーナ自身はまだまだ体力が残っており歩き続けることに支障はないが、バラモンを少し休ませてあげたかった。
 オリアーナは前を行くアーシュラの背中を見た。
 そして彼女の言葉を思い返す。

【態度と言葉で自分の意思をハッキリと主張しなさい】

 アーシュラはオリアーナにそう言った。
 オリアーナはくちびるみしめ、言うべき言葉を頭の中で幾度いくども繰り返す。

(隊長。休憩させて下さい。隊長。休憩させて下さい。隊長……)

 だが、いざそれを言葉にして発しようとすると口が強張こわばってしまい、のどの奥で息がつまるような感覚がして言葉は出てこなかった。
 オリアーナはそんな自分自身に落胆して、バラモンに目を落とす。
 すると……バラモンが二度三度と耳を動かして、それから立ち止まり、顔を上げた。
 何かを探るようにバラモンはキョロキョロと首をめぐらせている。

(バラモン?)

 バラモンが何かを警戒していた。
 オリアーナは歩みを止めてバラモンのすぐとなりにしゃがみ込むと、その様子をうかがう。
 バラモンは周囲に目を向けながら鼻をヒクヒクとさせ、やがてうなり声をらし始めた。
 オリアーナに何かを伝えようとしている。

(何かが……近付いてくるんだ)

 オリアーナは周りの者に目を向ける。
 それにいち早く気付いて近寄ってきたのは、プリシラだった。

「オリアーナ。どうしたの?」

 オリアーナはビクリとしてプリシラに目を向ける。
 自分よりも6歳も年下のプリシラは、母親のブリジットに似ていつも堂々としていた。
 その女王の娘としての太陽のような振る舞いがオリアーナは苦手で、彼女に声をかけられてもつい無視をしてしまったこともある。
 悪気があったわけではない。

 もともと人間への関心が薄いオリアーナだが、その時ばかりは自身の対人対応能力の低さに落ち込んだ。
 ネルのように敵意ある相手の言動を無視するのは自衛手段として必要であるし、良心が痛むこともない。
 だがプリシラは違った。
 苦手な相手ではあるが、悪い人間ではないことはオリアーナも分かっている。

 むしろ自分のような人付き合いの出来ない根暗な人間にも分けへだてなく声をかけてくれる優しい娘だと思っている。
 そんなプリシラを無視してしまうことに自己嫌悪を感じるくせに、オリアーナはそんなことを幾度いくども繰り返してきたのだ。
 そうした自責の念もあって、オリアーナは今もプリシラの目をまっすぐ見つめることが出来なかった。
 それでも今、この状況を伝えなければならないと思い、オリアーナは目をらしたまま必死に声をしぼり出す。

「……何かが近付いてくる。この子が……警戒している」

 それを聞いたプリシラはハッとして顔を上げ、周囲をうかがった。
 その様子を見たエリカら他の隊員たちが何事かと視線を向けてくる。

「何かが近付いてくるって……隊長!」

 プリシラは緊迫した表情でアーシュラの指示を仰いだ。
 だがアーシュラは事も無げに皆に命令を下す。

「周囲を警戒し、各自臨戦態勢を保ったまま進みなさい」

 その命令に異を唱えたのはエステルだ。

「隊長! 恐れながら申し上げますが、このまま登り続けるのは無謀むぼうです。疲労がたまり、視界も悪い状況で上り坂を進みながら敵の襲撃を受けることになります。ここは一度山を下り、襲撃者の気配が無くなったところで朝を待つべきです」

 だから無茶な行軍だと言ったのだ。
 エステルの顔にはそのいきどおりがありありと表れていた。
 だがアーシュラは首を横に振る。

「せっかくの進言ですが却下します。下ったところで敵があきらめるかどうか分かりませんので。それならば少し速度を落としてでも進みますよ」

 そう言うとアーシュラは先頭を慎重な足取りで進んでいく。
 エステルは苛立いらだってくちびるむが、上官の命令は絶対遵守じゅんしゅするようブリジットからも命じられている。
 納得いかずとも従うほかなかった。
 一行は周囲を警戒しつつ、先ほどまでよりも歩く速度を落としながら着実な足取りで山道を登っていく。
 するとしばらく進んだところで、ネルが鼻をヒクヒクさせた。

けものくせえな」

 その言葉にハリエットは首を傾げる。

「そうか? バラモンのニオイだろ?」

 だがネルは首を横に振った。

「アタシは分かるんだよ。ここのところ山でのけもの狩りばっかりさせられていたからな。けものが近付いてくるぜ。それも複数だ」

 群れで狩りをするけものは限られている。
 共和国と公国の国境地帯の山々に生息するけものの分布を全て覚えているエステルが声をらした。

「今の季節にこの地域に生息するけもので夜行性、そして群れで狩りをする習性のあるけものは1種類だけです。背紅狼レッド・ウルフ
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