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第二章 天国の丘
第7話 天使たちの宴
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宴もたけなわだった。
天樹の塔の中をくり抜いて作られたそこは中央広場と呼ばれている場所で、高い吹き抜け天井に設置された照明からはまるで春の日差しのような麗らかな光が降り注いでいる。
僕らはゲストのために用意された座席に腰掛け、その前に置かれた大きなテーブルの上には数多くの料理が運ばれてくる。
ちなみに僕らはNPCだから食べ物を食べなくても空腹で死ぬことはないけれど、ちゃんと味覚はあって、おいしい物を食べれば幸福感を感じる。
だから僕らは次々と運ばれてくる様々な料理に舌鼓を打っていた。
アリアナに至っては慣れないお酒を飲んだために、頬を赤く染めてすでにその目はトロンとしている。
だ、大丈夫かなぁ。
ジェネットは神の信徒であるため飲酒はせず、静かに料理を食べながら周囲の天使たちに笑顔を見せていた。
そしてさっきまで仏頂面で料理をつまんでいたミランダは、この後に控える模擬戦のために準備室に移動していた。
その際に僕が「がんばってね」と声をかけると、ミランダは猛る気持ちを隠し切れずに目を爛々と輝かせながら「行ってくるわ」と返事をしてくれた。
そして広場の中に澄んだ女性の声でアナウンスが響き渡る。
『お待たせいたしました。ただいまよりメイン・イベントの模擬戦を開催いたします』
途端に会場が歓声に包まれる。
『今回出場して下さるスペシャル・ゲストは闇の魔女ミランダ様です。数々の闇の魔法を駆使するスペシャリストであるミランダ様はつい先頃、我らの同胞を襲った悪魔の群れを撃退して下さいました』
そのアナウンスに広場の天使たちから拍手が巻き起こった。
『そしてミランダ様の対戦相手としてエントリーされたのは……天使長のイザベラ様です!』
途端に会場に大きなどよめきが巻き起こる。
そんな中でジェネットが僕に耳打ちをしてくる。
「天使長様は前線には出られない方とお聞きしていたので、戦闘行為はなさらないNPCなのかと思いました」
「う、うん。天使たちの指導者だからやっぱり強いんだろうね」
確かにさっき対面した時も、天使長のイザベラさんは穏やかな物腰ながら静かな迫力を感じさせた。
堂々としていて威厳に満ちたその佇まいは、リーダーにふさわしいと思った。
「ええ。お強いですよ。天使長様は」
その声に振り返ると、そこには銀色のトレイを持った天使のミシェルさんが立っていた。
彼女は朗らかな笑顔で僕らを見つめている。
そしてそんな彼女の隣にはメガネをかけた男性の天使が背すじを伸ばして立っていた。
「お初にお目にかかります。お客様。私はライアン。こちらの管理主任を任されております」
いかにも真面目そうな顔をしたその男性天使は畏まった様子でそう言うと頭を下げた。
彼の頭の上には二つに連なる光の輪が浮かんでいた。
ミシェルさんより階級が高いってことかな。
「ライアン主任は上級天使でして、この塔の実務を一手に担っております。天使長様の次に権限をお持ちなのですよ」
「以後お見知りおきを。ミシェル。それよりお客様にお水を差し上げて」
「は、はい。どうぞ。アリアナ様に」
そう言ってミシェルさんはトレイの上に置かれたグラス一杯の水を差し出す。
ハッとして僕は隣を見ると、真っ赤な顔をしたアリアナがいつの間にか目を閉じてウトウトとし始めていた。
ありゃ。
寝ちゃったか。
僕はミシェルさんから水を受け取り、アリアナの前に置いた。
そんな僕らの前でライアン主任が誇らしげに言う。
「天使長様は確かに前線に出て悪魔と交戦することはありませんが、この天樹の塔の中で天使たちの戦闘訓練を行うのは天使長様なのですよ。新人からベテランまで天使たちは今も天使長様に稽古をつけていただくのです。この私も例外ではありません」
「ということはやっぱり強い方なんですね」
「ええ。いまだ天使の誰一人として天使長様に勝てる者はいないほどに」
そ、それって最強ってことだよね。
そんなに強い人が相手なら勝敗はともかくとして、ミランダも思い切り戦うことが出来るだろう。
僕はミランダがイザベラさんを相手に存分に暴れる様子を思い浮かべて、思わず気持ちが昂ぶってきた。
『それでは皆様。お時間になりましたので模擬戦を開始いたします。各種ビジョンにて戦闘の様子をお楽しみ下さい』
戦いは別フロアにある先ほど僕が見た闘技場で行われるため、宴の会場には大小様々なモニターが用意され、どこにいても模擬戦の中継を見て楽しむことが出来るようになっている。
モニターの中ではすでに黒鎖杖を携えたミランダが試合開始の時を今か今かと待ちわびていた。
その表情を見ただけで彼女がやる気十分なことが分かる。
獲物を狙う獅子のようにその目は爛々と輝いていた。
そんな彼女の前に天使長のイザベラさんが現れて優雅に一礼した。
彼女が現れた途端に大きな歓声が巻き起こる。
イザベラさんは先ほどまで着ていた装飾の多いフワリとしたドレス姿ではなく、金色の甲冑の上に白い絹服をまとった戦闘用の衣装に身を包んでいた。
そしてその手には甲冑と同じく金色の杖が握られている。
先端に遊環と呼ばれる金色の輪がいくつもつけられた豪奢な錫杖だ。
装備品ひとつとっても最上級の気品が感じられる。
甲冑を身に付けているとはいっても儀礼用のものにも見えるし、その見た目からするとおそらくイザベラさんもミランダと同じで、魔法による中長距離戦を得意とするタイプだろうか。
固唾を飲んで見守る僕の左隣ではリラックスした表情のジェネットがモニターを見つめ、右隣のアリアナは完全に寝ていた。
『それでは模擬戦を開始いたします。試合時間は30分です』
そのアナウンスに次いで鐘が鳴り響き、闇の魔女ミランダと天使長イザベラの戦いが始まった。
開始と同時にミランダは猛然と黒炎弾を連発する。
彼女の指先から黒い炎で燃え盛る火球が高速で打ち出され、次々と天使長のイザベラさんを襲った。
だけど彼女は流れるような身のこなしでこれを全て避け切って見せる。
涼しげな表情は変わらない。
「へぇ。動きは悪くないじゃない。ならこれはどう?」
不敵に笑ってそう言うと、ミランダは勢いよく前方に駆け出しながら再び黒炎弾を放つ。
距離が詰まった状態で打ち出される火球を避け切れないと判断したのか、イザベラさんは錫杖を構えた。
「聖光透析」
彼女の透き通るような声とともにその体が光り輝き出した。
そしてイザベラさんは杖を放り出すと、光に包まれた片手を前方に突き出して黒炎弾を次々と弾いていく。
それはまるで羽虫を払うような簡単な動作だったけれど、ミランダ自慢の黒炎弾はあっけなく払い落とされて床を焼くに留まった。
それを見るだけでイザベラさんがどんなに達人であるのか僕でも分かる。
「す、すごい……」
だけど僕の驚きはそこで留まらなかった。
なぜならイザベラさんは最後の火球を光る手で掴んでしまったからだ。
ヘ、黒炎弾を掴むなんて、そんなこと出来る人がいるのか。
僕は我が目を疑ってしまう。
「お返しいたします」
そう言うとイザベラさんは火球を投げ返した。
軽く投げただけに見えるそれは、ミランダが射出した時とほぼ同じ速度でミランダの元へ戻っていく。
あ、危ない!
「くっ!」
イザベラさんとの距離を詰めようと全速で走っていたミランダは思わぬ反撃に、咄嗟に身を屈めて地面を滑るようにして回避行動に移る。
彼女自身が発した火球は、ミランダの体スレスレのところを抜けて後方の床で爆散した。
「チッ! やってくれたわ……」
悪態をついて起き上がろうとしたミランダが大きく目を見開いて動きを止める。
なぜならイザベラさんがいつの間にか距離を詰め、ミランダの目の前まで迫っていたからだ。
それは予想外の行動だった。
せ、接近戦?
思わぬイザベラさんの行動に僕は息を飲んだ。
彼女は魔法攻撃が主体じゃないのか?
おそらくミランダも同じように考えていたんだろう。
虚を突かれてわずかに反応が遅れたミランダの腕をイザベラさんが掴む。
そしてそのままミランダは上空へと投げ飛ばされてしまった。
見た目に反してすごい腕力だ。
「くっ! やってくれるわね!」
「まだまだこれからですわ」
飛ばされたミランダは魔力で制動をかけて止まるけれど、イザベラさんは追撃の手を緩めず翼を広げて飛び上がる。
他の天使たちのそれよりも遥かに大きくて立派なその翼も、金色の光を帯びて美しく輝いている。
その神々しさに僕は内心で感嘆する。
ほ、本当に女神様みたいだ。
イザベラさんはミランダに反撃をさせる間もなく接近すると、その拳で激しくミランダを攻め立てる。
す、素手で殴りかかってるぞ。
見た目の麗しさと行動の荒々しさのギャップがすごい。
怒涛のラッシュで連続する拳打は激しく、ミランダは黒鎖杖でこれを防ぐのが精一杯だ。
それはまるでアリアナばりの連続攻撃だった。
「す、すごい戦闘能力だ。本当に実戦に出ない人なのか?」
思わずそう声を漏らしながらモニターに釘付けになる僕の後ろから、ライアン主任が解説してくれる。
「天使長様は色々なタイプの天使を訓練で育成するために、ご自身は様々な戦闘作法を身につけていらっしゃいます。素手による格闘戦、武器を用いた白兵戦、魔法による中長距離戦。そうした全てを高いレベルで行えるよう、下位スキル『聖光透析』によって自らの御体を強化しているのです」
オールマイティーなのか。
確かに格闘術だけを見ても、アリアナに引けを取らないレベルだと思う。
それが出来るのも彼女のスキル・聖光透析のおかげってことか。
「あれは肉体強化系の魔法なんですか?」
「ええ。攻撃力・防御力・瞬発力を初めとする全ての能力が飛躍的に増大します。天使長様の御身体を包むあの光は、この天樹の塔から供給される聖気が源となっているのです」
なるほど。
その場所がキャラクターに有利に働く地形効果というのがあるのだけれど、イザベラさんにとってはこの天樹の塔がまさにそれなんだな。
ミランダは魔力で宙を舞いながらイザベラさんと距離を取ろうとするけれど、イザベラさんは執拗に間合いを詰めてミランダに魔法を使う余裕を与えない。
戦況はイザベラさんが押していて、ミランダは防戦を余儀なくされていた。
天樹の塔の中をくり抜いて作られたそこは中央広場と呼ばれている場所で、高い吹き抜け天井に設置された照明からはまるで春の日差しのような麗らかな光が降り注いでいる。
僕らはゲストのために用意された座席に腰掛け、その前に置かれた大きなテーブルの上には数多くの料理が運ばれてくる。
ちなみに僕らはNPCだから食べ物を食べなくても空腹で死ぬことはないけれど、ちゃんと味覚はあって、おいしい物を食べれば幸福感を感じる。
だから僕らは次々と運ばれてくる様々な料理に舌鼓を打っていた。
アリアナに至っては慣れないお酒を飲んだために、頬を赤く染めてすでにその目はトロンとしている。
だ、大丈夫かなぁ。
ジェネットは神の信徒であるため飲酒はせず、静かに料理を食べながら周囲の天使たちに笑顔を見せていた。
そしてさっきまで仏頂面で料理をつまんでいたミランダは、この後に控える模擬戦のために準備室に移動していた。
その際に僕が「がんばってね」と声をかけると、ミランダは猛る気持ちを隠し切れずに目を爛々と輝かせながら「行ってくるわ」と返事をしてくれた。
そして広場の中に澄んだ女性の声でアナウンスが響き渡る。
『お待たせいたしました。ただいまよりメイン・イベントの模擬戦を開催いたします』
途端に会場が歓声に包まれる。
『今回出場して下さるスペシャル・ゲストは闇の魔女ミランダ様です。数々の闇の魔法を駆使するスペシャリストであるミランダ様はつい先頃、我らの同胞を襲った悪魔の群れを撃退して下さいました』
そのアナウンスに広場の天使たちから拍手が巻き起こった。
『そしてミランダ様の対戦相手としてエントリーされたのは……天使長のイザベラ様です!』
途端に会場に大きなどよめきが巻き起こる。
そんな中でジェネットが僕に耳打ちをしてくる。
「天使長様は前線には出られない方とお聞きしていたので、戦闘行為はなさらないNPCなのかと思いました」
「う、うん。天使たちの指導者だからやっぱり強いんだろうね」
確かにさっき対面した時も、天使長のイザベラさんは穏やかな物腰ながら静かな迫力を感じさせた。
堂々としていて威厳に満ちたその佇まいは、リーダーにふさわしいと思った。
「ええ。お強いですよ。天使長様は」
その声に振り返ると、そこには銀色のトレイを持った天使のミシェルさんが立っていた。
彼女は朗らかな笑顔で僕らを見つめている。
そしてそんな彼女の隣にはメガネをかけた男性の天使が背すじを伸ばして立っていた。
「お初にお目にかかります。お客様。私はライアン。こちらの管理主任を任されております」
いかにも真面目そうな顔をしたその男性天使は畏まった様子でそう言うと頭を下げた。
彼の頭の上には二つに連なる光の輪が浮かんでいた。
ミシェルさんより階級が高いってことかな。
「ライアン主任は上級天使でして、この塔の実務を一手に担っております。天使長様の次に権限をお持ちなのですよ」
「以後お見知りおきを。ミシェル。それよりお客様にお水を差し上げて」
「は、はい。どうぞ。アリアナ様に」
そう言ってミシェルさんはトレイの上に置かれたグラス一杯の水を差し出す。
ハッとして僕は隣を見ると、真っ赤な顔をしたアリアナがいつの間にか目を閉じてウトウトとし始めていた。
ありゃ。
寝ちゃったか。
僕はミシェルさんから水を受け取り、アリアナの前に置いた。
そんな僕らの前でライアン主任が誇らしげに言う。
「天使長様は確かに前線に出て悪魔と交戦することはありませんが、この天樹の塔の中で天使たちの戦闘訓練を行うのは天使長様なのですよ。新人からベテランまで天使たちは今も天使長様に稽古をつけていただくのです。この私も例外ではありません」
「ということはやっぱり強い方なんですね」
「ええ。いまだ天使の誰一人として天使長様に勝てる者はいないほどに」
そ、それって最強ってことだよね。
そんなに強い人が相手なら勝敗はともかくとして、ミランダも思い切り戦うことが出来るだろう。
僕はミランダがイザベラさんを相手に存分に暴れる様子を思い浮かべて、思わず気持ちが昂ぶってきた。
『それでは皆様。お時間になりましたので模擬戦を開始いたします。各種ビジョンにて戦闘の様子をお楽しみ下さい』
戦いは別フロアにある先ほど僕が見た闘技場で行われるため、宴の会場には大小様々なモニターが用意され、どこにいても模擬戦の中継を見て楽しむことが出来るようになっている。
モニターの中ではすでに黒鎖杖を携えたミランダが試合開始の時を今か今かと待ちわびていた。
その表情を見ただけで彼女がやる気十分なことが分かる。
獲物を狙う獅子のようにその目は爛々と輝いていた。
そんな彼女の前に天使長のイザベラさんが現れて優雅に一礼した。
彼女が現れた途端に大きな歓声が巻き起こる。
イザベラさんは先ほどまで着ていた装飾の多いフワリとしたドレス姿ではなく、金色の甲冑の上に白い絹服をまとった戦闘用の衣装に身を包んでいた。
そしてその手には甲冑と同じく金色の杖が握られている。
先端に遊環と呼ばれる金色の輪がいくつもつけられた豪奢な錫杖だ。
装備品ひとつとっても最上級の気品が感じられる。
甲冑を身に付けているとはいっても儀礼用のものにも見えるし、その見た目からするとおそらくイザベラさんもミランダと同じで、魔法による中長距離戦を得意とするタイプだろうか。
固唾を飲んで見守る僕の左隣ではリラックスした表情のジェネットがモニターを見つめ、右隣のアリアナは完全に寝ていた。
『それでは模擬戦を開始いたします。試合時間は30分です』
そのアナウンスに次いで鐘が鳴り響き、闇の魔女ミランダと天使長イザベラの戦いが始まった。
開始と同時にミランダは猛然と黒炎弾を連発する。
彼女の指先から黒い炎で燃え盛る火球が高速で打ち出され、次々と天使長のイザベラさんを襲った。
だけど彼女は流れるような身のこなしでこれを全て避け切って見せる。
涼しげな表情は変わらない。
「へぇ。動きは悪くないじゃない。ならこれはどう?」
不敵に笑ってそう言うと、ミランダは勢いよく前方に駆け出しながら再び黒炎弾を放つ。
距離が詰まった状態で打ち出される火球を避け切れないと判断したのか、イザベラさんは錫杖を構えた。
「聖光透析」
彼女の透き通るような声とともにその体が光り輝き出した。
そしてイザベラさんは杖を放り出すと、光に包まれた片手を前方に突き出して黒炎弾を次々と弾いていく。
それはまるで羽虫を払うような簡単な動作だったけれど、ミランダ自慢の黒炎弾はあっけなく払い落とされて床を焼くに留まった。
それを見るだけでイザベラさんがどんなに達人であるのか僕でも分かる。
「す、すごい……」
だけど僕の驚きはそこで留まらなかった。
なぜならイザベラさんは最後の火球を光る手で掴んでしまったからだ。
ヘ、黒炎弾を掴むなんて、そんなこと出来る人がいるのか。
僕は我が目を疑ってしまう。
「お返しいたします」
そう言うとイザベラさんは火球を投げ返した。
軽く投げただけに見えるそれは、ミランダが射出した時とほぼ同じ速度でミランダの元へ戻っていく。
あ、危ない!
「くっ!」
イザベラさんとの距離を詰めようと全速で走っていたミランダは思わぬ反撃に、咄嗟に身を屈めて地面を滑るようにして回避行動に移る。
彼女自身が発した火球は、ミランダの体スレスレのところを抜けて後方の床で爆散した。
「チッ! やってくれたわ……」
悪態をついて起き上がろうとしたミランダが大きく目を見開いて動きを止める。
なぜならイザベラさんがいつの間にか距離を詰め、ミランダの目の前まで迫っていたからだ。
それは予想外の行動だった。
せ、接近戦?
思わぬイザベラさんの行動に僕は息を飲んだ。
彼女は魔法攻撃が主体じゃないのか?
おそらくミランダも同じように考えていたんだろう。
虚を突かれてわずかに反応が遅れたミランダの腕をイザベラさんが掴む。
そしてそのままミランダは上空へと投げ飛ばされてしまった。
見た目に反してすごい腕力だ。
「くっ! やってくれるわね!」
「まだまだこれからですわ」
飛ばされたミランダは魔力で制動をかけて止まるけれど、イザベラさんは追撃の手を緩めず翼を広げて飛び上がる。
他の天使たちのそれよりも遥かに大きくて立派なその翼も、金色の光を帯びて美しく輝いている。
その神々しさに僕は内心で感嘆する。
ほ、本当に女神様みたいだ。
イザベラさんはミランダに反撃をさせる間もなく接近すると、その拳で激しくミランダを攻め立てる。
す、素手で殴りかかってるぞ。
見た目の麗しさと行動の荒々しさのギャップがすごい。
怒涛のラッシュで連続する拳打は激しく、ミランダは黒鎖杖でこれを防ぐのが精一杯だ。
それはまるでアリアナばりの連続攻撃だった。
「す、すごい戦闘能力だ。本当に実戦に出ない人なのか?」
思わずそう声を漏らしながらモニターに釘付けになる僕の後ろから、ライアン主任が解説してくれる。
「天使長様は色々なタイプの天使を訓練で育成するために、ご自身は様々な戦闘作法を身につけていらっしゃいます。素手による格闘戦、武器を用いた白兵戦、魔法による中長距離戦。そうした全てを高いレベルで行えるよう、下位スキル『聖光透析』によって自らの御体を強化しているのです」
オールマイティーなのか。
確かに格闘術だけを見ても、アリアナに引けを取らないレベルだと思う。
それが出来るのも彼女のスキル・聖光透析のおかげってことか。
「あれは肉体強化系の魔法なんですか?」
「ええ。攻撃力・防御力・瞬発力を初めとする全ての能力が飛躍的に増大します。天使長様の御身体を包むあの光は、この天樹の塔から供給される聖気が源となっているのです」
なるほど。
その場所がキャラクターに有利に働く地形効果というのがあるのだけれど、イザベラさんにとってはこの天樹の塔がまさにそれなんだな。
ミランダは魔力で宙を舞いながらイザベラさんと距離を取ろうとするけれど、イザベラさんは執拗に間合いを詰めてミランダに魔法を使う余裕を与えない。
戦況はイザベラさんが押していて、ミランダは防戦を余儀なくされていた。
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