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最終章 決戦! 天樹の塔
第9話 死の嵐
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ミランダは新スキル・小魔女謝肉祭によって天使長のイザベラさんを見事に撃破した。
だけど前もそうだったようにイザベラさんには3つの命があるんだ。
彼女の頭上に輝く3つの輪のうち1つ目の輪から光が消えるとすぐにイザベラさんはまた立ち上がり、そのライフゲージが再び満タンになる。
ああ……また最初からやり直しか。
こ、これは僕だったら心が折れそうな展開だな。
だけどせっかく苦労して0にしたライフがまた元通りになってしまうのを見ても、ミランダは平然としていた。
彼女自身のライフはもう半分ほどにまで減ってしまっているってのに、そのメンタルの強さには舌を巻くばかりだ。
一方、甦ったイザベラさんは穏やかな表情だったけれど、もう先ほどのような笑みは浮かべていなかった。
彼女はミランダを静かに見据え、それからフゥとひとつため息をつく。
「私がミランダより絶対的に劣るもの。それは経験ですね。口惜しいことに私は部下たちとの訓練でしか戦闘を経験できません」
イザベラさんは実戦的な戦闘をほとんど経験したことがないという。
もちろん自分より強い相手と戦う機会もなかったはずだ。
対してミランダは数々の強敵と戦い続けてきた。
ジェネットやアリアナ、ヴィクトリアともしのぎを削る戦いを経験している。
冷静に見てみればミランダとイザベラさんは魔力ならミランダ、身体能力ならイザベラさんが勝っていると思う。
だけど豊富な戦闘経験から培った戦いの勘はミランダの強みだ。
それがないイザベラさんは先ほどのようなミランダの機転に虚を突かれてしまう。
そこにミランダの勝機があるんだ。
とは言っても、現状を見ればミランダのほうが不利なのは明白だった。
イザベラさんは2つ目の命でライフゲージ及び法力は再び満タン。
一方のミランダはライフはほぼ半分近くまで減り、ここまでの戦いや先ほどの黒炎弾の連発、さらには小魔女謝肉祭の使用により魔力も残り半分以下にまで減ってしまっている。
確かミランダは言っていたな。
新魔法は大きく魔力を消費すると。
それでも彼女は強気の姿勢を崩さない。
「フンッ。さっさと第2ラウンドを始めるわよ」
そう言ってミランダは気丈に黒鎖杖を構える。
彼女はまだまだ戦意十分だ。
それに一度現れた小魔女たちは消えずにそのまま2階の回廊に待機していた。
これならまだまだ戦えるぞ。
「いいでしょう。同じ手は二度通用しませんので、ご注意下さいね 」
そう言うとイザベラさんは再度、天使生誕で小天使たちを呼び出した。
途端に2階の回廊から事態を見下ろしていた小魔女たちが攻撃的な顔つきに変わる。
獲物を見つけた肉食獣のような鋭い表情はミランダそっくりだ。
彼女たちは再び黒炎弾で小天使を攻撃しようと狙いを定める。
だけど……。
「二度同じ手は食わないと申したはずです。聖光透析」
イザベラさんがそう唱えると、彼女自身のみならず、小天使らの体も光に包まれる。
も、もしかして……。
そこでいよいよ我慢しきれなくなったのか、小魔女たちは次々と小天使らを狙って黒炎弾を放ち始めた。
どうやら小魔女たちはミランダが直接指令を下さなくても、自らの意思で敵を攻撃するようだ。
そんな彼女らの放った燃え盛る火球が小天使らを襲う。
だけど彼らは両手を前に差し出すと、黒炎弾を受け止めてしまった。
まるでイザベラさんがやるのと同じように、小天使らは次々と火球を受け止め、払いのける。
こ、これはやっぱり……。
「小天使も聖光透析で強化されたのか」
僕は呻くようにそう呟いた。
こうなるとさっきまでのようにミランダのペースでは押し切れないかもしれない。
だけどミランダはそんなこと一向に意に介さず、声を張り上げた。
「ケンカ上等よ! あんたたち、やってしまいなさい!」
ミランダの号令を受けて小魔女たちは次々と欄干から飛び降り、杖を振り上げて小天使らに襲いかかる。
またたく間に広場は小魔女たちと小天使らの入り乱れる乱戦となった。
数で勝る小魔女たちに対し、強化されて個々の力で勝る小天使ら。
その攻防は一進一退だった。
そんな中、ミランダは黒鎖杖を手にイザベラさんと再び対峙した。
イザベラさんは鋭い目つきでミランダをじっと見つめて言う。
「さて、私はまだ命を2つ残しています。このままいけば私が3つ目の命を失う前に、あなたのライフが尽きますよ。どうしますか? ミランダ」
「いつまでもダラダラと戦ってるのは性に合わないのよ。ここからは巻きでいくわよ」
そう言うとミランダはいきなり黒鎖杖で自分の頭をゴツンと殴りつけたんだ。
な、何を……ハッ!
自分を痛めつける奇妙な行為によって彼女のライフが総量の半分を切った。
ってことは……。
「なるほど。死神の接吻ですか」
そう言うとイザベラさんは目を細めてミランダを見据えた。
そうか。
ミランダは一気に勝負をかける気なんだ。
ライフが半分に減ったことで、ミランダの緊急モードが発動し、切り札である特殊スキル、死神の接吻が使用可能になった。
「覚悟しなさい。イザベラ。アンタを死の谷底に突き落としてやるわ」
「それは怖いですね。ですが、ご自慢の死の魔法は運だめし。私を一度で仕留められれば万々歳ですが、もし外れた場合に私があなたの隙を見逃すとは思わないことですね」
イザベラさんの言うように、死神の接吻の成功率は3分の一だ。
そしてイザベラさんはさっき、ミランダが黒炎弾を放った後に見せた一瞬の隙すら見逃してくれなかった。
死神の接吻はミランダの渾身の魔法だから、発動後にはどうしてもわずかな隙が生じてしまう。
そうなればイザベラさんに一気に詰め寄られて攻撃されてしまうだろうし、大ダメージにつながる恐れもある。
でも命をあと2つ持つイザベラさんを相手にこのまま戦い続けても、ミランダの不利は覆せないだろう。
ジリジリとライフが削られるのを待つくらいなら、早めに勝負をかけたほうがいいに決まってる。
それに……。
「この魔法は私の誇り。闇の魔女の矜持を今こそ見せつけてやる」
ミランダの言う通りだ。
あの魔法は彼女の象徴なんだ。
死神の接吻なくして、この熾烈な戦いに決着はない。
「覚悟はいいようですね。では、どちらが運を味方につけるか、命を賭したギャンブルといきましょう」
そう言うとイザベラさんは法力で10センチほど床の上に浮き、ゆらゆらと水の流れのように動き出した。
簡単には的を絞らせない気だ。
周囲では小魔女と小天使の騒然たる争いが続いているけれど、ミランダとイザベラさんの周りだけは空気がピンと張り詰めている。
2人とも最後の一撃のタイミングを計ろうと集中力を研ぎ澄ませているんだ。
だけどその息苦しくなるような緊迫の時間はそう長くは続かなかった。
「悪魔の囁き」
ふいにミランダが先手を打ち、その手から黒い霧を放射する。
イザベラさんの姿が見る見るうちに霧の中に飲み込まれていく。
それは毒や眠り、麻痺などを引き起こす神経阻害系の魔法、悪魔の囁きだった。
だけどこれがイザベラさんには通用しないことはすでに先日の模擬戦で実証済みだ。
「天の恵み」
イザベラさんの神々しい声と共に天井から眩い光が差し、黒い霧を晴らしていく。
これは全ての傷を癒やし、全てのステータス異常を治癒するイザベラさんの超回復治癒魔法だ。
もちろん今はこのゲーム内に起きているシステム障害によってライフの回復効果は見込めないけれど、これは眠りや麻痺などの神経阻害効果を全て浄化してくれる魔法でもあるから、ミランダの悪魔の囁きの効果を完全に打ち消してしまう。
でも……ミランダの狙いはそこにあった。
「死神の接吻」
ここで満を持してミランダは必殺の一撃を放ったんだ。
イザベラさんが天の恵みによって霧を晴らしていたその瞬間だ。
今度はミランダの手から放出された黒い靄のドクロが、空気の揺らぎのように伝わって瞬間的にイザベラさんを飲み込んだ。
悪魔の囁きをフェイントに使ったミランダの好判断だった。
死神の吐いた禍々しい吐息が、イザベラさんの命の灯火を吹き消そうとする。
僕は震える拳を握り締めた。
運命の出目がミランダとイザベラさんのどちらに転ぶのか。
祈る思いで僕が見つめる中、結果は一瞬で判明した。
「ハァッ!」
イザベラさんの鋭い声が響き渡り、靄の中から金環杖が飛び出してきたんだ。
それはミランダに向けて一直線に飛ぶ。
ミランダは咄嗟に黒鎖杖でそれを叩き落としたけれど、続いて靄の中から飛び出してきたイザベラさんには反応できなかった。
イザベラさんは一瞬で間合いを詰めてミランダの懐に飛び込む。
「くっ!」
「遅いっ! フゥゥゥァァァアッ!」
ミランダは必死に防御態勢を取ろうとしたけれど間に合わなかった。
イザベラさんの重い拳の連打がミランダの腹部に次々と突き刺さる。
「うぐっ!」
「これが運命です」
くの字に折れ曲がるミランダの顎に、イザベラさんはトドメとばかりに強烈な膝蹴りを浴びせた。
「くはっ!」
「ミランダ……」
そう言ったきり僕は声を失った。
イザベラさんの容赦のない打撃に見舞われたミランダの体は大きく後方に飛ばされ、地面に転がって動かなくなった。
死神の接吻は……失敗に終わったんだ。
くっ!
「ミ、ミランダ……ミランダァァァァァ!」
僕はたまらずに彼女の名を叫んだけれど、ミランダはピクリとも動かない。
広場の中にいる小魔女たちも小天使らとの乱闘から抜け出せず、主人であるミランダを助けにいくことが出来ない。
も、もうダメなのか……。
「これで終わりです。ミランダ」
イザベラさんはそう言ってミランダの傍に落ちている金環杖を拾い上げた。
だけどその時……倒れたまま動かないミランダの体から黒くて小さな影がいきなり飛び出してきた。
次々と現れたそれは十数人の小魔女たちだったんだ。
「なっ……」
新たに現れた小魔女たちは、驚くイザベラさんに次々と組みついていく。
「くっ! は、離れなさい」
そう言ってイザベラさんは何人もの小魔女たちを引きはがそうとするけれど、小さな彼女たちはイザベラさんの体にしがみついたまま離れない。
さらに残った6人の小魔女たちが、そんなイザベラさんの周囲をグルリと取り囲んだんだ。
彼女たちはイザベラさんに向けて両手を突き出す。
そこで初めてミランダが身を起こした。
ミランダ!
見ると彼女のライフは残り20%ほどまで減ってしまっていたけれど、まだ動けるぞ。
口元に血を滲ませた彼女は、痛む体を手で押さえながらゆっくりと立ち上がると、イザベラさんを見据えて言った。
「言ったでしょ? あんたの小天使どもと違って私のチビたちはね、精度が違うのよ。こいつらは1人1人、私と同じ能力を持っているの」
「も、もしや……」
え?
まさか小魔女たちも使えるのか?
ミランダの伝家の宝刀を……。
僕と同様に驚愕の表情を浮かべるイザベラさんに、ミランダは口元の血を拭うとニヤッと笑った。
「もう一度、運だめしの時間よ。イザベラ。死神たちのキスの嵐にあんたの命の灯火が吹き消されないよう、神にでも祈りなさい。死神達の接吻」
ミランダの声に反応した6人の小魔女たちが、一斉にその手から死神の接吻を放った。
初めて見る死神の接吻の多重奏に僕は息を飲む。
死神たちの見えざる手が、死の嵐となってイザベラさんを飲み込んでいった。
だけど前もそうだったようにイザベラさんには3つの命があるんだ。
彼女の頭上に輝く3つの輪のうち1つ目の輪から光が消えるとすぐにイザベラさんはまた立ち上がり、そのライフゲージが再び満タンになる。
ああ……また最初からやり直しか。
こ、これは僕だったら心が折れそうな展開だな。
だけどせっかく苦労して0にしたライフがまた元通りになってしまうのを見ても、ミランダは平然としていた。
彼女自身のライフはもう半分ほどにまで減ってしまっているってのに、そのメンタルの強さには舌を巻くばかりだ。
一方、甦ったイザベラさんは穏やかな表情だったけれど、もう先ほどのような笑みは浮かべていなかった。
彼女はミランダを静かに見据え、それからフゥとひとつため息をつく。
「私がミランダより絶対的に劣るもの。それは経験ですね。口惜しいことに私は部下たちとの訓練でしか戦闘を経験できません」
イザベラさんは実戦的な戦闘をほとんど経験したことがないという。
もちろん自分より強い相手と戦う機会もなかったはずだ。
対してミランダは数々の強敵と戦い続けてきた。
ジェネットやアリアナ、ヴィクトリアともしのぎを削る戦いを経験している。
冷静に見てみればミランダとイザベラさんは魔力ならミランダ、身体能力ならイザベラさんが勝っていると思う。
だけど豊富な戦闘経験から培った戦いの勘はミランダの強みだ。
それがないイザベラさんは先ほどのようなミランダの機転に虚を突かれてしまう。
そこにミランダの勝機があるんだ。
とは言っても、現状を見ればミランダのほうが不利なのは明白だった。
イザベラさんは2つ目の命でライフゲージ及び法力は再び満タン。
一方のミランダはライフはほぼ半分近くまで減り、ここまでの戦いや先ほどの黒炎弾の連発、さらには小魔女謝肉祭の使用により魔力も残り半分以下にまで減ってしまっている。
確かミランダは言っていたな。
新魔法は大きく魔力を消費すると。
それでも彼女は強気の姿勢を崩さない。
「フンッ。さっさと第2ラウンドを始めるわよ」
そう言ってミランダは気丈に黒鎖杖を構える。
彼女はまだまだ戦意十分だ。
それに一度現れた小魔女たちは消えずにそのまま2階の回廊に待機していた。
これならまだまだ戦えるぞ。
「いいでしょう。同じ手は二度通用しませんので、ご注意下さいね 」
そう言うとイザベラさんは再度、天使生誕で小天使たちを呼び出した。
途端に2階の回廊から事態を見下ろしていた小魔女たちが攻撃的な顔つきに変わる。
獲物を見つけた肉食獣のような鋭い表情はミランダそっくりだ。
彼女たちは再び黒炎弾で小天使を攻撃しようと狙いを定める。
だけど……。
「二度同じ手は食わないと申したはずです。聖光透析」
イザベラさんがそう唱えると、彼女自身のみならず、小天使らの体も光に包まれる。
も、もしかして……。
そこでいよいよ我慢しきれなくなったのか、小魔女たちは次々と小天使らを狙って黒炎弾を放ち始めた。
どうやら小魔女たちはミランダが直接指令を下さなくても、自らの意思で敵を攻撃するようだ。
そんな彼女らの放った燃え盛る火球が小天使らを襲う。
だけど彼らは両手を前に差し出すと、黒炎弾を受け止めてしまった。
まるでイザベラさんがやるのと同じように、小天使らは次々と火球を受け止め、払いのける。
こ、これはやっぱり……。
「小天使も聖光透析で強化されたのか」
僕は呻くようにそう呟いた。
こうなるとさっきまでのようにミランダのペースでは押し切れないかもしれない。
だけどミランダはそんなこと一向に意に介さず、声を張り上げた。
「ケンカ上等よ! あんたたち、やってしまいなさい!」
ミランダの号令を受けて小魔女たちは次々と欄干から飛び降り、杖を振り上げて小天使らに襲いかかる。
またたく間に広場は小魔女たちと小天使らの入り乱れる乱戦となった。
数で勝る小魔女たちに対し、強化されて個々の力で勝る小天使ら。
その攻防は一進一退だった。
そんな中、ミランダは黒鎖杖を手にイザベラさんと再び対峙した。
イザベラさんは鋭い目つきでミランダをじっと見つめて言う。
「さて、私はまだ命を2つ残しています。このままいけば私が3つ目の命を失う前に、あなたのライフが尽きますよ。どうしますか? ミランダ」
「いつまでもダラダラと戦ってるのは性に合わないのよ。ここからは巻きでいくわよ」
そう言うとミランダはいきなり黒鎖杖で自分の頭をゴツンと殴りつけたんだ。
な、何を……ハッ!
自分を痛めつける奇妙な行為によって彼女のライフが総量の半分を切った。
ってことは……。
「なるほど。死神の接吻ですか」
そう言うとイザベラさんは目を細めてミランダを見据えた。
そうか。
ミランダは一気に勝負をかける気なんだ。
ライフが半分に減ったことで、ミランダの緊急モードが発動し、切り札である特殊スキル、死神の接吻が使用可能になった。
「覚悟しなさい。イザベラ。アンタを死の谷底に突き落としてやるわ」
「それは怖いですね。ですが、ご自慢の死の魔法は運だめし。私を一度で仕留められれば万々歳ですが、もし外れた場合に私があなたの隙を見逃すとは思わないことですね」
イザベラさんの言うように、死神の接吻の成功率は3分の一だ。
そしてイザベラさんはさっき、ミランダが黒炎弾を放った後に見せた一瞬の隙すら見逃してくれなかった。
死神の接吻はミランダの渾身の魔法だから、発動後にはどうしてもわずかな隙が生じてしまう。
そうなればイザベラさんに一気に詰め寄られて攻撃されてしまうだろうし、大ダメージにつながる恐れもある。
でも命をあと2つ持つイザベラさんを相手にこのまま戦い続けても、ミランダの不利は覆せないだろう。
ジリジリとライフが削られるのを待つくらいなら、早めに勝負をかけたほうがいいに決まってる。
それに……。
「この魔法は私の誇り。闇の魔女の矜持を今こそ見せつけてやる」
ミランダの言う通りだ。
あの魔法は彼女の象徴なんだ。
死神の接吻なくして、この熾烈な戦いに決着はない。
「覚悟はいいようですね。では、どちらが運を味方につけるか、命を賭したギャンブルといきましょう」
そう言うとイザベラさんは法力で10センチほど床の上に浮き、ゆらゆらと水の流れのように動き出した。
簡単には的を絞らせない気だ。
周囲では小魔女と小天使の騒然たる争いが続いているけれど、ミランダとイザベラさんの周りだけは空気がピンと張り詰めている。
2人とも最後の一撃のタイミングを計ろうと集中力を研ぎ澄ませているんだ。
だけどその息苦しくなるような緊迫の時間はそう長くは続かなかった。
「悪魔の囁き」
ふいにミランダが先手を打ち、その手から黒い霧を放射する。
イザベラさんの姿が見る見るうちに霧の中に飲み込まれていく。
それは毒や眠り、麻痺などを引き起こす神経阻害系の魔法、悪魔の囁きだった。
だけどこれがイザベラさんには通用しないことはすでに先日の模擬戦で実証済みだ。
「天の恵み」
イザベラさんの神々しい声と共に天井から眩い光が差し、黒い霧を晴らしていく。
これは全ての傷を癒やし、全てのステータス異常を治癒するイザベラさんの超回復治癒魔法だ。
もちろん今はこのゲーム内に起きているシステム障害によってライフの回復効果は見込めないけれど、これは眠りや麻痺などの神経阻害効果を全て浄化してくれる魔法でもあるから、ミランダの悪魔の囁きの効果を完全に打ち消してしまう。
でも……ミランダの狙いはそこにあった。
「死神の接吻」
ここで満を持してミランダは必殺の一撃を放ったんだ。
イザベラさんが天の恵みによって霧を晴らしていたその瞬間だ。
今度はミランダの手から放出された黒い靄のドクロが、空気の揺らぎのように伝わって瞬間的にイザベラさんを飲み込んだ。
悪魔の囁きをフェイントに使ったミランダの好判断だった。
死神の吐いた禍々しい吐息が、イザベラさんの命の灯火を吹き消そうとする。
僕は震える拳を握り締めた。
運命の出目がミランダとイザベラさんのどちらに転ぶのか。
祈る思いで僕が見つめる中、結果は一瞬で判明した。
「ハァッ!」
イザベラさんの鋭い声が響き渡り、靄の中から金環杖が飛び出してきたんだ。
それはミランダに向けて一直線に飛ぶ。
ミランダは咄嗟に黒鎖杖でそれを叩き落としたけれど、続いて靄の中から飛び出してきたイザベラさんには反応できなかった。
イザベラさんは一瞬で間合いを詰めてミランダの懐に飛び込む。
「くっ!」
「遅いっ! フゥゥゥァァァアッ!」
ミランダは必死に防御態勢を取ろうとしたけれど間に合わなかった。
イザベラさんの重い拳の連打がミランダの腹部に次々と突き刺さる。
「うぐっ!」
「これが運命です」
くの字に折れ曲がるミランダの顎に、イザベラさんはトドメとばかりに強烈な膝蹴りを浴びせた。
「くはっ!」
「ミランダ……」
そう言ったきり僕は声を失った。
イザベラさんの容赦のない打撃に見舞われたミランダの体は大きく後方に飛ばされ、地面に転がって動かなくなった。
死神の接吻は……失敗に終わったんだ。
くっ!
「ミ、ミランダ……ミランダァァァァァ!」
僕はたまらずに彼女の名を叫んだけれど、ミランダはピクリとも動かない。
広場の中にいる小魔女たちも小天使らとの乱闘から抜け出せず、主人であるミランダを助けにいくことが出来ない。
も、もうダメなのか……。
「これで終わりです。ミランダ」
イザベラさんはそう言ってミランダの傍に落ちている金環杖を拾い上げた。
だけどその時……倒れたまま動かないミランダの体から黒くて小さな影がいきなり飛び出してきた。
次々と現れたそれは十数人の小魔女たちだったんだ。
「なっ……」
新たに現れた小魔女たちは、驚くイザベラさんに次々と組みついていく。
「くっ! は、離れなさい」
そう言ってイザベラさんは何人もの小魔女たちを引きはがそうとするけれど、小さな彼女たちはイザベラさんの体にしがみついたまま離れない。
さらに残った6人の小魔女たちが、そんなイザベラさんの周囲をグルリと取り囲んだんだ。
彼女たちはイザベラさんに向けて両手を突き出す。
そこで初めてミランダが身を起こした。
ミランダ!
見ると彼女のライフは残り20%ほどまで減ってしまっていたけれど、まだ動けるぞ。
口元に血を滲ませた彼女は、痛む体を手で押さえながらゆっくりと立ち上がると、イザベラさんを見据えて言った。
「言ったでしょ? あんたの小天使どもと違って私のチビたちはね、精度が違うのよ。こいつらは1人1人、私と同じ能力を持っているの」
「も、もしや……」
え?
まさか小魔女たちも使えるのか?
ミランダの伝家の宝刀を……。
僕と同様に驚愕の表情を浮かべるイザベラさんに、ミランダは口元の血を拭うとニヤッと笑った。
「もう一度、運だめしの時間よ。イザベラ。死神たちのキスの嵐にあんたの命の灯火が吹き消されないよう、神にでも祈りなさい。死神達の接吻」
ミランダの声に反応した6人の小魔女たちが、一斉にその手から死神の接吻を放った。
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