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第三章 天地をあざむく者たち

第16話 悪魔軍団 総攻撃!

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「探したわよ。アル。ったく何でこんなところにいるんだか」

 女悪魔に襲われていた僕を助けてくれたミランダはそう言うと僕をじっと見下ろした。
 僕も彼女をじっと見上げる。
 まるで互いの存在が本物であることを確かめ合うように、僕らはほんの数秒の間、ただ見つめ合った。

「ミ、ミランダ。今までどこに行ってたんだよ。心配させないでよ」

 僕の口をついてそんな言葉が出ると、ミランダは口をとがらせる。

「フンッ。色々あったのよ。あんたを探してわざわざこんなところまで来てやったのに、何て言い草なのかしら。これはお仕置きが必要ね」

 ミランダはそう言うと右手に握っていた黒鎖杖バーゲストを頭上に振り上げ、勢いよく振り下ろした。
 杖から伸びている4本の黒い鎖に両手両足を縛られた女悪魔は大きく飛ばされて、建物の外壁に叩きつけられる。

「うぐあっ!」

 女悪魔が地面に倒れ込み、膝立ちの格好で起き上がるのを見たミランダは、黒い鎖の拘束は解かずにそのまま左手から黒い霧を放出して女悪魔に吹きかけた。
 彼女の中位スキルである悪魔の囁きテンプテーションだ。
 ステータス異常を引き起こすその魔法で、ミランダは女悪魔を眠らせるか麻痺まひさせるかしようとしたんだ。

 でも黒い霧を吹きかけられても女悪魔は平然としていた。
 効いていないのか?
 そんな女悪魔を見てミランダはフンッと鼻を鳴らす。

「なるほど。この手の魔法は効かないタイプか」
「私たちが何も対策をしていないと思ったか? 愚かな魔女め」
「あっそ。その愚かな魔女に焼かれて死ぬのはどんな気分か味わってみたら?」

 女悪魔の挑発にも声を荒げることなく冷たい表情でそう言うと、ミランダは人差し指を相手に向けた。
 その指先に黒い炎が宿る。
 彼女の得意魔法・黒炎弾ヘルバレットだ。
 だけど女悪魔は冷笑を浮かべたままミランダを見上げて言う。

「やるがいい。ここで殺されても私は何度でも甦るぞ」
「ふ~ん。なら何度でもブッつぶしてやる」

 彼女の指先の黒炎が強くなる。
 せ悪魔は火に巻かれて助からないだろうし、ここで女悪魔を捕まえて情報を引き出さないといけないのに。

「ちょ、ちょっとミランダ……」

 思わず声を上げようとした僕の予想に反して、ミランダはまったく別の方向に黒炎弾ヘルバレットを放った。
 それはヴィクトリアと交戦中のノアにむけて放たれたものだったんだ。
 黒い火球がノアを直撃する。
 彼女の特殊なうろこは魔法も弾くけれど、その衝撃までは殺せず、ノアはのけぞった。
 そのすきを見逃さずにヴィクトリアは嵐刃戦斧ウルカンでノアの蛇竜槍イルルヤンカシュを弾き飛ばすと、自らもおのを放り出して素手でノアに飛びかかった。

「おとなしくしろ!」

 ヴィクトリアはノアを押し倒して組み伏せる。
 ノアは必死に暴れて抵抗するけれど、ヴィクトリアの腕力の前には意味を成さない。
 万力のような両腕にガッチリとロックされて地面に押し付けられたまま、ほとんど動けなくなった。

 ただノアはとてつもなく防御力が高く、打撃による攻撃同様に絞め技でもこれといったダメージを与えることは出来ない。
 ヴィクトリアもそのことは分かっているから、ノアのライフがちっとも減らないことは気にせずに、ノアの動きを封じることに注力していた。

「チッ! 役に立たないガキめ」

 動けなくなったノアを見て女悪魔がそう吐き捨てる。

 そんな言い方ってあるか。
 僕はムカッとした。
 自分たちで勝手にノアを利用しておいて。
 思わず僕が怒りに声を上げようとしたその時、ミランダがいきなり笑い声を響かせる。

「アッハッハ! 自分だって役立たずのくせによく言うわね。滑稽こっけいで笑えるんだけど」
「何だと?」

 ミランダの言葉に女悪魔の顔から冷徹さが消え、代わりに怒りの表情が浮かぶ。
 口角を上げて笑みを浮かべるミランダだけど、その目だけは笑っていない。

「笑えるって言ってんのよ。私から見れば、こんなヌルいゲームで陰謀ごっこして遊んでるあんたたちは滑稽こっけいとしか言い様がないわね」
「貴様……私を侮辱ぶじょくするのか?」
「あら? しゃくにさわった? でも本当のことだから。連日連夜の戦闘を日課にしてる私にしてみれば、あんたらはヌルい場所でお遊戯している甘ちゃんだわ。あんたがボスなのか他にご主人様がいるのか知ったこっちゃないけど、お遊びはもう終わりってことよ」
「貴様ぁっ……」

 激昂げっこうした女悪魔が怒声を張り上げようとしたところ、ミランダは黒鎖杖バーゲストを思い切り女悪魔の脳天に振り下ろした。
 ゴンッと鈍い音がして女悪魔がガックリとうなだれ、動かなくなる。
 ミランダはつまらなさそうに女悪魔の拘束を解くと、僕を見た。

「こいつから聞き出すことがあるんでしょ。殺してないから安心しなさい」

 そう言うミランダに僕はホッと安堵あんどした。
 彼女の言う通り、女悪魔のライフはゼロにはなっておらず、気を失っているだけだった。
 怒っていてもこういう力加減を間違えないあたりは、さすがミランダだ。
 それから彼女はノアを押さえつけているヴィクトリアの元へ歩み寄ると、自分を見上げてうなり声を
らしながらにらみ付けてくるノアの口元にサッと手を当てた。

「お、おい。噛みちぎられるぞ」

 ミランダの唐突な行動に戸惑うヴィクトリアだけど、すぐにノアの鼻からボフッと黒い霧が吹き出した。
 僕は驚いて思わず声を上げる。

「テ、悪魔の囁きテンプテーションを口から直接体内に……」

 うなり声を上げていたノアの目がグルンとひっくり返って白目をむき、彼女はそのままパタリと頬を地面につけて眠り出した。
 驚くヴィクトリアはノアをゆっくりと放して立ち上がり、ミランダと向き合う。
 僕は2人が面と向かい合うのを見て緊張に冷や汗をかいていた。
 い、いきなりケンカとかにならないよね。

「ミランダ。アタシのことは覚えてないだろうが……」
「覚えているわよ。2回ほど私に挑んできた女戦士ね」
「えっ? あ、ああ。覚えてたのか」

 意外そうなヴィクトリアにミランダはアイテム・ストックから取り出した何かを手渡した。
 それは高価な回復ドリンクだった。

「え? な、何だ急に……」
「アルを守ってやったんだってね。あいつは私の家来だから」
「いや、私は自分の借りを返しに来たただけだ。こんなのいらねえ」
「黙って受け取りなさい。本当はこんなことしている場合じゃないんだけど、私の気が済まないから。礼は言っておくわ」

 ミランダは押しつけるようにヴィクトリアにドリンクを渡してから僕に視線を戻す。
 そして彼女は僕に近づいてくると僕の右腕を取った。

「痛っ」
「お仕置きするってさっき言ったでしょ。少し我慢しなさい」

 さっき女悪魔によって右肩の関節を外されてしまった僕の右腕がダラリと垂れ下がっているのを見たミランダは、僕の右腕を引っ張りながら関節を元に戻してくれた。

「イデデデデッ! あうっ!」
「ハイ。お仕置き完了。情けない声出すんじゃないわよ。だらしないわね」

 右肩がズキズキと痛むけれど、おかげで右腕が動かせるようになったぞ。
 僕は痛みで目ににじんだ涙をぬぐいながら彼女に礼を言う。

「あ、ありがとう。ミランダ」
「アル。色々と話さないといけないことがあるけど、その前にこの場所から脱出するわよ。もう時間がない。ここは戦場になるわ」
「えっ? どういうこと?」

 驚く僕をよそにミランダは後方のヴィクトリアに視線を送る。

「そこの女戦士もその小娘を連れて一緒に来なさい。堕天使だてんしと悪魔の合戦かっせんに巻き込まれるわよ」

 そう言うとミランダは倒れている女悪魔を担ぎ上げ、僕らを先導して歩き出そうとする。
 堕天使だてんしと悪魔の合戦かっせん
 どういうことだ?
 僕は混乱しつつヴィクトリアを見やった。

 彼女も怪訝けげんな表情をしていたけれど、ミランダの様子から危急の事態だと理解したんだろう。
 僕を見てうなづくとヴィクトリアは眠っているノアを肩に担いで立ち上がった。
 ちょうどその時。

 ウウウウウゥゥ!

 再びさっきと同じサイレンが鳴り響いたんだ。
 そのけたたましさにどうしても僕は体がビクッと反応してしまう。
 こ、今度は何だ?
 僕はさっき大勢の堕天使だてんしたちが飛んで行った上空を見上げる。

 すると遠くの方から近付いてくる大きな音が聞こえてくる。
 それは大勢の人が吠えているようなそんな声だった。
 やがてさっきと同じように無数の人影が上空に飛来したんだ。
 僕は堕天使だてんしが戻って来たのかと思ったけれど、その大群が飛んできた方向とその様子から、そうではないと理解した。

「あ、あれは……悪魔?」

 そう。
 新たに飛来した集団は黒い羽をはためかせて飛ぶ、悪魔の集団だったんだ。
 その数は先ほどの堕天使ほどではなかったけれど、それでも相当な人数だ。
 オオオオオッという大音響は悪魔たちが口々に上げる声だった。

「おい。反対側からも来るぞ」

 そう言ってヴィクトリアが頭上を指差す。
 悪魔の集団を迎え撃つように現れたのはさっきの堕天使だてんしの集団だった。
 そしてその2つの集団は空中で激突した。
 堕天使だてんしたちと悪魔たちがぶつかり合い、あっという間に入り乱れての大乱戦となる。

「チッ。我慢できずに始めたわね。連中、相当腹に据えかねていたんだわ。さあ。グズグズしている暇はないわよ」

 そう言って先を急ごうとするミランダに僕は慌てて声をかける。

「ちょっと待ってミランダ。実はブレイディが捕まって……」
「あの科学者女ならさっき堕天使だてんしから奪還したわよ。ほら」

 そう言うとミランダは立ち止まって頭上にあごをしゃくる。
 飛来した人影に僕は思わずギョッとしてしまう。
 上空から舞い降りてきたのは1人の悪魔だったんだ。
 それは小柄だけどガッシリとした筋肉質の男性悪魔なんだけど、その肩に人を担いでいた。
 僕はその様子に息を飲む。
 悪魔に担がれていたのは白衣姿の少女だったんだ。

「ブレイディ!」

 驚く僕の前方にその悪魔は降り立った。
 隣に立つヴィクトリアが警戒して腰帯の羽蛇斧ククルカンに手を伸ばす。
 けれど悪魔はミランダの目の前にブレイディをそっと横たえると、ひざまずいて頭を下げ、こう言ったんだ。

おおせの通り、さっきの堕天使だてんしは片付けましたぜ。ミランダの姐御あねご
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