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最終章 決戦! 天樹の塔

第17話 竜の涙

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 灰色の巨大な竜がえる。
 その度に天樹の幹の中にあるこの広い中庭がブルブルと振動し、青々と茂る木々から葉がこぼれ落ちた。
 
「ノア……」
 
 僕はその様子を呆然と見上げながら乾いた声を漏らした。
 ノアが再び巨大な飛竜に変わってしまった。 
 僕を逃がすためにたった1人でキャメロンに向かっていった彼女は、間違いなくキャメロンの手によって再び望まぬ巨大竜へと変えられてしまったんだ。
 僕は怒りを覚えずにはいられなかった。
 ノアは自分のあの姿をひどく嫌悪していたのに。

「僕のせいだ……」

 悔しくてくちびるを噛みしめる僕の視線の先でノアは大きく翼をはためかせ、その口から熱波を吐き出した。
 空気を揺らめかせる高熱にさらされて、中庭の木々があっという間に燃え上がる。
 僕は後ろを振り返り、ティナとイザベラさんに言った。

「あの巨大竜はキャメロンによって無理やり姿を変えられてしまった僕の仲間なんです。すぐに彼女を止めないと。僕、行きます。2人は逃げて下さい」

 僕の話に2人は驚いた顔を見せたけど、ティナに支えられながら歩み寄ってきたイザベラさんが、僕を勇気づけるように声をかけてくれた。

「宙に舞い上がるイメージを持って下さい。万が一落下しても、地上に激突する前に天樹の衣トゥルルが衝突から守ってくれますので御安心を」

 僕はうなづいた。
 大丈夫。
 こっちに来てからもう何度も鳥になって飛んでいますから。

「それと、これをお持ち下さい」

 そう言うとイザベラさんは彼女の自慢の武器である金環杖サキエルを僕に手渡してきた。
 僕は思わず驚いて目を見開く。
 驚いたのは脇でイザベラさんを支えるティナも同じだ。

「こ、こんな大切なもの受け取れませんよ」
「受け取って下さい。お仲間を助けるためにはキャメロンを一時的にでも排除しなければなりませんから。きっとこれが役に立つはずです」

 そう言うとイザベラさんは頭上を飛び回るノアを指差した。
 見ると巨大竜となったノアの頭の上にはキャメロンが立っている。

「なっ……」

 まるで巨大竜を駆り立てて破壊を促しているようなキャメロンのその姿に、僕はいてもたってもいられなくなった。
 そんな僕の背中をイザベラさんが押してくれる。

「行って下さい。私達のことはお気になさらずに」
「……分かりました。これはお借りしていきます。色々とありがとうございます」

 僕は2人にお礼を言うと、金環杖サキエルを手に空を見上げた。
 空中へ舞い上がるイメージを頭の中に思い描く。
 すぐに体全体が軽くなり、僕は浮上し始めた。
 すると僕の体はほのかな光に包まれ、一瞬で木の上まで舞い上がったんだ。

 よく見ると僕の背中には翼状に展開された光の粒子が浮かび上がっている。
 飛行のイメージがムクムクと頭の中に湧いてきた。
 ブレイディの薬液で鳥になった時と同じで、空中浮遊への恐怖心が薄れていく。
 そして僕は前を見据えた。
 前方では巨大竜と化したノアが空中を旋回しながら咆哮ほうこうを上げている。
 それがノアの嘆き悲しむ叫びに聞こえて、僕は歯を食いしばった。

「ノア。今いくよ」

 途端に僕の体は空気を切り裂いて飛翔し、一瞬でノアの頭上に出た。

「キャメロン! よくもノアを……」

 ノアの頭の上に陣取っていたキャメロンは僕を見ると目を細めて言った。

「ほう。なるほど。その装備。あの忌々いまいましい女め。姿が見えなくなったと思ったら、貴様に助力を与えたか。小賢こざかしい」

 そう言うとキャメロンは情報編集ゲノム・エディットで右手をいきなりノアの頭部に差し込んだ。

「ああっ! な、何を……」
「巨大竜ノア。遠慮はいらん。この庭園をすべて焼き尽くし、天樹を破壊してしまえ!」

 その言葉にノアは絶叫するようにえ、辺り構わず熱波を吐きまくる。
 むせ返るような高熱が空気を伝わり、庭木を次々と焼いていく。
 
「や、やめろ! ノアにそんなことさせるな!」

 僕は一気にノアの元まで飛ぼうとするけれど、彼女の頭から飛び立ったキャメロンが僕の行く手をはばむ。
 僕は慌てて急ブレーキをかけ、わずか1メートルの距離を挟んで空中でキャメロンと対峙した。
 キャメロンは僕の持つ金環杖サキエルと身に付けた天樹の衣トゥルルを見てフンッと鼻を鳴らす。

「勇ましいな。アルフレッド。そんな借り物の力で強くなったつもりか?」
「キャメロン。もうやめるんだ。誰も彼もを傷つけて、このゲームを破壊するようなことをして、その報いを受けずに済むと思うのか? 必ず手痛いしっぺ返しを食らうことになるよ」
「報いだと? ふざけたことを抜かすな!」
 
 キャメロンは感情的にそう叫ぶと、その手に握っていた鉄球を鉄の棒に変化させ、それで打ちかかって来た。
 僕は慌てて金環杖サキエルでそれを受け止めるけれど、激しい衝撃に思わずのけぞってしまう。

「ぐうっ!」
「俺は報いを与える側なんだよ。この俺をしいたげてきたあの厚顔無恥な天使長にな。そしてあの女が営むこの世界でのうのうと暮らす無知で愚鈍ぐどんな連中にな」

 吐き捨てるようにそう言いながらキャメロンは連続で鉄の棒を振り下ろす。
 僕は必死にキャメロンの杖を受け止めた。
 天樹の衣トゥルルの力と金環杖サキエルのおかげで何とか持ちこたえているけれど、それでも僕とキャメロンの力の差は歴然だった。
 か、勝てる気がしない。
 だけど僕は歯を食いしばって懸命にキャメロンに訴えかけた。

「……き、君がイザベラさんを恨む気持ちは当然だと思う。それに君には他の人にはない知恵と知識と能力がある。君みたいな有能な人から見たら僕みたいな平凡なNPCは取るに足らない弱い存在なんだろう。だからってが弱い人々がしいたげられて当然なんてことはないんだ。他の人々が生きるこの世界を、その暮らしを破壊していいわけがない」
「ほう。ありがたい御高説だな。だが、貴様が俺の立場だったとして同じことをしないと断言できるか? 他者を退しりぞけるだけの力がある者が、その力を行使して己が望みを叶える。それは弱肉強食の摂理だ。貴様の言っている戯言たわごとはしょせん弱者の泣きごとなんだよ。俺は強者だ! 弱者を踏みにじる権利がある!」

 キャメロンは一気呵成いっきかせいに僕を打ちのめそうとする。
 僕は防戦一方になりながらも、懸命に声を上げた。
 
「そうやって君は……ノアをお母さんに会わせると言って誘い出しておいて、彼女を利用したんだな。それは卑怯ひきょう者のすることだ。本当に強い人はそんな姑息こそく真似まねはしない!」
「黙れ! あの小娘の身の上は調査済みだったからな。何が母だ。設定でもないのに俺たちNPCがそんな概念を持って何になる。あの小娘にはああしてみじめな怪物になり果て、暴れ狂っているのがお似合いなんだよ」

 そう言うとキャメロンは眼下で暴れるノアを指差した。
 ノアの吐いた熱波によってさっき僕がいた辺りの森も燃え始めている。
 イザベラさんとティナは無事に逃げてくれただろうか。
 それをはっきりと確認している余裕はなかった。

 僕はキャメロンが鉄の棒を手に次々と繰り出す攻撃を防ぐので精一杯だった。
 キャメロンが怒りを込めて打ち込んでくる一撃一撃はひどく重く、受け止めているだけで腕が折れるんじゃないかと思うほどだ。
 天樹の衣トゥルルの力と金環杖サキエルがなければ最初の一撃で僕はとっくにやられていただろう。
 ただ、キャメロンは今すぐに僕を倒そうとしているのではないことはすぐに分かった。
 むしろ僕が必死に耐えているのを楽しんでいるかのような雑な攻撃だった。

「アルフレッド。貴様のような偽善者は徹底的に絶望を味わわせて、二度と立ち直れないほど心をへし折ってやる必要がある。楽には死なせん」

 そう言うとキャメロンは口笛を吹く。
 その旋律に僕はハッとした。
 天樹近くの森や裏天界でノアが巨大竜となった時に聞こえた口笛だ。
 その口笛が響き渡ると、ノアは空から舞い降りていく。

 その向かう先には……イザベラさんを抱えながら必死に逃げるティナの姿があった。
 キャメロンはノアに2人を襲わせようとしているんだ。
 彼は逃げ惑うティナを見下ろして言う。

「ほう。見ない顔だと思ったら新顔の見習いか……ん?」
 
 そこでキャメロンはわずかに怪訝けげんな表情を見せたけれど、すぐにそれは冷たい笑みに変わった。

「なるほど。これは奇遇だな」

 そう言うとキャメロンは僕の振り下ろす金環杖サキエルを受けずにかわして、素早く僕の背後に回り込んだ。
 そして僕を羽交はがめにして押さえつける。
 僕は必死に暴れるけれど、力じゃまったくかなわない。
 そんな僕の耳元でキャメロンは楽しげに言った。

「アルフレッド。あの見習い天使を見ろ。あいつ。竜人娘に似ていると思わないか?」
「な、何の話だ? 放せ!」
「まあ聞けよ。最近このゲームに新しくキャラデザのスタッフが入ったんだ。その人物は地獄の谷ヘル・バレーのスタッフだったんだが、そっちでの功績が認められて、姉妹ゲームであるこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルのキャラデザを任されることになったらしい」

 その話に僕は思わず呆然とした。
 即座に思い出すのはノアから聞いた彼女が母としたう女性の話だ。
 その女性は今は地獄の谷ヘル・バレーのキャラクター・デザインを手掛けているという話だった。

「ま、まさかそれってノアの……」
「そうだ。竜人娘をデザインしたその人物のことさ。どうりであの見習い天使と似ているはずだ。よし。いい機会だから竜人娘にはまずあの見習い天使を食わせてやろう」
「なっ……何だって?」
「そう驚くこともあるまい。竜人娘からすればあの見習い天使は、自分を捨てた母が新たにデザインした憎き存在だろう。そんなキャラは目にするのも嫌なはずだ。生きたまま食らってやりたいはずさ」

 そんなことを楽しげに語るキャメロンが僕は心底恐ろしく、心底許せないと思った。

「何てことを……そんなことノアにさせてたまるか!」

 僕は必死に暴れ狂い、キャメロンから逃れようともがく。
 だけどガッチリと押さえつけられて僕はまったく身動きが取れなくなっていた。
 そうしている間にもノアは燃える木々をなぎ倒しながらティナに迫り、その小さな体を今まさに食らおうとしていた。
 間に合わない!
 そう思ったその時だった。

「グガアッ……」

 ティナの前で大きく口を開けたノアが不自然にその動きを止めたんだ。

「なにっ?」

 キャメロンが不審げな声を上げる。
 それもそのはずで、ノアは大きく開けた口をブルブルと小刻みに震わせながら、それでも動きを止めている。
 もしかして……。
 僕はそんなノアの姿に直感を覚えた。

「必死に我慢してるんだ。ノア……」

 そう。
 ノアはキャメロンの言いなりになってティナを襲うのを懸命にこらえているんだ。

「何をしている! さっさとそのガキを食い殺せ!」

 苛立いらだって声を荒げるキャメロンだけど、それでもノアは頑として動きを止めたまま体を震わせている。
 その目がティナに向けられていることに僕が気が付いた。
 ノアがティナを見ている。
 そしてそんなノアの目から……金色の粒子があふれ出してハラハラと舞い散った。
 それは……ノアの涙だったんだ。
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