だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助

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第二章 天国の丘

第6話 ジェネットのナイショ話

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「落ち着いたら一度アル様のお部屋に集合してもよろしいでしょうか」

 天樹の塔の中に1人一室ずつ用意された客室に通された僕ら4人は、そう言うジェネットの提案ですぐに僕の部屋に集まった。
 客室はリビングと寝室、そしてバスルームや洗面所なんかがあるんだけど、どの部屋も十分に広く、いつも狭い兵舎の中で暮らしている僕には贅沢ぜいたくすぎる部屋だった。
 どうやら僕らの部屋はそれぞれ間取りが違うようで、アリアナが自分の部屋と見比べて興味深げにキョロキョロとしている。

「私の部屋もすごかったけど、アル君の部屋もすごいね……」
「うん。これで1人用なんて落ち着かないね」

 僕の部屋の中には高そうなつぼやら絵画なんかが飾られていて、随分ずいぶんと西に傾いた太陽の明かりが、そんな部屋の中を赤く染めている。

「とりあえず真ん中に集まって下さい。少しお話ししたいことがあります」

 そう言うジェネットに従い、僕とアリアナは部屋の真ん中の床に敷かれた柔らかな毛皮のカーペットに車座になって座った。
 だけどミランダだけはソファーにふんぞり返って、輪に加わろうとしない。

「何よ。ここで聞いてるから話せばいいじゃないの。今、あのイザベラとかいう女を叩きのめす戦略を練るのに忙しいのよ」

 まさかの天使長イザベラさんとの模擬もぎ戦を前にしてミランダは気分が高揚しているようだった。
 それにしても天使たちのリーダーであるイザベラさんとミランダが模擬もぎ戦とはいえ、いきなり戦うことになるとは思わなかったなぁ。
 イザベラさんがその申し出を伝えた時のあの場の雰囲気は何とも言えない感じだった。
 
 全ての天使たちが驚きと動揺を覚えつつ、天使長様の言うことに異を唱えることはせずに事態を見守っていた。
 彼らにとってイザベラさんはそれほど絶対的な存在なんだ。
 もしミランダが圧勝したりしたら非常にビミョ~な空気になるんじゃないだろうか。
 色んな意味で緊張感のある試合になりそうだ。

「何言ってるんですか。今日初顔合わせの天使長様との初対戦。戦略も何もないでしょう。どうせ自分が彼女を圧倒する一方的なイメージを抱いているだけではないのですか?」
「ぐ……うるっさいわね。コソコソ話は性に合わないっつうの」

 ミランダは面白くなさそうに立ち上がると、僕のすぐ隣に腰を下ろした。

「たまにはいいでしょう? ナイショ話も」

 ジェネットはそう言って朗らかな笑みを浮かべる。
 ちなみに僕らのゲーム世界ではメイン・システムを利用して言葉を話さなくても通信でやり取りが出来るんだけど、この天国の丘ヘヴンズ・ヒルでは僕らにその権限は与えられていなかった。
 その理由をハッキリ聞いたわけじゃないけれど、ゲスト同士でコソコソと情報交換を行われるのはあまり気持ちのいいものじゃないということかもしれない。
 招かれて歓迎されてはいるものの、僕らはあくまでもヨソ者だし仕方ないかな。

 ともあれ僕もミランダも、ジェネットがここに集まろうと言ったことの意味を分かっている。
 別に雑談をするために集まったわけじゃないんだ。
 だからジェネットが僕らのすぐ目の前に顔を近づけ、声を潜めるように切り出した話に黙って耳を傾けた。

「我が主からの情報によれば、この天国の丘ヘヴンズ・ヒルというゲームは過去に幾度か他ゲームからの出張参加イベントを行っているらしいのですが、イベント参加中に外部参加のキャラクターが一定時間、行方不明になるという不具合に見舞われているのです」
「行方不明?」

 どうやらアリアナもこの部屋に来る前にジェネットから重要な話があると聞かされていたようで、口を挟まずに黙って話を聞いている。

「ええ。そのキャラクターの主である他ゲームの本部からコンタクトが取れない状況が発生するようなのです。発生頻度そのものは少ないですし時間が経てばキャラクターとのコンタクトは復旧するそうなので、天国の丘ヘヴンズ・ヒルの運営本部は一時的な不具合と見なしているようなのですが……」

 ジェネットがこういう言い方をするってことは、神様はそれを単なる不具合だとは思っていないってことだ。

「誘拐された外部キャラクターのスキミングが行われているのではないかと我が主は疑っています」
「スキミングって何なの?」

 アリアナが不思議そうな顔でそうたずねる。
 キャラクターのスキミング。
 それはそのキャラのプログラム情報などを盗み取って、同じプログラムでキャラを複製する違反行為のことを指している。

 前回の戦いで僕らの敵となった双子の姉妹、キーラとアディソンがアリアナに行おうとしていた手法だった。
 ジェネットの簡単な説明を受けてアリアナもそのことを思い出したようで、思わず不安げな顔を見せる。

「実はこちらの運営本部の中にもスキミングの可能性を疑っている方がいるようで、その方が我が主に相談を持ちかけてきたのです」
「そういうことか。それで神様は証拠をつかむためにジェネットや僕らをこのゲームに派遣することにしたんだね」
「ええ。この話は天使の皆さんにも伏せておいて下さい。あの天使長様やミシェルさんは良い方のようですが、どこから監視や盗聴などをされているか分かりませんので」
「て、天使の中に犯人がいるかもしれないってこと?」

 思わずそうたずねる僕にジェネットは神妙な表情を浮かべた。

「可能性はゼロではありません。ですから油断はしないで下さい。ただ、そうは言っても明らかに警戒してしまうのは不自然で感付かれる恐れがありますので、自然体でいて下さい」

 それを聞いたアリアナが眉根を寄せて落ち着きなく肩を揺すった。

「む、難しいなぁ。私そういうの苦手」
「分かる。僕もだよ」

 そこでそれまで黙って話を聞いていたミランダが初めて口を開いた。

「っつうかそんなヨソのゲームの事件にまで首突っ込む必要あんの? ここでどんな事件が起きようが私らには関係ないでしょ。お得意の正義を振りかざして世直しでもしようっての? やめときなさい。お寒いから」
「ミランダ。あなたの言う通り、本来であれば私達には関係のない話です。しかし行方不明になった方の中には、我々のゲームから派遣されたNPCもいるのです」
「僕らの前にもここに来た人がいるのか……その人たちはどうなったの?」

 そうたずねる僕にジェネットは話を続けた。

「ほどなくして見つかり、無事に私達のゲーム世界へと帰還を果たしました。経過観察中ではありますが、今のところNPCとしてのその後の動作にも何ら不具合なく過ごすことが出来ています」
「それなら別に問題ないんじゃ?」
「ですがその後もこのゲームから我々のゲームへキャラの派遣要請が来ております。逆に我々のゲームへ参加したいという要請も。我々の運営本部としてはこれを商機と捉えて前向きに検討したいところなのですが、不具合の原因が分からずに二の足を踏んでいるところなのです」

 う~ん。
 運営本部の考えまでは僕らの関知する部分ではないけれど、要するに神様はこのゲームからの参加要請を逆手に取って、事態の解決をはかるつもりなんだな。

「んなもん突っぱねりゃいいじゃない。得体の知れないエラーの出るゲームになんかに参加するほうが馬鹿なのよ。そもそも何でわざわざヨソのゲームと交流する必要があるわけ?」

 ミランダは眉を潜めてそう言う。
 確かに彼女の言う通りだ。
 リスクを冒してまでこのゲームに参加する必要はない。

「それは……このゲームが人気だからでしょう。ミランダ。私も商売のことは専門外ですが、ゲームは人気第一。そしてこれからはゲーム同士のコラボレーションが当たり前のように行われるようになる。我が主はそう申しております。その潮流から目を背けていては、時代の波に乗り遅れて我々のゲームは廃れるばかりです。ここのような人気ゲームとの交流は自分たちのゲームにも活気をもたらしてくれるはず。我が主は私達のゲームの未来を描くために打って出ようと考えているのです。私は……仲間や友人たちのいるあのゲーム世界が廃れていつか無くなってしまうのは嫌です。私達の世界を守りたい。いつまでもアル様たちと一緒にいたいのです」

 切々と語るジェネットに僕も、アリアナもミランダさえも聞き入った。
 そうか。
 ゲームの人気を保つのって大変なんだね。
 そんなこと考えもしなかったよ。

 それにしてもこの平和な天国の丘ヘヴンズ・ヒルにそんな疑惑があるなんて、にわかには信じられないなぁ。
 でもあの神様が怪しいと思っているくらいなんだから、実際にあるんだろう。
 火の無いところに煙は立たない。
 そんなことを考える僕の隣でアリアナが小声でたずねた。
 
「このゲームって確か悪魔側からプレイすることも出来るんだよね?」
「ええ。『地獄の渓谷ヘル・バレー』ですね」
「悪魔が天使に化けてここに紛れ込む可能性もあるんでしょ? ならその行方不明は悪魔の仕業と考える方が分かりやすくない? 悪魔は悪いことするのが仕事なんだし」

 確かにそれが最も可能性が高いと思う。
 ジェネットもうなづいた。

「様々な可能性が考えられますが、現時点では全てが憶測に過ぎません。こちらから下手に動くことはせずにイベントを予定通りこなしていきましょう。我が主の疑念通りならば、向こうから私達に手を出してくるはずですから。そこをつかみます」
「ミイラ取りがミイラにならないよう気をつけないとね」

 アリアナが緊張気味にそう言った。
 いつどこで誘拐犯が近づいてくるか分からないと思うと、僕も何だか緊張してきたぞ。
 キャメロン少年に誘われて遊び気分で参加したけれど、妙なことになっちゃったなぁ。

 そこで僕はふと竜人ノアのことを思い出した。
 こっちの世界に来てからすっかり忘れていたけれど、彼女もこの世界に来ているはずだ。
 同じように行方不明になる恐れは否定できない。
 僕らが転移装置のある王城の中庭に到着したとき、ノアはすでにいなかった。
 キャメロン少年の話によればノアは僕らより一足先に転移装置を利用したらしい。

「そう言えばノアもこの天樹の塔に来ているのかな。天使長のイザベラさんは特に何も言っていなかったけど」
「いや。それはないでしょう。もし彼女が来ていればイザベラ様もそのことに言及するはずです。別のエリアに来ているか、そもそも別のゲームに転送されている可能性もあります」
「別のゲーム?」

 アリアナが首を傾げてジェネットを見た。
 そんな彼女にジェネットはうなづく。

「ええ。我が主の話によれば今回、私達のゲームからは私達以外にも複数のキャラクターが色々なゲームに派遣されているらしいのです。私達はこの天国の丘ヘヴンズ・ヒルに派遣されましたが、ノアや他のキャラクターたちは別のゲームに向かっている可能性もあります」
「そうなのかぁ。僕らと同じでこのゲームに来ている人はいないの?」

 僕の問いにジェネットは少し残念そうに首を横に振った。

「それは守秘義務があるとのことで私も主より教えていただけませんでした」

 神様がジェネットにさえ教えないことがあるのか。
 その理由は分からなかったけれど、そもそも神様の考えていることなんて僕ら一キャラクターには想像もつかない。
 特にあの人は変わり者だからなぁ。
 あまり考えても仕方ないか。

 その時、ふいに扉がノックされた。
 ジェネットは僕らを見回すと釘を刺す様に言う。

「いいですか。今の話は他言無用で。くれぐれも自然に振る舞って下さいね」

 僕とアリアナは黙ってうなづき、ミランダはフンッと鼻を鳴らした。
 そして扉を開けると、訪ねてきたのは天使のミシェルさんだった。

「おくつろぎのところ恐れ入ります。宴の用意が整いましたので、会場までご案内いたします」

 天使たちの宴が始まろうとしていた。
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