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第115話 黒い繋がり
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チェルシーの率いる20名ほどの部隊は森を抜けて平野に出る。
そこはもう共和国領だった。
何も無い広野だが、部隊が姿を現すとそれを待ち受けていたように岩場の陰から数名の男たちが出て来た。
チェルシーは警戒の表情を見せるが、副官のシジマがそんな上官に説明する。
「協力者です。アリアドに到着する前に自分が手配をしておきました。話をしてきますので、閣下はここでお待ち下さい」
そう言うとシジマは男たちに近付いていった。
そして彼らと何かを話し合い、その手に金を握らせるとチェルシーの元に戻って来る。
「捕獲対象の居場所は掴んでおります。護衛は2名」
「たった2名ですって?」
訝しげな顔を見せるチェルシーにシジマは頷く。
「敢えて少人数にすることで情報漏れを防ごうとしたのでしょう。ただ2名はかなり手練れのダニアの女のようなので、決して無理はしないように偵察を依頼した者たちに伝えておきました」
「そう。そこまでしても情報は漏れるものだから、逆にワタシたちの動きも漏れると考えておかないとね」
「はい。おそらく捕獲対象のいる村へ向かう道中には共和国側の見張りがいるはずです。目的地に近付くほどにこちらの動きが敵に漏れる恐れがあります」
「迂闊には近付けないということね。でも、あなたのことだから策はあるんでしょう?」
チェルシーの問いにシジマは頷いた。
「こちらが近付けないなら、向こうから近付いて来てもらいましょう」
「どういうこと?」
「炙り出すんです。狩りで巣穴から獲物を引きずり出す時のように」
そう言うとシジマは計画をチェルシーに理路整然と話して聞かせるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「……眠れないの? ウェンディー」
隣でモゾモゾと身じろぎをする妹にヴァージルはそう声をかけた。
共和国首都の自宅にいた頃はウェンディーも自室で1人で眠っていたが、このパストラ村に疎開してきてからというものの、心細さから兄妹は同じベッドで眠るようになっていた。
ヴァージルは知っている。
夜ごとにウェンディーが声を殺して泣いていることを。
両親と離れて見知らぬ土地にいることが寂しくてたまらないのだろう。
8歳のヴァージルとてそういう気持ちがあるのだから、6歳で甘えたがりのウェンディーなら尚更辛いのだろう。
ヴァージルは妹の背中を優しく撫でた。
これまで妹にかけてやれる言葉を尽くしてきた。
だが、それでは彼女の慰めにはならなかった。
泣く妹を前にヴァージルは無力感を覚える。
そして戦が一日でも早く終わり、両親の元へ帰れる日が来ることを願うしかなかった。
☆☆☆☆☆☆
「大丈夫ですか? とにかくこの薬を飲めば痛みは和らぎますから。お代はお金のある時で結構ですから」
そう言う若い薬売りに感謝して老夫婦は関節痛の痛み止めを受け取った。
「すまない。来週には実入りがあるから、その時に必ず代金は支払います」
その言葉に若い薬売りは笑顔で手を振った。
老人の多いパストラ村には定期的に薬売りが行商にやってくる。
もう10年近くこの村に通っていた馴染みの薬売りがいたが、その薬売りがいつもの時期に来ないため村人らが困っていたところ、数日前にやって来たのがこの新顔の若い薬売りだ。
見覚えのない若者の来訪に村人らは戸惑ったが、その若者が共和国発行の薬物取扱許可証を持っていることと、以前の薬売りから引き継いだという見慣れた行商馬車に乗っていたことから、その若い薬売りを村に招き入れた。
話を聞くと以前の薬売りが高齢によって商売が難しくなったので、その若者が仕事を受け継いだとのことだった。
若い薬売りは村人らに親切で、決して押し売りすることなく、若い割に薬の知識も豊富だったので、村人らはすぐに彼らを受け入れた。
「おおい! 薬売りさん。うちの婆さんが夕飯食っていけってよ。こないだの治療の御礼をしたいから、ぜひ寄っていってくれ」
夜道を歩く薬売りは村の農夫からそう声をかけられて、人の良い笑顔を浮かべる。
「ああ。すみません。お気遣い感謝します。ではお言葉に甘えさせていただきますよ。ちょっと荷物の整理をしたら向かいますので」
そう言うと薬売りは各種の薬剤を積んだ荷馬車に戻る。
一頭の老馬が引くその荷台には、数多くの薬や包帯などの医療用具が積まれていた。
その奥に隠された白い小包を薬売りは取り出す。
彼はそれを握り締めて懐に忍ばせると、先ほどの農夫の家へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
パストラ村へ向かう街道沿いの林。
村からは遠く離れたその場所は、昼こそ街道を行き交う人々の姿があるが、この時間になると野盗や狼などの襲撃を恐れて、人の姿はほとんどなくなる。
そんな林の中を狼たちが駆けていた。
10頭程度の群れだ。
そしてそのうちの数頭が木々の間の地面を爪で掘り返している。
その場所は土が一度掘られて何かを埋めたような跡があり、土が柔らかくなっているため、掘り返すのも容易なようだった。
やがて狼のうち一頭が短く吠える。
掘られた土の中から何かが見えてきた。
狼たちはその何かに噛みつき、引きずり出そうとしている。
そして出て来たのは……血にまみれた人間の体だった。
高齢の男性のものと思しきそれはすでに息絶えた遺体だ。
何者かが彼を殺害してここに埋めたのだろう。
その遺体の胸ポケットには一枚の紙切れが挟まっている。
それが共和国大統領印の押された薬売りの許可証であることは、もちろん狼たちには分かるはずもなかった。
そこはもう共和国領だった。
何も無い広野だが、部隊が姿を現すとそれを待ち受けていたように岩場の陰から数名の男たちが出て来た。
チェルシーは警戒の表情を見せるが、副官のシジマがそんな上官に説明する。
「協力者です。アリアドに到着する前に自分が手配をしておきました。話をしてきますので、閣下はここでお待ち下さい」
そう言うとシジマは男たちに近付いていった。
そして彼らと何かを話し合い、その手に金を握らせるとチェルシーの元に戻って来る。
「捕獲対象の居場所は掴んでおります。護衛は2名」
「たった2名ですって?」
訝しげな顔を見せるチェルシーにシジマは頷く。
「敢えて少人数にすることで情報漏れを防ごうとしたのでしょう。ただ2名はかなり手練れのダニアの女のようなので、決して無理はしないように偵察を依頼した者たちに伝えておきました」
「そう。そこまでしても情報は漏れるものだから、逆にワタシたちの動きも漏れると考えておかないとね」
「はい。おそらく捕獲対象のいる村へ向かう道中には共和国側の見張りがいるはずです。目的地に近付くほどにこちらの動きが敵に漏れる恐れがあります」
「迂闊には近付けないということね。でも、あなたのことだから策はあるんでしょう?」
チェルシーの問いにシジマは頷いた。
「こちらが近付けないなら、向こうから近付いて来てもらいましょう」
「どういうこと?」
「炙り出すんです。狩りで巣穴から獲物を引きずり出す時のように」
そう言うとシジマは計画をチェルシーに理路整然と話して聞かせるのだった。
☆☆☆☆☆☆
「……眠れないの? ウェンディー」
隣でモゾモゾと身じろぎをする妹にヴァージルはそう声をかけた。
共和国首都の自宅にいた頃はウェンディーも自室で1人で眠っていたが、このパストラ村に疎開してきてからというものの、心細さから兄妹は同じベッドで眠るようになっていた。
ヴァージルは知っている。
夜ごとにウェンディーが声を殺して泣いていることを。
両親と離れて見知らぬ土地にいることが寂しくてたまらないのだろう。
8歳のヴァージルとてそういう気持ちがあるのだから、6歳で甘えたがりのウェンディーなら尚更辛いのだろう。
ヴァージルは妹の背中を優しく撫でた。
これまで妹にかけてやれる言葉を尽くしてきた。
だが、それでは彼女の慰めにはならなかった。
泣く妹を前にヴァージルは無力感を覚える。
そして戦が一日でも早く終わり、両親の元へ帰れる日が来ることを願うしかなかった。
☆☆☆☆☆☆
「大丈夫ですか? とにかくこの薬を飲めば痛みは和らぎますから。お代はお金のある時で結構ですから」
そう言う若い薬売りに感謝して老夫婦は関節痛の痛み止めを受け取った。
「すまない。来週には実入りがあるから、その時に必ず代金は支払います」
その言葉に若い薬売りは笑顔で手を振った。
老人の多いパストラ村には定期的に薬売りが行商にやってくる。
もう10年近くこの村に通っていた馴染みの薬売りがいたが、その薬売りがいつもの時期に来ないため村人らが困っていたところ、数日前にやって来たのがこの新顔の若い薬売りだ。
見覚えのない若者の来訪に村人らは戸惑ったが、その若者が共和国発行の薬物取扱許可証を持っていることと、以前の薬売りから引き継いだという見慣れた行商馬車に乗っていたことから、その若い薬売りを村に招き入れた。
話を聞くと以前の薬売りが高齢によって商売が難しくなったので、その若者が仕事を受け継いだとのことだった。
若い薬売りは村人らに親切で、決して押し売りすることなく、若い割に薬の知識も豊富だったので、村人らはすぐに彼らを受け入れた。
「おおい! 薬売りさん。うちの婆さんが夕飯食っていけってよ。こないだの治療の御礼をしたいから、ぜひ寄っていってくれ」
夜道を歩く薬売りは村の農夫からそう声をかけられて、人の良い笑顔を浮かべる。
「ああ。すみません。お気遣い感謝します。ではお言葉に甘えさせていただきますよ。ちょっと荷物の整理をしたら向かいますので」
そう言うと薬売りは各種の薬剤を積んだ荷馬車に戻る。
一頭の老馬が引くその荷台には、数多くの薬や包帯などの医療用具が積まれていた。
その奥に隠された白い小包を薬売りは取り出す。
彼はそれを握り締めて懐に忍ばせると、先ほどの農夫の家へと向かうのだった。
☆☆☆☆☆☆
パストラ村へ向かう街道沿いの林。
村からは遠く離れたその場所は、昼こそ街道を行き交う人々の姿があるが、この時間になると野盗や狼などの襲撃を恐れて、人の姿はほとんどなくなる。
そんな林の中を狼たちが駆けていた。
10頭程度の群れだ。
そしてそのうちの数頭が木々の間の地面を爪で掘り返している。
その場所は土が一度掘られて何かを埋めたような跡があり、土が柔らかくなっているため、掘り返すのも容易なようだった。
やがて狼のうち一頭が短く吠える。
掘られた土の中から何かが見えてきた。
狼たちはその何かに噛みつき、引きずり出そうとしている。
そして出て来たのは……血にまみれた人間の体だった。
高齢の男性のものと思しきそれはすでに息絶えた遺体だ。
何者かが彼を殺害してここに埋めたのだろう。
その遺体の胸ポケットには一枚の紙切れが挟まっている。
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