上 下
22 / 89
第二章 天国の丘

第5話 天使長イザベラ

しおりを挟む
「な、何あれー!」
「お、大きい……」
「これは……壮大ですね」
「フンッ」

 僕らは馬車の窓から見えるその光景に口々に感想を漏らした。
 空飛ぶ馬車に乗って僕らが案内された天国の丘ヘヴンズ・ヒル
 そこは文字通り草原地帯から続く丘陵の上だったんだけれど、丘の頂点には一本の巨大な木がそびえ立っていた。
 遠くから見て塔だと思っていたそれは、大きな樹木だったんだ。
 
 その大きさは常軌を逸していて、幹の直径はおそらく100メートル近くあるんじゃないだろうかという異様な太さだった。
 高さについては数百メートルはあるだろうけれど、高過ぎて正確なところは分からない。
 それは木というより、木の形をした建物のようだった。

「この巨大樹は天樹の塔と呼ばれていて、天使長様を初めとする全ての天使たちがこの中に住んでいます。これほど巨大な木でありながら今もまだ成長中なのですよ」

 案内役として馬車に同乗している天使のミシェルさんがガイドのようにそう説明するのを聞き、僕らは驚きの声を上げた。

「まだ成長してるのか」
「すごいねー!」

 そんな僕らを微笑ましげに見つめると、ミシェルさんは馬車の窓から見える天樹の塔の天辺てっぺん付近に視線を移して説明を続ける。

「この塔が成長して天に向かって伸びていくと、やがて雲の上にある天界まで届きます。するとこの塔を通じて天界と地上とが繋がり、天界から注がれる聖なる力がこの地上に満ちるのです。そうなると悪魔たちはこの地上から一掃され、彼らの巣窟そうくつである地下深くへと封印されることとなります。それは悪魔たちにとって歓迎せざることなので、彼らはこの天樹の塔を枯らせようとあの手この手で様々な妨害をしてくるのです」

 彼女の話によれば、天樹の塔を天界まで届かせることが出来れば天使側の勝利となり、塔を枯らせてしまえば悪魔側の勝利になるらしい。
 なかなか面白いゲーム・システムだと思う。

「いつかこの木が伸びて本当に天の国まで届くと信じ、ここを守り発展させていくことが私たち天使の務めなのです」

 ミシェルさんは誇らしげに天樹の塔を見ながらそう言った。
 よく見ると天樹の塔の外壁の周辺を多くの天使たちが飛び回り、表皮のがれた部分を修繕したり、小枝を適度に剪定せんていしたりと、この塔の保全活動を行っている様子が分かる。

 そして塔の中腹にはポッカリと大きめの穴が開いている箇所があった。
 まるでリスやムササビなんかが出入りしそうな穴だけど、実際にそこから出入りしているのは天使たちや天馬ペガサスの馬車だった。
 僕らを乗せた馬車もその穴に向かっていく。
 中に入るとそこは広い発着場となっていて、誘導役の天使に従って天馬ペガサスは静かに着地した。

「到着しました。我らが母なる家へようこそ」

 ミシェルさんはそう言うと馬車の扉を開けて外に出る。
 僕らも彼女に続いて馬車から降りた。
 発着場は広く、他にも何台もの天馬ペガサスの馬車が発着を繰り返している。
 そして床も壁も天井も全て木で出来たその場所には優しい樹木の香りが漂っていた。

「お疲れでなければ、まずは天使長様の執務室へご案内を……」

 ミシェルさんがそう言いかけたその時だった。

「わざわざ執務室までご足労いただくことはありませんよ。ミシェル」

 りんとしていながら柔らかな声が発着場に鳴り響くやいなや、その場の雰囲気がガラリと変わった。
 声のした方に目を向けると、そこには輝くような白いドレスに身を包んだ美しい女性が立っていた。

「て、天使長様」

 ミシェルさんは途端にその場にひざをついてかしこまる。
 その場にいる他の天使たちも同じようにひざをついて頭をれた。
 僕は畏敬いけいの念を持ってその女性の姿を見つめる。
 こ、この人が天使長様か。

 銀色に輝く長い髪と真っ白で透明感のある肌が印象的で、綺麗きれいなだけでなくとても上品な顔立ちとたたずまいの女性だった。
 そして天使長としての威厳いげんに満ちていて、頭の上には他の天使たちとは異なる三段に連なる光輪が浮かんでいた。
 階級を表しているのかな。

「ようこそおいで下さいました。この天樹の塔の責任者を務めます天使長のイザベラと申します」

 鈴の音のような綺麗きれいな声でそう言うと、イザベラさんは優雅な仕草でドレスのすそをつまんで見せた。

「わざわざ異世界よりお越し下さいましたばかりですのに、いきなり我が同胞たちをお救い下さった皆様には感謝の言葉もございません。今宵こよいは心ばかりではございますがうたげの席を設けさせていただきますので、どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ」

 イザベラさんはよどみのない口調でそう言う。
 静かだけれど揺るぎない迫力を感じさせる彼女に僕はつい気圧けおされてしまう。
 だけどそんな僕の隣で一歩前に歩み出たのはジェネットだった。
 ジェネットは気負いのない仕草で一礼すると、柔らかな笑みをたたえて口を開く。

「天使長イザベラ様。この度はお招きいだたきまして大変光栄に存じます。天使の皆様のお役に立てるよう微力ながら力を尽くしてまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます」

 ジェネットはつつがなく挨拶あいさつを済ませると優雅にお辞儀じぎをした。
 僕とアリアナも見よう見まねでぎこちなく頭を下げる。

 ふぅ。
 こういう時、礼節作法を心得たジェネットがいてくれて助かったよ。
 彼女がいなければ天使長のイザベラさんを前にしても僕らはアタフタとするばかりだっただろう。
 ミランダに至っては端の方で傲然ごうぜんと腕を組んで仁王立ちしているくらいなのだから言うまでもない。
 ミランダからすれば、どこのお偉いさんが出てこようと関係ないんだ。
 いついかなる時もブレないやみの魔女っぷりは返って気持ちがいいくらいだった。

「ではミシェル。皆様を客室にご案内して差し上げて。皆様。後ほど宴の席にてお会いいたしましょう」

 そう言うと天使長のイザベラさんは従者たちに付き添われて通路へと戻っていく。
 はぁ。
 緊張した。
 王城の王様に会う時も緊張するけれど、イザベラさんはまた別の雰囲気だなぁ。
 優雅な女王様というのはああいう人のことを言うんだろうな。
 だけど……ようやく緊張感から解放されるはずだった僕はそこで凍りついた。

「ねえ、そこの天使。うたげとか客室とかどうでもいいから、さっさとこのイベントの主旨しゅしである『悪魔たちをブッ殺す祭り』に案内しなさいよ」

 あろうことかミランダは去っていく天使長様の背中にそう声をかけたんだ。
 凍りついたのは僕だけでなく、ジェネット、アリアナ、そしてその場にいる天使の皆さんたちも同様だった。

 ちょ、ちょっとミランダさん。
 空気を読まないにもほどがありますよ。
 なごやかな雰囲気だったのに血の気の多いことを言うもんだから、イザベラさんの横に控えるミシェルさんなんて顔を引きつらせておびえちゃってるでしょうが。

 足を止めた天使長のイザベラさんはゆっくりと振り返った。
 だけどまったく気分を害した様子もなく、彼女は穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。

「申し訳ございません。悪魔との対決時刻は明日の正午となっておりまして」
「何それ。ここの悪魔はわざわざ日時を指定して襲撃してくるわけ? そりゃご親切なことで」

 いや君も前にイベントで決まった日時に砂漠都市ジェルスレイムを襲撃してたでしょうが。
 っていうかミランダ。
 その辺にしておこうか。
 これ以上は僕の心臓がもたない。
 だけど僕が慌ててミランダを止めようとするよりも早く、イザベラさんは落ち着いた口調で言った。
 
「いえ。明日の正午に天界からの支援物資が地上へ投下されるのです。悪魔たちはそれを狙って襲撃してくるはずなので、皆様にはその際の警備隊に参加していただく予定なのです」

 な、なるほど。
 そういう段取りか。
 イザベラさんの話にミランダはつまらなさそうに舌打ちした。

「チッ。悠長なもんね」
「ま、まあまあ。ミランダ。さっきの戦闘で悪魔たちも君に強烈な印象を覚えたはずだから、次はたぶん仲間を大勢連れて来るよ。その時に存分に腕を振るえばいいじゃん。ね?」

 僕は何とかミランダの不機嫌モードを収めようと、彼女をなだめた。
 このままだと「天使でもいいからかかって来なさい」とか言い出しかねないから、不穏当ふおんとうな発言が飛び出す前にミランダの苛立いらだちを抑えないと。
 多分、ミランダにとってはさっきの悪魔との戦闘が物足りず、不完全燃焼だったんだろう。
 それなりに長い付き合いだからミランダが感じていることは何となく分かる。

 彼女はこのゲームに乗り込んでくる際、敵を倒しまくるイメージを描き、腕まくりをしてやって来たんだと思う。
 まだ見ぬ敵を相手に暴れまくることを楽しみにしていたのかもしれない。
 なのに実際は平和で穏やかな展開が続き、肩透かしを食って腹を立てているんじゃないのかな。

 ミランダはやみつかさどる魔女で、その本質は闘争の中でこそ際立きわだつ。
 得意の魔法で敵をほふることに理屈を超えた喜びを感じるんだ。
 物騒な話だけど、でもそれがミランダのNPCとしての特質なんだと思う。

 だからと言って、これ以上この場の空気を悪くすることは得策じゃないぞ。
 イザベラさんは温和な態度を崩さずにいてくれるけれど、周囲から僕らを見る天使たちの目が明らかに厳しいものに変わりつつある。
 そりゃそうだろ。
 彼らからしてみれば、敬愛する天使長様がどこの馬の骨とも分からない魔女に不遜ふそんな態度を取られているんだから、面白いはずがない。
 
 だけどそんな僕の懸念やこの場のピリピリしつつある空気を全て包み込むかのようにイザベラさんは言った。

「ではミランダ様。こうしましょう。今宵こよいの宴の席で、天使たちによる演武や模擬戦を余興よきょうとしてお見せする予定なのですが、ミランダ様もその模擬戦にご参加されてみてはいかがでしょうか。よい退屈しのぎになるかと」

 ええっ?
 ミランダが?
 驚く僕の横でつまらなさそうにしていたミランダの表情が一変した。

「へぇ。それはちょっと面白そうだけど、私に見合う相手がいるのかしら? 腕の立つ奴を見繕みつくろってくれなきゃつまらないわね」

 不敵に笑いながらそう言うミランダに対し、イザベラさんは満面の笑みでうなづいた。
 そして思いもよらない提案をしてきたんだ。

「ご満足いただけるか不安ではありますが……不肖この私、天使長イザベラがお相手を務めさせていただきます」

……マ、マジ?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

勇者PTを追放されたので獣娘たちに乗り換えて楽しく生きる

まったりー
ファンタジー
勇者を支援する為に召喚され、5年の間ユニークスキル【カードダス】で支援して来た主人公は、突然の冤罪を受け勇者PTを追放されてしまいました。 そんな主人公は、ギルドで出会った獣人のPTと仲良くなり、彼女たちの為にスキルを使う事を決め、獣人たちが暮らしやすい場所を作る為に奮闘する物語です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

処理中です...