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最終章 決戦! 天樹の塔
第19話 集結する力
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「ううううあああああっ!」
「くぅぅぅぅっはぁぁぁ!」
ミランダとジェネットの苦痛の叫び声が中央広場に響き渡る。
十字架に磔にされた彼女たちは、キャメロンの左右の手で情報編集を受けてしまっていた。
「や、やめろ! 2人を放せ!」
本来とてつもなく我慢強いあの2人があれだけ苦しんでいる。
その苦痛は想像を絶するほどなんだ。
僕は弾かれたように上昇してキャメロンに飛びかかっていった。
だけどキャメロンは鬼の形相で足だけを流体化させて振るう。
「邪魔だっ!」
「うぎぃっ!」
キャメロンが振るった足から超高熱の溶岩流が放たれて、僕をそれを浴びてしまった。
天樹の衣がなければ即死レベルの大ダメージだっただろう。
撃ち落とされて床に叩きつけられた僕は、息が詰まるほどの痛みに顔をしかめながら懸命に身を起こす。
だけど時すでに遅く、ミランダとジェネットのお腹の中からキャメロンは感情プログラムを取り出してしまったんだ。
途端に2人の表情が消えるのを見た僕はたまらず声を上げた。
「ミランダ! ジェネット!」
だけど心を失ってしまったかのように彼女たちは反応を見せない。
くそっ!
悔しくて僕は拳を床に叩き付けた。
そんな僕を見下ろしながらキャメロンはフンッと鼻を鳴らし、手にした2枚の基盤を僕に見せつける。
「この2人の感情プログラムは万が一の場合の保険として残しておいたんだが、今となってはそれが正解だったな。本来はもっとじっくり丸裸にしてやりたかったんだが」
「な、何だって?」
敵意をむき出しにして歯を食いしばる僕に、キャメロンは牙を見せて笑い、その基盤を自分の胸にゆっくりと埋めていく。
「ミランダとジェネットは他の女たちと違い、貴様との付き合いも長い。この感情プログラムの変質具合はアリアナ達の比ではないだろう。それにジェネットは神とかいう運営重鎮の直属の部下だ。数多くの有益な情報を握っているはず。そういう意味でこの2人は実験に使う価値が高いから、ここで感情プログラムを使わずに持ち帰れれば良かったんだがな。アルフレッド。貴様の小賢しい抵抗のおかげで俺の計画は変更を余儀なくされてしまった。とことん邪魔な奴だよ。貴様は」
「ふ、ふざけるな!」
「それはこちらのセリフだ。だが俺は寛大な心でおまえの咎を許そう。なぜなら……」
そう言うキャメロンの体に、見た目にも明らかな変化が起きた。
子供サイズだったその体が肥大化し、大人サイズの……いや、それよりも遥かに大きく常人の2倍の背丈はあろうかという巨躯に変貌を遂げたんだ。
「これほど素晴らしい力を手に入れられるとは思ってもみなかったからだ。こうなるとあの天使長への積年の恨みも無駄じゃなかったと言えるな。この怨念こそが上質の感情プログラムを手に入れた今の我が力の源だからだ」
そう言うとキャメロンは急降下してきて僕の眼前に着地した。
その見上げるほどの巨漢が落下してきた重さと衝撃で、キャメロンの踏みしめる床がひび割れる。
その威圧感に身を固くした僕は、反射的に金環杖を構えて応戦態勢を取った。
だけど……
「うがっ……」
キャメロンが手に持っていた長槍を横から一閃したんだ。
咄嗟に金環杖で受け止めようとした僕は、気が付いたら空中に飛ばされていた。
槍の柄で横から払われた僕の体は簡単に飛ばされてしまった。
それはまるで太い丸太を横から叩きつけられたような、圧倒的理不尽な衝撃だった。
「うげっ!」
床に叩きつけられた僕は脳震盪を起こしてしまったのか、グラグラと揺れる視界の中で喘いだ。
だけど左腕に走る激痛によって少し意識がハッキリしてきた。
「ぐぅぅ……」
僕はわずかに身を起こした。
痛みの走る左腕にはまるで力が入らない。
な、何てことだ。
左の腕が折れて動かなくなったみたいだ。
ノアの鱗で強化された天樹の衣を纏っているはずなのに、それを上回るキャメロンの膂力に僕は愕然とする。
キャメロンの強さは絶望的なほどのレベルに達していた。
ミランダやジェネットの感情プログラムを移植したことで、イザベラさんへ対する強い憎しみの感情を持つ彼は、もはや手の届かないほどの強さを手に入れてしまった。
それを悟り、僕は恐怖と悔恨とで肩を震わせた。
そんな僕を見据えてキャメロンは牙をむき出しにして笑う。
「アルフレッド。俺は欲しかったものを全て手に入れる。その仕上げは貴様だ。一番得体の知れない貴様の感情プログラムを手に入れたその時、俺という至高の存在が完成する」
そう言うとキャメロンは歪んだ笑みを浮かべながら、一歩また一歩とゆっくり僕に近付いてくる。
それは巨大な肉食獣が弱った獲物にトドメを刺しに来るような無慈悲な歩みだった。
だけどそんな彼の姿に、僕はひどく不自然で歪な印象を受けたんだ。
変質した感情プログラムの実装によってそれほどの力を得たってことは、それだけ彼の心に渦巻く負の感情が強かったってことだろう。
それは彼がイザベラさんに対して持っている根の深い恨みの感情に他ならなかった。
でも僕は……薄々だけど感付いていたんだ。
その恨みの裏側にある感情に。
僕は右手で金環杖を支えにしてようやく起き上がる。
この身に受けたダメージが大き過ぎて体が震えてしまうけれど、それでも2本の足で踏ん張って必死に体を支えた。
そして呼吸を整えながら言葉を紡ぎ出す。
「違うよ……君が本当に欲しかったのはそんなものじゃない」
「……何だと?」
「君は分かってるんだ。自分が本当に欲しかったものが手に入らないことを。だから別の何かで自分の胸の空白を埋めようとしているんだよ」
僕の言葉にキャメロンは歩みを止めて眉を潜めた。
「貴様……何が言いたい」
ノアのおかげで僕は知った。
母を求める気持ちというのは他の何にも代えがたい渇望なのだということを。
「君はだた、イザベラさんに傍にいてほしかったんだ。母親に自分のことを見ていてほしかったんだ」
「……気でも狂ったか? 世迷言にもほどがあるぞ。アルフレッド。今すぐその口を閉じろ」
キャメロンの声は今にも破裂しそうなほどの静かな怒りに満ちていた。
それでも僕は震えそうになる声を絞り出して言った。
「それが手に入らない以上、どんなに他の何かを手に入れても君が満たされることはない。自分でもそれが分かっているんだろう? だから……」
「黙れぇ!」
突進してきたキャメロンの巨体が僕の全身を打つ。
僕は後方へ大きく飛ばされ、中央広場の壁に叩きつけられた。
「があっ……かはっ」
キャメロンの猛然とした突進からの体当たりをまともに受けた僕は、床に崩れ落ちて動けなくなってしまった。
全身がバラバラになってしまったんじゃないかと思うほどの衝撃だった。
痛みが強過ぎて体全体が麻痺してしまっている。
僕のライフがほとんど0になりかけていた。
急激なライフの低下によって僕の体はショック状態に陥り、指一本すら動かせなくなってしまった。
「貴様のくだらん戯言はもう聞き飽きた。そろそろ終わりにするぞ」
そう言うとキャメロンは動かなくなった僕の髪を掴んで仰向けに倒す。
そして彼の右手の周囲をまたもや黒い帯が回り始めた。
「情報編集」
キャメロンは僕のお腹に向けて右手をゆっくりと近付けてくる。
ああ。
いよいよ僕もオシマイだ。
僕はキャメロンの肩越しに見える吹き抜けの天井を見つめた。
その先には十字架に磔にされたまま動かない4人の少女たちの姿があった。
ミランダ、ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア。
ごめんよ。
みんなのこと助けてあげられなかった。
僕の胸に無念の思いがこみ上げる。
キャメロンに感情プログラムを抜かれたら、もうこんな気持ちも感じなくなるのかな。
そう思うと僕の脳裏に彼女たちとの数々の思い出が甦る。
ミランダに叱られたこと。
ジェネットに抱きしめられたこと。
アリアナの不安げな表情。
ヴィクトリアの勇ましい戦いぶり。
ノアの流した涙。
そんな全てが今、僕の心の中から失われようとしている。
記憶としては残るけれど、そこに何の思いも感じられなくなるのであれば、それは忘れてしまったも同然のことだ。
そう思った途端、僕の胸に一つの思いが強烈に浮かび上がってきた。
あきらめたくない!
僕は……彼女たちとまた笑い合って過ごしたいんだ。
そしてみんなに……僕はまたみんなに……。
「みんなとの思い出を……僕の大事な日々を……おまえなんかに奪わせはしない! 僕は……絶対にあきらめない! 僕はまたみんなに笑ってもらいたいんだ!」
残された全ての力を振り絞るように叫んだその声が、中央広場に響き渡った。
その途端に十字架に磔にされたミランダ達4人に驚くべき変化が起きたんだ。
ミランダの体から黒の粒子が、ジェネットの体から白の粒子が、アリアナの体から青の粒子が、ヴィクトリアの体から赤の粒子がそれぞれ溢れ出す。
それは先ほどノアの体に起きたのと同じ現象だった。
動かなくなった彼女たちの体がそれぞれ色の違う粒子に包まれて消えていき、その粒子が寄り集まって4つの玉になった。
黒、白、青、赤の4つの玉は十字架の戒めから解き放たれて宙を舞い、急降下してくると僕の左手首のアザに吸い込まれていった。
「なにっ?」
その現象にキャメロンは忌々しげに眉を潜めて手を止めた。
「また妙な真似を……だが今さら遅い!」
そう言うとキャメロンは僕のお腹に右手を差し入れた。
途端に筆舌に尽くしがたいほどの痛みが僕の腹部を襲った。
「がっ……うあああああああっ!」
僕はたまらずに悲鳴を上げた。
こ、これが……みんなが感じていた痛み。
とてもじゃないけど耐え切れるものじゃない。
正気を保っているのさえ難しいほどの激痛の嵐が体の中を吹き荒れている。
「これだ。これが貴様の感情プログラム。もらったぞ!」
そう言うキャメロンの手が僕の体の中の何かを掴んで引きずり出そうとしているのを感じ、それがさらに痛みを増幅させる。
「っくはぁぁぁぁぁぁっ!」
くっ……も、もうダメだ。
僕は体中の力が急速に奪われていくのを感じた。
だけどそれと同時に……体の奥底で何かが熱を発し始めたんだ。
【命の泉】
いきなり目の前に現れたそのコマンド・ウインドウにはそう記されていた。
それは地下坑道でエマさんが僕に施してくれた特別なスキルだった。
その時はどんな効果があるのか分からなかったけれど、確かにエマさんは言ったんだ。
僕が困った時に一度だけ助けてくれる秘密の魔法だと。
そしてその話は本当だった。
「こ、これは……」
体中に広がる温かな力が僕の尽きかけたライフをあっという間に回復していく。
ライフが満タンに戻るまで、ものの数秒とかからなかった。
そして体に力が戻ったことで、僕の中に息づく反撃の灯火が勢いよく燃え始めたんだ。
途端にキャメロンが表情を変えた。
「な……何だ?」
驚愕に顔を歪めてキャメロンがその手を僕の体から引き抜こうとする。
だけどその手は何かに引っかかってしまったのか、彼が力を込めて引き抜こうとしても、まったく動かなくなってしまった。
「くっ! 放せ!」
キャメロンは左手で僕の肩を押さえつけ、強引に僕の体から右手を引き抜いていく。
だけどようやく抜けたその手には、僕の感情プログラムらしき基盤は握られていなかった。
「こ、これは……」
僕は痛みに顔をしかめつつ、自分のお腹の中から出てきたそれに瞠目した。
キャメロンの太い手首を掴む5つの手が僕のお腹の中から出てきたんだ。
僕はその手が誰のものかすぐに分かった。
その5つの手はミランダ、ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア、ノアのものだったんだ。
か、彼女たちが……僕の体の中で僕を……僕を守ってくれたんだ。
「いったい何なんだ貴様は……何なんだ貴様らは!」
キャメロンはワナワナと肩を震わせ、強引に手を振りほどこうとするけれど、ミランダたちの手はそれを許さない。
そして僕の視界に再びあの表示が現れたんだ。
そこには僕を助けてくれたみんなの名前が追加されていた。
【Band of Alfred】
【membership list】
【Noah / Victoria / Ariana / Jennette / Miranda】
「くぅぅぅぅっはぁぁぁ!」
ミランダとジェネットの苦痛の叫び声が中央広場に響き渡る。
十字架に磔にされた彼女たちは、キャメロンの左右の手で情報編集を受けてしまっていた。
「や、やめろ! 2人を放せ!」
本来とてつもなく我慢強いあの2人があれだけ苦しんでいる。
その苦痛は想像を絶するほどなんだ。
僕は弾かれたように上昇してキャメロンに飛びかかっていった。
だけどキャメロンは鬼の形相で足だけを流体化させて振るう。
「邪魔だっ!」
「うぎぃっ!」
キャメロンが振るった足から超高熱の溶岩流が放たれて、僕をそれを浴びてしまった。
天樹の衣がなければ即死レベルの大ダメージだっただろう。
撃ち落とされて床に叩きつけられた僕は、息が詰まるほどの痛みに顔をしかめながら懸命に身を起こす。
だけど時すでに遅く、ミランダとジェネットのお腹の中からキャメロンは感情プログラムを取り出してしまったんだ。
途端に2人の表情が消えるのを見た僕はたまらず声を上げた。
「ミランダ! ジェネット!」
だけど心を失ってしまったかのように彼女たちは反応を見せない。
くそっ!
悔しくて僕は拳を床に叩き付けた。
そんな僕を見下ろしながらキャメロンはフンッと鼻を鳴らし、手にした2枚の基盤を僕に見せつける。
「この2人の感情プログラムは万が一の場合の保険として残しておいたんだが、今となってはそれが正解だったな。本来はもっとじっくり丸裸にしてやりたかったんだが」
「な、何だって?」
敵意をむき出しにして歯を食いしばる僕に、キャメロンは牙を見せて笑い、その基盤を自分の胸にゆっくりと埋めていく。
「ミランダとジェネットは他の女たちと違い、貴様との付き合いも長い。この感情プログラムの変質具合はアリアナ達の比ではないだろう。それにジェネットは神とかいう運営重鎮の直属の部下だ。数多くの有益な情報を握っているはず。そういう意味でこの2人は実験に使う価値が高いから、ここで感情プログラムを使わずに持ち帰れれば良かったんだがな。アルフレッド。貴様の小賢しい抵抗のおかげで俺の計画は変更を余儀なくされてしまった。とことん邪魔な奴だよ。貴様は」
「ふ、ふざけるな!」
「それはこちらのセリフだ。だが俺は寛大な心でおまえの咎を許そう。なぜなら……」
そう言うキャメロンの体に、見た目にも明らかな変化が起きた。
子供サイズだったその体が肥大化し、大人サイズの……いや、それよりも遥かに大きく常人の2倍の背丈はあろうかという巨躯に変貌を遂げたんだ。
「これほど素晴らしい力を手に入れられるとは思ってもみなかったからだ。こうなるとあの天使長への積年の恨みも無駄じゃなかったと言えるな。この怨念こそが上質の感情プログラムを手に入れた今の我が力の源だからだ」
そう言うとキャメロンは急降下してきて僕の眼前に着地した。
その見上げるほどの巨漢が落下してきた重さと衝撃で、キャメロンの踏みしめる床がひび割れる。
その威圧感に身を固くした僕は、反射的に金環杖を構えて応戦態勢を取った。
だけど……
「うがっ……」
キャメロンが手に持っていた長槍を横から一閃したんだ。
咄嗟に金環杖で受け止めようとした僕は、気が付いたら空中に飛ばされていた。
槍の柄で横から払われた僕の体は簡単に飛ばされてしまった。
それはまるで太い丸太を横から叩きつけられたような、圧倒的理不尽な衝撃だった。
「うげっ!」
床に叩きつけられた僕は脳震盪を起こしてしまったのか、グラグラと揺れる視界の中で喘いだ。
だけど左腕に走る激痛によって少し意識がハッキリしてきた。
「ぐぅぅ……」
僕はわずかに身を起こした。
痛みの走る左腕にはまるで力が入らない。
な、何てことだ。
左の腕が折れて動かなくなったみたいだ。
ノアの鱗で強化された天樹の衣を纏っているはずなのに、それを上回るキャメロンの膂力に僕は愕然とする。
キャメロンの強さは絶望的なほどのレベルに達していた。
ミランダやジェネットの感情プログラムを移植したことで、イザベラさんへ対する強い憎しみの感情を持つ彼は、もはや手の届かないほどの強さを手に入れてしまった。
それを悟り、僕は恐怖と悔恨とで肩を震わせた。
そんな僕を見据えてキャメロンは牙をむき出しにして笑う。
「アルフレッド。俺は欲しかったものを全て手に入れる。その仕上げは貴様だ。一番得体の知れない貴様の感情プログラムを手に入れたその時、俺という至高の存在が完成する」
そう言うとキャメロンは歪んだ笑みを浮かべながら、一歩また一歩とゆっくり僕に近付いてくる。
それは巨大な肉食獣が弱った獲物にトドメを刺しに来るような無慈悲な歩みだった。
だけどそんな彼の姿に、僕はひどく不自然で歪な印象を受けたんだ。
変質した感情プログラムの実装によってそれほどの力を得たってことは、それだけ彼の心に渦巻く負の感情が強かったってことだろう。
それは彼がイザベラさんに対して持っている根の深い恨みの感情に他ならなかった。
でも僕は……薄々だけど感付いていたんだ。
その恨みの裏側にある感情に。
僕は右手で金環杖を支えにしてようやく起き上がる。
この身に受けたダメージが大き過ぎて体が震えてしまうけれど、それでも2本の足で踏ん張って必死に体を支えた。
そして呼吸を整えながら言葉を紡ぎ出す。
「違うよ……君が本当に欲しかったのはそんなものじゃない」
「……何だと?」
「君は分かってるんだ。自分が本当に欲しかったものが手に入らないことを。だから別の何かで自分の胸の空白を埋めようとしているんだよ」
僕の言葉にキャメロンは歩みを止めて眉を潜めた。
「貴様……何が言いたい」
ノアのおかげで僕は知った。
母を求める気持ちというのは他の何にも代えがたい渇望なのだということを。
「君はだた、イザベラさんに傍にいてほしかったんだ。母親に自分のことを見ていてほしかったんだ」
「……気でも狂ったか? 世迷言にもほどがあるぞ。アルフレッド。今すぐその口を閉じろ」
キャメロンの声は今にも破裂しそうなほどの静かな怒りに満ちていた。
それでも僕は震えそうになる声を絞り出して言った。
「それが手に入らない以上、どんなに他の何かを手に入れても君が満たされることはない。自分でもそれが分かっているんだろう? だから……」
「黙れぇ!」
突進してきたキャメロンの巨体が僕の全身を打つ。
僕は後方へ大きく飛ばされ、中央広場の壁に叩きつけられた。
「があっ……かはっ」
キャメロンの猛然とした突進からの体当たりをまともに受けた僕は、床に崩れ落ちて動けなくなってしまった。
全身がバラバラになってしまったんじゃないかと思うほどの衝撃だった。
痛みが強過ぎて体全体が麻痺してしまっている。
僕のライフがほとんど0になりかけていた。
急激なライフの低下によって僕の体はショック状態に陥り、指一本すら動かせなくなってしまった。
「貴様のくだらん戯言はもう聞き飽きた。そろそろ終わりにするぞ」
そう言うとキャメロンは動かなくなった僕の髪を掴んで仰向けに倒す。
そして彼の右手の周囲をまたもや黒い帯が回り始めた。
「情報編集」
キャメロンは僕のお腹に向けて右手をゆっくりと近付けてくる。
ああ。
いよいよ僕もオシマイだ。
僕はキャメロンの肩越しに見える吹き抜けの天井を見つめた。
その先には十字架に磔にされたまま動かない4人の少女たちの姿があった。
ミランダ、ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア。
ごめんよ。
みんなのこと助けてあげられなかった。
僕の胸に無念の思いがこみ上げる。
キャメロンに感情プログラムを抜かれたら、もうこんな気持ちも感じなくなるのかな。
そう思うと僕の脳裏に彼女たちとの数々の思い出が甦る。
ミランダに叱られたこと。
ジェネットに抱きしめられたこと。
アリアナの不安げな表情。
ヴィクトリアの勇ましい戦いぶり。
ノアの流した涙。
そんな全てが今、僕の心の中から失われようとしている。
記憶としては残るけれど、そこに何の思いも感じられなくなるのであれば、それは忘れてしまったも同然のことだ。
そう思った途端、僕の胸に一つの思いが強烈に浮かび上がってきた。
あきらめたくない!
僕は……彼女たちとまた笑い合って過ごしたいんだ。
そしてみんなに……僕はまたみんなに……。
「みんなとの思い出を……僕の大事な日々を……おまえなんかに奪わせはしない! 僕は……絶対にあきらめない! 僕はまたみんなに笑ってもらいたいんだ!」
残された全ての力を振り絞るように叫んだその声が、中央広場に響き渡った。
その途端に十字架に磔にされたミランダ達4人に驚くべき変化が起きたんだ。
ミランダの体から黒の粒子が、ジェネットの体から白の粒子が、アリアナの体から青の粒子が、ヴィクトリアの体から赤の粒子がそれぞれ溢れ出す。
それは先ほどノアの体に起きたのと同じ現象だった。
動かなくなった彼女たちの体がそれぞれ色の違う粒子に包まれて消えていき、その粒子が寄り集まって4つの玉になった。
黒、白、青、赤の4つの玉は十字架の戒めから解き放たれて宙を舞い、急降下してくると僕の左手首のアザに吸い込まれていった。
「なにっ?」
その現象にキャメロンは忌々しげに眉を潜めて手を止めた。
「また妙な真似を……だが今さら遅い!」
そう言うとキャメロンは僕のお腹に右手を差し入れた。
途端に筆舌に尽くしがたいほどの痛みが僕の腹部を襲った。
「がっ……うあああああああっ!」
僕はたまらずに悲鳴を上げた。
こ、これが……みんなが感じていた痛み。
とてもじゃないけど耐え切れるものじゃない。
正気を保っているのさえ難しいほどの激痛の嵐が体の中を吹き荒れている。
「これだ。これが貴様の感情プログラム。もらったぞ!」
そう言うキャメロンの手が僕の体の中の何かを掴んで引きずり出そうとしているのを感じ、それがさらに痛みを増幅させる。
「っくはぁぁぁぁぁぁっ!」
くっ……も、もうダメだ。
僕は体中の力が急速に奪われていくのを感じた。
だけどそれと同時に……体の奥底で何かが熱を発し始めたんだ。
【命の泉】
いきなり目の前に現れたそのコマンド・ウインドウにはそう記されていた。
それは地下坑道でエマさんが僕に施してくれた特別なスキルだった。
その時はどんな効果があるのか分からなかったけれど、確かにエマさんは言ったんだ。
僕が困った時に一度だけ助けてくれる秘密の魔法だと。
そしてその話は本当だった。
「こ、これは……」
体中に広がる温かな力が僕の尽きかけたライフをあっという間に回復していく。
ライフが満タンに戻るまで、ものの数秒とかからなかった。
そして体に力が戻ったことで、僕の中に息づく反撃の灯火が勢いよく燃え始めたんだ。
途端にキャメロンが表情を変えた。
「な……何だ?」
驚愕に顔を歪めてキャメロンがその手を僕の体から引き抜こうとする。
だけどその手は何かに引っかかってしまったのか、彼が力を込めて引き抜こうとしても、まったく動かなくなってしまった。
「くっ! 放せ!」
キャメロンは左手で僕の肩を押さえつけ、強引に僕の体から右手を引き抜いていく。
だけどようやく抜けたその手には、僕の感情プログラムらしき基盤は握られていなかった。
「こ、これは……」
僕は痛みに顔をしかめつつ、自分のお腹の中から出てきたそれに瞠目した。
キャメロンの太い手首を掴む5つの手が僕のお腹の中から出てきたんだ。
僕はその手が誰のものかすぐに分かった。
その5つの手はミランダ、ジェネット、アリアナ、ヴィクトリア、ノアのものだったんだ。
か、彼女たちが……僕の体の中で僕を……僕を守ってくれたんだ。
「いったい何なんだ貴様は……何なんだ貴様らは!」
キャメロンはワナワナと肩を震わせ、強引に手を振りほどこうとするけれど、ミランダたちの手はそれを許さない。
そして僕の視界に再びあの表示が現れたんだ。
そこには僕を助けてくれたみんなの名前が追加されていた。
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