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第四章 竜神ノア

第13話 変わり果てた楽園

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「う、うわあ……」

 サーバーダウンで不安定になっていた悪魔の坑道で溶岩百足ようがんムカデに襲われた僕らは、何とか坑道から脱出することが出来た。
 だけどそれから焼けた森の中を進むにつれ、そこに広がる光景を目にして僕は思わずうめいてしまった。
 焼け落ちた森は次第に、無数の倒木が積み重なって横たわる不毛の荒野へと様相を変えていった。
 明らかに異常なその様子に僕以外の皆も一様に言葉を失っていたけれど、ブレイディは1人近くの倒木に駆け寄っていく。

「これは……」

 倒木の側にしゃがみこんだ彼女はそう言うと、朽ちた倒木の表皮に触れた。
 途端に倒木は細かい点滅を繰り返す。
 それを見たアビーがブレイディのすぐ隣に駆け寄り、2人は顔を見合わせた。

「どうしたの? 2人とも」

 そうたずねる僕に彼女らは振り返って言った。

「サーバーダウンの原因は~」
「おそらくDDOS攻撃のたぐいだね」

 ん?
 何それ?

「大量の情報を意図的に送りつけて~相手の機能に過度な負担を与える方法です~」
「このゲームそのものが外部から何者かのサイバー攻撃を受けて、そのせいでサーバーがダウンすることになったんだ」

 難しいことは分からないけれど、このゲームをこんな状況に追い込んだ犯人がいるってことか。
 非常にマズイ状況だった。
 そして事態は好転するきざしすら見えない。

「だめだ。何度アクセスしても我が主につながらない」

 地上に出てすぐに神様への通信を試みたブレイディだけど、神様への連絡はつかなかった。
 アビーやエマさんがやってみても結果は同じだった。

「恐れていたことだけど、このゲーム内ではプレイヤーの立場である我が主は、先ほどの天使たちと同様にこのゲーム内での活動が出来なくなっているんだろう。おそらく今頃はゲームから強制排出されているかもしれない」

 だから連絡がつかないのか。
 その話に僕は心細さを覚えずにはいられなかった。
 神様がいない。
 困った人だけど、いざという時の頼り甲斐がいは絶大な人だから。
 そんな神様がいなくなってしまったということは、太い命綱いのちづなを失ってしまうことと同義だ。

 そして……。
 僕は隣に立つノアに目を向けた。

「ノア。さっき言った神様のことなんだけど……」

 外に出たら神様に連絡をしてノアの母親のことを聞くと約束した僕だけど、肝心の神様がサーバーダウンの影響でプレイヤーとして現在のこのゲームから排除されてしまった。
 もちろんノアとの約束を反故ほごにするつもりはこれっぽっちもないけれど、今すぐには取りかかれそうにない。
 だけどノアは不満を微塵みじんも感じさせない顔で言った。

「状況は理解しておる。人探しなどしておる場合ではないのだろう。そのぐらいノアも心得ておるわ。見くびるでない」
「ノア……僕、君に約束したことは必ず守るよ」

 そう言う僕にノアは当然だとうなづいた。

「結果はどうあれ、そなたが約束を実行に移すことは信じておる。そういう男でなければ、あの筋肉バカに付きおうてノアとの戦いに参加するような面倒で馬鹿馬鹿しい真似まねはすまい」
「誰が筋肉バカだって?」

 すぐ後ろに立つヴィクトリアが不機嫌そうに言ってくるけれど、ノアは平然と言葉を返す。

「そなたしかおるまい。聞こえておったのか?」
「聞こえるように言ってんだろうが。クソガキめ」

 2人はののしり合いのように言葉を交わすけれど、そこに以前のような険悪な雰囲気はない。
 もしかしたら先日のヴィクトリアとノアの白熱した戦いが、お互いの間のみぞを少なからず埋めてくれたのかもしれない。
 それに皆、分かってるんだ。
 この危機的状況下では協力し合うほかないということを。

 いかに個々の力に優れた彼女たちでも、1人で出来ることは限られてくる。
 反目し合っていたヴィクトリアとノアも、敵がどこから襲ってくるか分からないこの状況では、互いの力が必要になることを感じているんだ。
 その雰囲気を感じ取った僕は意を決してミランダに言った。

「すぐにジェネットとアリアナを助けに行こう。彼女たちはきっと僕らの助けを必要としているし、僕らも彼女たちの助けが必要だよ」

 僕の言葉を聞いたミランダはほんのつかの間、思考を整理するように静かに目を閉じた。
 そして再び目を開けると皆に告げる。

「いいえ、天樹の塔に攻め込む前に、転移装置があったあの村に向かうわよ。この状況で転移装置がまともに使えるかどうか分からないけれど、脱出経路は確保しておく必要があるわ」

 決然とそう言うミランダにブレイディが追随する。

「そうだね。もしかしたらこの先、サーバーが復旧するかもしれないし、その際に転移装置が使えるかもしれない。それがいいと思う」

 ブレイディの言葉にうなづき、ミランダは一同を見回して言う。

「さて、ここでハッキリさせておきたいんだけど、実際に天樹の中に入ったら息つく間もないほどの戦闘の連続になると思うわ。ここにいる7人のうち、そんな戦闘に耐えられるのは私とヴィクトリア、それからそこにいる竜人娘だと思うけど……」

 そう言うとミランダはまずヴィクトリアを見た。

「一番先陣切って戦えそうなのがヴィクトリア、あんただけど。やる気は?」

 ミランダがなぜそんなことを問うのか、僕にも意味は分かる。
 ミランダがヴィクトリアと共闘するのは初めてだから、背中を預けるのに値する相手か確かめておきたいんだろう。
 ミランダの言葉にヴィクトリアは即答で応じる。

「アタシはアルフレッドの用心棒としてここに来た。アルフレッドが無事に元の世界に戻るまでがアタシの仕事だ。そのために天樹を攻めるってんなら、最後まで最前線で戦うさ。戦闘こそアタシの本懐だからな。ウズウズするぜ」

 戦意十分のヴィクトリアを見てうなづくと、ミランダはノアに視線を転じる。

「問題はあんたね。本来なら戦力になるんだろうけど、今はフヌケているみたいだし、いつ巨大竜化して大暴れするか分からない状態。ハッキリ言ってお荷物よ」

 ちょ、ちょっとミランダ。
 ハッキリ言い過ぎでしょ。

「あのねミランダ。ノアは……」

 そう言いかけた僕の言葉をさえぎってノアはキッパリと言った。

「ノアがお荷物だというのならばらこの場で殺すがいい。ノアが再ひ暴れ竜になってしまうリスクはそなたらも負いたくはあるまい」

 そう言うとノアは蛇竜槍イルルヤンカシュを地面に置き、その場に座った。
 神妙な表情でミランダを見上げるノアを、ミランダも真顔で見下ろした。

「いい度胸じゃない。ハッタリじゃないってところを見せてもらおうかしら」

 そう言うとミランダは黒鎖杖バーゲストを振り上げ、目にも止まらぬ速度でノアののどを目がけて振り下ろした。
 ヤバいっ!
 止める間もなくミランダの黒鎖杖バーゲストがノアののど元に突き立った……と思ったけれど、ミランダの驚くべき技量で黒鎖杖バーゲストはノアの首に触れる数ミリ手前で静止していた。

 あ、危なかった。
 だけどノアは恐れることも怒ることもなく微動だにせずにミランダを見据え、ミランダもそんなノアを静かに見下ろしている。

「フン。死ぬ覚悟は出来ているみたいね。ならその覚悟を活かして力を貸しなさい。そこにいるアホづらの兵士のためにもね」

 アホづらの兵士だと?
 僕のことか……?
 僕のことかぁぁぁぁ!
 僕のことですね。

「そいつはね、私があんたを見捨てようとした時に生意気にも反対したのよ。あんたを元の世界に連れて帰るんだって言い張ってね。アホでしょ。でもそのアホのおかげであんたは今ここにいる。そいつがあんたを連れてこなけりゃ今頃またどこかで巨大竜になって暴れていたかもしれないわね」

 ミランダ……。

「あやつに感謝せよ……ということか」
「いいえ。全然。むしろおまえはアホだなって笑ってやりなさいよ」

 ミランダ……。

「そうか……」

 ノアはそう言うと目の前に置いた蛇竜槍イルルヤンカシュを手に取った。
 そして静かに、だけどしっかりとした足取りで立ち上がる。
 そして彼女は僕を見つめた。

「再びこの槍を振るう理由が出来たな」

 そう言ってノアは口元にかすかに笑みを浮かべた。
 それからノアはミランダとヴィクトリアに目を向けて槍を反転させると、その切っ先を自らののどに向けた。

「万が一ノアが再び暴れ竜に落ちぶれたその時は、そなたらの手で容赦なくノアをほうむるがよい。それが我が望みだ」

 そう言うノアにミランダとヴィクトリアはニヤリと笑みを浮かべた。

「言われなくてもやるわよ。容赦なくね」
「当然だ。おまえを仕留めるのはアタシの役目だからな」

 皆が同じ方向を向いた。
 僕はそんな彼女たちを見て、胸の中に勇気の火がともるのを感じていた。
 それから僕らは最初の村を目指して、倒木だらけの森を北上し始めたんだ。
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